第11話 混沌! ある少年少女の恋

 炎鳥魔竜との戦いから三時間後。

 急ぐ旅故に馬車を走らせてきた一行はノルドのトラブル体質に引っ掛かり、他国の問題に首を突っ込むことになってしまった。

 ラッセルの話を聞いた一行は、流石にこの疲労した状態で推定魔人との戦いに赴くわけには行かず、暫くの間ラッセルの家で休憩をすることとなった。


「俺はまだ大丈夫だけど」

「ノルド様はちょっと黙っててくださいねー?」


 約一名の筋肉無尽蔵体力バカはまだ大丈夫そうだが、普通の人間であるクウィーラたちは一息したいのである。


 各自、暫しの休息を取っている中、ヨルアとシャロンは一行から離れて家の裏庭にいた。

 そこには彼女たちの他にもう一人の存在がいた。会話をしてもそのすぐ数時間後には記憶に残らないほどの地味な服装、地味な容姿をした男だ。


「ご苦労様です。あの村から出立してから三時間、様子はいかがですか?」

「はっ、ヨルア様の御命令通り十分な物資と人手を手配致しました。現在、あの村の復興作業は順調でございます」

「よろしい。では、それと並行して別の任務をお願いします」

「了解致しました」


 男はヨルアの持つ密偵組織の一員だ。だが密偵と言っても密偵だけではなく、壊滅させたウーワ大盗賊団の連行や巨人族の集落の支援など、ヨルアの手足となってノルド一行のサポートを行なっていた。彼らは女王ヨルアの忠実なるしもべにして何でも屋とも言うべき存在なのだ。

 そんな彼らに、ヨルアは新しい任務を命じる。


「ラッセル少年の交友関係とガオン・ガイザー侯爵子息の調査をお願いします」

「陛下からのご命令、承りました」


 そしてそれ以上の用がないと察した彼はヨルアたちに敬礼をして二人の前から消えた。シャロンは周囲に自分の主人以外の人影がいない事を見計らうと、ため息と共に疲れた表情を見せる。


「やる事が多すぎますねぇ……」

「あら、鍛え方が足りなくて?」

「女王様と一緒にしないでくださいよぉ」

「それでも頑張りなさい。急ぐ旅ではありますが、魔人に関わる案件を見逃すべきではありませんもの」


 ノエルの安否は大事だ。

 だが自他共に認めるシスコン拗らせている自分でも、勇者パーティーの戦士であるノルドと共に行動をする以上、人々のために行動するのは当然の役目であり使命といえよう。

 まぁ勇者パーティーの肝心要である勇者と聖女がいないのは置いといて、だ。


「休憩が終わるまであと三十分。ちゃんと疲れを癒しなさい」

「いやいやいや無理ですよぉ」




 ◇




 日は落ちかけ、辺りにはオレンジ色の光が包み込んでいる時間帯の中、休憩を終わらせた一行はラッセルの案内でローガン伯爵邸へと歩く。


「……流石に今日一日で解決するのは無理そうですわ」

「結果がどうあれ、私たちはこの伯爵領で一泊する必要がありますね」


 ヨルアの言葉にクウィーラが同意して、これからの予定を考える。

 古代都市からラルクエルド教国まで、バトルホースが牽く馬車で約一週間の道のりだ。

 先行している勇者たちの馬車と自分たちの馬車は二日ほどの差があるものの、キングの脚力によってその差は大幅に縮まっている。

 キングのペースであれば一週間と待たずに勇者たちの馬車に追いついていけるし、かなり余裕を持ってラルクエルド教国へ辿り着く事も可能だ。


 だがそれは何も無ければの話だ。


 炎鳥魔竜の件や今回の件を含め、今後とも更なるトラブルが待ち構えている事は想像に難くない。下手すればそれにかかりきりで遅れる可能性もある。

 だがそれが理由で全ての問題から向き合わないのは勇者パーティーとしての主義に反することになる。今後勇者パーティーの一員として活動するなら、その主義は貫かなければならないのだ。それがノルド自身、勇者パーティーの一員として誇りを持つことに繋がるのだから。


