第21話 反撃! ここが分岐点
「ヴィエラさんお願い! 私を守って!」
「なんだか分からないけど分かったわ!」
この場で何が起こったのかはサラとディーシィー以外分からない。しかし分かっている事はサラが何かを成し遂げ、ディーシィーの様子が一変したという事。だからこそヴィエラはサラの願いを受け入れた。
そうして盾を構えた瞬間、かつてない衝撃が何回もやって来る。
「チィ……頑丈ですねその盾」
「よっぽど焦っちゃって可愛いわねアンタ」
魔弾数発を受けてもびくともしない盾の強度に驚愕すべきか、それとも瞬時に盾を操り衝撃を抑えたヴィエラの力量に脅威を覚えるべきか。
ヴィエラがいれば安全だ。それを感じたサラは笑みを浮かべ、困惑しているノンナへと近付いた。
「サラ、お主はいったい何を……まさか!?」
「ノンナちゃん、ジッとしててね!」
ノンナに向けて手を掲げる。
対象は彼女の体を纏っている瘴気。その瘴気に向けて『奇跡』を放つ。
「『あなたに真実の愛を』!」
その言葉を受けたノンナは未だに自身の身に何が起きたか分からない。しかしサラが意味のない事をやる人物だとは思えない。だから直感のまま、本能のままにそれを使う。
「『
指に灯る炎をサラに見せながらはしゃぐノンナ。やはり聖術の使えない身というのはそれだけで心理的に負担が掛かるもので、聖術が使える今ノンナの目には微かに涙が滲んでいた。
「は、はは……い、いや、そうじゃ……お主、いったいどうやって……?」
しかし冷静になれば次に生まれるのは疑問だ。サラもまたマナを封じられ『奇跡』すら使えない状態にあった。それなのに何故『禁聖の術』を打ち破れたのか。
彼女に解説する時間はない。でもだからこそノンナを信頼しているサラは、必要最低限の情報のみで説明をする。
「あの悪魔が言っていたの。マナと瘴気は同じ物だって」
「……そうか! 『奇跡』はマナその物を操る力! だから打ち破れたのか!」
「流石ノンナちゃん!」
マナと瘴気は同じという話を鵜呑みにしていいのかは分からない。しかし現にサラはノンナに纏ってた『禁聖の術』を払い、彼女に聖術の力を取り戻させたのだ。柔軟な思考と理解力を持つノンナだからこそ、瞬時にサラの言っている事を把握することが出来た。
「ならば次はノエルじゃ! ワシが聖術で援護しよう!」
ヴィエラは仲間を守る役目があるため戦えなくてもいい。寧ろ彼女は体内マナによる聖術強化のお陰であまり『禁聖の術』の影響を受けていない。そのため悪魔と直接戦うノエルの方が解除優先度が高いのだ。
「そうは行きませんよ! 『
「彼奴また新しい魔弾を作るつもりか!?」
「――『
「はぁ!?」
生まれた光景にノンナが叫ぶ。
何故ならディーシィーが生み出したのは無数の魔銃。その魔銃らは大亀魔竜の分身の手に渡り、一斉に銃口をサラたちへ向けたのだ。
「ちょ、ちょちょ!? あ、アンタたち早く私の後ろに!」
『あわわわ!!』
――一斉掃射。
ディーシィーがその言葉を発した瞬間、轟音と共に空気が揺れ、盾を構えたヴィエラは後ろにいる二人まとめて吹き飛んだ。
「みんなっ!?」
ノエルが悲鳴を上げる。
吹き飛んだ三人はまとめて木々の中へと吹き飛び姿が見えなくなった。そんな中、ディーシィーは顔を顰めている。
「馬鹿な……一斉掃射を受けて尚、盾が壊れないだと?」
確かに魔銃の真骨頂である魔弾は使用していない。それでも尚無数の通常弾を受ければ盾ごと対象を塵にできる威力だ。それなのに吹き飛んだだけ?
