第13話 炸裂! これが覚悟の告白
翌朝。ローガン伯爵邸の正門前で二人の男女が言い争っていた。
「貴様ぁ!! よくも、よくもこの俺を追い出してくれたな!! お陰で一晩庶民の宿に寝泊まりする羽目になったではないか!!」
一人はガオン・ガイザー侯爵令息。ローガン伯爵領と隣り合っているガイザー侯爵領の嫡男にして次期当主である獅子型獣人族の男だ。そして彼と対するはこのローガン伯爵領の当主の娘、ロアリー・ローガン伯爵令嬢だ。
「ふん! 高級宿に泊まれたことに寧ろ感謝すべきね。私としては市民の宿に迷惑を掛けないよう野宿すれば良かったと思うわ!」
「なんだとこの!!」
腕を振り上げる。
だが昨日受けたロアリーの過剰な暴力が脳裏を過り、腕を振り下ろす事が出来ない。ガオン・ガイザーにとって、昨日の暴力はトラウマになっているようだ。
「くっ……!」
「あら? まさかこのか弱い女性にビビっていらっしゃる? ならその立派な獅子の髪を断髪して丸坊主にしたら?」
「貴様ぁあああ!!!」
「お、お待ちくださいガオン様! 娘の失言の数々をお許しください!!」
ついに我慢ができなくなったガオンがロアリーを殴ろうとした時、一人の男性が彼らの間に割って入る。彼こそがロアリーの父であり、ローガン伯爵領当主のガルリアン・ローガン伯爵だ。彼は屋敷の外だというのに、威厳も何もかなぐり捨ててガオンに向かって平身低頭をしていた。
だがその行為虚しく、ガオンの怒りは収まらない。
「許せるものか!! あぁ絶対に許さん!! 下手に出ておればこの仕打ちの数々! 戦争だ! 俺はこの領地を根絶やしにして貴様を娼婦のように使い捨ててやるぞ!!」
「せ、戦争!? お待ちくださいガオン様! どうか、どうかご容赦を!! お、おいロアリー! お前も早く謝るんだ!!」
涙目で娘に謝罪を促す当主。
だがその姿こそ彼女の怒りをかき立てた。
「お父様は黙って! 仕事で公都に行って、帰って来たと思ったらなんていう体たらく!! 大方このクソ男に持て成されて堕落したのでしょう! 愚かな事に差別主義に目覚めて……一領地の当主がなんと情けない!! 亡きお母様も助走を付けて殴りに来るわ!!」
「な、なんだとロアリー!?」
「黙ってって言ったでしょう!!」
「ぷへぇ!?」
「お嬢様が旦那様を殴った!?」
あまりの暴挙に怯えるように様子を伺っていたローガン伯爵家の使用人がうろたえる。一同唖然とする中、ロアリーは恐ろしい形相で腰が引けているガオンへと振り向いた。
「それで何? 戦争? 貴族同士が争うという事がどういう意味かお分かりで? もしかしてそれすら分からず私怨で国を混乱させる気? つくづく愚かですわね!!」
「そ、それだ! 貴様よくも二度ならず何度もこの俺を侮辱してくれたな! 貴様の身の程を弁えない行為によってこの領地は滅ぶのだ!! 今に見ておれ! 俺はもう我が領地に軍を要請した! この領地が滅びるのも時間の問題だぞ!!」
ローガン伯爵領とガオン侯爵領は隣り合った領地だ。
そこに獣人族特有の高い身体能力により、軍の行軍速度は普人族の軍を遥かに凌ぐ。要請から準備、編成などの段階を経て、僅か数時間足らずで国のどの領地へと向かう事ができるのだ。
そう、普通ならば。
「……それなら、アンタの軍とやらはいつ来るのよ?」
「そ、それは……」
ロアリーの鋭い質問にガオンは言葉に詰まった。
ガオンは既に昨日の内に要請をしていた。その場合本来は夜中の内に来るはずだ。なのに朝になっても来る気配はなかった。
一方ロアリーはガオンの口から戦争という言葉を聞いた瞬間、内心動揺していた。同じ国に所属している者同士、私怨で戦争を起こすのは有り得ないだろうと高を括っていたのだ。
自らの行いに反省をする一方で、それでも譲れないのは彼女自身が未熟だからか。それとも譲れば良いようにされるという本能故の行動か。分かるのは今、このローガン伯爵領はピンチになっているということだけ。
