第28話 サラの矛盾

 場所はラルクエルド城。サラシエル女教皇とライが退出し、残された勇者パーティーは案内された客室で休んでいた。


『……』


 客室に通された時から沈黙が長く続いていた。

 理由はただ一人。ヴィエラ・パッツェの醸し出す重い空気である。そんな彼女の空気に呑まれて気まずいノンナは他の二人に目線をやる。


「……(チラッ)」

「……(ブンブン)」


 サラは首を振って拒否をした。


「……(チラッ)」

「……」


 ノエルは心ここにあらずである。

 ちくしょう役に立たないな、とノンナは心の中で舌打ちをした。


 そもそもの話、何故ヴィエラはこんなに機嫌が悪いのか。

 今思えば彼女の様子が変わったのは、古代都市でカイル・マグバージェスからもう一人の勇者の存在を知った頃だろうかとノンナは考える。


(それからヴィエラはふとした時にピリついた空気を出すようになったんじゃっけ……)


 そう言えば、と。ノンナはカイル・クソ神官と初めて対面した時、彼がヴィエラに何を言おうとしていた事を思い出す。


(確か彼奴は……)


 ――まさか……ここでラルクエルド教のさい――


(さい? あの後、彼奴は何を言おうとした?)


 今の段階では判断材料が少なく、その後に続く言葉を推測する事が出来ない。しかしその発言から、ヴィエラとラルクエルド教との間に何かがある事は分かっている。ラルクエルド教国でも教会でもない。ラルクエルド教という宗教そのものにヴィエラが関わっていたような発言だ。


(それに……)


 とどめにライというラルクエルド教国の勇者とサラシエル女教皇の存在だ。初対面の筈だというのにどこかその二人の事情について把握しているような様子だった。しかしいくら考えても推測の域を出ない。


(聞く、しかないのかのう……?)


 直接ヴィエラに事情を聞くという選択肢が脳裏に過ぎる。そして彼女の方を見やると、彼女の醸し出す空気に尻込みをした。


(あんな状態のヴィエラに聞けるのか? 無理じゃね?)


 ヘタレを舐めないで欲しいと心の中で独りごちる。しかしその一方で寂しがり屋なノンナはこの長い沈黙に耐えられないでいた。葛藤し、葛藤して……そしてノンナは覚悟を決めた。


「のう――」

「そう言えば後三日なんだよね……あっごめん」

「いえ、どうぞどうぞ」

「え? あ、うん……?」


 言葉を発しようとしたタイミングでノエルが遮るように口を開く。当然、ヘタレなノンナは言おうとした事をやめて、ノエルに話の主導権を渡した。


「三日後というと……試合かのう」

「うん。その日に会えると思うとね」


 誰に、という質問は誰もしない。

 彼女たちは分かっているのだ。ノエルだけじゃない。サラも、ノンナも、そしてヴィエラも三日後の再会を心待ちにしていた。


「随分長くかかったけど、今どうしてるのかなぁ」

「……きっと、色んな事に首を突っ込んでいるわよ」


 サラの言葉に、先程まで沈黙していたヴィエラが苦笑いを浮かべながら答える。ノンナはこの重たい空気を変えるのはここだと判断し、話を膨らませようと口を開いた。


「例えば他人の色恋に首を突っ込んだりとかの」


 正解である。


「強敵と戦ってたかも!」


 正解である。


「もしかして僕たち以外の人と仲間を組んでたり……?」


 正解である。

 しかしそう言ってノエルは落ち込んだ。出来れば自分たち以外の人と仲間を組んで欲しくなかったりという独占欲からだ。自分たち以外と意気投合する光景を想像して複雑な思いを抱いたノエルであった。仲間になったのはノエルの姉なのだが。


「他の人と組んでも絶対その人を振り回してる筈よ」


 正解である。

 ヴィエラのその言葉に容易くその光景を想像出来たのか一同は笑い合う。

 ラックマーク王国から古代都市まで短くも濃い時間を過ごした彼女たちはちゃんとノルドの事を理解していた。だからこそ、彼女たちはノルドがちゃんとこの国にやってくると確信しているのだ。