「盾が異常なのか、あの女騎士が異常なのか……まぁいいでしょう」
次こそ仕留めるだけ、とディーシィーが決意を新たにしたと同時に各分身へ魔弾を生成する。これで聖女たちが現れた瞬間、無数の魔弾でその生涯を終えるだろう。
だがその時、彼に向かって『何か』が放たれた。
「っ、グアッ!!?」
直撃――いやそれどころではない。
その攻撃を受けた瞬間、ディーシィーの半身が吹き飛んだ。
「貴様、勇者……!!」
「良くも仲間を!!」
ノエルの手には分身から奪ったであろう魔銃があった。
いや当然だ。瘴気による武器生成とはいえ、魔銃とは、銃とは、戦えない人が戦えるように設計された兵器に過ぎない。勇者がその武器を使えるのも無理はないのだ。
「ノエル!!」
その時、サラが森から出てノエルの元へと走って来る。
そんな姿を見て、ノエルの顔に焦りが生まれた。
「来ちゃダメだサラ!!」
「ククク……! 聖女が一人でのこのこと!! やってください!!」
ディーシィーの命令によって無数の分身が魔銃をサラに向ける。それも装填された弾丸は聖術の力が込めれらた魔弾だ。
瘴気に対抗できる力があれど、サラ自身にノエルのような戦闘力も、ノルドのような運動神経も、ヴィエラのような防御力なんてない。
なのに。
サラの顔には笑みが浮かんでいた。
「聖術の力が仇になったね――!!」
古代都市の戦いから明らかに何かが変わったとサラは自覚している。
初めは『奇跡』の力で大量のマナを少女の肉体へ再構成させたこと。
次に『奇跡』という力で魔獣を消し飛ばしたこと。
歴代聖女を見ても『奇跡』に上記のような力はない。聖術と同じように何か作ることも、敵を倒すことも『奇跡』にはない。出来ない。
それなのにサラは出来る。出来てしまう。
マナを操り何かを作ることも。
マナを操り敵を倒すことも。
マナを操り、瘴気さえ操る……そんなことも。
「対象は聖術の魔弾……!!」
感知能力を広げる。
即ちマナを掌握出来る範囲を拡大する。
サラの目には無数の聖術……マナが込められた弾丸が見える。魔銃の中にある魔弾を対象にサラはその『奇跡』を発動した。
「『あなたに愛は訪れない』……!!」
その瞬間。
全ての魔弾がその場で爆発した。
「……は?」
ディーシィーはその光景を呆けることでしか見れない。
何故爆発した。聖女はいったい何をした。分からない。分からない。
探求の悪魔である自分でさえ――。
「分からないだと――!?」
サラがやったのはシンプルなことだ。
即ち聖術に込められていたマナを爆発させ、聖術を壊した。マナを直接操る力がある聖女……いや、サラだからこそ出来た史上初の『聖術殺し』だった。
「ノエル!」
「さ、サラ……?」
同じく呆然としているノエルの元にサラが辿り着く。
いったい何をしたのか、どうやったのか。疑問は尽きないがサラの顔を見てやめた。何故なら彼女の表情は自身が慕うノルドと同じ、見る者に安心を与える笑みだったからだ。
「……サラ、お願い出来る?」
「うん! 行くよノエル! 『あなたに真実の愛を』!!」
その瞬間、ノエルの枷が全て解き放たれた。
「なんだ……なんだ貴様は……!! 聞いてない、知らないぞそれは!! 貴様のような聖女がいてたまるか!!」
ディーシィーの激昂と共に地面からまた新しい分身が生まれる。それもただの分身じゃない。どれもが大きく、頑強に出来た最強の分身だ。
「消えていなくなれ……!!」
「果たしてそれはどうじゃろうのう?」
「何!?」
森からヴィエラが盾を構えながら飛び出して来る。
そしてその背にはノンナがいた。
「聖術士に、それもワシのような天才聖術士に時間を与えるとどうなるか見せてやる!!」
「何をする気だ!?」
ディーシィーが叫ぶ。
何故ならノンナの周囲には膨大なマナが渦巻いているからだ。
