第27話 謎の爽やか兄ちゃん
「ありがとうございます……! ありがとうございます!」
「いや良いって事よ! 助け合いは当然だからな!」
ライの目の前でひったくり犯に遭った女性が、自分の荷物を取り返してくれた謎の大男にお礼を言っている光景が繰り広げられている。
女性はお礼として色々渡そうとしてくるが、男はそれを全部断っていた。
(……多分だけど、強い)
男が捕まえたひったくり犯は『聖術強化』を使っていた。それなのに男は苦もせず捕まえて見せたのだ。確かに『聖術強化』にも程度の差はあるが、それでも使わない人間より強いのは確かだ。そう、例えば『聖術強化』を使っていない大柄な男性よりも『聖術強化』を使っている細身の女性の方が圧倒的に強いというぐらいに、それが当然の摂理の筈だ。
だというのに。
(あの人が『聖術強化』を使った気配はなかった)
その当然を、目の前の男が覆した。
あり得ない。しかし事実として目の前に起きている。
(何者だろう)
暫く話し込んでいた男と女性が離れていく。
どうやら互いの妥協を受け入れたようだ。
男は女性から貰ったリンゴを二つ両手に抱えて、ライのところへと戻ってくる。
「いやぁ遅くなった! あっそうだ。リンゴを貰ったから一緒に食おうぜ!」
「あ、うん……ありがとう」
あまりに自然に渡してくるものだから、つい受け取ってしまった。今更突き返すのも変だと思い、ライは仕方なく男の厚意を受け入れることにした。
「しゃくっ……おぉうっま」
「……もぐもぐ」
リンゴを食べながら隣にいる男を見る。
大柄な体型に、服越しでも分かる分厚い筋肉。それに後ろに背負っている重そうな白銀のメイスにも目を引く。
(探索者? それとも傭兵?)
装備から見ても素性が分からない。
探索者にしては探索道具を持ちずにメイス一本だけなのは不自然だ。いやそもそも探索者だったらラルクエルド教国に来ても意味はないだろう。ラルクエルド教国は確かにラルクエルド教の総本山だが歴史的価値はないし、それに傭兵にしても隙があり過ぎる。
(いや敢えて隙を見せている可能性もあるけど……)
そうだとすれば、それは勇者である自分でも見抜く事も出来ない実力を持っているという事だ。しかしノエルという同じ勇者を例外にすればそれはあり得ない。
――勇者を超える只人など、この世にあってはならないのだ。
(……って、ここに神官がいたらそう言ってそうだけど)
ともかく、その男がどれほどの実力を持っていようとライにとっては関係ない。成り行きでつい男と一緒にリンゴを食べているが、そもそも男といる理由も義理もないのだ。
リンゴを食べ終われば自分と男の関係は終わり。そう思っていたライなのだが。
「ふぅー食べた食べた! それじゃあ少年! 一つ頼みがあるんだが」
「え」
「ついさっきこの国に来たばかりなんだ! だから案内を頼んでも良いか?」
「え」
……共にいる理由が、生えてしまった。
◇
「先ず、おれたちが立っているここはマーケット通りっていう名前」
渋々……そう渋々彼の頼みを聞き入れたライは、ラルクエルド教国の案内をした。
最初に案内したのはこの国の経済を担うマーケット通りだ。
「やっぱりというかすっげぇ活気だなぁ」
「……まぁお祝いしてるから、だな」
「お祝い?」
「うん。この国の勇者が魔王討伐に参加するってここの人たちが思ってるから」
恐らくこのお祭り騒ぎは当面……少なくとも試合が始まるまでの三日間はずっと続くだろう。するとふと、ライたちの耳に人々の話し声が聞こえた。
「いやぁそれにしても三日後に勇者様が戦う戦士ってのはいったいどんな奴だろうなぁ」
その一言を聞いて、何やら隣にいる大男が呻き声を上げた。しかし幸か不幸か先程の話し声を盗み聞いている状態のライには気付かなかったが。
「そりゃあとんだ軽い奴だろ? 聖女様を口説いてるって話だし」
「いやぁ俺はとんでもない悪党だと思うね! 何せラルクエルド教の神官様から直々に目の敵にされてるしな!」
「つまり軽くて悪い奴だな! そんな奴をうちらの勇者様がぶちのめすんだろ? いやぁ試合当日はスッキリしそうだな!」
そう言った話をしているのはその人たちだけじゃない。マーケット通りの至るところから、勇者が戦う相手の戦士を貶す内容をメインに話し合っていた。
と、そこに一人の男がこう切り出した。
「そういやなんて名前だっけ?」
「あー確か……神官様が発行した新聞になかったっけ」
「俺は知ってるぞ! 相手の名前は『ノルド』って奴だ!!」
「そうだ『ノルド』! 聖女を誑かそうとしている悪党の名前は『ノルド』だ!」
名前も見事に国中に知れ渡っていた。
ライはここで初めてこれから戦う相手の名前を知ることとなった。
「……ノルドか」
「ビクッ」
「……? そう言えば名前を聞いてなかったよね」
「え、あ、そう? だっけ?」
初対面で「困った良い子に手を差し伸べる通りすがりの兄ちゃん」と名乗られただけだ。まさかあれが男の本名じゃないだろう事はライにも分かっていた。
どこか挙動不審気味の男にライは首を傾げながら男の名乗りを待つ。やがて男は何かを決心すると、ライに向かって爽やかな笑みを浮かべた。
「ラブマックス・フルパワー・兄貴だ」
「ぶふぉ」
ライはこの日、この国で初めて笑った。
◇
笑ったせいか、どこか張り詰めた精神が緩んだライは楽しげな様子でラブマックス・フルパワー・兄貴を案内する。そして気が付けば日が暮れて、自由時間が終わったライは惜しみながら男と別れる。
そして残った男――言うまでもないが正体はノルド――は今、が人気のない裏通りを一人で歩いていた。
と、そこに。
「待て」
退路を断つように表通り側に立つ二人の神官が現れた。
「貴様……もしやと思ったがノルドか」
「筋骨隆々の大男に、白銀のメイス……あまりに堂々とし過ぎていたから気付くのが遅くなったじゃないか不届き者め」
「まさかここまで早く我が国に辿り着くとは」
彼らは勇者であるライを監視するために遣わされた神官たちだった。
神官と言ってもただの神官ではない。ライがもしも逃げる素振りを見せた瞬間に対勇者用聖術で拘束する武闘派神官だ。
「なんだ、俺らを見てたのはアンタたちだったのか」
ノルドはゆっくりと神官たちの方へと振り返る。
その表情に焦りはなく、ただただ自然体だった。
「……我らの存在に気付いてたのか?」
「どうせハッタリだ」
どこまでも神官たちはノルドのことを侮っていた。
まぐれで戦士になった男。
聖女に言い寄る男。
女神の神託を邪魔する神敵。
戦いになれば自分たちが勝つ。
そう心の底から思っていた。
「ちょうど良かった」
なのにノルドはずっと余裕を見せている。
その理由を、彼らは分からない。
「実はアンタたち神官を探してたんだ」
自分たちとノルドの間に絶望な程の実力差があるということを、彼らは分からない。
「世迷言を――!!」
空気が一変し、神官たちは戦闘態勢へと構える。
そして瞬きをしたその一瞬に――。
「え?」
――ノルドの姿が消えた。
「ぐふぇ」
仲間の奇妙な声が聞こえる。
すぐさま振り向くと仲間が壁に叩き付けられていた。
誰に? 考えるまでもない。
それをやれるのはノルドただ一人だけだ。
「き、貴様――」
「よっと」
反射的にノルドから離れようとするも、ノルドの伸ばした手が神官の顔を鷲掴みにする。なんてリーチ。そしてなんて速度だ。
「ちょっと眠っててくれ」
その一言と共に、強烈な力が自身を掴む手から感じられる。
そして。
「がっ」
仲間と同じ末路を辿った。
「さて……」
「ノルド。貴方は本当に軽率過ぎですわ」
「おっヨルアか」
神官二人を倒したノルドの元に一人の女性がやってくる。
ヨルア・アークラヴィンス。ノエルの姉にして、ラルクエルド教国へ向かうノルドと共に旅してきた仲間の一人である。
「貴方の名前と特徴が出回っているこの国で、変装もせず
「でもバレなかったじゃん」
「堂々としていればバレないと言ってましたが……まさか本当にバレないとは。いえ結果的にバレましたから今後このようなことは控えてくださいませ」
「いやでも明日またあの少年と会う約束をしてるんだけど……」
「えぇ……?」
駄目だ。全然反省してくれない。
自分の過去の行いを棚上げして考えるヨルアであった。
「それで、これで良いんだろ?」
「まぁ……そうですわね」
二人が見るのは倒れている二人の神官。
正確に言えばその神官が着ている服だ。
「本来は教会から盗む予定でしたが……まぁ良いでしょう」
この国に来た目的のために切り替えたヨルアは、確認するようにノルドの顔を見た。ノルドもまた真剣な表情で彼女の顔を見返す。
「人工勇者に関する調査と、勇者様方との再会……それを為すために私たちは――」
――ラルクエルド城へ潜入する。
そう、ヨルアは口にした。
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