第31話 二日目兄貴

 悲鳴を上げる。


「えぇ今回の調整も良好ですね」

「これだけマナを集めても術式に綻びがない。流石我らの最高傑作だな」


 許容量を超えたマナを集められ、体が悲鳴を上げる。


「本当に長かった……」

「あぁ。一時期、計画を凍結させられたがようやくここまで漕ぎ着けた」

「心苦しいですが周辺の村々に対する支援を打ち切って正解でした」

「それで浮いた資金や物資を計画に回せたからな」

「まぁこれも全ては神託のためだ。仕方がない」


 声はもう枯れ果てた。悲鳴を上げる力も残されてない。だというのに集められたマナが体を回復させて行く。そしてまた悲鳴を上げる。


「おっと血が飛び散りましたね」

「術式が問題なければどうでもいい」

「そうですね。どうせ回復しますし」


 血管が破裂し、腕から無数の血が飛び散る。そんな悲惨な光景を前に、それでもこちらを観察する神官たちは相変わらず意に介さない。


「はぁ……! はぁ……!」


 最初の頃は彼らに憎悪を抱いた。

 子供ながらに何度殺そうかと思ったことか。


 そうして実験が進み、力も手に入れた。

 勇者と似た超常の力を手に入れた。


 隙を突き、彼らの命を奪おうとした。それでも勇者の術式と共に施された苦痛の術式によって叶えられなかった。そしたら彼らの実験が更に過酷な物になっていった。


 やがて感情は次第に殺意から懇願へ。

 懇願から諦観へ。

 諦観から絶望へ。


 そして絶望は、恐怖となった。

 恐怖によって従順となり、従順となったら実験の間隔も狭まった。だから彼らに逆らえなくなり、彼らの言うことを聞くようになった。


 そうした経緯を経て、彼らは。


「これでは問題ないですね」

「あぁ現勇者に対するは完璧だ」


 ――これだけの事をやって、ただの保険と言ってのけたのだ。




 ◇




「……年。少年? どうした? 何があったか?」

「……え? あぁいや、なんでもない」


 ラルクエルド教国二日目。

 思い耽っていたライを呼ぶ声に、ライは我に返る。

 目の前には昨日知り合った不思議な男がいた。


 ライは先程まで昔のことを思い出していたのだ。実験が完成して、勇者として活動し始めてからあのような実験は終わった。ここ最近苦痛に襲われる事もない。それでも未だに苦痛の術式は残っているため彼らに逆らう気持ちは微塵も湧かない。


