第35話 サラとノルド
ノルドがサラに初めて告白したあの日、彼女は淡々と彼の告白を断った。
「嫌だよ」
「……う、ぐぅ……っ!」
あまりの塩対応に幼少の頃のノルドは心を折れかけた。
今とは違い、サラの拒否には一切の慈悲も申し訳なさも、感情もなかった。まるでただ知らない人から急に告白されたみたいな感覚を抱いていた。
だがそれはあくまで告白に対する返事だ。
「終わった? それじゃあノルド! 一緒に遊ぼー!」
「あ、うん……分かったよサラ!」
告白が終われば元の仲良しな幼馴染に戻るのだ。
無関心そうに告白を断ったというのに、彼女はまるでなんとも無かったようにただの友達として接し始める。その切り替えの早さに、大人たちはサラのことを気味悪がった程だ。誰もがノルドに告白をするのはやめろ、もっと良い人を探せと言う。
「嫌だ……! あんなサラを放っておけるわけないだろ!?」
それでもなお、ノルドはサラのことを諦めなかった。
サラの心情やノルドの考えに理解出来ない大人たちはいつしか、彼らの問題に口を出すのはやめたのだ。
「サラ、好きだー!!」
「ごめん、無理」
それでもノルドの告白に、サラの何かが変わり始めたことは確かだ。
「サラぁ! 大好きだー!! 付き合ってくれー!!」
「だから無理だってば……」
あれだけ淡々と断ってきたのに、次第に断る様子が軟化しているような気がした。
何日も、何週間も、何ヶ月も、何年も、告白を続けたある日のことだ。
「好きだー! サラ! 愛しているんだ! サラァー!」
いつものように村のどこかでノルドの愛が轟く。今日もまた絶対零度の様子で断られるんだろうなぁと誰もが思ったその時だった。
ノルドの告白を聞いたサラは俯き、拳を握り締めながら震えていた。そして彼女は真っ赤な顔で顔を上げたのだ。
「もう! なんでいつも断ってるのにいっつも告白してるの!?」
告白し続けてから初めて、まるで人形のように冷たく断っていたサラに感情が宿った。告白中のノルドを見ているようで見ていないようなその眼差しは、真っ直ぐノルドを見ていたのだ。
「っ……や」
「……?」
「やっとこっちを見てくれたー!!」
「え、な、何? どうしたのノルド!?」
その日からだ。
相変わらず告白を断っているものの、あれだけ淡々としてた拒否の言葉に呆れや申し訳なさといった感情が宿っていた。
例えばそう、友人として付き合っていた相手がいきなり告白してきたが、自身にその気はないので告白を断ったみたいな、そんな雰囲気だ。
「うおおおおおサラアアアアア!!! 好きだあああああ!!」
「ふふ……もうノルドったら」
徐々にだが告白を断る言葉に人形のような冷たさは消え、自身の思いが、熱が、表に出てくるようになった。相変わらず出てくるのは断りの言葉でも、サラのノルドに対する意識が変わっていったのだ。
そのまま、そう、そのまま。
そのまま誰にも邪魔されず告白が続いていたら。
あるいは。
◇
共同討伐が終わり、サラは複数の神官に連れられて城へと帰るところだった。
(ノルド……ノエル……)
心ここに在らずといったような様子で二人の友人を思う。どれも掛け替えのない大切な人だ。だからこそ彼女は今、思い悩んでいるのだ。
(ノエル……幸せだったな……)
思い返すのは昨日の出来事だった。
ノンナとヴィエラから質問攻めをされ、疲れたサラは逃げるように散歩へ出かけていたそんなタイミングだった。
因みに質問の内容は分からない。
いや、暫くすると質問された内容や答えた言葉が頭から抜け落ちていった。そのことに違和感を覚えながらも、散歩を続けていく内に違和感すら消えてなくなった。
そのことに気付かないサラは、帰り道にノルドとノエルを見かけたのだ。
(え、ノルドだ! もうここに辿り、つい……た……?)
