第20話 援軍! その計画を阻止せよ

「「ノンナ(ちゃん)!?」」


 見知った人物のまさかの状態にノエルとサラが困惑の声を上げる。


「え、ど、ど、どうして、え、何が?」

「はぁっ!」


 彼女らの姿に付いていけていないノエルをよそに、ヴィエラが跳躍する。勿論その背中にノンナを背負いながらだ。彼女は大きな盾を地面に叩き付けると、それによって生まれた風圧によりノエルとサラを囲っていた炎を吹き飛ばしたのだ。


「あっ、す、凄い……ありがとうヴィエラさん……」


 ヴィエラの助けにサラは困惑しながらもお礼を言う。

 思えば封じられているのは周囲のマナを使う力だけだ。ならば体内マナを使う聖術強化を使えば何も問題はなく、パーティー内で唯一聖術強化を使えるヴィエラもまたノエルと同じくこの戦いにおいて本来に近い実力で戦えるという事だ。


 とそこに。


「ばぶぅ……」

『ばぶぅ!?』


 突如として発せられるノンナの声に二人は耳を疑った。


「……あっ」


 そしてふとノンナが我に返ったかのように声を上げる。


「……」

「……」

「……」

「……」


 辺りに沈黙が包み込む。

 するとヴィエラはいそいそと布で背負っていたノンナを下ろすと、新たに現れたヴィエラたちを警戒していたディーシィーに向かって剣を向けた。心なしかその顔は赤く見えた。


「さぁ! 戦うわよ!」

『いやいやいや』


 何事もなかったように振る舞うには些か衝撃がデカ過ぎる。


「も、もしかしてあの悪魔に何かされたんじゃ……」

「……そうよ!」


 サラの推測にヴィエラは肯定した。当然嘘である。

 赤子の真似をしたノンナに母性をやられてついやっちまっただけである。


「ワシらが来たからには貴様の計画は潰えた! 一人足りないが今こそ勇者パーティーの実力を見せる時じゃあ!!」

「まさか……ノンナもあの悪魔に?」

「……そうじゃ!」


 まぁある意味事実である。

 悪魔がいなければ結果的に赤子の真似をしていなかったのだから。


「……ほう? 私の計画を阻止する?」


 そんなやりとりをしていた彼女たちに、ディーシィーは嘲笑するように笑みを浮かべる。


「果たしてあなた方に私の計画を阻止できますかな?」

「『禁聖の術ギエド・ネメシス』は貴様個人で扱う技術ではない。貴様が開発し、他の悪魔に勇者パーティーと対抗するための力を身に付けさせるための力じゃ」


 ノンナの言葉にサラとノエルは驚愕する。


「完成し、他の悪魔に渡れば人類はかなり不利に追い込まれる……! ワシらはそれを絶対に阻止しなくてはならん!」

「随分と詳しいですね! もしやここに来るまで私の研究室を見たので?」

「ふん! それで貴様がその過程で何をやって来たのかも分かっておるぞ!」


 ノンナはディーシィーに向けて憎悪にも似た顔を向ける。ノンナだけではない。彼女と共にいたヴィエラもまた、険しい顔を浮かべていた。


「えぇ……お陰様で私の術は完成しましたよ! 彼らには感謝しませんとねぇ!」


 そう言って、ディーシィーは彼女たちに向かって銃口を向ける。 


聖風の魔弾カラエ・バレット!」


 不可視にして必殺の弾丸が放たれる。

 当たればかまいたちの風のように肉を切り裂き、抉り取るその弾丸は、軌道を曲がりながら分裂し、対象へと向かっていく。

 普通なら防げない。防げても一発がせいぜい。だというのに、ヴィエラの盾はそれらの弾丸を一つ残らず防いだ。


「ほう、私の魔弾を……」

「風の攻撃を選んだのは間違いだったわね。例え見えなくても風の動きが分かっていれば防げるのよ」


 流石は盾の達人だ。ノエルでさえ、防いでも腕に痺れを残すほどだというのにヴィエラはその様子も見せない。

 そこにノンナが不敵な笑みを浮かべながらディーシィーを見やる。


「完成か……確かに術式の効果その物は完成しておるようじゃがまだ欠点があるようじゃな」

「……ほう」

「悪魔のみならず魔人は魔王から瘴気を供給され、実質無限の力を扱う事ができる。しかしその瘴気を一度に使える量は個体によって限られており、限界を超える使用をすれば体内の瘴気も消費され、弱体化する……そうじゃな?」


 これは古代都市でザイアとの戦いや、ガルドラとグラニ、そして師匠から教えられた情報を元に得られた情報である。推測も入っているがノンナは正しいと思っており、ディーシィーの反応からして事実の可能性が高い推測でもあるのだ。


「『禁聖の術』は瘴気消費量が桁違いの術じゃ。マナを封じれば常時魔王からの瘴気を削られ、具現化なぞ使おう物ならマナを侵食するための体内瘴気を削られる……そうじゃろ!」


 ノンナが自信満々に言う。

 しかしノンナの言葉にノエルとサラは微妙そうな表情をしていた。


「でもあの人はこれまで何回も具現化? をしてたよ?」

「え」

「弱体化しているような様子も見てないけど……」

「え」


 そう言えば風の弾丸を具現化してもディーシィーの様子は変わり無いように見える。困惑するノンナを見て、ディーシィーは高笑いを上げた。


「いやぁ古い古い! いえ、それも仕方のない事ですねぇ! 確かに貴女の言う通りこの術には欠点がありました! ですがそれはもう、解決したのですよぉ!」


 そう言って、ディーシィーは腕を掲げてノエルたちに見せる。するとノエルたちは、そこに見覚えのある物が腕に嵌められている事に気付いた。


「そ、それは!?」

「とある神官が持って来たこの腕輪! これは実にいい物です! 周囲のマナを集める聖術道具はまさに私が求めていた物! 探求の魔術で解析し、術式を弄ればほれこの通り! 自動的に周囲のマナを集め、体内瘴気へと変換させる最高の道具に早変わり! これで『禁聖の術』の欠点は消えたのです!」


 それを見間違える筈もない。

 何せその周囲のマナを集めると同時に魔獣を集める欠陥道具のせいで、ノエルたちは多大な苦労をしたのだ。


『あ、あの――』


 ノエルたちの心が一つになる。


『――クソ神官がーっ!!』




 ◇




 事態はカイル・マグバージェスがこのディーシィーの住む場所に迷い込んだ瞬間に悪化した。ただでさえ厄介な『禁聖の術』が更に厄介な物となったのだ。


「マズイ……! あの腕輪を複製されたら人類側に勝ち目がなくなるぞ!」

「……っ!」


 ノンナの言葉にノエルがディーシィーに向かって突撃する。

 狙うはディーシィーの腕に付けられている金色の腕輪。それさえ無ければ『禁聖の術』を多用する事ができなくなる。しかしノエルの行動を予想できていたのか、ディーシィーは笑みを浮かべながらそれを発動する。


「あなたたちの相手は私だけじゃないことをお忘れなく!」


 地面が隆起し、人型になる。

 そう、ノエルたちが立っているのは魔獣の中。

 それも大亀魔竜ドラゴグランタートルの中だ。


「大亀魔竜は亀と言いながらその実、スライムのような不定形の魔竜じゃ! 体を自在に変形し、理想の土地を作る……その土地で築いた集落、村、町、果ては国を飲み込んで捕食する魔竜じゃ!」


 ノンナが解説をする。


 そう、だからディーシィーは研究する場所をこの魔竜に定めた。

 大きさは山一つぐらい。理想の土地も自由自在。実験に必要な人間も大亀魔竜の上で知らずに集落を作るため困らない。同じ魔の存在であるため協力関係にある魔竜はまさにディーシィーにとって最高のパートナーなのだ。


「こいつ、硬い!?」


 人型となった地面、いや大亀魔竜の分身はノエルの聖剣を簡単に受け止めた。いやそれだけじゃない。地面が次々に隆起し、無数の人型になっていく。気付けばノエルの周囲には無数の大亀魔竜の分身が囲んでいた。


「ノエル!」


 ヴィエラが加勢しようとする。しかし彼女は何かに気付いて盾を構えたその瞬間、彼女の盾に衝撃が走った。


「くっ、アンタねぇ!」

「残念ですが人数制限がありますのでご了承を! 聞けない場合は聖術すら使えないそこの役立たずに弾丸が飛んでいきますよ!」

「役立たずって言うでないわ!!」


 ディーシィーの言葉にノンナが憤慨する。しかし憤慨するだけで、事実として彼女には何も出来ない。これが『禁聖の術』の力。人類の対抗できる力を削ぐ悪魔の切り札。


「はぁっ!!」


 ノエルが気勢を上げて大亀魔竜の分身を斬り付ける。

 ノエルはヴィエラのように聖術強化を使えない。あるのは騎士団長としての経験、そして技術のみ。確かに想いの力によって聖術強化に迫る身体強化をしているが、それでも足りない。魔に属する存在と戦うためには勇者としての力が必要なのだ。


「くぅっ!」


 大亀魔竜の分身が硬すぎる。一体倒すだけでもかなりの労力を弄し、人数が多いため徐々に不利になっていく。

 ヴィエラはサラたちを守るために動けない。ノンナは聖術が使えないため戦力外。このままでは全滅し『禁聖の術』が他の悪魔に渡る。そうすればこの後の人類に未来はない。


 そんな中、サラは考えていた。


 マナと瘴気は同一の存在。

 だからこそディーシィーはマナを瘴気にすることが出来た。


 ならば。

 そう、ならば。


 ――自分も同じようにできるのではないか? と。


「……やるしかない」


 瘴気を浄化する。

 それは今までやって来たことだ。だが浄化すれば消えてなくなる。浄化するとはそういうことなのだ。これをただ浄化するだけではなく、マナへと再度変換させる。


 できるのかという不安は置いておく。

 古代都市でマナを肉体へと再構成したことがあるのだ。『奇跡』というマナ自体を操る力があるなら瘴気のマナ変換などできる筈である。


「……っ!」


 聖術は体内マナを体から放出して用いる力。『奇跡』は周囲のマナを使って用いる力。周囲のマナを使えないサラに『奇跡』は使えない。そこで認識を切り替える。


 ――マナと瘴気が同じなら、瘴気もまたマナの一つ。


 干渉するなら瘴気だ。

 マナを操る感覚と同じように瘴気を操る。

 本来なら相容れない力同士なのか、瘴気を操るのにかなりの集中をしなくてはならない。だが不可能ではない。反応するなら可能性はゼロではない。


「お願い……!!」


 願う。

 歴代聖女にも為し得ない瘴気への干渉を行う。


 ――そして。





 ねぇノルエラ。

 世界が平和になったら一緒に遊ぼ?






「――っ!! 『あなたに真実の愛を』!!」


 その瞬間、サラを覆っていた瘴気がマナへと変換される。

 サラに『奇跡』の力が蘇る。


「!? な、この反応まさか!?」


 ディーシィーが目を見開く。


「さぁ……反撃開始だよ!!」


 笑みを浮かべる。

 奇しくもそれは、遠く離れた幼馴染と同じ、見る者に勇気を与える頼もしい笑みだった。

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