第38話 ヴィエラの過去 前編

「場所に関しては適当な上級神官を拷……質問したら答えてくれたわ」

「お、おう……」


 彼女の行動に恐怖を抱きながらも、ノルドはヴィエラの案内によってラルクエルド城を歩いていく。道中彼女が神官の気配を察知してくれるので、ノルドは未だに誰にも見つかっていない。


「それにしてもやっぱりあなたも知ってたのね」


 知ってた、というとこの流れからして人工勇者計画だろう。


「……まぁノエルの姉ちゃんからな」

「本当、あなたって人運に恵まれてるわねぇ」


 そう言ってヴィエラは笑みを浮かべる。

 そしてまるで雑談するような雰囲気で彼女はノルドに確認をした。


「それでその計画についてどこまで知ってるのよ」

「大まかにしか知らないさ」


 人工勇者計画。

 それは神託によって下された予言を確実にするために行われた計画で、ただの人間を勇者として作り上げる計画である。


「その実験で大勢の子供が犠牲になったって」

「……そうね」

「それでその計画は一回……中止になったってことも」


 ノルドのその言葉にヴィエラはただ微笑むだけ。しかし目元だけはまるで遠くを見ているような眼差しをしていた。


「計画の関係者の八割がとある騎士に殺された。そして計画を知って、怒った王様が実験を中止にさせたってのが俺の聞いた話だ」


 そして彼らを殺した騎士の名前が――。


「――姉御。あんたなんだよな」

「えぇ、そうよ。私が殺した」


 淀みなく即答したヴィエラにノルドは目を丸くさせた。


「流石にね、私もただの一般市民を殺したら数日は寝込んで、一生引きずるわよ」


 それでも、と彼女が続く。


「それでもあいつらを殺したことに一切の後悔はない」

「っ!」


 暗い、殺意のような物がヴィエラの言葉と共に放たれる。


「殺したいからやった。死んだ方がいいと思ったから手にかけた。あいつらはそれほどのことをしたから」

「……姉御」

「軽蔑した?」


 ヴィエラのからかうような言葉にノルドは一瞬言葉に詰まる。

 だがノルドは頭を振ると自分の考えを述べた。


「……当事者じゃない俺でも、端からその計画の非道さを聞いただけで怒りを覚えたさ。もし俺も姉御と同じ立場だったらと思うと、自分でも何をするか自信がない」


 もしかしたらヴィエラと同じ行動を取ったのかもしれない。

 だからこそ彼女の行いを否定することが出来ないのだ。


「……素直ねあなた。普通、殺人行為は拒絶する物だっていうのに」

「俺もさ、大切な人に何かあったと思うと冷静でいられない自信があるんだよ。怒りに呑まれて、相手を殺したいって思ったことはあるんだ」


 古代都市のあの日。悪魔ザイアとの戦いでノルドは、ザイアの手によってサラとノエルが酷い目に遭ったことを知った。そこから怒りに駆られ、目の前が真っ赤に染まった記憶があるのだ。


「……意外ね」

「……俺だって、怒る時は怒るさ」


 ずっと村の中にいればただ愛のため、恋のために馬鹿やってただろう。しかしこうして旅に出て、ノルドは色々な光景を見て色々な感情を強く抱いた。だからこそ、より命の重みとその大切さを実感できるようになったのだ。