聖術士は聖女と違って体内マナを使って聖術を発動する。ならば彼女の周囲に漂うマナはなんだ。答えは一つしかない。あれこそが彼女の体内から漏れ出した体内マナ。悪魔ですら戦慄するあの膨大なマナが、彼女の体内から放出されていた。
「ワシのとっておき、見せてやる!!」
それは別の地にて使われた単語。
上級相当の実力を持つ聖術士二人が、自身の体内マナを根こそぎ使って発動した大聖術を構成する一つにして最大の単語。その代償に暫く寝込むほどの力を、ノンナただ一人で使用する。
「『
アーの単語を含む大聖術が発動する。
その瞬間、ディーシィーの前に無数の巨大な暴風が迫って来る。
サラとノンナのいる場所を器用に避け、大亀魔竜の分身やその地面、木々を薙ぎ倒し、抉り、巻き込み、破壊し、突き進んでいく死の暴力を見て彼は……悪魔でありながら恐怖を抱いた。
「わ、私を守れぇぇーッ!!」
本能のままに魔竜へ命令する。
すると地面が動き、彼を守るように包み込む。それでも尚嵐は、魔竜の一部であるそれを徐々に削るように破壊していく。
「……そのまま、じっとしててよ」
「!?」
勇者の声が聞こえる。
それも、すぐ後ろに。
「お前の核を……叩き斬る」
地面の中に隠れようとも、ノエルの目にはディーシィーという悪魔を構成する核が見える。ザイアの核を見てその気配を覚えているからこそ、正確にディーシィーの核を感知することが出来た。それも相手が動いていないなら尚更だ。
「や、やめ――」
「『斬魔激玲』」
鈴のような音が鳴る。
その瞬間、ノエルの聖剣は魔竜の守りごとディーシィーの核を切断した。
◇
「悪魔を倒した……しかしまだ魔竜が残っておるのう」
ようやく戦いが終わり、一同は安堵の息を吐いた。件の悪魔は倒れ伏して「嫌だ……死にたくない」などと小声でブツブツ言っている。
そんな中での上記のノンナのセリフである。そう、悪魔を倒したが肝心の魔竜がまだなのだ。それもこの大亀魔竜はかなりの巨体を誇る。不定形の生物でありため、倒すにはその肉体を構成する核を壊すしかない。
倒れている悪魔と似て、この魔竜も相当な苦労をするだろう。
しかし、ノエルは心配ないと笑みを浮かべた。
「大丈夫、僕がなんとかするよ」
「ノエル一人で大丈夫なの?」
「うん、核を捉えるコツは掴めた。それに僕も試したい事があるからね」
ノエルが言うなら大丈夫だろうと一同は考え、ノエルに任せる事にした。
そうしてノエルが一人で歩いていくと、ノンナはその場に座り込んだ。
「大丈夫ノンナちゃん? ほら回復するよ」
「あぁ……すまぬのうサラ……流石にエストとアーを含んだ同時詠唱は無茶が過ぎたわい」
「あの威力はビックリしたわよ。それを一人で詠唱するなんてとんでもないわね」
「ワシは天才宮廷聖術士じゃぞ? いや、それよりもサラじゃよ。『禁聖の術』を破り、挙げ句の果てに何か魔銃が爆発したぞ? 聖女ってこんなもんじゃったか?」
「なんか出来ちゃったみたい」
「かーっ! ヴィエラと同じような事言うのう! 化け物過ぎんかお主ら?」
「あの威力を出せるアンタに言われたくないわね」
ははは、と談笑する彼女たち。
すると次第に話題は消えかけている悪魔に向かった。
「しかししぶといのう貴様……まだ消滅しておらんのか」
「嫌だ……消えたくない……私はまだ……マナの探求をし続けていたい……!」
「強欲な奴ね……アンタの実験でどれほどの人が死にたくないって言ったのかしら」
ヴィエラとノンナは知っている。
ディーシィーの研究室に行ったからこそ分かる悍ましい光景。
あの研究室の片隅には、まるでゴミのように積み重ねられた腐った死体、骨となった死体、中には灰のようなものもあった。
「じゃがもう、これで犠牲者は出ない。ワシらは貴様の研究と計画を潰したからのう」
ディーシィーの計画。
それは『禁聖の術』を完成し、仲間である悪魔に渡す事。そうすれば悪魔の戦力が底上げされ、人類は彼らに勝つ事が出来なくなる。
しかし。