 そんな事を目の前の男に言える筈もなく、ライは誤魔化した。


「……そうか。何かあったら言ってくれよ?」

「ありがとう。それじゃあ――」


 今日はどうする、と言いかけてライは目の前の男をジッと見る。


「ど、どうした?」

「いや、結局名前ってなんだろうって」


 まぁライも自分の名前を名乗るタイミングを見失ってずっと少年と呼ばれているが。

 ライのそんな当然の疑問に彼は一瞬ポカンとして――。


「ラブマックス・フルパワー・兄貴だぜ」


 相変わらず本名を名乗らない彼に、ライは苦笑いを浮かべて気にしないようにしたのだった。かと言ってそのままだと呼びづらいと感じたライは別の名前を言う事にした。


「それじゃあ兄貴」

「あ、兄貴か……」


 ライの言葉に一瞬ラックマーク王国にいるバッタのアニキの事を思い出すノルドであった。


「今日はどうする?」

「うーん……そうだな」


 案内は昨日の内に終わらせたばかりだ。

 だから今日は案内とは別の事を考えなければならない。


 暫く考えて、そして。


「いやぁ実はそうなんだよ!!」

「ガッハッハッハ!! 最近の若いもんは苦労してんねぇ!!」

「もぐもぐ……」


 気が付けばライは、飲食店で客と談笑する兄貴の姿を見ながら料理を食べていた。


「ハッハッハッハ!!」

「ハッハッハッハ!!」

「もぐもぐ……」


 どうしてこうなったのか。

 そのきっかけは兄貴の唐突な一言からだった。


『そういや腹減ってないか!?』


 何か妙案が思いついたような顔をして、次の瞬間そんな事を言ったのだ。そして自分ですら把握出来ていない飲食店に連れていかれ、今に至るという訳である。


「――それでそのお嬢様の悩みってのが、降って湧いた婚約話じゃなくてな!」

「おいおいマジか! 両思いだってのにヘタレ過ぎんだろその相手よぉ!」

「でも最終的にそいつは勇気を出してお嬢様に告白したんだよ!」

「なんだよそいつ漢じゃねぇか!! こりゃあ傑作だな!!」

「もぐもぐ……」


 兄貴の話は大体が人の恋路に関する話だった。

 それだけなら湿っぽくてこのような飲み食いするような場所でする話じゃないだろう。だがその恋路に兄貴という存在が入ってくると別の話になる。

 盛っているのか盛っていないのか分からない兄貴の活躍に誰もが興味を抱く。爽快で、痛快な話に周囲の人々が盛り上がって行く。


 大体なんだろうか。巨人族数人でやっと持ち上げる大木を兄貴が手伝って一緒に魔獣へ投げたというのは。明らかに話を盛っているだろう。それでも彼の語り口は真に迫っていて、誰も嘘であると断じる事ができない。


 豪快で親しみやすい兄貴だからこそ、みんなが信じてくれるのだ。


「……凄いなぁ」


 ライは生まれてはじめてこのような人を見た気がした。

 いや、きっと初めてだろう。村の中にいた時も、この国にいた時もこのような人を見た事がなかった。誰もがライを支配しようとし、ライを苦しめてきた大人しかいないこんな国じゃ、兄貴のような人がいないのは当然だろう。


「いやぁでもびっくりしたなぁ!」

「お、何が?」

「だってよぉ……兄ちゃんって神官様が発行する手配書の特徴と似てて一瞬疑ったんだよ」

「え!? あ、そ、そう!?」


 一人の客の指摘に兄貴の表情が固まった気がした。


「ほらあれ……大柄な男に……」

「白銀のメイスに……」

「黒髪短髪……」

「一致してね?」


 料理屋が一瞬のうちに静かになって行く。

 ライはそんな空気に困惑して、兄貴の方は更に冷や汗で凄い事になっていた。


「……」


 そして兄貴が真顔になり、暫くすると――。


「たぁまたまだぜ!!」


 豪快な笑みを浮かべてそう言った。

 誰もが真顔だ。空気が固まってる気がする。

 これは流石に苦しかったか……? と思った兄貴だがその次の瞬間。


「なんだたまたまかぁ!!」

「兄ちゃんも運が悪いねぇ!!」

「いやぁ兄ちゃんが『ノルド』とかいう悪党と一緒な訳ねぇよなぁ!!」

「……お、そうだな!!」


 客たちは兄貴の言葉に納得してまたいつもの喧騒に戻ったのであった。


「あんな聖女様に言い寄る軽い男と兄ちゃんが一緒な訳ねぇよ!」

「お、おう! そうだな!」


 お前のことである。


「こんな良い男が神官様から目の敵にされる筈ねぇよ!」

「おう、そうだな!」


 嘘である。

 この男、つい先日に神官様をのしてきたばかりである。


「いやぁ今日という日に乾杯だぜ!」

『かんぱーい!!』

「は、はは! か、かんぱーい!!」

「もぐもぐ……」


 不安だったが解決して良かったと思ったライは引き続き、客からお勧めされた料理を食べる。そしてライは兄貴の方へ見て、頷いた。


(うん……兄貴が『ノルド』な訳ないよな……おれと戦う相手じゃない筈だ……)


 そう内心結論付けて、ライは気にしない事にした。




 気にしないように、したのだ。

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