「なぁ姉御……」

「なぁに?」

「聞いてもいいか? その、当時の詳しいことを」

「……どうして?」

「大切な仲間のことを知りたいってだけじゃ……駄目か?」


 ヴィエラはノルドのその言葉に息が詰まった。

 そしてはぁ、と息を吐くと呆れた目でノルドを見る。


「あんた……本当に人たらしね」

「え、何が?」


 もう一度ため息を吐いて、ヴィエラは悩んだ。

 確実に面白くない話だ。救いようがないと言ってもいい。それでも悩んでいるというのは、自分の方に話したいという意思があるからだ。

 それに何より、仲間と言ってくれた相手の信頼に応えたいというものがある。きっと、話してしまえばこの燃え盛る『感情』も癒えてくれると信じて。


「それにノエルのことを知って、自分だけ話さないのも平等じゃないわよね」

「姉御?」

「いいわ、話してあげる。でも重い話になるから覚悟するように」

「……あぁ!」


 そう宣言したからには、先ずどこから話すべきかとヴィエラは悩む。

 そして話す内容を決めた彼女は、道すがら己の過去を語ったのだった。


「……私は確かに生まれはラックマーク王国の一貴族よ。と言っても……妾の子だけどね」

「めかけのこ?」

「要するに、家族の中で仲間外れにされてたのよ」


 思い出すのは実の父親や正室から向けられる冷たい眼差し。

 母が遺してくれた遺言通りに、父のいる伯爵家に助けを求めたのがことの始まりだった。

 貴族家当主の娘でありながら、扱いは召使い同然。

 ヴィエラの存在によって正室は怒り狂い、伯爵家の家庭環境は悪化。無責任に孕ませたが故の自業自得なのに実の父親は疫病神とヴィエラを罵る始末。だというのにヴィエラを捨てれば醜聞が広まるため捨てるに捨てられない。


 そんな環境で、ヴィエラは育ってきたのだ。


「でも、そんな私に懐いてくれる子がいたのよ」


 正室の実の娘だけが、ヴィエラの唯一の生きがいだった。


「私にだけ笑ってくれるから正妻が嫉妬してたのは面白かったわね」

「そ、そうか」

「……そう。私の可愛い妹。赤子の頃から見守ってきた大切な家族」


 ヴィエナ・パッツェ。

 偶然、ヴィエラと似た響きの名前を持つ、彼女の妹だった。


「っ!?」

「驚いたでしょ?」

「そ、そうだな! いやぁ驚いたぜ! でも通りで面倒見がいいと思ったな!」

「なんかわざとらしいわね?」

「……いや? そんなことないが?」

「ふーん? まぁいいわ」


 どこまで話したかしらと思い返し、ヴィエラはそうだったと話を続ける。


「それで私たちのクソ親父はねぇ……勇者に憧れてたのよ」

「……え、勇者に?」

「えぇそうよ。なんでも子供の頃は勇者として訓練してたほどよ」


 それでも、どんなに頑張っても勇者になれるかは聖剣に選ばれないといけない。当然聖剣に選ばれなかったら勇者にはなれないのだ。


「ノエルのところもそうだけど、なんでそんなに勇者に執着してるんだ……」

「実はね、ラックマーク王国の初代王は勇者なのよ。だから王国に生まれた自分たち貴族も勇者になれると信じてる人がいるのよ」


 言わば英雄譚に憧れる少年のようなものだ。

 それに歴史として事実、英雄が実在しているのだからその憧れも強かった。


「えぇ……」

「王家と公爵家だけが明確に勇者と繋がっていると分かっているのにね」


 だとしても、血の繋がりだけで勇者になれるとは限らないのが勇者システムだ。なまじ魔王が復活していない時代でも、聖剣の勇者選定システムが生きているせいで勇者になりたい『勇者病』に拍車をかけていた。


「親世代が駄目なら子世代に望みを託す家も多かったわ。その中で私たちパッツェ家は酷かったのよ。何せ私、ヴィエナと続いて男児が生まれなかったもの」

「男が生まれないと駄目なのか?」

「いいえ? 歴代勇者を見れば女性の勇者もいるわ。それでも全体を見れば圧倒的に少なかったのよ。だから勇者を狙うには男性であることが一番可能性があったの」


 それでも、今代に限っては殊更に望みが低かった。


「ある日、教会に神託が下ったのよ」

「……神託」

「『アークラヴィンス公爵家に勇者の宿命を持つ子供が生まれる』……それを聞いた『勇者病』の貴族たちは揃いも揃って発狂したわ」


 ヴィエラの説明にノルドは嫌そうな顔を浮かべた。


「それでようやく私の過去に繋がるのよ」

「……」

「女子しか生まれず、神託によって勇者の枠は確定済み。それでもあのクソ親父は勇者に固執していたの。そしてそんな時に――」


 ――ラルクエルド教の神官がやってきた。


「っ!」

「あなたのお子様をお預けください。それで運が良ければあなたのお子様が勇者になれますよ……って感じかしら」


 言うまでもなく、それは人工勇者計画に関わる誘いだ。


「純粋な信者として子供を預ける家もいれば、自分の子供が勇者になれると夢想して望みを託す家もいたわ。私の家は当然後者ね」


 そしてそこから、地獄が始まったのだ。

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