「いったい今、ノルドはどうしてるのかなぁ」

「……ほほう?」


 その言葉を呟いたノエルの顔はまるで恋する乙女のように頬を赤らめていた。そんなノエルの表情を見たノンナはニヤニヤと笑みを浮かべる。


「なんじゃなんじゃそんな顔をしよってからに。どんだけノルドの事が恋しいんじゃ?」

「こ、恋!? い、いやそんなちが……くもないけど!?」

「かーっ! あっまいのう!! ……ん?」

「(クイクイ)」


 クソ重い空気からこのクソ楽しい展開にノンナのテンションは上がっていた。と、そんな時である。ノンナはふと、こちらを呆れた表情で見ているヴィエラに気付く。そして自身に気付いたヴィエラは顎でとある方向を示したのだ。


「え? あっ……」

「……」


 顎で示された先にはノエルのことを複雑そうな表情で見るサラの姿があった。因みにノエルは妄想をしているのか照れているためサラのことに気付いていない。

 彼女のその表情に気付いたノンナは、先程のワクワクが消え失せて座り直した。


(ノエルがノルドに対して恋を自覚したのは確か古代都市からで……そしてどういうタイミングかは分からんがサラはその想いに気付いていた……)


 そう、勇者パーティーは今このような複雑な恋模様が発生していた。たった一人の男に勇者パーティーが崩壊する可能性がある事実にノンナは頭を抱える。もしこのまま、三日後にノルドと再会してしまったらこの勇者パーティーはどうなるのかと、その先の光景が怖くて想像できやしない。


「あーもうノンナが変なことを言うからちょっと暑くなっちゃった! ちょっと散歩して頭を冷やしてくるね!」

「お、おう……」


 ここでまさかのノエル離脱。残るのは複雑な表情で沈黙するサラと彼女を見るノンナとヴィエラの三人である。


(なんとかしなさいよ)

(またワシか? またワシに悩ませるのか?)


 アイコンタクトでヴィエラの無茶振りを受けたノンナは目を遠くさせた。


(大体サラの心境がよく分からんのじゃ!)


 ノルドの事を憎からず思っているどころか、確実にノルドを想っているのだとこの旅で理解していた。にも関わらず本人はノルドの告白を断り、勇者の事が好き、結婚すると言い放っている始末。二心あるというレベルなのだろうか?


 サラの性格を思えばそんな軽い女とは思えない。

 矛盾していて、どこか違和感がある。

 それがノンナの、サラに対する印象だ。


 だからこそ。


「……のうサラ」

「……あ、うん。どうしたのノンナちゃん」


 ノンナはサラに直接質問をした。

 ふと湧いた単純な疑問だった。


「もし、お主がライとかいう勇者と結婚するとしたらどうする?」

「ちょっとノンナ、貴女いったい何を言ってるのよ?」


 ノエルもまた同じ勇者だ。しかしサラのノエルに対する態度が恋する人ではなかった。あれだけ勇者が好きで結婚したいと言ったサラだが、ノエルの前ではただの友人として接していたのだ。だから疑問に思った。ノエルでさえそれなら、同じ勇者であるライのことはどう思っているのかと。


 そんな純粋な疑問にサラは――。


「うん、結婚するよ?」


 ――迷いなく、即答した。


『……は?』


 思わず横で聞いていたヴィエラも唖然とした。

 サラの言葉を理解出来ないノンナは、ならばと別の質問をする。


「じゃ、じゃあノエルとの結婚は?」

「うん、するけど?」

「いや矛盾してるじゃない!?」

「え? ……あ、そうだね!? うん? あれ?」


 ヴィエラのツッコミを受けて、サラは己の矛盾に気付く。そして自身の言動に違和感を覚えて困惑を始めた。


(なんじゃ……? いったいサラの身に何が起きてる……?)


 あまりの予想外な事態にノンナは真剣な表情で思考を始めた。

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