第10話 把握! ローガン伯爵領の現状

「お飲み物を持ってきました!」

「お、ラッセルありがとう!」


 ラッセルが持ってきた紅茶を受け取る一行。

 ラッセルの案内で一行が辿り着いたのは獣人族が住む街、ローガン伯爵が治める領地だった。その街に着いた一行は、ラッセルが住む家へと案内され、こうして持て成しを受けていたのだ。


「それにしても意外ですね。こんな立派な家をお持ちだなんて……」


 クウィーラが素直な感想を言葉にする。

 彼女の言うことはもっともだ。一般市民の大多数は集合住宅で暮らしており、一軒家を持つのは大抵商人かそれなりの地位を持つ人たちばかり。

 ラッセルは伯爵家の手紙配達員と考慮しても、彼の年齢で今の一軒家を所有するのは意外だと言えよう。


「へへへ……実はこの家はとある方から預けられたものなんです」


 そのとある方というのは商人の一人だとラッセルは言う。

 曰く、とある手紙の配達でその商人の身に起きている厄介事に遭遇して、ラッセルはその厄介事を解決するために手伝ったのだと言う。そのお礼で家を一軒預かってくれと言われ、預かっている内は好きに使ってくれてもいいとのことだ。


「……なるほど。しかしこの家の内装や外観は私の目から見てもかなりの物……恐らくその商人はかなりの……」

「あの、ヨルア様?」

「いえ、何でもありませんわ」


 首を傾げるラッセルにヨルアは首を振った。

 なんとなくではあるが、このことはラッセルに知らせない方が良いと彼女は思い、紅茶を手に持って顔を近付ける。

 その瞬間、紅茶から漂う香りに目を見開いた。


「こ、この紅茶は……!?」

「あっそれですか? 数ヶ月前の配達でお礼として貰った茶葉ですよ! 味も美味しくて僕の大好きな紅茶なんです!」

「隣国で取れる最高級茶葉ですわよ……!?」


 そこでヨルアはもしかしてと思い、部屋の中にある家具や調度品に指を指して尋ねた。


「あの見るからに高級そうなタンスは?」

「配達中に引っ越しをする予定のお爺さんがいたので手伝ったら貰いました!」

「……あの今流行りで作ってくれるのに数ヶ月待たないといけないセンスの良いテーブルは?」

「配達先で悩んでいたお兄さんがいたので悩みを聞いてあげたら代わりに貰いました!」

「…………あの世界的名画を手掛ける作者が描いた絵に似た絵画は?」

「公園で子供と遊んでたら、その子のお爺さんからお礼として受け取りました!」


 ヨルアはラッセルの話を聞いて頭を抱える。

 公爵家として高度な教育を受け、そして女王として君臨してきた経験を持つ彼女の目にはラッセルの家の中にあるありとあらゆる物がとんでもない物で溢れていた事に気付いたのだ。

 恐らくラッセルが仕事の傍らに遭遇した人たちの悩みを解決し、そのお礼として貰ってきた物だろう。だがここで肝心なのはその遭遇した人たちという存在である。


「もしかしてこの子にはとんでもない繋がりがあるのでは……?」


 ノルドと同じ人たらしで、様々な人から力を借り受ける運命の持ち主なのだろうとヨルアは察する。恐らく近い将来、大成するに違いないと女王としての直感がそう告げていた。


「それでラッセル、今抱えている悩みを聞かせてくれないか?」

「は、はい……そうですね……」


 知らず知らずの内にとある大国の女王に目を付けられたラッセルに対し、ノルドが話をする。縁談のことや、仕えているお嬢様のことなどラッセルから詳しく聞くためだ。

 そんなノルドに、ラッセルは神妙な面持ちで話し始めた。


「僕は、伯爵家の使用人の子供として生まれました」


 彼は幼少の頃から伯爵家に尽くし、各地に手紙を届ける配達士の仕事をしていた。

 仕事も慣れ、やりがいも楽しみも見出し、順風満帆だと思った人生だったが突如として陰りが見せる。


「……二週間前の事です」


 仕えていた伯爵家のご当主、ガルリアン・ローガン伯爵が突如としてお嬢様の縁談を持ってきたのだ。それだけならラッセルはこうも悩まないだろう。だが問題なのはその相手だった。


