第29話 ステルスミッション

 ラルクエルド城にいる人間の大多数は神官である。

 彼らは皆真っ白な神官服を着ており、衛兵や給仕のような役目も兼ねていた。だからこうして神官が城内を歩く事に不自然さはない。


「お疲れ様です」

「はい、お疲れ様です」


 すれ違った神官同士が挨拶をする。

 この城でよくある光景だ。


「お疲れ様でーす」

「はい、お疲れ様ー」


 例え神官でも気心の知れた者同士の挨拶は軽い。

 これもこの城でよくある光景の一つだ。


「おぉ聖女よ! 其方はいつも美しい!!」

「お疲れ様です」

「お、お疲れ様でーす……」

「はい、お疲れ様です」


 そう、通路で大柄な神官を連れた神官二人とすれ違うのもいつもの光景――。


「――いやなんだ今のは!?」

「はい?」

「いやはい? じゃないが!?」


 一瞬で得られる情報量が大きすぎて脳の理解力が追い付かなかったのか、自然に挨拶してしまった一般神官。よくよく考えればこの城で、そんなピッチピチに神官服を着こなした大男など見た事がないのだ。ツッコミを入れるのも当然のことだった。


「そこのお前! この城で見かけない奴だな!」

「人違いでは?」

「そんな体格をした奴を間違えるわけないだろう!?」


 大男に対する疑惑を淡々と否定する女性神官にツッコミを入れる一般神官。

 流石に二メートルを超える筋骨隆々の大男が何人もいるわけがなく、ラルクエルド城内で勤務をしていたのなら分かる筈だ。なのに彼の記憶にはその大柄な神官を見かけた覚えはなく、明らかに怪しいと判断する事ができた。


 そんな神官に、先程の女性神官が説明をする。


「実はこの方は先程この城で勤務する事になったのです」

「……はぁ? 私はその事を聞いていないが……」

「急遽決まった事なのです」

「……本当かぁ?」


 怪しい人物に怪しい状況だ。流石に一般神官でも疑わざるを得ない。だがその事を予想していたのか、その女性神官は更なる証拠を提示した。


「はい。その証拠にこの方から許可を頂いております」

「この方……?」

「あ、はい……私です……!」


 そう言って出てきたのは、大柄な神官のあまりのインパクトで隠れていた一人の少女。彼女を見た瞬間、神官の彼は驚愕の顔を浮かべた。


「なっ、貴女はクウィーラ様じゃないですか!?」

「は、ははは……」


 一般神官の言う通り、この大柄な神官と共にいた二人の神官の内一人はクウィーラ・サドリカだった。古代都市から共にこの国へやってきたノルドの仲間の一人である。


「齢十五でありながら上級聖術士の資格を持ち、上級神官への昇格を約束されているお方! 古代都市で負傷したと聞いていましたが、ご無事でしたか!」

「ま、まぁ……勇者パーティーの戦士を賭けた大事な試合があると聞いてですね……」

「なんと! 流石はクウィーラ様ですな!」


 褒めちぎる一般神官にクウィーラは苦笑いしか浮かばない。


(わぁ〜……これ後で絶対揶揄われるよぉ〜……)


 こんな状況で他の二人の顔を見たくない。絶対ニヤニヤとした表情で自分を見ているに違いないとクウィーラは確信する。しかしクウィーラの意外な評判によって疑いがいくらか減ったのは事実だ。


「しかしなるほど……クウィーラ様のご判断なら仕方がありませんな」

「……ほっ」

「因みにこの方とはどこで知り合ったので?」


 それは純粋な疑問から出た質問だった。

 何せこんな大柄な男が神官としてこの城に勤務を任されるほどなのだ。それもあの有名なクウィーラ直々にだ。そんな一般神官の質問に、クウィーラは冷や汗をかきながら事前に話し合った設定を語り始めた。


「え、えーと……この国に来る途中で聖女様を熱心に慕うこの方を見かけてで、ですね……それで彼の真剣な願いに胸を打たれて……はい」

「なるほど聖女様のためにあの方のお側で仕事をしたいと……」

「あぁ! 聖女様なら私は例え火の中水の中!!」

「ほう? とても素晴らしい熱意の持ち主ではないか」


 一般神官の心証もかなり改善してきた。では仕掛けるならこのタイミングだと判断した大男は聖女に対する思いをひたすらにアピールし始める。


「人を愛し、人に愛される美しくも可憐な聖女様! 貴女の微笑みで大地に草花が溢れ、貴女の喜びは全てを潤す事でしょう! あぁ素晴らしき聖女様! この想い、この身の全てを聖女様に捧げ、彼女の幸せを一番にそして永遠に願いましょう!!」


 うわぁなんだこいつ、とクウィーラともう一人の女性が彼を見る。

 流石にこれは苦しいだろうと一般神官の方へ見ると……。


「おぉ……おぉなんという聖女愛!」

『えぇ……』

「類を見ないほどの熱意! 流石クウィーラ様が見つけてきた逸材だ! 彼ならば聖女様の力になれるかも知れない!」


 どうやらアピールタイムは好評に終わったようだ。完全に大柄な神官に対する疑いが晴れたようで、一般神官は彼らから去っていった。


『……』


 ……。


「……俺、潜入の才能あるかも?」

「ないです。ないない。なーい!」

「まぁバレなかったのだからいいではないですか」

「バレそうになってますが!?」


 誰もいない事を確認した三人はふぅと息を吐くと、先程の言動から一転する。そうもう既にお気付きかも知れないが、ここにいる三人はラルクエルド城に潜入してきたノルド、ヨルア、そしてクウィーラの三人である。


