第33話 奇跡とは
突如として現れた謎の大男にシルヴァ神官は驚愕を隠せない。思わず己の腕を掴み上げた手を振り解き、シルヴァ神官は後ずさる。
「な、なんだ貴様は!?」
「それはこっちの台詞だよ」
「何!?」
大男が発した言葉に要領を得ないのか神官は首を傾げる。
「俺はこの国の神官だぞ! それも上級神官だ! よそ者とはいえこの俺が何者か分からないとは滑稽だな!」
そう、誰がどう見ても自分は神官だ。服も、実力も、周囲の反応も彼が神官であることを証明してくれる。それなのに何故目の前の大男は意外そうな顔をしているだけ。
不愉快な思いを抱く神官に向かって、大男はニヤリと皮肉るような笑みを浮かべた。
「神官? 俺の知ってる神官とは随分と違うなぁ」
そう言いながら頭のてっぺんから爪先まで神官を見る。
そして彼はまるでわざとらしく胡乱な目を向けた。
「神官ってのは人々を助けるための存在だろ? それに対してお前のやっていることはその真逆……到底神官だとは思えないな! 寧ろチンピラだと言われた方が納得できるぞ!」
「なんだと貴様ぁ!!」
大男の発言に神官だけじゃなく、彼らと遠巻きで見ている人々も騒つかせた。
神官というのは世界を救う勇者を支える者……『奇跡』に仕える従者である。だからこそ人々は神官である彼らを敬わなければならないし、彼らの行動や言動を邪魔してはならない。それが例え、シルヴァ神官のような横暴だろうと、だ。
だというのに目の前にいる大男はそれらを意に介さなかった。
己の信念のために神官の邪魔する彼はまさに異端者そのもの。それでも民衆の目には、その異端者の方が正しいと思えたのだ。
「俺の知ってる神官はなぁ! 子供の頃に受けた恩を返すために神官になって! それで過去の自分と同じように他の人を助ける神官様なんだよ!」
思い出すのは共に旅をしてきた一人の少女だ。
彼女は神官の腐敗を知ってもなお神官を見限らず、ただ人の助けとなるために正しい神官のままでいることを決意した少女なのだ。
「それに比べたらお前なんて神官じゃねぇ!! ただの悪党だ!!」
「し、神官である俺を悪党だと!?」
「悪党に立場なんて関係ねぇんだよ!!」
その一言にシルヴァ神官の忍耐が限界を越えた。
彼は目に殺意を宿し、手のひらを大男に向けたのだ。
「あ、兄貴危ない!」
聖術の前兆を察知したライが兄貴に向けて叫ぶ。
勇者として助けに行くことも、助けに行く覚悟もないライはそれしか出来ない。ただ、遠巻きと共に兄貴が聖術にやられる光景を見ているしかない。
「貴様は絶対に許さん!! 食らえェッ!! 『
――その瞬間。
「遅えよ」
まるで時間が飛ばされたかのように、気が付けば大男が神官の目の前に現れ、彼の口を手で塞いだのだ。
「ム、ムグゥ!?」
「聖術ってのは詠唱をしなければ発動しない……だろ?」
大男の強烈な力によって神官は持ち上げられ、そして――。
「オラァ!!」
神官を地面に叩き付けた。
「が、は……っ!?」
「そこで反省してろ」
あまりの光景に観衆は唖然としていた。
神官が暴力によって倒れたのだ。
それだけで罰当たり、異端者という言葉が脳裏に過ぎる。
だがその神官はさっきまで一組の親子を脅していた。普通の人間なら悪党、犯罪者と呼べる行いだ。果たしてその光景を喜んでいいのかは分からない。それでも心のどこかでスッキリしたという人も多いのだ。
「大丈夫か?」
周囲の人々が葛藤している中、ノルドが蹲って呆然としている親子に声をかける。親子もまた最初は葛藤していた。
「……いいえ。いいえ! ありがとうございます! 助けてくださり、本当に……!」
しかしよく考えれば自分もまた神官に逆らった身だ。そう思えばこそ、目の前の大男に対し礼を言えるのだ。
と、そこに。
「ふ、ざけるな……」
「ヒィ!?」
「あんまり動かない方がいいぞ? 手加減はしたけど思いっきり叩き付けたからな」
それでもノルドの言葉を無視して体を動かそうとする。それでも脳に衝撃がいったのか、体の言うことが聞かずただ視線だけ動かすに留めた。
「こんな、こと……許されるものか……!」
「許されないことをしたのはお前じゃないか」
「俺は神官だぞ……『奇跡』に仕える従者だ……! 祈りだけ捧げていればいい愚民と違って、俺たちがいなければ『奇跡』は起こり得ないのだぞ!」
負け惜しみのような言葉にノルドはハッと鼻で笑う。
「何を根拠に言ってんだ?」
「俺たちがいたから勇者は世界を救えた! 俺たち神官が『奇跡』を起こす立役者なのだ!」
確かに勇者は魔王を倒す力がある。
だがその力の源は一体どこから来ているのか。
そう、祈りだ。