「着きましたよ!」


 ラッセルの声に、一行は目の前の豪華な建物を見上げる。

 ラックマーク王国城やゴード帝国城はともかく、一般的な家屋とは比べ物にならないほどの大きさを誇っている建物だ。


「ここに、魔人が……」


 クウィーラがゴクリと唾を飲み込む。

 何せ数日前では魔人の襲撃を受けたのだ。緊張するのも無理はない。

 そしてもしこれから会う人物……ガオン・ガイザー伯爵令息が魔人だった場合、戦闘になるのは当然で、激しい戦いが繰り広げられる可能性が高いのだ。


「……では、番兵に取り次ぎをしますね」


 そう言って、ラッセルは門の前に立っている象の番兵に話を通そうと歩いていく。


 その瞬間。


『ぎゃあああああああ!!!』


 男の悲鳴が突如として屋敷の中から響き渡ったのだ。


「な、なんだ!?」


 まるでありとあらゆる苦痛を煮詰めたかのような悲鳴に、ノルドは思わず背から白銀のメイスを抜いた。


「こ、この声はまさか……!?」

「とにかく急ぐぞラッセル!!」

「あっちょっと待て貴様ら!!」


 中に入ろうとするノルドたちを番兵が止めようとする。だがノルドが巨大な門を蹴破り、吹き飛んで行った門を見た彼は真顔になり、見て見ぬ振りをした。


 そうして伯爵邸の扉の前に辿り着く一行。

 それと同時に屋敷の中から扉を粉砕しながら獣人の人間が吹き飛ばされてきた。


「ぐえぇっ!」


 地面へと叩き付きられ、潰れたカエルのような声を出す男。

 それを見たラッセルは驚愕の表情を浮かべながらその男の正体を口にする。


「ガ、ガオン・ガイザー様!?」

『えぇ!?』


 ガオン・ガイザー。

 気のせいじゃなければ今回の騒動の原因となった人物の名前だ。突如としてローガン伯爵令嬢の婚約相手としてやって来て、獅子型の獣人なのに猫を被り横暴に振る舞っている男。

 それが何故こんな……こんな――。


「――え、裸?」

「きゃあああ!!」


 ノルドの呟きと共にクウィーラの悲鳴が響き渡る。

 裸にひん剥かれているどころか水を被ったのか全身びしょ濡れで、顔面は原型が留めていないレベルでボコボコに凹まされていた。

 寧ろラッセルはよくこの尊厳破壊されてる死体一歩手前の物体の正体を看破したのか称賛したいぐらいである。


「い、いったい誰がこんな人とは思えない所業を……」

「誰が人でなしですって?」

「ひえ、その声は!?」


 ラッセルの呟きに反応したのは恐らくこの惨状を生み出した人物。


「ろ、ロアリーお嬢様!?」


 今回の件の一番の被害者だと思われていた人物、ロアリー・ローガン伯爵令嬢が腕を組んで扉のない入り口に立っていたのだ。


「え……何ですかこの状況……」


 クウィーラの呟きに同意するヨルアたち。

 そしてふと、ヨルアはガオン・ガイザーを観察しているノルドに気付く。


「……一応念のために聞きますが彼は」

「まぁ……魔人じゃないな」


 ヨルアの問いにノルドは魔人ではないと答えた。

 いやそこは安否に対する返答じゃないのかと思うのだろうが、ラッセルの話を聞いていたノルドたちはガオン・ガイザーに対する心証はあまり良くないため、心配するよりもどうでもいいという感情が先行している。

 そしてもし彼が魔人だった場合、この場にいる全員が危険に晒されるため、魔人かどうかの判断が最優先事項なのは当然のことだった。


「えっと……お嬢様、この状況はいったい……?」

「そこの馬鹿が耐えきれなくなったのか、家の使用人に手を出そうとしたのよ」


 それでこの末路は当然だなとこの場にいる全員の心が一つになった。


「あの……確かここのお嬢様ってお元気がないって話じゃ……」

「あ、はい。それで部屋に篭っていた筈なんですが……」


 クウィーラの確認にラッセルは肯定する。

 彼の話を聞けば結婚相手が決まったことによるショックで元気がなくずっと閉じ籠っているらしいが、今目の前に立っている人物が件のお嬢様だとするととんでもない詐欺だ。


 イメージしていたのが深窓の令嬢で、実際の令嬢が女傑という詐欺である。


 そう、彼女こそがロアリー・ローガン伯爵令嬢。現当主であるローガン伯爵の御息女で、豹型の獣人。華奢な少女に見えてその実、ドレスの下には鍛え抜かれた筋肉があり、その目の奥には信念とも言うべき炎が渦巻いていた。


女王ヨルア様みたいな人ですねぇ」

「何か言いました?」

「イタイデスゥ……!! アタマガワレマスゥ……!!」

「そ、それはともかくとして! ラッセルさん、お嬢様は元気じゃないですか!!」

「それは、そのう……」

「えぇ確かに私はショックで寝込んでいたわ」


 返答に窮するラッセルの代わりに答えたのは意外なことにロアリー嬢だった。


「あの日、お父様が不快にも私の婚約者だと名乗る男を連れてやって来た日……私はとうとうこの日がやって来たのだと思ったわ……」

「まぁ貴族に生まれた者の宿命ですものね」

「別に婚約者自体はどうでもいいわ」

『えぇ……?』


 まさかのどうでもいい発言に一同ドン引き。


「公都で少しばかり滞在したせいか堕落してしまい、勝手に人の婚約者を決めたお父様はぶん殴ればいいし、不快な婚約者はぶん殴って破談にすればいい。問題はとうとうこの私に婚約者を決める日がやって来たことだった……」


