第15話 不穏! 未知なる森を探索せよ
ノエル・アークラヴィンス。
元ラックマーク王国の騎士団長であり、現魔王討伐を掲げる勇者。
品行方正にして、清廉潔白。文武両道にして、容姿端麗。
魂が女性であるのに対し男性の肉体を持って生まれたという悩みも今は晴れ、気力も充実している彼女には一つ苦手なものがあった。
「ねぇ……ノエル?」
「な、なななんだいサラ?」
「そんなにくっ付いていると上手く歩けないよ……?」
「ご、ごめんね!?」
そう言いながらも、ノエルはサラの背中から離れようとしなかった。
お分かり頂けただろうか?
そう、彼女は非常に怖がりなのであった。
周囲は木々に囲まれ、日が昇っている時間帯であるにも関わらず、薄暗く、空気が澱んでおり、生命の気配は感じない。
何故、勇者一行はこのような森の中を探索することになったのか。
それはカイル・マグバージェス神官が、魔獣を引き寄せるという厄介な代物を持って逃走したからである。
この、当初は何もない平原であるにも関わらず突如として現れた森の中へと。
何度地図を見てもやはりこの平原に森らしい場所はなく、やはり突如として森が現れたとしか言いようがない現象に、勇者一行は不気味に思いながらもカイルの捜索を開始したのだ。
しかし最初の数分はまだ我慢できた。
騎士団長時代、部下に無様なところを見せるにも行かず、頑張って怖いのを我慢してきた。だがここにはノエルの秘密を知った大事な仲間がいた。
当然仲間がいるという気の緩みや、心を預けられるという安心感。それらが合わさって油断してしまい、封じ込めていた怖がりな性格が出てきてしまったのだ。
そんなノエルに対し、ノンナが面白がるように煽っていく。
「ふっ……勇者がこういう雰囲気が苦手ではこの先の旅もどうなることやら」
「くっ!」
「ねぇノンナ」
「なんじゃ」
「その言葉は私の後ろから離れてから言いなさいよ」
「いやじゃあああああああ!!!!」
「鼓膜がっ」
どうやら怖がりはもう一人いたようである。
「大体なんじゃ!? どうしてここに森がおる!? 何もなかった筈じゃろ!? ワシがいたエルフの森と段違いの暗さと不気味さなんじゃが!? こんな森があっていいのか!?」
「うるっさいわね……」
「ノンナちゃん怖いの苦手なんだ」
「ワシが怖がりだと知って以来あのクソババァが毎夜毎夜驚かすからすっかりトラウマになってしまったんじゃぞ!?」
「クソババァって……」
ヴィエラもこの二人よりかはマシだが、お陰で怖がる暇がない上に自分を盾にしているノンナのために我慢する羽目になってしまったのだ。誰かは知らないが余計なことをしてくれたなとヴィエラは心の中で舌打ちをした。
「……しかし意外だわ。ノエルは騎士団を任されているぐらいだし、ここと似たような場所での任務も経験している筈よね?」
「まぁ確かに経験してるけど……」
それでも苦手なものは苦手らしい。
というのも。
「……見習い騎士時代に初めての任務で墓地の見回りをしたんだけど……途中ゴーストに襲われて……剣を振っても当たらないし、女神の加護のお陰で危害はなかったけど、そこから除霊できる聖術士が来るまで何時間も棒立ちでゴーストたちに囲まれ続けて――」
「――ギャアアアアアア!!! このバカチンノエルがあああ!! なんでこのタイミングで怪談話を始めたんじゃあああ!!」
「頭がっ」
ノンナの放つ絶叫を至近距離で受けたヴィエラは、鼓膜どころか脳を揺さぶられて目を回す。ノンナの怪音波もそうだが、何故ノエルは怖がりの癖に己の怪談話をしたのか理解に苦しむ。お陰で物理的にも精神的にも苦しむ羽目になったのではないかと初めて仲間を呪った。
そんなヴィエラの苦痛をよそに、サラは不思議そうな表情でノエルに尋ねた。
「しっかし殴れない幽霊っているんだねー」
「……え、なぐ、なんだって?」
サラの信じられない発言に一同は思わず立ち止まった。
「……気のせいかの? まるで殴れる幽霊がいるかのような発言が聞こえたが」
「えー? 幽霊って殴れるんだよ?」
「そんな物理法則に影響される幽霊なぞ聞いたことないぞ!?」
「そう言えば……サラってこんな状況でも平気そうね……?」
思えばこの森で捜査を始めた際、怖がり三人組を除いてサラだけは確かな足取りで進んでいたように見える。
「だって、ねぇ?」
サラが平気な理由。
それは彼女の故郷で起きた出来事が関係していた。
◇
ノルドとサラの故郷であるカラク村には、交霊祭という年一回の行事で先祖の御霊に感謝をするお祭がある。
内容としては村の大人たちが先祖の幽霊に身を扮して村を徘徊し、子供がその徘徊している幽霊に感謝の印として札を渡す。そして受け取った幽霊はお返しに子供に菓子を渡すというのが祭りの全容だ。
しかし札を渡す際に怖がる子供に大人たちは愉悦を覚えてしまう。
先祖の御霊にすら軽蔑されるほどの感情を抱いた汚い大人たちは、村長を中心に更に怖がらせようと色々工夫をし始め、そして――。
「サラを怖がらすんじゃねぇ!!」
『ぎゃあああああ!!!』
◇
「って、ノルドが幽霊を殴って退治してくれてたんだ〜」
「なんという脳筋式除霊……!」
これは下手すれば子供よりも大人の方がトラウマを持つのではとヴィエラは訝しんだ。
「やっぱり、ノルドってその頃から頼もしかったんだ……」
「ふっ……馬鹿馬鹿しくて恐怖が吹っ飛んでいきおったわい」
「だったらこの手を離しなさいよ」