「大体なんですかこれ!? 潜入するにしたってもっと別の方法がある筈ですよね!? ノルド様を見てくださいよ! 神官服が限界超えて悲鳴を上げてますよ!?」

「まぁ着れたからいいじゃないか」

「寧ろ良く着れましたね!?」


 伸縮性があるにしても限度がある着方である。

 歩く度にノルドの服からブチ、ブチ……と嫌な音を聞いてるせいか潜入調査であるにも関わらずあまり集中出来ていないクウィーラだった。


「ヨルア様もヨルア様ですよ……どうして誰も貴女に対して疑念を抱かないんですか……」


 見知らぬ神官であればヨルアも同じだ。

 なのにノルドに対する疑惑はあれど、ヨルアに対する疑惑はなかったのだ。

 いやー不思議だなー。


「言わずもがな、誰かさんのインパクトが強すぎるせいもありますが……」


 うーんとわざとらしく首を傾げると、ヨルアはクウィーラに向かって笑みを浮かべる。


「――この私の美貌と佇まいを見れば誰が疑うのです?」

「うわぁ……自分で言います……?」


 まぁ確かにヨルアの言う通り、彼女の神官姿は非常に様になっており、自然に周囲と溶け込めていたのだ。だからこそ誰も指摘しない。指摘しようとは思わないのだ。

 そうして雑談も一旦区切り、三人は再びラルクエルド城を探索し続けていく。そんな中、ヨルアは二人に自分たちの目的をおさらいした。


「ここで再びおさらいをしましょう。私たちがこの城に潜入したのは二つの目的のためである事は覚えているのでしょうか」

「確か一つ目はこの城で人工勇者に関する研究を調査する事……だっけ」


 クウィーラの確認にヨルアが肯定する。


「私が事前に得た人工勇者計画の情報には、人工勇者を作るには大量のマナが必要で、そのためにはマナの源流であるマナラインの力が必要不可欠と書かれていましたわ」


 マナラインに接続し、マナラインからマナを組み上げる方法もあるが常時となるとその方法は現実的ではない。接続するにも維持するにも多大な労力が必要であり、実験するには適さない方法なのだ。


「なので彼らが必要となったのはマナラインの影響を受けた神聖な土地なのです。現在確認されているその聖地は五つ」


 ラルクエルド教発祥の地にして、勇者誕生の地『ラックマーク王国』。

 経済の中心にして、策謀渦巻く商人国家『カイコル』。

 断崖に位置し、上昇と転落を遊ぶ娯楽国家『サヌランド』。

 ケーン大陸に対する防波堤にして世界最大の聖地『エルフの森』。


「そしてここ……ラルクエルド教の総本山『ラルクエルド教国』もまた、人工勇者計画に適した聖地の上に建っているのですわ」

「そして実際に、ここにはもう一人の勇者がいる……」


 ノルドの言葉にヨルアが頷く。


「即ちここで実験を開始し、人工勇者が生まれたという事。ラルクエルド教国が人工勇者計画と関わっている事を状況が示しています」


 ならば目指すべきはこの土地の地下。

 よりマナラインに近い地下にこそ実験施設があるとヨルアは睨んでいた。


「私たちは人工勇者計画に関わる全てを調査し、その全てを破棄する事が目的となるのですわ」

「そして俺たちにはもう一つの目的があるんだよな」

「えぇ。即ちこの城にいる勇者たちと再会する事」


 再会してこちらの持っている情報を渡す事が目的だ。


「人工勇者に関する情報を、だよな」

「色々話したい事や語りたい事もあるでしょうが、先ずはこの国の闇を勇者たちに共有する事が先決でしょう」


 三日後。この国で戦士の枠を賭けた試合が始まる。

 その際この国には世界各地の著名人が集まってくるのだ。そこで世界に対する強い影響力を持つ勇者がラルクエルド教国に関する情報を彼らに流したらどうなるのか。

 少なくとも腐敗していた教国にとってはかなりの痛手を受けるだろう。下手すればラルクエルド教そのものにダメージが入るかも知れない。そこまで行くと信仰に疑心が生まれ人類が詰んでしまう可能性もあるが、一応それに対する対策もヨルアは考えていた。


「ふふふ……悪魔という存在がいて好都合でした」

『うわぁ』


 この女王。もしかしなくても教国のトップを悪魔に仕立て上げて、陥れる気だ。そうすれば全て悪魔になったトップのせいだと認識させ、教国のみ痛手を与える策を練っていたようだ。


「とにかく先ずは情報を手に入れる事が最優先――」


 そう言いながら曲がり角を曲がろうとしたその時である。


「うわぁ!?」

「きゃあ!?」


 先を歩いていたヨルアが曲がり角で誰かとぶつかり、倒れようとしたのだ。


「危ない!」


 咄嗟の判断でノルドはヨルアを支えることに成功する。

 そしてぶつかった相手の方を見ると……。


「……え」

「いたた……あ、ごめん! 僕、よそ見してて――」


 お互いの時が止まる。

 そこにいたのは紛れもないの姿。


「……ノエル」

「……え? ノルド?」


 そしてノエルは、ノルドが支えている女性の姿を見た。

 どんなに時が経っても忘れる事のない大切な家族のその姿を。ノエルは困惑しながら、信じられない様子で呼んだ。


「……姉様?」

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