第23話 刮目! これが王の力
魔人から少女を救ったキングは今、少女に懐かれていた。
「ねぇお馬さんお馬さん! 大きいお馬さんはどこから来たの!」
「ヒヒン」
キングは少女の問いにノルドのいる方向へ顔を向けた。少女はキングの向いた方向に目を向けてきゃっきゃと喜ぶ。
どうやら自分の言葉がキングに通じてることに喜んでいるようだ。
「ブルルン」
とにかくキングは魔人に襲われた少女をノルドたちのところへ保護させて貰おうと考え、少女の体を押した。
「あれ? どこ行くのー?」
少女の問いに言葉が喋れないキングには答えられない。だから少女の体を押して誘導しようとしたのだ。少女は最初キングの行動に疑問を浮かべたが、暫くすると少女はキングのやっている事を理解した。
しかし。
「ごめんねお馬さん。私ナレアお姉ちゃんのために薬草を探さないと駄目なの」
「ブルル?」
ナレア? まさかもう一人いるのだろうか。
少女は魔人に襲われたにも関わらず薬草を探そうとする。これは何を言っても聞き入れない雰囲気だ。仕方なしにキングは少女の護衛を担うことにした。
「えーと……これとこれと……あとこれ!」
しかし先程危ない目に遭ったというのに少女は怖がる気配も見せない。神経が図太いのか、それとも忘れてるのか。
少女は手に持った籠に薬草のような物を詰め込むと森の奥へと歩いていった。キングは少女に対して興味深そうな眼差しを浮かべ、ゆっくりとついていく事にする。
暫く歩くと開いた場所に木製の家があった。
家の周囲には大小色とりどりな草が植えられており、良い匂いもすれば嫌な匂いもした。恐らくこれらは薬草なのだろうとキングは考える。
「ナレアお姉ちゃーん! 薬草持ってきたよー!」
少女が家の中にいるであろう住人に声をかける。
すると中から女性の声が返ってきた。
「はーいお疲れヴィエナ〜」
ドアが開く。
「あら? バトルホース……にしては随分と大きいわね?」
中から出てきたのは一人の女性。
それも、かなりの美貌を持った金髪のエルフだった。
「……ヒヒン」
キングはナレアと呼ばれた女性の立ち振る舞いに一瞬呆けた。何せエルフはあの小憎らしい幼女以外初めて見たのだ。些かエルフという種族に偏った印象を持っていたキングは、ナレアというエルフに印象を覆された。
「……なるほど、バトルホースの王種ってことか。ヴィエナはこの子をどうしたの?」
王種、という言葉にキングは反応する。だが言葉を喋れないキングに質問することは出来ないため、問い質したい気持ちを抑えるしかない。
「あのね、このお馬さんね、嫌な人から私を守ってくれたの」
「……嫌な人?」
ヴィエナと呼ばれた少女はナレアにそう報告すると、ナレアは険しい表情を浮かべた。
「人払いの聖術をこの森全体に施していた筈……もしかして壊れてる?」
うーんうーんと唸るナレア。
彼女はふと、キングの存在に気付いた。
「そう言えば貴方が率いる群れはどうしたの?」
「……ヒヒン?」
群れ? 率いる?