ラルクエルド教があり、それを布教する神官があり、そうして祈りを集める。
神官がいなければ祈りを集められない。
祈りが無ければ勇者は魔王を倒せない。
「俺たちがいるからこそ『奇跡』は起きる! だと言うのに貴様はこの俺を傷付けた! これから起きる『奇跡』を踏み躙ったのだ!!」
だからこのようなことをしても許される。
奇跡のためなら祈りだけじゃなく全てを捧げろと言う。
これが神官だ。これが彼らの役目で特権だ。
これが、ラルクエルド教国に蔓延する腐敗の正体だった。
「――ふざけんなよ」
それをノルドが受け入れるわけがない。
「確かに奇跡は滅多に起こらないから奇跡だ。そんな奇跡を常に起こせる奴なら敬われても仕方がないかもな」
だが。
「奇跡を起こせる奴がお前らだけだと思うなよ?」
「……な、何?」
「奇跡ってのは行動することで起きるもんだ。色んな人の行動が積み重なり、ずっと頑張ってきた結果に奇跡は起きるんだよ」
その言葉に、ただただ祈っていただけの人々が目を見開く。何も行動せずただ親子の安否を遠巻きで祈っていた彼らにとって、ノルドの言葉は心に突き刺さる物だった。
「お前の方こそもっと周囲を敬えよエセ神官」
「エ、エセ……」
「神官じゃねぇ奴に言われても説得力なんてねぇんだよ」
そんなノルドの言葉を最後に、シルヴァ神官は何も言わなくなった。
「これは一体なんの騒ぎですか?」
と、そこに遠巻きの中から声が聞こえる。
「し、神官様だ……!」
「ま、マズイ……」
そうして出てきたのは一人の少女だ。
「……なるほど、そこの貴方がその神官を倒したようですね」
「ま、待ってください神官様! そこの方は親子を守ろうと!」
「いいえ、分かっていますよ」
そう言って彼女は倒れている神官の方へと歩く。
「この神官は他にも余罪がありますし、もう神官としての人生は終わりでしょう」
「じゃ、じゃあ……?」
「そこの兄ちゃんはお咎めなし……?」
「親子を救った功績はあれど、彼を罰する謂れはありませんね」
少女神官の言葉に周囲の人々から歓声が上がった。
まるで祭りと言わんばかりの喜びようだ。
そんな彼らの姿を微笑ましく見ながら、その少女はノルドの方へと近寄ってノルドにしか聞こえない音量で呟いた。
「……全く。騒ぐにしても程々にしてくださいよ……」
「いやぁ……でもありがとうなクウィーラ!」
「ちょ、ちょっと音量を抑えてください!」
その少女、クウィーラ・サドリカは本来騒ぎを見に来るはずだった神官の代わりにやってきた助っ人だったのだ。
「それではこの人を連行しますので……くれぐれも問題を起こさないでくださいよ?」
「ありがとうな……神官様」
「……全く! 全くもう!」
ノルドの言葉にクウィーラは顔を赤くする。
実はノルドが語った知っている神官の時点で既に彼女は近くにおり、ノルドの言葉を聞いていたのだ。誰も知らないとは言え、かなり恥ずかしい思いをした彼女だった。
そうしてクウィーラは聖術でシルヴァ神官……いや、ただのシルヴァを連れていき、離れていく。そしてすれ違うようにライがノルドの元へやってきた。
「兄貴って……やっぱり強いね」
「俺よりももっと強い奴はたくさんいるさ」
そう謙遜するノルドだがライは苦笑いを浮かべる。
(兄貴のような人は兄貴以外見たことがないよ……)
己の心にのみ呟いたそれは当然兄貴に届かない。しかし一瞬沈黙したことを気になった兄貴は首を傾げながらライに尋ねた。
「ん? どうした少年?」
「……ねぇ兄貴。一つ聞いていいかな?」
「お、なんだ?」
「何回も行動して、それでも奇跡が起こらなかったらどうすればいい?」
ライはこれまで苦しみから解放されたくて何回も足掻いてきた。だがそのどれもが無駄になり、今もこうして絶望しながら生きている。
奇跡は行動することで起きるなら、どうして今までの自分に奇跡が起きなかったのか。自分の頑張りがダメだったのかと、何かが足りなかったのかと、兄貴の言葉を聞いて悩んでいた。
そんなライの言葉に兄貴は――。
「――だったらその時は俺が手を貸してやるよ」
奇跡が起きるまでずっと。
そんな言葉を聞いて、ライは一瞬呆ける。
そして吹き出して笑ってしまった。
「しょ、少年?」
「ふふ、ははっ! 答えになってないよそれ!」
「そ、そうか?」
「ははははは!」
あぁそうかと、ライは思った。
自分に足りなかったのは人なのだと。
自分に手を差し伸べる誰かがいなかったからなのだと思ったのだ。
そんな誰かを、少年は見つけたような気がした。
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