 今回の婚約話を破談してもまた婚約の話が浮かび上がることだろう。

 ならばその対策として常日頃から考えていた事を実行する日が来たのだ。


「長年我がローガン伯爵家に勤め、共に育って来た私の幼馴染に……ラッセルに……わ、私は……!」


 頬を赤らめ、羞恥に体をプルプルさせながら涙目の顔でロアリー嬢が言う。


「こ」

『こ?』


「……こ、告白をしたのよ!!」


『おぉ……!』

「ずっと、ずっと好きで! 結婚するならあなたしかいないと思って! あなたと一緒なら私の人生は幸せでいられると思って一世一代の告白をしたの!!」

『おぉっ!!』

「そしたらコイツなんて言ったと思う!?」

『おぉ……?』




 ◇




『えっと……平民の僕と結婚するより、貴族で僕よりもっと良い人と結婚した方がお嬢様のためになると思うんです……』




 ◇




「――って!! 私のことをフったのよ!!!」

『うわぁ』


 その事実によりロアリー嬢はショックを受けて部屋に閉じ籠ったという。


「ないわー……ラッセルさんないわー……」

「だ、だって! 使用人で平民の僕とお嬢様がつ、付き合うのはありえないじゃないですか!」

「ぐふぅっ」

「最上級聖術並みの気を遣った言葉の暴力がお嬢様の心を……!」


 どう見てもラッセルとロアリー嬢は両思いだ。

 だがラッセルの致命的なまでの気遣いと自信のなさが今の惨状を生み出していたのだ。


「おい貴様ら何をやって……って!? ガオン様ぁ!?」

「今度はなんだ!?」

「あ、あれは確かガオン・ガイザー様の側近のミクリネ・ガルルガーロン様です!」

「貴様ぁ!! 良くもガオン様を!!」

「え、俺!?」


 突如としてノルドに向けられた刃にノルドは顔を引きつる。


「お、俺じゃないぞ!? やったのはあそこのお嬢様で……」

「華奢な女にできるわけがないだろう!!」

「……これってあれだな。偏見と差別って奴だろう?」


 つい最近教わった知識を確認するようヨルアたちに目を向けるノルド。それに対し、ヨルアたちはあまりの事態に頭を抱えることで答えた。

 その瞬間、ノルドに向かってミクリネが襲い掛かる。獅子型獣人の振るう刃がノルドに当たるその直前にノルドのメイスが彼の刃を受け止めた。


「おいおい……よそ見している隙に襲い掛かるとか油断ならねーな」

「なっ!? 豪腕と謳われた私の刃をいとも容易く……!?」


 並みの人間なら一撃で吹き飛ばされる重さだが、魔人と死闘を繰り広げたノルドにとっては楽勝だと思える相手だ。このまま押し返せるし、倒せるのだがそこにヨルアが待ったをかけた。


「撤退をしますわ」

「……いいのか?」

「えぇ……これが人同士の問題ならもっと賢いやり方で解決できますわ」

「ヨルアが言うなら問題ない、なっと!」

「ぐおぉ!?」


 ミクリネを吹き飛ばし、ノルドは自身のメイスを地面へと突き立てる。

 ヨルアは真っ直ぐとロアリー嬢に笑みを向けるとこう言った。


「一日、お待ちくださいませ。必ずいい結果を見せますわ」

「え……?」


 ロアリー嬢が聞き返そうとした瞬間、地面に突き立てたノルドのメイスが突如として光を放ち、周囲を眩しく照らす。

 あまりの眩しさにロアリー嬢を含めた周囲の人間が目を瞑り、顔を逸らす。


 そうして暫くギュッと瞑っていた目を開けるとそこにノルドたちの姿はいなかった。


「ラッセル……」


 ラッセルと共にいた人たちはいったい誰なのか。

 その疑問を答えてくれる者はここにおらず、ロアリー嬢は屋敷の中へと戻った。




 ◇


 


 その一方で。


「クソ!! 逃げられたか!!」


 ミクリネが憤る中、地面に沈んでいたガオンが身動ぎをする。

 それに気付いたミクリネが急いでガオンの元へ駆けつける。


「大丈夫ですかガオン様!?」


 起き上がろうとするガオンを支えるミクリネ。

 そんな彼の耳元に微かな声がガオンの口から発せられた。


「……せ」

「……今、なんと?」


 聞き返すミクリネ。

 やがてガオンは陰湿な炎を宿した眼差しを浮かべ、声を荒げた。



「……我が領から軍を出せ!! この俺様を侮辱したこの領地を滅ぼすんだ!!」



 たった一つの婚約話によって事態は大きく動こうとするのだった。

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