(この危機的状況を乗り切るには……)
ローガン家当主は役立たず。ならばと、彼女の頭はガオンをどう説得させれば軍を下がらせる事ができるか考え始める。
――だがそこに、思いも寄らない助けがやってきた。
「ガイザー領の軍はこちらに来ませんわ」
『……え?』
見知らぬ女性の声。
いやこの声は知っている。昨日、去り際に何か興味深いことを言っていた女性の声だ。その女性の声はガオンたちの後ろから聞こえてきた。
ガオンは後ろへと振り返り、叫ぶ。
「だ、誰だ!?」
「どうも、自己紹介が遅れましたわ。私――」
聞く者を畏れさせる王の声。
その声に自己中心野郎であるガオンでさえも緊張により喉を鳴らす。
気になるその彼女の正体とは。
「――とある国の女王ですわ」
発せられた彼女の正体にこの場にいるものは困惑する。
告げられた正体のあまりのスケールのデカさについ冗談だと思ってしまう。
事実として、ガオンは彼女の言葉を否定した。
「じょ、女王だと? ……ふ、ふざけるなよ普人族の女風情が! いきなり出てきて俺の軍が来ないだと!? 殺されたいのか!?」
ガオンの怒りも当然だ。
ロアリーの鉄拳制裁を受け、更には彼女によって屋敷を追い出され、屈辱的にも民間の宿を利用することになったガオン。その上こうしてロアリーと口論している際に割って入ってきた声の主が全く関係ない普人族の女性という事実に、ガオンの殺意は頂点に達している。
だが。
「いいえ、貴方の軍はここにはやってこない」
「貴様、まだそんなことを言って――」
「何故なら貴方よりも先に対処すべき問題に挑まなければなりませんもの」
「――は? な、何? 俺よりも対処すべき問題?」
意味深なまでの言葉だ。
その言葉の意味を知るものはおらず、ただ首を傾げるだけ。ただ一人、ガオン・ガイザーだけは心当たりがあるのか先程の威勢は萎み、目の前の女性に警戒を抱く。
そんな彼の様子を楽しむかのように、ヨルアは言葉を紡いでいく。
「拉致、賄賂、買収、暴力……これらの言葉に心当たりは?」
「……どういう意味だ?」
「脅迫、教唆、殺人……まだまだありますわよ?」
「お、おい! 待て! 待て!! 貴様、いったい何を言っている!?」
しらばっくれている。誰が見ても明らかに、ガオンの言動はそれらの言葉に心当たりがあると言っているようなものだ。
「先程言った言葉の数々……その裏付けを示す証拠を集めました」
「……は?」
「そして貴方のお父上の書斎に置いておきましたわ」
「は? え?」
するとどうだろう。
散々揉み消していた証拠がいきなり目の前に出てきたという事実に、ガイザー家の当主はどうしたのか? 当然。その証拠を集めた者、置いた者、知っている者を探し始める。
息子だけではない、自分の悪事をも隠蔽するためにだ。下手すれば国から処罰されるほどの悪事を隠すために行動するのが当然の考え。
「そうすればもう、貴方の要請に応える余裕なんてない。故に私は来ないと申しましたの」
ヨルアの言葉に理解が追いつかないガオン。
冗談だ。冗談に決まっている。
しかし、そう判断するにはその女性の言葉には心当たりがありすぎた。故に彼女の言葉に信憑性が増し、途端に目の前の女性が得体の知れない何かに見えてきた。
「な、何者なんだ貴様は……!」
「あら、私はもうお伝えしましたが?」
――とある国の女王。
冗談と思われた言葉に真実味が増す。
「た、他国の女王が何故、他国の問題に首を突っ込む? こ、これは我が公国の問題だぞ……そ、そうだ! 貴様の行動は国際問題になる……問題になるんだぞ!?」
「えぇ確かに。そうなるのは私の本意ではありません。ですのでその証拠としてあなた方の国に報告はしていません」
まぁ正確には報告し、対応してくれるまで時間が足りなかったのが理由だが。
「な、なら――」
「――ですが」
よしんば問題が起きてしまったら?
国と国の関係性が悪化してしまったら?
