第12話 覚悟! これが本当の想い

 ローガン伯爵邸から撤退するようにラッセルの家に帰って来た一行はふと、家の中に入るなり気不味げな様子で俯くラッセルを見た。


「……へたれ」

「うぅっ……」


 クウィーラの情け容赦ない罵倒がラッセルの心を穿つ。

 それはそうだ。ロアリー嬢の一世一代の告白をラッセルは事もあろうに使用人だから、平民だからと身分差を理由に断ってしまったのだ。

 これがラックマーク王国ならある意味適切な対応だろう。しかしここは様々な獣人族が暮らす差別も偏見も乗り越えて来た国。身分差の問題なぞ、実力の有無によって覆される国だ。


 ならラッセルはそれらの問題を覆すに足る能力を持っているのか。

 まぁ残念ながら本人はそう思っていない。

 だがそれは本人がそう思っているだけに他ならない。


「それでどうするんですか?」

「実はもう手を打ってありますわ」


 自信満々に宣言するヨルアに一同は目を見開く。そしてこれが最後のピースだと言わんばかりに彼女はラッセルの方へと向くと、挑発するように笑みを浮かべた。


「あとは貴方次第ですわ」

「で、でも僕はいったい何をすれば……」

「何をするのか。それがなんなのか一番よく分かっておいででしょう?」


 何を当たり前のことを、というような表情を浮かべたヨルアの言葉にラッセルは動揺し、そこへノルドがとどめの言葉を言い放った。


「簡単な話だろ? あのお嬢様と付き合えばいいんだ」

「え、えぇ!?」


 ノルドでさえも簡単に分かる解決策を言われたラッセルは顔を赤くさせた。

 つまりだ。今回の件はロアリー嬢の望まぬ婚約話を破談させ、長年好きだった人と婚約、そして結ばれてしまえば全てが解決する問題だ。

 婚約者が既にいればもう婚約話が出てくることもなく、自分は幸せへとゴールインするだけ。実に冴えたやり方だ。

 恐らくあのお嬢様がラッセルに告白したのだって、長年の生活で両想いだと知っていたからこそ踏み切ることが出来たのだろう。


 そう全てが完璧の策だった。

 ……完璧、だったのだ。


 問題はこの根性なしがお嬢様のことを想うあまり、致命的なすれ違いを引き起こしたという事だけ。それさえ無ければお嬢様が無駄にショックで引き篭ることも、今回の件が長引くことも、ノルドたちが無駄な寄り道をせずに済んだのだ。


「ほら年貢の納め時ですよおらぁ!」

「とっとと結ばれちゃないなよぉYOUぅ!」

「あわわわわっ!?」


 クウィーラとシャロンがウザ絡みし始めたのを他所に、ヨルアはこれからのことを考える。

 今回の件はそれほど分の悪い賭けではない。寧ろ勝ち確定レベルの問題だ。例え爵位の序列が向こうの方が高くとも、ラッセルの良縁体質が解決してくれるだろう。いや、そうさせる。そうなるように自分が調整すればいいのだ。


 ヨルアはラッセルの良縁体質が本物であることを確信していた。

 彼が住む家や譲り受けた調度品の数々は本物だ。その出所や持ち主の内容もヨルアの知識と一致している。そして何より、きっかけは偶然であれ自分たちの協力を得られたことだ。戦いであれば頼もしいと言わざるを得ないノルドや政治にも明るいヨルアの協力を得られたことで、ラッセルは己の問題を解決できる状況になったのだ。


 それがラッセルの良縁体質を本物であると確信することとなった。


 もしかしてあるいは同じ良縁体質であるノルドがラッセルを引き合わせたともいえる。ラッセルとの出会いがノルドの今後の旅に良い影響を与える可能性は高い。


 全ては予想だ。

 だがヨルアの信頼する己の直感からの予想だ。だからこそ、今回の件は貴重な時間を費やしても解決すべき問題であると彼女はそう考えている。


「ラッセル様」


 ――だから。


「は、はいぃ!」

「事態が動くのは恐らく明日中。なので明日までにちゃんと覚悟を決めてください」

「か、覚悟ですか……」


 ――言い放つ。

 彼の心にある火が強烈に燃え上がるほどの発破を。


「想い人と添い遂げる覚悟を。自分こそがお嬢様に相応しいと周囲に伝える覚悟を。もしその程度のものだったのならどうぞ。これから一生、自分ではない男の隣で微笑むお嬢様の姿を見て後悔しながら生きてくださいまし」


 絶句。あまりにも、あまりにも心を抉ってくる未来予想図だ。ラッセルの顔が強張っていくのが分かるほどに辛辣な言葉。

 しかし言い放った彼女の目は当然とでも言うような平然としたものだ。事実、ここでラッセルが覚悟を決めなければ確実に来る未来だからこそ、ありのままの事実を話しているヨルアは平然としていた。


