第32話 その心は未だ変わらず

「それで……ノルドはまた外に?」

「はいぃ〜例の少年と遊んでいるんじゃないでしょうかぁ?」

「はぁ……全くノルドは自由ですわね……」


 一応とは生温いレベルで神官から手配されているというのに、ノルドは「堂々としてればバレないって!」と言い張って教国中を見回っているのだ。気付かれてしまえば教国中の民から石を投げられ、神官によって試合当日まで監禁されるかもしれない。


 いや、監禁されるだけならまだマシだ。


 問題はノルドを負けさせるために酷い扱いをするか、もしくは試合に出させないよう彼を殺すかもしれない。だからこそノルドの安全は慎重に期すべきであり、我が儘に敵国を歩くものじゃないのだ。


「……監視からの報告は?」

「それがですねぇ」


 ヨルアの言葉に、シャロンはノルドに付けている監視と隠蔽工作から聞いた情報を報告する。暫く聞いて行くとヨルアは頭を抱え、次に空を仰ぎ見て、そして目が据わった。


「全くバレていないため、そんなに隠蔽する必要がない……ですか」

「この国の人々はラルクエルド教の信者ばかりですから、大半が純粋なんですよねぇ」

「だから騙しやすい、というのは些か言い方が悪いですわね」


 ラルクエルド教というのはそれだけで影響力が高い。

 過去勇者を支援して何度も魔王の脅威を退けてきたことか。それによって平和を願う人々はただ純粋にラルクエルド教を信仰するのだ。


「加えてノルド様の人を惹きつける人柄が手配書の印象と一致しないこともありますねぇ」

「だとしても、それで誤魔化せるのは純粋な人だけですわ」


 国民が純粋な代わりに、神官の方が悪辣極まっていっているのだ。神託のためならなんでもするような連中を誤魔化せる筈もなく、だからヨルアは今のノルドの行動に頭を抱えていた。


「それに問題はそれだけじゃない……」


 ヨルアはそう言って、寝室の片隅で絵を描いている彼女らの方を見る。正確には絵を描いている少女とそれを見守る女性の二人だが。


「ふんふんふーん」

「あら上手だねぇ」

『……』


 彼女らの正体は、ノルドたちに無理を言って同行してきたヴィエナとナレアである。


「ナレアさんはともかくとして、問題はヴィエナちゃんですねぇ」

「えぇ……彼女だけは絶対に神官の連中から隠し通さなければなりませんわ」


 マナを扱う聖術士なら誰もがヴィエナの特異体質を知ることが出来るのだ。人工勇者計画と関わりのある彼女を知られたら、彼女を巡って奪い合いが始まるかもしれないのだ。下手すればノルドより危険な目に遭う彼女を全力で守るしかないのだ。


「うーん……あっ! ヨルアさん!」

「はい、なんでしょう」

「いつお姉ちゃんと会えますか!」


 ヴィエナの言葉にヨルアは困ったような笑みを浮かべることしかできない。そう、ヴィエナは無理を言ってノルドたちの旅に同行してきたのは、このラルクエルド教国にいる自身の姉と会うためである。


 ヴィエナの姉……と会うために。


 そんな彼女の言葉にヨルアは――。


「……。まだ彼女の手掛かりは見つかっておりませんわ」


 ――そう、言ってのけたのだ。


「そっかー……ううん、ありがとうございます!」


 ヨルアの言葉を疑うこともなく、ヴィエナは再び絵描きの作業に戻った。


「よろしいのですかぁ?」


 シャロンの言葉にヨルアは頷くことしかできない。

 昨日の潜入調査でヴィエラ本人ではないがノエルと接触し、彼女が未だにノエルと共にいるということは把握していた。だがヨルアはヴィエナの存在をノエルに話さなかったのだ。


 そしてそれは逆もそうだった。


「……双方に本当のことを話せばきっとややこしい事態になりますわ」


 ヴィエナは、姉の存在を知ってからはしつこいぐらいに同行の許可を求めてきたのだ。下手すれば勝手に教国に行くぐらいには危うかったと言えるぐらいには、だ。

 魔人に狙われた彼女がまたいつ魔人に襲われるかも分からない。それならいっそ同行して貰い、近くで見守る方が安全と判断して彼女たちの同行を許可した。


 対する姉のヴィエラの方は、彼女の過去の行動を鑑みれば黙っていた方がいいとヨルアは判断した。


「当時の状況は窺い知れませんが……彼女は怒りに駆られ人を殺しました」


 今でも人工勇者計画に関わっているであろう人物たちと接触しただけで、報告にあった冷静さを失い喧嘩腰になっているのだ。そんな彼女に妹の生存を報告した場合どうなるのかヨルアでも想像がつかない。


