第34話 女教皇の提案
「何? 共同討伐の提案じゃと?」
ノンナは目の前の女性……サラシエル女教皇の話に警戒の眼差しを向ける。
「はい。どう言うわけかこの国には魔獣の襲来が多く、常日頃から我が国の勇者が討伐してきました。その討伐に皆様をご招待しようと思いまして」
魔獣の襲撃に対する理由を聞いて、ノンナは内心白々しいと毒を吐く。
ノエルを通じてノルドたちから齎された人工勇者計画については、既に勇者パーティー全員に周知済みだ。だからこそサラシエル女教皇の言う魔獣被害の理由も察している。
マナラインの影響を受けた聖地の上に築き上げられた教国。
更には実質的に勇者と同等の力を持つ存在。
マナと敵対する魔獣の性質を鑑みれば、上記の理由だけで襲うに足る理由になるだろう。
それをこの女教皇が知らない筈はないだろう。
だからこそ白々しいとノンナは言う。勿論直接面と向かって言わないが。
「……この国の勇者の実力は入国前に見た筈じゃが、それでも不足か?」
女教皇の提案にどう言う意図があるか分からないため返事は慎重に期さなければならない。
そもそもノンナの言う通りライの実力は既に見たのだ。今でこそ勇者たちは成長したが、初遭遇当時はかなり苦戦を強いられていた
そんな彼女の言葉の意味を察してもなお。
「えぇ足りませんよ」
女教皇はそう言ってのけた。
更にはまるで慈愛に満ちたような表情を浮かべ、こうのたまったのだ。
「これから勇者様方の一員となる人物なのです。これからの旅を思えば、お互いの実力を把握してみては如何でしょう?」
「……チッ」
善意を装った嘲りだ。
まだ何も試合が始まってすらいないのに、教国の勇者が勝つという前提で話を進めてくる女教皇に流石のノンナでも舌打ちを隠せない。
そもそもそんなことを言うために提案してきたのか。どれだけ暇で性格が悪いんだ貴様らとノンナは喉から出掛かった言葉を必死に飲み込んだ。
「そう思って提案しに来たのですが……あの騎士様はいらっしゃいませんねぇ」
「ヴェエラなら所用でここにはおらんよ」
「あらそうでしたかぁ」
何とか澄まし顔を維持できたノンナだった。
人工勇者計画について知ったヴィエラは昨日からここにはいない。恐らくその実験施設を見つけるためにラルクエルド城中を探し続けているのだろう。何も相談も事情も話さず、勝手にいなくなった彼女にノンナは頭痛を覚えた。
「……貴様の提案を受け入れる。その共同討伐にはワシとノエル、そしてサラが同行しよう」
「あら、ありがとうございます賢者様」
「……心にもないことを」
ノンナに対して向けられた賢者という言葉は、女教皇が言うと途端に重みがなくなったような感覚がした。
◇
そうして、ヴィエラを除いた勇者パーティーは女教皇を中心に複数の神官と人工勇者であるライと共に教国の外に出てきた。
「さて、城でおべっかを言う神官共から解放されたら、また外で神官共に囲まれているわけじゃが……」
そう言って仲間を見る。
「……昨日からサラの様子がおかしいんじゃが」
「そうだね……」
ノンナの言葉にノエルが同意する。
タイミングとしては昨日、散歩から帰ってきたサラがずっと思い詰めたような表情を浮かべており、今日もずっとその調子のままなのだ。
「辟易させるまでずっと質問責めしたのが悪かったかのう……」
「え、何を質問をしたの?」
ふと呟いたノンナの言葉に興味を持ったノエルが尋ねる。
「……サラの持つ歪んだ認識についてじゃ」
「……え?」
予想外の返答を受け、ノエルの表情が固まる。
おおよそサラに似つかわしくない単語の羅列に頭が混乱する。
「サラに何があったの……?」
「……流石に神官共がいる中で話したくない内容じゃな」
魔王討伐には関係ないと言えば関係ない問題だ。
だがそれはどうにも引っ掛かる問題でもある。
「折を見て話そうかの」
「……うん」
「それにしてもサラの変わりようもそうじゃが、あの小童も随分な変わりようじゃな」