 期待はする。

 助けもするし、解決に尽力する。

 良い結果であれば喜ぶし、悪ければ落胆もする。


 ただし。

 その結果が本人のやる気のなさに因るものだとしたら。

 それまでだ。全てはそこで終わりだ。

 ただただ関心を失くし、忘れるだけだ。

 ただ時間の無駄だったと思うだけだ。


「それでは明日までにゆっくり休んでくださいませ」


 その一言を最後に、一同は解散をした。




 ◇




 走る。

 月の光が照らす平原をただひたすらに走る。

 配達の仕事のために幼少の頃から練習してきた聖術強化の力を足に込め、地面を蹴る。背景は後ろへ流れ、風になっていく。


 通常であればただそれだけで心が晴れていく。

 だが未だに、心には悔しさが渦巻いていた。


「……っ」


 先のヨルアの言葉を聞いて思ったことはただ一つ。


 ――人の気持ちを知らないで。


 その思いが口から出ていくのを抑えるのに必死だった。

 ラッセルだって本当はロアリーと結ばれたいと思っている。

 使用人の子供として生まれ。幼少の頃から仕え。人ではなく便利な道具として生きる。それが貴族に仕える一族の使命だ。


 それでもロアリーはラッセルのことをただ一人の友人として接し、気にかけてくれた。


 敬愛は親愛に変わり、親愛は恋愛へと。

 いつしかその小さな主人のことが好きになるのは当然のことだった。


 だから彼女から告白してきた時は舞い上がるほどの嬉しさが心を包んでいた。

 そして思い出すのだ。


 自分は、彼女と釣り合う人間じゃないのだと。


 配達の仕事をすれば公都に向かうことだってある。

 あの権謀術数渦巻く魔境と呼ばれる都市だ。

 確かに獣人族の国は実力があれば身分差など覆すことができる。

 だがその実力のある者は大抵が貴族だ。そして実力があるという事は強者だ。強者が弱者を虐げるのは当然のことなのだ。


 それを散々見てきた。


 弱者を嫁や婿に貰った家が周囲の嫌味や圧力で苦労している光景なぞ何度も見てきた。

 ならば自分という弱者がお嬢様のような強者と結ばれてしまったら、お嬢様は確実に苦労する。苦労させてしまう。


「ああああああっ!!!」


 やけくそに叫ぶ。

 覚悟はしていた。自分よりももっと良い身分や実力のある相手と結婚すれば他の家のように嫌味なんて言われることもない。そう覚悟をしていたから、告白を断れた。


 なのに何も知らない第三者から言われると非常にムカついた。

 客観的にお前は間違っていると言われたようなものだった。


 あの平然とした態度で考えないようにしていた未来予想図を言われた時は気が狂いそうになった。平然とした態度だからこそ真実味があって、悲しくなり、悔しくなり、必死に留めていた想いが溢れそうになった。


「はぁ……はぁ……!」


 あぁ確実に後悔するとも。

 自分以外の相手に微笑むお嬢様を見てしまえば嫉妬に狂うとも。

 お嬢様のためと思えば我慢できた想いが溢れ、どうしようもない感情がラッセルの心をかき乱していく。気弱だった心に熱が帯びていく。


「……好きです……っ! 好きなんです! 僕はお嬢様のことが好きなんだ……!!」


 口にすればするほど溢れた熱が心の中の鉄を叩いていく。

 より強く、より硬く。己の中の鉄が出来上がって行った。




 ◇




「まだ寝ていませんの?」

「ヨルアこそ」


 満月の見える裏庭でヨルアが未だに起きているノルドに声をかける。ノルドの手には白銀のメイスが握られており、ヨルアは今夜も鍛錬していたのかと予想する。


「いくら体力が有り余っているとしても寝れる時は寝ておきませんと」

「いやぁ……でも本当に疲れていないし、眠くないんだぜ?」

「それはそれでおかしいのです。貴方と共に旅をしてから私たち、貴方が寝ているところやその鍛錬をやめたところも、一度も見ていないのですよ?」


 本当に異常なことだ。

 自他共に認める無尽蔵な体力が本当にそのままの意味だとは誰も思わないだろう。恐らく眠ろうと思えば眠れるだろうが、いくら言ってもノルドが眠らないのは想像に容易い。


「……ずっと鍛錬しないと心配でしょうがないのですか?」

「そうだなぁ……」


 何せラルクエルド教国で戦う相手は推定人工の勇者だ。

 ノルドは今の自分の実力がどの程度のものなのか予想つかない。だからずっと夜になってみんなが寝静まった時間にこうして鍛錬を続けていた。


 ヴィエラから教わった戦い方を思い出しながら。

 ノンナから教わった知識を思い返しながら。

 ノエルから教わった使命を思いながら。


 ――そして、サラと共に学んだ日々を想いながら。


 一つ一つ思い出して、振り上げるメイスに力を込める。


「まぁそれもあるけど――」


 彼女らに追いつき、並び立ち、世界に自分こそが勇者パーティーの戦士であることを証明するために、振り下ろす。

 風が。いや大気が揺れる。

 力強く、そして見惚れるほどの振り下ろしにヨルアは目を見開く。


「――早く、会いたいからな」


 一緒に過ごしたあの日々を思って、笑う。

 月明かりに照らされたノルドの横顔は、とてもよく、目を惹いた。


「……嫉妬させてくれますわね」

「え?」

「いーえ。ただ妹も同じ気持ちだったらと思うと心配せずにいられませんわ」


 姉妹なのだから好みも似るものだ。

 この短期間の旅で心が揺れるぐらいだから、彼と共に旅をし、共に死戦を潜り抜けた妹はいったいどれだけ惹かれているのか心配してしまう。


 だがその恋はあまりにも壁が高すぎる。

 そう思いながらも不思議と悪い想像は出てこない。

 これも彼の魅力なのだろうと思い、ヨルアはノルドに声をかける。


「さて、鍛錬はそれぐらいにして早く明日の準備をしなさい。忙しくなりますわよ?」

「お、おう?」


 笑みを浮かべたヨルアは家の中へと戻る。

 そうして、戦いの時は刻々と迫っていったのであった。

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