第18話 迷走! 動転する理性

 時はノエルたちが悪魔ディーシィーと戦う数分前。


「ん、あれ? ここは?」


 見知らぬ場所でヴィエラが目を覚ます。

 周囲に自分の仲間の姿はなく、どうやら自分は逸れたのだと気付くのは数秒も掛からなかった。薄暗い周囲の状況を確認しながら、ヴィエラはこれからどうしようと頭を悩ませる。


「装備はあるし、体に異常はない……でも一人かぁ」


 曰く付きの怖い空間に寂しさを紛らわせる仲間もいない。ノエルとノンナほどじゃないが、彼女もまたこういう恐怖を煽るような空気は苦手な人間なのだ。


「まぁ、いいか」


 かといって、仲間がいなければそれでいい。自分には恐怖心を押し殺し、気持ちを切り替えることで感情を制御する術を身に付けているため、一人寂しく恐怖に怯えることもない。


「さて、探索するとしましょうか」


 気持ちを切り替えると、恐怖によって縮こまっていた背筋がピンと伸びる。そうすれば、薄暗く、恐怖を煽るようなこの空間に対して客観的な視点で見ることが出来た。今の自分は恐怖に怯える一人の少女ではなく、何事にも動じない一人の騎士となったのだ。


「無数の棚に無数の本……書斎、というよりかは図書館かしら?」


 風化している箇所が二割と、していない箇所が八割。試しに無事な本を一冊手に取ると、普通にページをめくれた。ただし内容は今の言語で書かれていないせいか読めない。


「この言語……古代都市で見た言語とも違うわね」


 古代都市より前か後かは分からないが、少なくとも現代の物じゃないことだけは確かだ。


「魔獣の挿絵……魔獣に関する資料かしら? こっちは瓶や何かの粒……もしかして錠剤? つまり薬に関する本? 様々な分野の本があるわね」


 反対に風化している本、取り分け状態がマシなものを見る。中身はほとんどが挿絵だ。他の本も見ていると資料本よりかは児童書の印象を感じる。


「資料用とそうでない本で選別して保護処置をしているのかしら」


 それでも好事家相手に一冊売れば、かなりの大金を稼げるのではないだろうか。それに当時の資料本なぞ、歴史的価値から見ても相当貴重だ。そんな物が無数にある。好事家や歴史家が揃って吐きながら狂喜乱舞する光景が予想できる。


「……まぁ、今はそんな場合じゃないわね」


 変なおじさん共が踊り狂う想像にツッコミを入れて頭を振る。

 そう、今はそのように考えている場合ではない。

 想像を振り払うようにヴィエラは本を床に置こうとして――。


『ねぇお姉ちゃん! 次の本を読んでー!』


「っ!」


 脳裏に声が響いた。


「……ったく」


 ざわつく心臓を掻き毟り、己の脳を潰したい欲求を抑える。


「あーもう、またあの記憶が……」


 何度封じ込めようとしても、ここ最近はことある毎に想起してしまう。


「もう何年も思い出さなかったのに……」

 

 きっかけはなんだろうかと考えるも直後に頭を振る。思い出さなくても分かるからだ。あの古代都市で見た『人工勇者』に関する本がきっかけだ。そこで忌々しい記憶を思い出し、カイルとかいうクソ神官の一言で完全に燻っていた火種が燃えてしまった。


『勇者が一人じゃなかったとしたら?』


 カイルの言葉を思い出す。

 つまりその言葉の意味にはノエル以外の勇者がいるということ。そして自分の知識であり得るのは『人工勇者』と呼ばれる存在だ。


 ――先ず間違いなく、あのラルクエルド教の神官共はかつての過ちを繰り返している。


 それに気付いた時から、ヴィエラは毎晩同じ悪夢を見るようになった。

 辺り一面に転がる弟妹たち。血溜まりの上で立ち尽くし、泣きながら死を懇願する妹。歓喜し、踊る神官と学者共。


 そして、それらを斬り殺す自分。


 怒り、憎しみ、悲しみ、絶望のままに命を奪い続けた。騎士とは思えぬような方法で斬り殺した。王の前で唱えた騎士の誓いが虚しく思えるほど殺し続けた。

 あの状況を生み出した元凶と、何も救えなかった無力な自分に対する怒りのままに、全てその手にかけたのだ。


 ――いや、やめて。


「っ……はぁー」


 切り替える。


「忘れなさい」


 切り替える。


「忘れて」


 切り替える。


「……よし」


 切り替えた。


「あの子たちを、探さないと」


 床に散らばる歴史的遺産を無視し、部屋の奥へと歩き出す。邪魔になる本棚は内心謝罪しながらどかし、それでも邪魔なら壊す勢いで強引にどかす。そのせいで大きな物音を立ててしまったが、ヴィエラの感覚では周囲に誰もいないため問題ないと結論を下す。