「……計画を、潰した……? は、はは! 滑稽な物ですねぇ!」
「……何がおかしい? 貴様がいなくなれば『禁聖の術』を扱う者はいなくなる。『禁聖の術』はもうここに潰えたのじゃぞ!」
「『禁聖の術』ぅ? ……はは!」
笑う。心の底から笑う。
そんな死にかけの悪魔を見て、ノンナたちは嫌な予感をする。
「そんな物……とっくに渡しましたよ」
『……は?』
「開発はとっくに終わってたんですよ! 『禁聖の術』による具現化も一ヶ月前に終わらせた! なのにそれを死蔵する馬鹿がいますかぁ!?」
「ば、馬鹿な! あの術は未完成の筈じゃろ!? 使えばかなりの瘴気を消費する欠陥術じゃった筈じゃ! それを改良したのだってそこに腕輪があるお陰で……まさか」
気付く。
気付いてしまった、その思い違いに。
「そうか、あれで完成しておったのか! あの瘴気消費量は欠陥ではなく仕様であると!」
「あーあ、この腕輪さえあれば完璧になったのですがねぇ……!」
全てが遅かった。
もう『禁聖の術』は悪魔の手に渡っていた。
とそこに、サラはとある疑問が浮かんだ。
「でも古代都市で戦った悪魔は『禁聖の術』を使ってなかったよ?」
「……そうじゃ。一ヶ月前に全て完成していたのならザイアの奴が持っていても不思議ではない……何故彼奴は『禁聖の術』を使わなかった?」
「……ザイア、ザイアですか……あの男は気ままですからねぇ。運悪くあの男にまで広まっていなかったのでしょう」
ディーシィーがどうでもいいような声音で答える。
しかし、ヴィエラはそれを聞き逃さなかった。
「おかしいわね? 悪魔に限らず魔人ってのは全て魔王を通して繋がっている筈……魔の存在の戦力を底上げするなら『禁聖の術』は一瞬で広まる筈よ?」
「……」
「黙ったなこいつ……」
恐らくそこに何かが秘密がある。
そう思ったノンナは考える。
ディーシィーの開発した術が広まれば人類に勝ち目がなくなる。当然魔の存在が使わない筈はない。それなのにあのザイアは使わなかった。自分が死ぬ寸前であろうと、逆転するためにあの術を使わなかったのは何故か。
「……あの術を隠したかったからか」
「……っ」
「いいわよノンナ。こいつの表情が動いた」
「ワシたちの前で使ったのは改良した術の性能を見たかったから。それに普通ならあの術を使えば誰にも太刀打ち出来なかった筈じゃった」
だがそこに想定外の存在がいた。
「『禁聖の術』を無効化するサラがいたからワシらを倒せなかった。口封じができなくなったのじゃな」
「貴様……」
「いいぞもっとその反応が見たい」
次に考えるのは何故その術を隠したかったのか。
使えば有利になれる物を何故広めないのか。
「考えられる理由としては……そう。本来『禁聖の術』には別の使用目的があったから」
「なっ!?」
「貴様ら悪魔は『禁聖の術』を使って何をしようとしてるのじゃ?」
残念ながらそれ以上は分からない。
分からないが嫌な予感がする。
と、その時だ。
「っ、みんな!」
「な、あれは!?」
最初に気付いたサラが声を上げ、ヴィエラが気付く。
何故なら遠くで巨大な光が生まれ、広がっていっているからだ。
「まさか……魔竜が倒されるとは」
ディーシィーの呟きに一同驚愕する。
「魔竜って……まさかノエルが?」
「でもあの方向は確かにノエルが行った場所よ!?」
「彼奴いったい何をしたんじゃ!?」
光は徐々にサラたちへと近付いていく。逃げる余裕すらないほどの速度で迫り、サラたちはその光を前にただ突っ立っているだけしかできない。
「……ふむ、こっちも時間か」
「しまった! 聞きたい事がまだあったというのに!」
ディーシィーは最後の最後で笑みを浮かべながら完全に消滅した。
そうして光は周囲を飲み込み――。
気が付けば、一同は平原の上に立っていた。
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