第22話 終結! そして時は戻る

 魔竜の体で出来た偽りの森を歩くノエル。

 その途中で、ノエルは様々な村、街、もしくは国の残骸を見た。どれもこの大亀魔竜の上で築き上げられたものだ。そしてそのどれもが、大亀魔竜によって食われてしまった。


「……」


 ノエルは感情を感じさせない表情でその光景を見た。怒りや悲しみのあまり、返って冷静になったのだろう。あるいはそれらを抑えるように堪えているだけかも知れないが。


「ここだね」


 森以外何もない場所で立ちながらそう呟く。

 大亀魔竜もまた魔獣の一体に漏れず、体内には自身を構成する核が存在する。ノエルはその核を壊すためにここまで歩いてきたのだ。

 核の探し方はこれまでの戦いで既に掴んだ。しかし問題はその核が地中深くに存在する事だった。


「流石に地面に聖剣を突き刺しても届かないよね」


 そんな当然のことを冗談交じりで独りごちる。

 まぁマナを封じられていた状態のままだったら下手すればそうなっていたのかも知れない。しかし今のノエルにはマナがある。正確には聖剣の力だが。


「……ふっ!」


 聖剣を地面に突き刺し、片膝をつく。まるで絵本に出てくる騎士のような姿だ。そしてノエルは聖剣から流れてくるマナに集中し始めた。


 聖剣ラヴディアは女神ラルクエルドを信仰している信者たちから祈りを通してマナを集め、使用者に授ける機能を持った剣だ。一度に使える量に限りはあるが、勇者の成長と共に増えていく仕様で、成長した勇者は実質無限のマナを扱える事になる。


 しかし今のノエルではまだ無限のマナを扱えない。

 そう、今のままでは。


「核ごと魔竜の肉体を消滅させるにはもっと大量のマナがいる……!」


 聖剣から流れてくるマナを更に引き出す。全能感と同時に無限に等しい膨大なマナに恐怖を覚えながらもノエルはその行為をやめない。


 斬魔激玲のように斬撃と同時に一瞬で膨大なマナを使う技じゃない。

 魔断桜炎のように膨大なマナを引き出しながら放つ技じゃない。


 巨大な魔竜の全てを消滅させるためには膨大なマナを溜めて、圧縮して、更に溜めて……限界を超えた量のマナを一気に解き放つしかない。魔を纏う全ての敵のみを殲滅し、味方を守るそんな技を今、作るのだ。


「……っ」


 体に負荷が掛かる。

 それでも今限界を超えなければいつ超えるのだろう。


 ヴィエラやノンナだけじゃない。サラもまた成長している。この戦いだけで彼女は聖女としての力量を遥かに超えた力を示している。

 彼女たちも成長しているなら、彼も成長している筈だ。遠く離れようとも、必ず自分たちに追い付き、共に戦ってくれる大切な人。


 そう思えば、体に掛かっている負荷など大したことではない。

 そして気を緩めればすぐに爆発してしまうほどマナを溜め終え、ついに新しい技が発動する。


 その直前に――、




 ――世界が平和になったら一緒に遊ぼ?




「……っ?」


 何かが、頭の中に響いた。

 酷く懐かしいそんな声が。


「――『殲魔聖焔せんませいえん』」


 その瞬間、ノエルの体を中心に膨大なマナの爆発が広がった。




 ◇




(ここはどこ?)


 気が付けば見知らぬ場所のベッドに座っていた。古臭く、壁も割れたボロボロな寝室。だけどノエルは、その光景を見て心が安らいでいくのを感じた。


(……あれ?)


 体を動かそうとすると違和感があった。

 いや正確には、いつもなら感じる違和感が感じなかったのだ。


(僕の、体が……)


 あれだけ剣を振って出来た剣だこがない。それどころか体が全体的に細く、華奢だ。下を見れば大きく胸が膨らんでいた。歩く時に感じた股の違和感もない。


(僕、女になってる)


 なってる、という言葉は少し適切じゃないのかも知れない。

 この感覚を正しく言い表すにはそう、


 男の身体から女の身体に戻ってる。それが今のノエルの感覚だ。


 違和感も何もない。寧ろちゃんとこの体が自分の体だと納得している。動揺も疑問もなく、この体こそが本来の自分だと認識している。


 と、そこに扉から何者かの気配を感じた。


(……?)