その場合彼女は――。
「それで何か問題でも?」
「……は?」
「国際問題になったとして……それが何が?」
分からない。
どうしてこの女はこうも余裕でいられる。
曲がりなりにも国を治める王が何故問題視しないのか。
「何故なら我が国の方が強いから」
「――……」
「外交も、政治も、武力も、経済も全て。我が国の方が強いから」
「な、な……」
「だから何をしたって良い。問題が起きても必ず私が、我が国の有利で終わらせる。だから他国の、それも一領地を滅ぼすのだって問題ないのです」
「……お、横暴だ」
「あら、それならあなた方はいったいどうなのです?」
彼女が来るまで、横暴という言葉はいったい誰が担っていたのか。
考えるまでもない。他領で望まない婚約を迫り、その領地に住む人々を虐げたガオン・ガイザーのことである。
「一つ、教えて差し上げましょう」
暴力を振るうということは、更なる暴力が振るわれるものである。
それが財力であれ、権力であれ、いつかはそれ以上の力によって返ってくるのだ。
「たかが侯爵家風情が女王の前で不愉快なものを見せないでください」
「……っ」
「それともう一つ」
「な、なんだ!?」
「確かにあなた方の国には報告しませんでしたがこれは時間の問題です。ですのでその間、別の方面から協力をお願いしました」
「別の方面……?」
ガオンの疑問にヨルアは指を折りながら数えていく。
その協力してくれる人たちの名前を。
「各国に熱狂的なファンを持つ天才画家イーロン・イロアス。隠居しているもののその影響力は未だに健在の策謀請負人スー・ガロンガ。各国の王に気に入られている吟遊詩人カナンナ・ノイン・ノイナ。一代にして商人国家の幹部にまで上り詰めた豪運商キャドラット……まだまだいますがまだ聞きますか?」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
何故なら彼女の口から出てくる名前の数々はガオンでさえも知っている著名な人間のものばかり。そのどれもが機嫌を損ねれば莫大な損失を被る関わってはいけない危険なネームドたち。
そのような人間たちが、彼女の協力を受けた?
そんなもの、ガイザー領の事実上の滅亡と等しいではないか。
娯楽も、名声も、経済も、全て地に落ちるのも時間の問題だ。
「そんな、馬鹿な……」
「えぇ馬鹿な話に思えるでしょう? 私も、私の国も流石にそこまでの繋がりはありませんもの。ですが……」
ヨルアは横の人物を見る。
そこには呆然としながら聞いていたロアリーでさえも驚く意外な人物がいた。
「……ラッセル?」
ロアリーが呟く。
そう、彼の名前はラッセル。
兎型獣人族の少年で、ロアリーの想い人。
「この少年こそが、彼らと繋がっている唯一の人間です」
「は、はぁ……? こんな、草食動物モデルの雑魚が……!?」
「はい失言」
「うぐっ!?」
ヨルアが楽しげに失言を指摘する中、ラッセルはずっとロアリーのことを見つめていた。
「いや、おかしい……おかしいぞ! そんな雑魚があのネームドたちと繋がっている訳が無い! 俺でさえ無理だったのだぞ!?」
「なら答え合わせをしましょう」
「答え合わせだと!?」
「ガイザー家がどうして自分たちより低い爵位のローガン家へ婚約の話を持ってきたのか」
「……あっ」
ヨルアのその言葉にガオンは全てを察した。
「私も調べましたが、ここ最近のローガン伯爵領の発展は目を見張るものがありますわね」
「そ、それは私の名采配による統治によって……」
「お父様は黙ってて!」
「ぷへぇ!?」
恐らくそのようにガオンに煽てられたガルリアン伯爵がそう出しゃばるものの、真剣に理由を考えているロアリーによって黙られた。
実の父が地面に伏したことを確認したロアリーはヨルアの発言を考察する。
「確かに近年ローガン伯爵領は収穫、交易、輸入共に最高水準を収めてきたわ……まさか、ガイザー侯爵領が婚約話を持ち掛けた理由って……!?」
「そう、ガイザー侯爵領の目的はローガン伯爵領の恩恵を受けるためだった」
そのためローガン伯爵に婚約話を持ちかけたのだ。
「そしてそれがもし……発展の理由が長年の努力が報われたのではなく寧ろ誰かの助けを借りていたとしたら?」
「それが……ラッセル?」
ロアリーもようやく真相に辿り着いた。
全てはラッセルの得た人脈によって齎された発展だったのだ。
ロアリーは驚愕すると同時に、ラッセルがずっと自領のために頑張ってくれていたことに喜びを覚える。
