第30話 束の間の再会

 ノエルにとって姉のヨルアとは己を理解してくれる大切な家族だ。

 だからこそ、自分がきっかけで姉が家から追い出された事を気に病んでいた。父に逆らう事が誰かを傷付けると恐怖していた。


「姉、様……」

「ノエル……?」

「本当に姉様だ……無事で、いてくれたんだ……!」


 だからこの再会は喜ぶべきだ。

 心から喜ぶべきなのだ。


 なのに。


「……あれ? でも、なんでノルドと一緒に?」


 ノエルの目には自身の姉を抱き留めている好きな人ノルドの姿があった。確かに転びかけた姉を助けたからその光景も理解出来る。理解出来るのだ。


 でも思わず、自身の姉に対して暗い感情を抱いてしまった。


「あ、あれ? な、なんか空気が……」

「……あっちゃあ」


 ヨルアは正確にノエルの心情を理解した。だから自分の今の状況が如何にまずいかも把握し、ノエルに弁明を始めた。


「いえ、違うわノエル。決して貴女の思っているような事じゃないわ」

「ふーん」

「それ以上の関係とかないのよ」

「ふーん」


 聞き入れそうにないノエルの態度にヨルアの目が据わる。

 そして。


「もう面倒臭いわね」

「え、うわぁ!?」

「うわ、ちょ!? 危ないだろ!?」


 ヨルアはノエルを引っ張り、ノルドの方へ押し出したのだ。

 ノルドは思わずノエルを抱き締めてヨルアに抗議する。なのにヨルアはまるで一仕事をしたかのように息を吐いた。ご丁寧に汗もかいてないのに額を拭く動作もしていた。


「私に嫉妬心を向けるぐらいならアピールをしなさいノエル」

「いや何言ってんだこの人……」

「……」

「……ノエル? どうしたノエル?」


 なんかノエルの反応が静かだ。

 さっきからずっと胸板に顔を埋めて微動だにしない。いや心なしか息が荒いような気もする。そんなノエルの反応に、ノルドはどうすればいいのか分からない。


 そんな彼らの反応を見て、一人孤立していたクウィーラが呟いた。


「……なぁにこれ」




 ◇




 場所はラルクエルド城のとある空室。

 顔を赤くしてソファの上で俯きながら沈黙しているノエルの対面に、ヨルアとクウィーラの二人がソファに座っている。ノルドは図体がデカいから一人だけヨルア側の後ろで立っていた。


「……さて順番が逆になりましたが、まぁいいですわ」

「……順番?」


 ヨルアの言葉に顔の熱が冷めやらないノエルが首を傾げる。

 そんなノエルに対し、ヨルアは真剣な表情を浮かべる。


「積もる話もあるでしょうが、先ずは勇者である貴女に話したい情報がありますの」

「……!」


 流石というべきか、ヨルアの勇者という言葉を聞いたノエルは瞬時に頭を切り替え、背筋を伸ばし、真剣に話を聞く体勢に入った。


「先ずは――」


 ヨルアたちの持っている情報といえばこのラルクエルド教国に関する闇。即ち人工勇者計画についてだった。初めて聞いたその存在に流石のノエルも驚愕を隠せず、その非道で自分勝手な内容に拳を握り締める。


「神託のための、人工勇者……!」

「黒であろう事は確か。しかし現段階ではまだ証拠はありませんわ。可能性であればあなた方がこの前、ドワーフの里で遭遇した女神の加護を持ったドワーフのような線もありますもの」


 勇者とも聖女とも違う、ただし同じ加護を持ったドワーフの少女。ラルクエルド教国の勇者もまたその少女と同じ例外という可能性も今は捨てきれないのだ。だからこその証拠集めだが、ノエルはヨルアの言葉に首を振った。


「多分だけど……彼女と同じじゃないと思う」

「つまり貴女はこの国の勇者が人工で生み出された存在だと?」

「ヴィエラの過去を聞いて腑に落ちたんだ」


 人工勇者計画を話す上で、今勇者パーティーにいるヴィエラがその計画に関わっていた事も話していたのだ。


「この国に来てから……いや古代都市でもう一人の勇者を知ってからヴィエラの様子がおかしかったんだ。それらの行動が彼女の過去に関わるものだったとしたら全て腑に落ちる」


 女教皇に掴み掛かるという彼女らしからぬ行動。ライに対しこの国から逃げるようにと言い放った事。それらの行動の裏に人工勇者計画という存在があったとしたら、彼女の反応こそが人工勇者計画の実在を指し示していた。