 扉に目を向けるとそこには一人の少女が立っていた。

 腰まで届く黒髪に、前髪は少し目に掛かっていた。その奥から見える眼差しはどこか自信がなく、気弱そう。だけど彼女はノエルを見て笑みを浮かべていた。


「――ねぇ〇〇〇〇」


 自分を呼んだ。その感覚はあるのに彼女の発した名前が聞き取れない。

 いや、それよりも。ノエルは彼女の事を知っている気がした。


「……あ」


 僅かに声を発した。ちゃんと自分の声だ。


「世界が平和になったら――」


 願うように呟かれるその言葉を最後まで聞き終える前に、ノエルは目の前の少女に抱く既視感の正体に気付いた。


「――サラ?」




 目が覚める。




 何もない平原の上で寝ていたようだ。周囲にあった木々はなくなり、周囲から感じた魔竜の気配もない。恐らく、技がちゃんと発動した結果なのだろう。


「今のは……夢?」


 気を失っていた際に見ていた夢はちゃんと覚えていた。自分が女性に戻っていた事。似ても似つかない少女の事をサラだと思った事、全て。


「う、んしょ……」


 体を起こし、立ち上がる。

 その際に感じるいつもの違和感や体のズレに不快を感じながら、ノエルは周囲を見る。すると、遠目で混乱する仲間たちが見えた。


「行かなきゃ」


 地面に転がっていた聖剣を拾い、鞘に納める。そして仲間に向かって歩み始めた際、視界の端に何かを見つけた。そして見つけた事を後悔した。


「げっ……」


 カイル・マグバージェスことクソ神官だ。いや逆だったか。とにかく彼は衰弱している様子で地面の上に横たわっていたのだ。


「……助けないわけにはいかないよね」


 ノエルが彼を抱えながら仲間の元に戻ると「げっ」と声を上げられた。




 ◇




「よしここで一旦休憩するか!」


 ノルドは馬車を森の近くで止まらせ、馬車の中にいる仲間に言う。すると中にいた女性陣がぞろぞろと馬車から出てきた。


「うーん! ずっと座っていると体中が痛いですねー!」

「そうですわね。でもこの馬車は他の馬車と比較して、かなり快適な方ですわ」


 クウィーラの言葉にヨルアが同意する。


「まぁデスキャリッジレース用の最上級馬車ですもんねぇ。それに勇者パーティー専用に作り上げたのか、頑丈だけじゃなく色々な機能も積み込まれていますし」


 クウィーラの目にはテキパキと馬車を展開して野営の準備をするヨルアの侍女が映っていた。


「雨除け機能、日除け機能、テーブル展開、椅子の用意……ちょっとこれは旅を目的とするにしては過剰なような気もしますが〜」


 メイドのシャロンがそう言う。

 確かにこれは旅というよりかは移動する家のような物である。


「よーしよし、お疲れキング〜」

「ヒヒン!」


 馬車に繋がれていたキングを外し、ノルドはこれまで自分たちを運んでくれたキングにお礼するようにたてがみを撫でる。キングのサイズがデカイ為、二メートルぐらいあるノルドでさえ下から撫でる際は爪先立ちで背伸びする必要があるのだが。


「ブルル」

「なんだ? 久しぶりに目一杯運動したいのか? あぁいいぞ!」


 なんとなくキングの言葉を理解できるノルドが肯く。主人の許しを得たキングは早速森の中に入り、久しぶりの自由を満喫しようとした。


「なんか会ったら呼べよー」

「ヒヒーン」


 急ぐ旅ではあるがキングの足ならば休憩しても多少の誤差だ。それが分かっているこそキングの散歩を許可してくれる。それにキング自身の戦闘力の高さから、例え襲われても問題ないだろうという信頼もある。


 キングはそんな主人たちに感謝し、自然を感じながら歩いていく。

 すると。


「ヒヒン?」


 遠くから妙な気配を感じた。


「……」


 嫌な気配だ。これまで主人たちが戦ってきた魔の存在と同じ気配。キングはノルドを呼ぼうと来た道を戻ろうとするが、もう一つ感じた気配に足を止めた。


 ――これは、子供?


 小さな気配だが子供の気配だ。

 その子供が先程の気配に襲われている。そう悟ったキングは急いでその気配に向かって走る。途中障害となる木を驚異的な反射神経と身体能力を用いて避けながら、やがてキングは物の数秒で辿り着く。


「あ、あぁ……」

「お前……妙な気配をしているな。面倒だが厄介な種は摘むに限る」


 尻餅をついた子供……格好や容姿から恐らく女の子。

 そしてその女の子に迫る魔人。

 その魔人の存在を認識したキングは一気に加速した。


 その瞬間。


「……ん? なんだこの気配は――」


 魔人がキングの存在を完全に認識する前に轢かれ――。


 ――爆散した。


「……え?」

「ブルル」


 あまりの事態に女の子は混乱する。それと同時に聞こえた馬のいななきの方へと見ると、あまりの巨体さに女の子が驚く。


「わぁ……でっかいお馬さんだぁ……」

「ヒヒン」


 女の子のキラキラした目を見て、キングはドヤ顔をした。

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