彼女の言葉の意味が分からないキングは首を傾げる。もしやそれは王種という言葉に何か関係があるのだろうか。
「あれ? じゃあ貴方一人なの?」
「ブルルン」
質問を変えた彼女にキングは否定する。
キングは一人ではなく仲間がいるからだ。
「群れはいないのに一人じゃない……? もしかして貴方に飼い主がいるの? バトルホースの王種である貴方に認められた人が?」
信じられないような様子をしたナレアにそう質問された。王種や群れという言葉の意味が分からないキングだが、あながち間違っていないため彼女の言葉に取り敢えず肯く。
まぁノルドを間近で見れば別の意味で信じられない思いをするだろうが。主に人間離れした戦闘力的な意味で。
「そうね……貴方の飼い主なら貴方の言葉も分かるかも知れないし、貴方の飼い主を呼んだ方がいいかも。それじゃあヴィエナちゃんは留守番で――」
「いや!」
「……まぁこのお馬さんの近くにいた方が安心かもね。それじゃあ貴方の飼い主に会いたいのだけどいいかしら?」
「ブルル」
ナレアの言葉にキングは肯く。
そもそも襲い掛かってきているのが魔人なのだから、魔人に対抗できるノルドと一緒にいた方が守りやすいのだ。彼女の言葉を否定する理由はなかった。
「それじゃあ私は準備してくるから――」
ナレアの言葉が途切れる。彼女はキングの後方に立っている人物を見たからだ。その存在を、キングは知っている。
「……なるほど、魔人ですか」
「他の魔人の反応が消えたから来てみたが……何だお前たちは」
ナレアがその存在を一目見て魔人だと気付いたのは意外だったが、今はそれどころではない。何故ならキングたちの前に現れた魔人の数は三体。一体だけでもかなり厄介なのだが、まさか複数で来るとは流石のキングでも予想外だった。
「この気配……何だそのガキは」
魔人たちの目がヴィエナへと集まる。
キングはやはり彼女には何かあると感じた。いや、勘違いじゃなければキングはヴィエナの何かについて見当はついていた。
「周囲のマナが、ガキに向かって集まっているだと?」
「っ!」
魔人の言葉にナレアがヴィエナを後ろに隠す。
確かに魔人の言葉は正しい。キングの目から見ても周囲のマナがナレアに向かって集まっているのだ。ノルドも同じく周囲のマナを集める体質ではあるが、あれは強大な
しかしヴィエナは違う。
彼女にはちゃんと体内マナがあった。しかしそれを超えてマナが無理矢理彼女の中に入って行こうとしているのだ。それも下手すれば命に関わるほどのマナの量。
だがよく目を凝らせば、ヴィエナが身に付けている腕輪から常に体内マナを放出しているのが見える。恐らくあれがヴィエナのマナ過剰摂取を抑える道具なのだろう。
「ブルル……」
「何だ貴様は?」
キングが前に出てきたことにより、魔人が訝しむような目で見てきた。
「敵意の眼差し……まさか俺らとやり合うというのか?」
嘲笑するような声音で言い放つ魔人。そう、魔人の言う通りキングはこの三体の魔人と戦うつもりなのだ。
後ろの二人を背中に乗せて逃げるというのも手だが、確実に魔人たちは追うだろう。非戦闘員を守りながら逃げるというのもかなりのリスクがある。
ならば戦うしかない。
寧ろ真っ向から戦った方が安全なのだ。
「駄目! いくらバトルホースの王種でも魔人を三体同時に相手するのは」
「ブルルゥ……!」
前に出ようとするナレアに対して嘶きながら止める。彼女を見るキングの目には、手出しするなという意思が込められているのをナレアは感じた。
「茶番だな。早くこいつらを倒そうぜ」
魔人の一人が言う。
その言葉に同意するように他の魔人は戦闘態勢を取ろうとする。ここにノルドはおろか勇者であるノエルもいない。いるのは非戦闘員二人に突然変異のバトルホース一匹のみ。
戦力差は大きい。絶望と言っても良い。
――しかし。
「……なんだ?」
魔人の一人が訝しむ。
そして徐々に、自分たちのいる空間が重くなっていることに困惑する。
「……ブルァ」
キングは生まれながらにして王である。
通常の馬と比べて大きいバトルホースよりも更に大きい突然変異。素の身体能力は生まれ育ったバトルホース全匹と戦っても余裕があるほど。
だから自身のことを王であると認識している。ナレアがキングに対して王種と言った言葉とは別の意味で、キングはバトルホースの頂点だと認識しているのだ。
そんな彼がノルドたちの旅と同行し数々の戦いを経た。
身近でマナを直接扱う『奇跡』の担い手を見た。
膨大なマナを用いて戦う『聖剣』の担い手を見た。
複雑なマナを用いて戦う『聖術』の担い手を見た。
堅固なマナで強化しながら戦う『技術』の担い手を見た。
そして。
想いのマナで全てを覆す『戦士』を見た。
――彼らと共にいて、成長しない筈はないだろう?
体に巡らせた膨大なマナがキングの体を金色へと光らせる。たてがみが長く伸び、神々しいまでの力が周囲を包み込む。
「こ、こいつ――!?」
誰もキングの身に起きた変化についていけない。
何故なら。
「――動物の癖に『聖術強化』だと!?」
蓄積された経験と天性の才覚。
その二つがキングの可能性を底上げした。
「――スゥ」
刮目して見よ。
――これが王である。
「ブルルゥアアアアアアアアアア!!!!!!」
マナを込めた咆哮がキングの口から放たれる。
その瞬間。
『――』
前方の森ごと、三体の魔人を消し飛ばしたのだ。
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