第19話 魔銃! 禁聖の術の力

 切断され、右腕と共に離れていった銃の代わりに新たに生まれた左手の銃。これまでの銃との最大の違いはその大きさだろう。これまでディーシィーが使っていた手のひら大の大きさの銃と比較し、新しい銃は一回りも二回りも大きい。


 その銃を認識した瞬間、ノエルは咄嗟の判断で聖剣を盾にする。それと同時に強烈な衝撃が聖剣越しに伝わり、ノエルの体は後方へと吹き飛んだ。


「チィッ!!」


 バウンドしながら衝撃を地面に逃がし態勢を立て直す。致命的なダメージはないものの、衝撃が強すぎて聖剣を持った手が未だに麻痺しているほど。


「ノエル!?」

「大丈夫だよサラ! ……っく!?」


 カチリと小さな音がノエルの耳に届いた瞬間、ノエルは本能的に頭を傾ける。その直後に何かがノエルの頬を掠めていった。恐らくディーシィーの放った弾丸だろう。


「っ、サラは木に隠れて相手の射線に入らないようにして!」

「っ……わ、分かった!」


 ノエルの言葉にサラは悔しげな表情を浮かべるものの、すぐに受け入れてノエルの言う通りにする。そんな彼女の避難を見届けながら、また来た弾丸を聖剣で防御し、受け流し、時には叩き切ってディーシィーの攻撃を捌いていく。


「やっぱり威力が前の銃よりも高い……!」

「これすらも対応できるあなたに敬意を!」


 ディーシィーの嬉しそうな声が届く。


「だがまだまだこれからですよぉ!」


 一発の銃弾がノエルに向かって放たれる。ノエルがその銃弾に対処すると同時に、ディーシィーはその隙を突いて、再生した右手を開く。


「『真無侵食マナ・インフェクション』、『魔装生成ギエドウェポン・ジェネレイト』!!」

「っ、何を!?」

「あなたに相応しい魔弾は決まりました!!」


 その言葉と共に、ディーシィーの開いた手のひらに弾丸が生まれる。

 赤く燃える大型の弾丸の生成に、ディーシィーが笑みを浮かべる。


「素晴らしい……! ちゃんと記憶にある通りの代物が出来ている!!」


 その弾丸を魔銃に装填。

 そしてその銃口をノエルに向けた。


聖炎の魔弾フォルエ・バレット

「マズイ……!!」


 引き金を引かれた瞬間、ノエルは聖剣で防ぐ物ではないのだと直感する。

 事実、ディーシィーの魔銃から解き放たれたのは弾丸ではなかった。それは全てを焼き尽くす業火だったのだ。ノエルは自身の判断が正しかったと感じ、業火がやってくる前に回避行動を取っていたお陰で無事に済んだ。


「ですがこれであなた方の逃げ場を封じましたよ!」

「っ!」


 ディーシィーの言葉にノエルは歯を噛んだ。

 彼の言葉の通り、放たれた炎は周囲の木々に燃え移り、二人の逃げ場を無くしていたのだ。そんな中サラが燃え広がる炎を見て違和感を抱いた。


「くっ、これはまさか……!?」


 マナの感知能力封印は解除されている。

 だからこそ分かる。この炎はマナによる物だと。


「やっぱりこれは聖術……! どうして悪魔のあなたが聖術を使えるの!?」


 マナと瘴気が相容れないのは当然の話だ。ならば瘴気の塊である悪魔がマナを用いる聖術を扱うのは不可能の筈。それなのにディーシィーの放った弾丸には聖術の力が宿っていた。そんなサラの疑問に、ディーシィーは笑みを浮かべて解説をする。


「実に良い質問ですっ! これは私の時代にあった武器の一つ! 聖術士でもないただの人間が聖術を使えるようにしたのがこの武器なんですよぉ!!」


 炎によって肺が焼かれている中、ノエルがディーシィーに向かって言い放つ。


「当時の武器を生み出す能力……それがお前の魔術かディーシィー!」

「はっ! これが私の魔術? いいえ、私は『探求』の悪魔ディーシィー! 私単体にこのような力はありません!」

「なんだと!?」


 では一体どうやって。

 そう考えたノエルだが、その直後に何かに思い至る。


「……まさかそれが、『禁聖の術ギエド・ネメシス』の力なのか?」

「その通りでぇすっ!!」


 ノエルのその言葉に悪魔は笑みを深めた。


「本来『禁聖の術ギエド・ネメシス』はマナを封じ込めるために生み出した魔術……その魔術自体はとっくに完成していましたがまだ改良の余地があった!」


 だがその数ヶ月前に、一人の悪魔が顔合わせのためにやって来たことでインスピレーションが働いたのだ。


……あの男の魔術は実に面白かった! 解放の魔術と呼ぶ、魔術にしては拡大解釈甚だしい代物! そこに私は良い改良案を思い付いた!」

「ここでザイアが出てくるのか……!」


 それは古代都市で戦った悪魔の名前だった。その能力と自らの欲望のために他人の精神的傷を抉ることに愉悦を感じるその性格故に、苦戦を強いられた事は記憶に新しいところだ。


「対象の記憶から有機物、無機物問わず読み取り実体化させる解放する魔術は、私が開発した『禁聖の術』と相性が良かったのです! ですがあの魔術には弱点があった!」


 ノエルはあの戦いでザイア自身がその魔術の弱点について教えていたことを思い出す。即ち、消費する瘴気の量が多いため多用出来ないという言葉だ。


「ですが私が開発した術にはそれをカバーする力があった。何せ『禁聖の術』はマナを封じ込める術。つまりはマナに干渉するのがこの術の本質!」

「マナに、干渉……!?」


 ディーシィーの言葉にサラが信じられないような顔を浮かべる。


「周囲に漂うマナを瘴気化することで、魔王様から供給される物とは別の瘴気供給手段を確立することが出来る! 故に! あの魔術に弱点は無くなったということです!」


 両手を広げ、自らの研究成果を自慢するように喜びを露わにするディーシィー。サラは炎によって肌を焦がしながらも彼の言葉を否定した。


「マナと瘴気は相容れない存在だよ……! マナに干渉してマナを瘴気にさせるなんてことは出来ない筈!」

「では聞きましょう! 相容れない存在と言いながらどうして、あなた方聖女と勇者はマナとは別に瘴気の感知が出来るのです?」

「それはマナと瘴気を別々に感知する力が……!」

「いいえ、いいえ!! マナと瘴気は本来同一の存在! いや正確には負の性質によって変質したマナが瘴気と呼ばれているのですよ!!」


 その言葉にサラとノエルは絶句する。


「元来マナとは中立的な力! 外的要因によって自らの性質を変化させるエネルギー! あなた方人類が使う聖術も! 私たちが使う魔術も! マナと呼ばれる力を変質させて、動力にしているに過ぎないのです!」


 二人は否定の言葉を言おうとした。しかし心のどこかで納得していたせいで否定するための声が出てこない。当然だ。元が同じ力なら瘴気すらも感知するのは何ら不思議な話ではないのだ。

 いやそれよりも、もしディーシィーの言葉が本当ならそこに根本的な疑問が湧き上がってくる。即ち、瘴気を生み出す魔王についてだ。


「勇者と聖女であるあなた方なら読んだ事があるのでは?」

『……っ!』

「ラルクエルド教の聖典……


 曰く、魔王とは人々の負の感情によって呼ばれた瘴気の化身である。


「そう、その聖典は徹頭徹尾魔王様とマナの間にある関係性を否定、もしくは全く別の存在として説明されていた。ですが私は知っている。長年マナについて研究し、悪魔になり『探求』の魔術が芽生えた私だからこそ知れた真実を!」


 魔王は本当はどこから来たのか。

 どうやって生まれたのか。


「それは――! ……まぁ言いませんがねぇ!」

『……え』

「確かにこの私ディーシィーは長年のボッチ研究で人と喋りたい欲はありますがそれはそれ、これはこれ。悪魔である私は、あなた方が何も知らずに敷かれたレールの上をただ歩いて行く姿に愉悦を感じる嗜好がある……だから私は言いません。ただひたすらに盲目的に歩いていけば良い」


 悪魔と名乗る人物はみんな性格がねじ曲がっているのかと思う二人だった。


「まぁヒントは出しました。後は自分たちだけで考えてください。これが私の……悪魔である前に研究者であった存在の最後の言葉です」


 一瞬、ほんの一瞬ではあったがそこに悪魔になる前の男の顔が出ていた。


「さて、肺を焼かれ、肌を焦がし、酸素は枯渇しかけ。喋っている間にもあなた方は衰弱して行く一方……それで? 何か打開策は思い浮かべましたか?」

『……』

「おや? 私の講義に夢中で何も考えていないと? いけませんねぇ……もっともっと足掻いて生き延びてくださいよぉ……私にはまだまだ語りたい物があるというのに!!」

『……っ!』


 再び手のひらを開き、マナが瘴気へと侵食されて行く。


聖土の魔弾グラエ・バレット……当たれば痛いですよぉ?」


 銃口をノエルに向け引き金に指をかける。

 炎によって逃げ場がないノエルたちにとってこれは必中の攻撃となる。

 しかし。


「……当たれば、の話でしょ?」


 ノエルの口角が上がった。


「? ――なっ!?」


 一瞬の困惑。

 そして次の瞬間、ディーシィーは背中に激痛を感じた。


「全く……遅いよ二人とも!」

「よし、これでみんな集まったね!」


 ディーシィーの背中を斬ったのはこれまで逸れていた二人。

 勇者パーティーの堅牢な戦士と幼い賢者。


「遅くなってごめんなさいね!」


 ヴィエラが笑みを浮かべて謝罪する。




 その背にノンナを赤子のように背負いながら。

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