「……いえ」


 先程下した結論を撤回する。

 何故なら奥の部屋から人の呼吸音を察知したからだ。


「……誰かいるのかしら」


 息を潜めて耳を澄ます。

 すると部屋の奥からまるで呼吸を抑えるように小さく、そして断続的に息を繰り返している音が聞こえる。ヴィエラはその音の規則性に聞き覚えがあった。まるで騎士に見つからないように恐怖を抑えて息を潜める犯罪者のような呼吸だ。


(誰かが隠れてる?)


 そう思ったヴィエラは出来る限り足音と気配を殺し、ゆっくりと件の部屋へと近付く。そしてそっと部屋の扉を開けるとそこには――。


「……………………」

「……………………」


 まるで赤子のように四肢を畳めて仰向けで寝転がるノンナの姿があった。


「……いや、何してんのよ」

「はぅあっ!? な、なんじゃヴィエラか……驚かすでない!」


 驚いているのは寧ろこちらの方だとヴィエラは言いたい。


「はぁ〜……ほらノンナ、そんなセミの死体の真似なんてやめてとっとと起きなさいよ」


 目の前の奇行のせいか、それとも仲間との合流のせいなのか。ヴィエラの気が緩み、その顔に笑みが浮かぶ。笑みとは言っても苦笑いの方だが。しかし、そんなヴィエラにノンナは重苦しい表情で拒否をした。


「……嫌じゃ」

「……それはまたなんでよ」


 なんだか面倒臭そうな空気が漂って来たなとヴィエラは予感する。


「今のワシは無力な小娘じゃ……」

「無力……」

「聖術が使えない状態にあるのじゃ」

「あー……」


 そう言えばと、ヴィエラは地下に落下する直前の出来事を思い出す。迫り来る亡霊にノンナが除霊しようとしたが不発に終わった出来事だ。


「今のワシはそう、ただのか弱い美幼女じゃ……」

「小憎らしい小娘の間違いでは?」

「そんなワシが亡霊に襲われても見ろ。たちまち彼奴らの仲間入りじゃ」


 それはまた随分と面倒な亡霊だなとヴィエラは思った。


「……それで? その今の体勢と何か関係があるわけ?」

「これはな……赤子の真似じゃ」

「……」


 まさかとは思ったが本当に赤子の真似だったのかと、ヴィエラはあまりの馬鹿馬鹿しさに例の記憶とは別の頭痛が頭を苛んだ。


「赤子とは純真無垢の塊じゃ。純粋な思いほどマナが寄ってくるこの世界で、赤子とはマナを呼び寄せ厄を祓う神聖な存在なのじゃ」

「へー……そう」

「諸説ありじゃ」


 なんとなく話の流れが読めたような気がした。


「その中で、特に赤子の泣き声は悪霊を祓う事で有名でな。怪談話で悪霊によって窮地に追い込まれた夫婦が赤子の泣き声によって九死に一生を得る展開が多いのじゃ」

「そうなの……いえ、待って? もしかしてアンタ」


 嫌な予感がヴィエラの脳裏に過ぎる。そしてそんな彼女にノンナが首肯する。いや首肯するな。決め顔を浮かべて首肯するんじゃない。


「聖術が使えないワシに出来る事はただ一つだけじゃ」

「待って、ねぇちょっと? 確かに貴女は幼女だけど赤子じゃないのよ? 物心付くぐらい歳を重ねた自我のある子供よ?」


 それに赤子を真似ても果たしてそれは純真無垢の塊だろうか。寧ろ保身の塊の間違いだろう。彼女の泣き声で払えるのは人だけだ。ドン引きで。


「それに貴女は幼女でも中身は――」


 その先を言おうとした矢先に。


 ガタンッ!


 とヴィエラがやって来た方面から物音がした。

 恐らくはヴィエラが強引にどかした本棚が崩れたのだろうが――。




「オギャアアアア!! オギャアアアア!!」




「……嘘でしょ」


 突如始まったノンナの悪霊祓いによってヴィエラは茫然とした。




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 あとがき


 あけましておめでとうございます。

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