サラの話にはツッコミどころがあったのだが、お陰で怖がり三人組の恐怖は和らいだ……ような気分になった。しかし、それはそれとして前を進む勇気を貰ったのも事実。ノンナは一同を代表して声を張り上げた。
「ええい、こんな薄気味悪い森をとっとと抜け出してあのクソ神官を捕らえるぞ!」
『おー!!』
というわけで、ノンナはこれまでずっと発動していた探査聖術を確認する。
対象は当然逃げ出したカイル・マグバージェスであり、彼の反応はここから近い場所を指し示していた。
「ふむ……同時発動していた地形把握の聖術もこの先は森が開けているとのことじゃが、どうやらあそこにクソ神官がいるらしい」
「ようやくこの森も終わりなんだね」
「ずっと歩いてて疲れたー!」
「鼓膜と頭が痛かったわ……」
見れば目の前の木々に光が差し込んでいた。
一同は光に向かって歩みを進め、徐々に周囲の木々が少なくなっていることに気付き、ようやくこの薄気味悪い不気味な森が途切れるという実感を得る。
「よしこれで――」
踏み出す。
そうして彼女たちの前に現れたのは――。
――不気味で薄気味悪いボロボロな屋敷だった。
「いやなんでじゃあああああああああ!!!」
「わー耳がー」
この展開を予想していたヴィエラは事前に耳を押さえていたためか軽傷で済んだ。
「いやなんじゃあれ!? 事前に発動していた聖術には何も引っ掛からんかったが、屋敷の存在を認識した途端反応が出たんじゃが!?」
「この森と同じで突如として現れたってこと……!?」
「幻にでも見ているのかしら私たち……」
「じゃあ確認しよっか」
そう言って、サラは試しにと近くの小石を拾って屋敷へと投げた。
すると小石は確かに屋敷の壁に当たり、跳ね返る。
少なくとも物理的に存在しているのは確かなようだ。
「いやいやいやサラのばかぁ!! なんで!? なんでそういうことするの!? こわいものはないの!? そうやってしげきして、おそいかかってきたらどうするの!?」
「やだなー屋敷が襲い掛かってくるわけがないよ」
「らっかんてきだよぉ!!」
「戻ってる戻ってる……貴女幼女に戻ってるわよ」
涙目を浮かべながらも、はぁはぁと荒い息を整えて冷静になろうとするノンナ。
そう、冷静に考えれば何もあの屋敷に向かう必要はないのだ。
目的はカイル・クソったれ神官を探し、魔獣を呼び寄せる腕輪を破壊することであり、それさえできればこんな森や屋敷のことなぞとっとと忘れて本来の旅に戻るだけ。
そう考えたノンナはカイルの場所を示す聖術を発動する。
聖術が指し示すボケ神官の反応は真っ直ぐと目の前を行き――。
「……あの屋敷の中に反応があるんじゃが」
「……次はあそこを探すんだね」
「いやじゃあ……なんでこうなるんじゃ……あのクソババァが語った呪いの屋敷とモロ形状や雰囲気が被っておるのじゃが……! 運命はワシらにあそこを探索しろと言いたいのか……っ!」
平たく言えばそう。
「じゃあ中に入ろっか」
『待って!!』
扉の元へと向かおうとしたサラに他の三人組が引き留める。
「ちょっと心の準備をさせて……」
「……あの神官のことは忘れようか」
「外から
怖がりでありながらも何とか意を決しようとしているヴィエラはともかく、他の二人の発言が問題過ぎる。これが世界を救う勇者と賢者の姿か?
「もう! そんなんじゃ時間が無駄になっていくよ!」
『あ、ちょっと待って!』
問答無用で扉を開ける。
見れば内装は外装と同じようにボロボロで、年月が経っているのか所々風化している箇所もあり、明かりの類もない薄暗い大広間が彼女らを迎えた。
「ふ、雰囲気あるわね……」
「あわわわわ……」
「お、おぉ……! 昔あのクソババァが語った呪いの屋敷と同じ雰囲気が……!!」
怖がり三人組が慄く。
そんな中、サラだけが目を険しくさせて周囲を見渡していた。
「……おかしい」
「さ、サラ? どうしたの……?」
ノエルの言葉を無視して、サラは大広間全体を嗅ぐようにくんくんと鼻を鳴らす。やがて結論がついたのか、サラは三人のところへと帰る。
「やっぱり、おかしいよここ」
「な、何がおかしいんじゃ?」
「木造の建築で、年月が経っているのに臭いがしないんだよ」
『臭い?』
サラの言葉を聞いた三人は先程のサラと同じように臭いを嗅ぐ。
そうすると、確かにサラの言うように臭いは無かった。
「ボロ屋敷なのに無臭は確かにおかしいわね」
「普通だったらカビやら腐敗臭やらの臭いがありそうなものじゃが……」
「もしかして、幻覚?」
「幻覚にしては手で触れるしのう……なぁサラ、聖女として何か分からんか?」
ノンナにそう言われ、サラは暫く杖を構えて目を閉じる。
そしてある程度確認したのか、サラは目を開いて言った。
「……瘴気は感じなかったよ」
「ということは魔王とは関係ないのかのう……?」
はっきり言って現段階では何も分からないことだけは分かった。
しかしそれでもカイルはともかく彼の腕にある腕輪だけは破壊しないといけないのは確かで、一行は己の恐怖を押し殺し、奥へと進むこととなった。
そんな中、サラは一人別のことを考えていた。
(瘴気は感じなかった……でも、マナも感じられなかった)
全ての物質にはマナが宿る。
例え瘴気がなくともマナがないというのはあり得ないのだ。
この屋敷には何かがある。
そう感じずにはいられないサラであった。
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