遠目ではあるが久しぶりにノルドと再会したサラは、走って再会の言葉を交わそうとする。しかしその時に見た光景のせいで足が止まった。
(ノエル……幸せそうな顔をしてる……)
ノルドと会話するノエルが、まるで恋する少女のような表情をしていたのだ。そんな表情を見て、サラは彼らの中に入るのをやめた。
ズキン、と何かが胸を締め付ける感覚をした。彼らのやり取りを見ていたら何故か切ない気持ちを抱いた。
「ノエルが……ノルドのことが好きなら、私は……」
古代都市で見たあの光景からずっと考えていたことがあった。
しかしそれを考える度に涙が出そうになる。
「……っ?」
ふと、視界の端に大柄で見知った人影が見えた。
「あ、聖女様!?」
「ご、ごめん! ちょっとお花を摘みに行ってきます!」
「お花なら私たちが摘みに――アイタァ!?」
「馬鹿お前、お前馬鹿! もういっぺん下級からやり直せ馬鹿!」
そんな彼らのやり取りを無視して、サラは彼らから離れていく。
「サラ?」
そんなサラの行動を、ノエルが訝しむような目で見ていた。
◇
「ノルド!」
「……? え、サラ!? マジか、本当にサラか!?」
「あ、う、うん!」
ようやく追いついた先は、人の気配が薄い住宅地の隅だ。
サラの存在に気付いたノルドはまるで子供のように大はしゃぎして、目を輝かせながら彼女の肩に手を置いた。
「会いたかった! もう長い期間サラが隣にいなくて寂しかったぜ!」
「は、ははは……うん、私も」
幼少の頃からの付き合いだ。いつも共に過ごしてきた彼らだが、古代都市の一件からかなりの期間離れてしまった。だからこそこの再会は二人にとって心の底から待ち遠しかった物なのだ。
「あぁそうだ……一応俺、この国で歓迎されてないからさ。一緒に俺が今住んでるところに行こうぜ」
「……っ、ま、待って!」
「お、おう?」
隠れ家に向かって歩き出そうとしたノルドをサラが引き留める。
心が痛い。手足が震え、息も浅い。
それでも、ノルドに対して言わなければならない。
「ノ、ノルドは……」
震えそうになる声を抑え、ノルドに向かって質問をする。
「ノルドは今でも……私のことが、好き?」
「へ?」
サラからの予想外の質問にノルドの思考が真っ白になる。
そして徐々に理解していくと、ノルドは挙動不審になって照れ始めた。
「あ、え、あえ!? そ、そりゃあ当然好きだぞ! いやでも、いつもは俺からだけどサラの方から好きって聞かれると……どうも照れるな……」
「……っ」
なんだその反応は。見てるこっちが照れるだろう。幼馴染の今まで見たことのない反応に、サラまでもが顔を赤くする。そして、次第にこれから言うことに気持ちが沈んでいく。
「なぁサラ」
「な、何?」
「俺さ、絶対明日の試合に勝つよ」
ノルドの決意を込めた言葉にサラは目を丸くする。
「そしたら一緒にノエルたちと旅をしてさ、魔王を倒して世界を平和にしような」
「……っ」
今日だけで幼馴染の知らない一面が何回も見れた。
いつもは全力全開で真っ直ぐ突き進むノルドだが、先程はまるで物語に出てくる勇者みたいな人に思えた。
「そんで世界を平和にしたら――」
ぎゅっと、ノルドはサラの手を握って真っ直ぐ見る。
「――結婚しよう」
「――……」
あまりにも威力が高すぎる言葉だった。
心が湧き上がり、喜びが顔に出そうになる程だった。
「……っ」
それでも、脳裏にもう一人の大切な人の顔が浮かんだ。
ノルドに向けるあの表情を思い出せば、受け入れそうになる自分を抑えることが出来た。出来てしまった。
「……ノルド」
「サラ……?」
声が震える。
それでも言わなければならない。
「ごめんなさい」
「あっ……そうか……まぁそうだよな」
サラの言葉にノルドが傷ついたような顔を浮かべる。
その顔は毎回彼の告白を断る度に見てきた顔だ。
ノルドには悪いがそれはいつもの光景で、いつもの日常だ。
申し訳ないという感情はあるし、その顔を見る度に罪悪感に襲われた。それでもノルド自身すぐ切り替えられるからそんなに長く引き摺らなかった。
それなのに、どうして今だけは、こんなにも心が痛いのだろう。
「でもなサラ! 俺はまだ――」
「――ノルド」
言え、言うんだと、心が引き裂かれそうになる痛みを抑えて――。
「もう、私のことを好きにならないで……」
「……え」
言った。
言ってしまった。
「もう告白なんてしないで……!」
まるで蓋から溢れる水のように、言いたくない言葉も溢れてくる。
「サ、サラ……?」
「私のことを忘れて!!」
「ま、待って――」
サラがノルドから遠ざかる。
ノルドは彼女を引き止めようと手を伸ばすも、足が動かない。
「え、俺……」
両膝の力が抜けて、地面へと崩れる。
頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。
それでも分かっていることはただ一つ。
「……ガチ拒否された?」
好きな子の流した涙を前に、ノルドは何も出来なかった。
そんな光景を。
「……」
険しい目で見ているノエルがいた。
---------------------------------
あとがき
修羅場の途中ですがここでお知らせがあります。
今話で拙作『ラブマックス・フルパワー・ウォーリア 〜幼馴染に恋する戦士〜』が100話目を迎えることになりました。
これを記念して近況ノートで特別短編を投稿致します。
一般公開向けの短編『学園ラブマックス』と、サポーター限定向けの短編『ラブマックス・フルパワー・マジカルヒロインズ』の二つです。
両短編の大まかな概要などは近況ノートの『祝!ラブマックス100話到達記念!』に書いておきますので、お時間があれば是非ご覧ください。
それでは今後も『ラブマックス・フルパワー・ウォーリア 〜幼馴染に恋する戦士〜』をお楽しみください。
面白かったら★やハート、感想などをお願いします。
クマ将軍より
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます