第24話 合流! ヴィエナという少女

「わっ……あっ……つ、強いねぇお馬さん……」

「わー広くなったねぇー」

「ブルル」


 目の前の光景についていけてないナレアと呑気な事を言うヴィエナ。

 それはそうだ。動物ではなし得ない筈の『聖術強化』をしたキングと、キングが放った魔人すら消し飛ばす咆哮はあまりにも現実離れしていた。当のキングは「こんなものか」と自分がやった破壊の跡をあまり驚いた様子を見せていないが。


「ここか!? ってキング!?」

「ひゃあ……なんか森がやばい事になってます……」

「ペットは飼い主に似ると言いますが、やはりただのバトルホースじゃなかったですわね」


 と、そこに何やら森の入り口から異様な轟音を聞いて様子を見にきたノルドたち。キングはこれで向かいに行く必要はなくなったなと呑気に考えていた。




 ◇




 ナレアの家に上がった一行は暫しの沈黙を経ながら、ようやく思考の整理がついたヨルアが改めて自分たちの素性をナレアに説明した。


「……というわけで、こうして私たちはノルドの旅に同行しているのです」

「なるほど……勇者パーティーの戦士、かぁ」

「それで貴女方はいったいこの森で何を?」


 ノルドたちの正体を把握したナレアに今度はヨルアが質問をする。


「あっ自己紹介が遅れたわね。私の名前はナレア。今は各地を旅しながら薬を研究しているエルフの薬学者よ。そしてこっちがヴィエナ」

「ヴィエナと言います!」


 自己紹介を促されたヴィエナが元気よく名乗る。

 お互いの素性を明かし、話はようやく本題へと移る。


 魔人に襲われていたヴィエナとそれを助けたキング。

 ヴィエナと共にナレアの元へと向かったがそこで三体の魔人と遭遇。キングがこれを撃退したという話をナレアがする。

 ノルドは「やっぱりキングは頼りになるぜ」と頷いたが他の三人、ヨルア、クウィーラそしてシャロンは目を遠くさせていた。


「勇者でも聖女でもないただの……ただの? バトルホースが魔人を倒すなんて……いやノルドも魔人を倒せる側にいますが」

「キング、だっけ? あの子はバトルホースでも普通のバトルホースじゃないよ」


 呆れるヨルアだが、そこにナレアが気になる発言をする。


「えぇ確かにキングはただのバトルホースじゃないと思っていましたが……どうやらキングの正体について何か心当たりがあるようですわね?」

「うん。キングは間違いなく『王種』……バトルホースを統べる特殊個体だね」


 ナレアの言う『王種』と言う言葉に一同は首を傾げる。あまり知識を持っていないノルドやクウィーラはともかく、様々な情報を持っているヨルアですら聞いた事ない単語だ。だからこそ今までキングの事をバトルホースの突然変異種だと思っていた訳だが。


「時代の転換期にしか生まれないバトルホースの頂点。その力は並の魔獣を物ともしない程……っていう内容を里の古い書物で読んだんだけどなぁ」


 そう言って軽く頭を掻くナレア。

 すっかり交渉の代表者となってしまったヨルアは彼女の様子に首を傾げた。


「どうしたのですか?」

「いやぁでも流石にね? バトルホースの王種にしてもただの動物が『聖術強化』を使って魔人を消し飛ばすなんて書物に書かれてなかったし」


 彼女の言葉にノルドを除いた全員が驚愕する。

 確かに魔人を撃退したという話を聞いたが、まさか『聖術強化』を使って撃退としたとは思っていなかったのだ。


「え? 動物って『聖術強化』が出来ないの?」


 ノルドの純粋な疑問に、ヨルアが解説をする。


「……いえ、確かに理論上では動物も『聖術強化』を使えます。ですがそれはあくまで理論上。普通の動物は『聖術強化』を使えませんわ」


 聖術とは知識が必要な技術である。

 膨大な聖術単語を全て記憶し、理解する程の知識。そしてそれを扱うためのマナの才能と弛まぬ訓練。それらを実践レベルにまで鍛える事で初めて聖術士と呼べるのだ。

 一方同じ聖術でも聖術強化は人体の知識が必要な技術だ。

 どこを強化すればいいのか。どこまで強化すればいいのか。よほど人体に精通していなければ体にマナを通すことすらままならない技術。そして例えマナを人体に通し、集中させても制御する知識がなければ急激な力の上昇に肉体がついていけない事もある。


「動物とは『本能』で生きる生物。人類種とは違い、聖術を使いこなせる『知識』と『知性』はありません……まぁこれまでキングと共に過ごしてきて、彼には人間並み、下手すればそれ以上の『知識』と『知性』を兼ね備えているとは思っていますが」


 まさかそれが『聖術強化』を扱える程の物とは思ってもいなかったというのがヨルアたちの素直な感想だった。しかしノルドだけは「やっぱキングはすげーや」としか思っていない。それほどまでにキングの事を信頼しているノルドであった。


 そんな中、クウィーラは疑問に思っていた事をナレアに聞く。


「そう言えば、バトルホースの王種って同じ時代に二匹現れるんですよね? じゃあキングさんと同じぐらい大きいバトルホースがもう一匹いるんですか?」

「そうね。私も詳しいことは分からないけど、書物の中にはバトルホースの王種は同じ時代に二匹生まれるらしいわ。言わばつがい同士としてね」


 ナレアがそう言った途端、外からガタンという音がした。

 その直後にパカラッパカラッと蹄鉄の音を鳴らしながら遠ざかっていく音が聞こえる。


「……もしかして聞いていたんですかね〜」


 ヨルアの侍女であるシャロンの言葉に一同は納得する。

 何せ自身の出自に関する話題だ。気にならないわけにもいかないだろう。ましてや自分以外の王種、それも番う相手がいるという話なら尚更だ。


「キング……」


 ノルドがキングの今の思いを想像していた時、ヨルアが真剣な表情で次の質問へと移った。


「魔人に襲われたという話を聞きましたが、計四体の魔人に襲われるのはかなりの異常事態ですわ。差し支えなければ、何か心当たりがあるのなら話を聞きたいのですが」

「……あー」


 ヨルアの言葉にナレアがどうしようかと悩む。

 するとそこに。


「……ナレアお姉ちゃん。多分この人たちは大丈夫だよ?」

「……まぁ、そうね……魔人を倒してくれたし、悪そうな人たちには見えないしね」


 ヴィエナの言葉にナレアは決心する。

 そうして、ナレアはノルドたちへ話を始めた。


「あの魔人たちは多分……ヴィエナを狙ったんだと思うわ」

「……やはりですか」


 ナレアの言葉にヨルアが得心がいったように呟く。


「恐らくその理由が、ヴィエナさんを中心にマナが集まってきているという事でしょうか」

「……うん。やっぱり聖術士には分かるよね」


 聖術士は聖術を使う際に周囲のマナを把握しなければならない。そのため聖術を使えるクウィーラとヨルアはヴィエナの身に起きている事を分かっていたのだ。

 なお、聖術士ではないノルドも分かっていたがノルドは白銀のメイスを通して度重なるマナとの接触でなんとなく把握できていたため例外である。


「今から四年前……突如としてボロボロの格好をしたこの子がやってきたの」


 不思議なのはボロボロの服とは裏腹に無傷な体という矛盾した姿。

 服には所々夥しい量の血液が付着し、切り傷や噛み傷によって出来た損傷もあった。だというのに彼女の体だけは全くの無傷。しかしヴィエナの精神はもう限界に近かったという。


「それから私は彼女を保護したわ……それに私も聖術が使えるから彼女のマナを集める体質も分かっていたわ」


 しかし看病しても彼女の容体は治らない。いや寧ろ悪化し続けていた。

 その際、ナレアはヴィエナが着ていた服を見て閃く。


「ボロボロになっていた服……多分だけどあれは何処かから手に入れた物じゃない。あの子が実際に負った怪我でボロボロになっていたと思ったの」

「しかし貴女はヴィエナさんの体に何一つ怪我はないと」

「うん、怪我はなかったわ……でももしそれがあったとしたら?」


 ナレアの言葉にノルドたちはまさかと反応する。


「怪我はあった。でも集まってきたマナによって治療されていた……そう考えれば辻褄が合う。でしょ?」


 恐らくはここに来るまでの間ヴィエナは数々の怪我を負ってきた筈だ。それによって損傷した部分を集まってきたマナが修復し、余分なマナによる体調不良を起こさなかった。

 しかしヴィエナを保護し、看病した事で集まった余分なマナは使われず、体調不良になったのだとナレアは考えたのだ。


「と、そこで私はある道具を使ったの。体内マナを外へと放出する道具よ。薬学者の前は医者でね。マナ過剰摂取症の患者のために作った道具があったのよ」


 そう言ってナレアはヴィエナの頭を撫でる。

 見ればヴィエナの腕には腕輪があった。恐らくあれが件の道具なのだろう。

 ここまで話を聞いたヨルアは暫く思考して、ナレアに再び質問をした。


「ナレアさん、一つ聞きたいことがありますが」

「うん、いいよ」

「ヴィエナさんがやって来た方角というのはお分かりでしょうか?」


 ヨルアの言葉にナレアが思い出そうとする。

 そして彼女は立ち上がり、奥から地図を持って来た。


「えーとこの場所はここで……」

「……十年前の地図ですわね」


 あまりの古さにヨルアは呆れた。

 流石は長命で有名なエルフだろうか。


「分かった! 多分だけどヴィエナは西の方角から来たと思う!」

「西の方角……やはりですがそこにはラックマーク王国もありますわね」


 ナレアの言葉にヨルアがそう呟く。

 その瞬間、ヴィエナの口から悲鳴が出た。


「……ヴィエナ?」

「あ、ううん……なんでもないよ」


 心配の声を上げるノルドにヴィエナはなんでもないよと否定する。しかし彼女の様子はどう見ても尋常じゃない。そんな彼女の様子を見たヨルアは顔を顰めた。


「あの国名を聞いただけでその反応と……ヴィエナさん。もしかして貴女は四年前、いいえ……かの国にいたのでは?」


 ほぼ確信した上での発言。だがその言葉を聞いた瞬間、ヴィエナは目に見えて動揺した。


「……ヨルア。いったいどういう事なんだ? ヴィエナとラックマーク王国にいったい何があるっていうんだ?」

「ノルド、前に話した筈です。五年前のあのラックマーク王国にいったいどのような実験が行われたか」

「実験……? っ、まさか!?」


 ヨルアの言葉に、ノルドは彼女から聞かされた話を思い出す。


「『人工勇者計画』……恐らくですがヴィエナさんはその実験の……」


 その先の言葉をヨルアは言えなかった。

 ヴィエナの顔がかなり青ざめていたのだ。


「姉御が関わったあの実験か……!」

「ちょ、ちょっと待って……人工勇者? 計画? あなたたちいったい何を言っているの? それに姉御というのは?」

「かつてラックマーク王国で行われた非道な実験ですわ。それと……ノルドの言う姉御という方はその実験を行なった科学者の八割を殺して中止に追い込んだ人物、ヴィエラ・パッツェのことです」


 ナレアの質問にヨルアが一つ一つ丁寧に答える。

 とそこに、先程まで俯いていたヴィエナが突如として顔を上げて驚愕の一言を言った。


「ヴィエラ……って、もしかしてお姉ちゃんの事を知ってるの!?」

『……え!?』

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