そう言ってノンナが顔を向けたのは女教皇の近くにいるライだ。
「最初会った時はこの世に絶望しているような目をしておったが……」
「目に生気が戻ったような感じがするよね」
「まぁ……相変わらずの無表情じゃが」
そのようなことを言われているとは知らないライは、内心女教皇に不満を抱いていた。
(せっかく兄貴と遊んでたのに……)
あの騒動の後、ライは兄貴と共にマーケット通りにいた客とお祭り騒ぎを楽しんでいた。この国に来て初めて楽しいと思えた瞬間だった。
だと言うのに、ライの元に連絡用の神官がやってきた。そこでライは泣く泣く兄貴と別れて嫌いな女教皇の側にやってきたのだ。
「……ライくん」
「……なんでしょうか」
「貴方随分と変わりましたね」
女教皇の言葉にライの息が止まる。
だがそれも一瞬のことで、ライはいつも通りに平坦な声で言葉を返した。
「……いつもと変わらないと思いますが」
「あら、そうですか」
気のせいでしょうかと女教皇が頬に手を当ててライから視線を離す。
そんな彼女の様子に、ライは内心息を吐いた。
(今はまだ、駄目だ)
これまでライはずっと心を殺し、受け入れ、諦めてきた。
抵抗も反抗もライにとって無意味なことだった。
だが今は違う。
ライは頼りになる人を見つけたのだ。
あの人ならライの助けになると、ライは今一度信じたのだ。
ならばその決意を、思いを、希望をこの女に悟らせてはいけない。
「……サラシエル女教皇。もうすぐ魔獣の群れです」
「ご苦労様です。ではライくん」
「……はい」
心に反抗の意思を宿し、表はいつも通りに振舞う。
ライは女教皇の言う通りに、魔獣の群れへと向かった。
「……ワシも行くとするか」
「そうだね」
「いいえ、勇者様方はここで見学してください」
「なんだと?」
女教皇の言葉にノエルたちは訝しむような目で彼女を見る。
「共同の筈じゃろ?」
「えぇ。ですがあのような群れ、我らの勇者様一人で十分ですよ」
「……」
女教皇の言葉を受けてノエルたちは魔獣の群れへと向かうライを見る。ライは腕に着けている幾何学模様のガントレットの付け心地を調整すると、小声でこう呟いた。
「『炉心、起動』」
その瞬間、ノエルたちの目に信じられない光景が見えた。
「周囲のマナが、あの子に向かって集まっていく……?」
「馬鹿な……あのマナの量は人体に毒じゃぞ!?」
「何を言っているのです? あの子は勇者。マナを司る女神に愛された子供。勇者が膨大な量のマナを扱えることは勇者様方もご存知なのでは?」
「……膨大なマナは聖剣から供給される。だけどそれは無尽蔵に使えるんじゃなく、僕の成長に合わせて取り出せる量が決まるものだ。でもあの子は……」
「正真正銘……無尽蔵のマナを全て取り入れているのじゃ……!」
体が耐えられる筈もない。
「いいえ、あの子は大丈夫です」
「何……?」
「見てください、あの子の周囲を」
女教皇の言葉に従い、ライの周囲を見る。
するとそこには、紫色の電気が迸っていたのだ。
「取り込んだマナは全て身体強化に回されます。ですがそれでも体の許容量を超えたマナは、あぁして外に発散させているのです。結果的にそれが放電しているように見える理由ですね」
「ならあのガントレットは?」
「聖術陣が刻まれているのう。内容は収束、解放と……」
「おや聖術陣を理解しているとは流石賢者様です! ですがそれ以上は我が国の機密ですので」
「……そうかい」
恐らくノンナが聖術陣について知っているのは彼女にとって予想外なのだろう。前半の褒め言葉とは逆に、後半の言葉には冷たさが宿っていた。
「ではこれからライくんの戦いが始まりますので、ごゆっくりとご鑑賞ください」
もっとも――。
「一瞬で終わってしまいますが」
戦闘が始まる。
そして。
女教皇の言う通りに一瞬で終わったのだった。
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