「……僕は、ずっと僕を育ててくれたローガン伯爵家の人々に恩を返したかった。お嬢様を支え、共に領地の発展に貢献したかった」
それが今や、配達を通じて知らず知らずの内に貢献していた。
確かに自分の力ではない。だが自分が頑張ってきた故の成果だ。
弱者だと蔑まされ、平民だと軽んじられ、へたれと言われた。
まぁ後者は事実なのだが、それでもこんな自分を認めてくれる人たちがいたのだ。
「この機会を無駄にはしない……だから!」
そこに。
「ふざ、けるなあああああ!!!!」
『っ!!』
追い込まれ、居場所も失くなったガオンが激昂する。
「ミクリネェ!!」
「――は、はっ!」
「あいつらを……殺せええええええ!!」
「了解!!」
自棄になったガオンが側近であるミクリネ・ガルルガーロンにヨルアたちを殺害する命令を下す。ミクリネもまたもう後が無いと悟ったのか、彼の命令をこなそうと抜剣し、ヨルアたちへ襲い掛かる。
「こうなりましたか……ならば、ノルド。お任せしますわ」
「……ここは『へい、お頭』と言えば良いのか?」
「はっ倒しますわよ?」
シャロン以外、一同はヨルアの女王としての手腕にドン引きしていた。
「さて、大詰めだな」
ノルドもまたこちらへ向かってくるミクリネに向かって駆け出す。
相手は獣人族特有の身体能力の他、本気を出したのか聖術強化もしているためかなりの速度を出している。そこから繰り出す突きはまさに最速。普通なら避けれない。そう普通ならば。
「何故武器を出さない!?」
「武器を出すほどじゃないからさ」
あと一歩近付けば必殺の一撃。
なのにノルドは未だにメイスを取り出さない。
完全なる自殺行為だが、別に舐めているわけではない。
これは修行の成果を確かめる、言わば踏み台だからだ。
昨日の対峙で相手の実力を測り、それが正しいことであるかの確認。
丸腰の状態でも対処できるかの確認。
そのためだけに、ノルドは相手を利用する。
来るべき戦いのために。
「死ねぇ!!」
必殺の突きが己の頭部に向かって放たれる。
それをノルドは一瞬で見抜き、頭を動かし紙一重で避けた。
「なっ!?」
獣人族の男が驚愕する。
その隙にノルドはミクリネの足を払い、体勢を崩すと同時に後頭部を掴み、そして。
「地面に叩き付ける!!」
「がっ!?」
地面にヒビが生えるほどの衝撃。
手加減はしたが流石の獅子型獣人族でさえも気絶するほどの威力だ。
「よし、これで――」
「お前ら止まれぇええええ!!」
「っ!」
ガオンの声が響き渡る。
見ればガオンは油断したロアリーの喉元へ剣を突き付けていた。
「一歩も動けばこの女の命はないぞ!!」
「しまった……っ!」
ロアリーは油断していた自分を呪う。
しかしその場でうろたえるのはローガン家の者だけで、ノルドたちはまるで心配していないかのように動じていなかった。
何故なら。
「主役はお前だから、だろ? ラッセル!」
「はい!!」
ラッセルは自身の足にマナを集める。
脚力を高める聖術強化だ。
「行けラッセル! お前の想いを届けに行け!!」
「……はいっ!!」
ローガン伯爵領の使用人夫婦から生まれた兎型獣人。
それがラッセル。ただのラッセル。
同時期に生まれたローガン伯爵令嬢と共に育ち、やがて恋を抱く一人の少年。
「お嬢様――」
「ラッセル――」
「――好きですっ!!」
一歩。その一歩によって景色が全て後ろへ。
音も動きも全てを置き去りにして、前を行く。
これが配達業を任された理由の一つ。
類まれな聖術強化によってどこへだって行ける最速の配達人。
想いによって真っ直ぐ目的地へと突き進む彼を止めるものは、誰もいない。
「が、はっ……?」
気付けば、ラッセルの足がガオンの顔面を蹴っていた。
事態を理解するよりも先に意識は途切れ、吹き飛んで行った。
「……お嬢様」
「……はい」
残るは長年恋を抱いていた使用人と彼の主人。
「僕は、一生懸命学んできました。領地のことを、人々のことを。全てはお嬢様と共に領地を発展させることを願ってきました」
だが、それだけじゃ足りなかった。
「共に領地を発展させる……これだけで過ぎた気持ちなのに、僕は貴女のことを想ってしまいました」
「……っ」
「僕の我が儘を聞いてください」
「……えぇ、えぇ!」
「僕の全てを捧げます。だから……っ、お嬢様の全てを、僕に下さい……!」
一世一代の告白。
あの時断ってしまった告白のリベンジ。
告白の返事は――。
「――」
……描写しなくとも、問題ないだろう。
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