「……うん話してくれてありがとう。姉様、ノルド、そしてクウィーラさん」

「い、いやぁ私は別に何も……」

「ううん。クウィーラさんはノルドをちゃんとこの国へ案内してくれたんだ。だから君に礼を言うのは当たり前なんだよ」

「……へへ」


 ノエルの純粋のありがとうにクウィーラは照れるように頭をかく。

 始めはノルドの何者にも屈しない精神に憧れを抱いた。

 次に同じ神官の不始末に責任を抱いて、ノルドの案内を務めた。

 自身が所属するラルクエルド教会に不信感を抱いた。


 ノルドに嫌悪感を抱く教会にとって、クウィーラの行動は利敵行為そのものだ。バレれば自分が教会の敵になる可能性があったというのに、クウィーラは自分の行動が間違っているとは思っていなかった。それでも自分が信じていた組織が敵に回るという不安と恐怖はあった。


 そんなクウィーラを勇者であるノエルがお礼した。

 それによって彼女は報われたと感じたのだ。

 

「ありがとう、ございます……! 勇者様……!!」


 そんな彼女を微笑ましげに見るノルドたち。

 暫くしてノエルはノルドたちにこう提案をした。


「調査は僕たちに任せて欲しいんだ。それに客としてこの城に招かれている僕たちの方が危険性が少ないと思うし」

「まぁ私たちはバレかけてましたからね……」


 クウィーラはそう言って後ろにいるノルドを見る。

 相変わらずノルドの神官服は悲鳴を上げていた。


「……強くなりましたわね」

「姉様?」

「三日後の試合には『あの男』が来ますわ。その覚悟は出来ておいでで?」


 記憶の中にあるノエルは自分の体に悩み、追い詰められていた。

 なのに目の前にいるノエルは胸を張って前を向いているように見える。少なくともヨルアの言う『あの男』……自分たちの父親と対面して臆するイメージが湧かないほどだ。


 だから分かっていながらノエルにそう問うた。

 ノエルは一瞬ヨルアの言葉に目を見開くも、次の瞬間には笑みを浮かべてヨルアを見返した。


「――大丈夫」


 そう言ってノエルはノルドの方を見て、また姉の方へ見た。


「僕には大切な仲間がいる。だから覚悟は出来てるよ」

「……ふふ」

「? うんノエルなら大丈夫だ!」


 これでヨルア側の情報は全て渡した。

 調査は引き続き行うとして、ラルクエルド城での調査はノエルたちに任せてもいいだろう。そう判断したヨルアは腰を浮かせたが――。


「あっ待って!」

「? どうしましたか?」

「実は僕たちの方から話さなきゃいけない事があるんだ」


 そう言ってノエルが語るのは旅の道中に出会った悪魔ディーシィーと、彼が作り上げた『禁聖の術』についての情報だった。


「マナを封じ込める術……」

「死に際にその術はもう他の悪魔に渡したと言ってたんだ」

「厄介ですわね。そしてそれ以上に厄介なのはその術を使った計画が悪魔側にあるという事」


 そう、本来の敵は魔王とそれに連なる者たちだ。その筈なのに自分たちは今人間側の都合で足止めを食らっていた。それが実に忌々しいとヨルアは眉を顰めた。


「古代都市から離れる時にカイル神官はこう言ったんだ。ケーン大陸から流れる瘴気の浸食速度が今までより遅いって。僕は今までの浸食速度について知らないけど、もしその浸食速度が悪魔たちの計画と何か関わりがあるんだとしたら……」

「……この国で悠長にしている暇はないって事だな」


 ノエルの言葉にノルドはそう結論付けた。




 ◇




「それじゃあノエル。また三日後」

「うん! ノルドの事はみんなに伝えるよ!」


 粗方共有すべき話も共有し、ノルドたちはこの城から脱出しようと空室から出る。


「みんなか……サラは今どうしてるのかな」

「大丈夫! それに今のサラと会えばびっくりするよ? 今のサラはとんでもなく強くなってるからね!」

「まさか俺抜きで悪魔を倒すんだもんな! やっぱりすげぇよお前ら!」


 ノルドは自分もこの旅の中で強敵と戦い、勝ってきた。鍛錬も欠かさずやっていた。しかしそれ以上にみんなも強くなっていたのだ。

 これは三日後頑張らないといけないなと、ノルドは決意を新たにする。


「……頑張ってねノルド」

「あぁ絶対に勝つさ!」


 ノエルはそんな変わらないノルドに笑みを浮かべる。

 どんな時でも勇気を与え、見せてくれる彼だからこそ好きになったのだ。




 そんな二人の会話を、遠くで見る人影がいた。


「やっぱり、ノエルは……」


 サラが嬉しそうにノルドと会話するノエルを見て、複雑な表情を浮かべていたのだった。

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