「このまま試合が始まり、ノルドが勝利すれば何も問題はありませんわ」


 そう、全て予定通りに進めば問題はない。

 それが本当に何事もなく、という前提があればだが。




 ◇




「お、おい大変だ!」


 それはライたちがそろそろ会計をしようと席を立った時だった。

 突然店の出口からガタッと音が鳴り、一人の男性が切羽詰まった表情でやってきたのだ。


「おいおいどうしたガンズ? 何かあったのか?」


 彼と人見知りであろう客の一人が彼に話しかける。

 すると彼は怯えた表情でこう言ってきたのだ。


「あ、あの……! シルヴァ神官がまた通行人を脅迫してやがるんだ!」


 神官、という単語を聞いたライたちは互いの顔を見合わせる。

 正直に言えばライは今までのトラウマから関わりたくない。しかし兄貴は一切の迷いなくライに向けて頷いたのだ。


「――行くか」

「……」


 兄貴の言葉にライは一瞬逡巡しながらも頷く。

 そうして他の客と共にぞろぞろと店から出ると、そこには男が言った通りの光景があった。


「おいおいまさかこの俺に逆らうというのかぁ?」

「い、いえ! 滅相もございません! 私共に神官様に逆らう気は一切ありません!」

「だったら貴様の娘を俺に献上しろ! せっかくこの上級神官である俺が言っているのだぞ! 光栄に思え!!」


 地面に蹲る女性を守るように覆う初老の男に、一人の神官が聖職者とは思えない言動で彼らを脅迫していたのだ。周囲の人々は遠巻きで眺めているだけで、神官を相手に立ち向かおうという人はいなかった。そんな状況に遭遇した兄貴は顔を顰めた。


「し、しかし娘には既に婚約者が――」

「はぁ? 婚約してるから俺の言うことが聞けないってのか? おいおいどっちが優先されるのか分かるのかお前は?」


 ずいっと顔を近付き、人を殺すような眼差しで親子を見る神官。そんな神官に、彼らは怯えることしかできない。


「俺は! この国の! 上級神官だぞ!!」

「ヒィッ!!?」

「きゃあ!?」


 ライはそんな神官の姿を見て、かつて己を虐げてきた神官たちと重なって顔を青褪めた。


「おい女ぁ!」

「は、はいぃ!?」

「今すぐ俺のところに来い! でなければお前の親がどうなるのか分かってるのか!?」

「や、やめてください! 父には手を出さないでください!」


 神官が女性の父に対し手のひらを向ける。


(……あっ……聖術を、使うつもりだ……!)


 こんな衆人環視の中で聖術という暴力を振るう神官。

 それでもなお誰も助けに行かない。神官自らが暴力を振るおうとしているというのに、誰も彼もが女神ラルクエルドに対し必死に祈りを捧げている。


(同じだ……)


 助けを求めているのに、誰も助けに行かない。


(同じだ……!!)


 これがこの国なのだ。人々は奇跡に縋り、ただ祈るだけ。祈りを勇者に捧げ、それで世界を救ってきた長年の歪みの結晶がこの国なのだ。


(は、はは……)


 ここにいる周囲と同じように恐怖を抱き、ただ眺めてるだけしか出来ない。仮にも勇者と呼ばれているのに、自分には何も出来ない。いや、しない。したくない。


 自分を救わなかったこの人たちを救う義理なんて――。


「離して! 離してお父様!!」

「駄目だ……! お前はちゃんと私が守る……!」

「はっ、くだらない茶番だなぁ! だったら望み通りにしてやるよ!!」


 誰もがもう無理だと思った。




 その瞬間。


「――なぁ」

「っ!? な、なんだお前!?」


 見知らぬ声に、あるいは見知った声にライと周囲は逸らしていた現実を元に戻す。


 そこにいたのは。


「それでも神官かお前?」


 悪徳神官の腕を掴み上げて、神官を睨む大男の姿があった。

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