「ローガン様が持ってきた婚約者様の候補が……」

「あまりにもダメダメだった、と言う事ですわね」


 言い淀んだラッセルの言葉をヨルアが引き継ぐ。


「……え、と……その」


 彼は口にしない物の、その仕草から何を思っているのか丸分かりである。

 ローガン伯爵が持ってきた縁談の相手とは、隣の領地を治めるライオン型獣人族の貴族の子息だ。その名をガオン・ガイザー侯爵令息。獅子である自分を上だと信じて疑わず、ウサギ型を含めた草食動物モデルの獣人族を見下す差別主義者である。


「まぁ……」

「それはそれはぁ」


 ガオンと呼ばれる縁談相手の性格を知ったヨルアとシャロンが呆れた声を出す。

 どうして、彼女たちがそのような反応を示したのか説明するには、まず獣人族について話さなくてはならない。


 獣人族というのは世界的に多いと言われる普人族の次に多く存在する種族だ。

 ただ、どの人も身体的な特徴が変わらない普人族とは違って、彼ら獣人族には動物の特徴を持ち、モデルとなった動物ごとに彼らのコミュニティが存在するのだ。


 その中で、彼らを分ける二つのカテゴリーが存在していた。草食動物モデルと言われる獣人族と、肉食動物モデルと言われる獣人族の二つだ。

 ライオン型であれば爪や牙は強力な武器になるし、大多数の肉食動物モデルの獣人族は非常に力が強い。逆に草食動物モデルの獣人族の場合、肉食動物モデルの獣人族のような強い力は持たない人が多い。


 だが、結論だけ言えば違いはそれだけだ。

 食生活に関してはどちらも普人族と同じ雑食であり、努力すれば差が埋まることも彼らの歴史が証明していた。


「確かニックとベイジの勇者物語でしたっけ」

「獣人族が勇者だった時代の物語ですわね。確か肉食動物モデルと草食動物モデルの二人が勇者になって肩を並べた勇者譚であると」


 クウィーラの確認にヨルアが補完するように肯定する。


「当時の出来事がきっかけで、獣人族の歴史が変わったと言っても過言ではありませんわ」


 それは草食動物モデルが肉食動物モデルから差別を受けていた時代だった。

 しかし魔王が復活し、世界が勇者を求めたその時、前例にない聖剣ラヴディアを扱える勇者が二人現れた。しかもその片方が草食動物モデルの獣人族だったのだ。


 二人はいがみ合っていたが旅を続けていく内に絆が深まり、草食動物モデルの獣人族でも戦えるという事実に差別という感情が消えた。

 それ以来獣人族はどのようなモデルであれ、仲間同士という認識が生まれたのだ。


「ですから今でも差別主義を貫いている獣人族は時代錯誤と言わざるを得ませんわね」

「でも実際にそのガオンって奴は差別してるんだろ?」

「普人族の中でも男と女で差別している人たちと同じ事ですわ」


 どちらも不毛である事は間違いないが、そうしないと自分に自信が持てないのが彼らだ。そう言って、忌々しい父親の顔を浮かんでしまったヨルアは不機嫌になる。

 彼女は気を紛らわすように紅茶を飲むと、その美味しさに頬を緩ませた。


「しかしそのような方と縁談しなくちゃいけないお嬢様は可哀想ですねぇ」

「相手は伯爵位より上の侯爵位……政略結婚の相手としては問題ないと思いますが、如何せん肝心の相手方がそのような有様では、そのお嬢様も塞ぎ込むってもんですね」

「クウィーラ、貴女……貴族の事情を分かっておられるのですね……」

「私だって分かってますよ!?」


 神官になるために勉強してきたのだとクウィーラが言う。ここ最近の扱いは酷いが、クウィーラは元々出来る神官なのである。

 なおここまで話についていけてないのはノルドだけだ。


「ローガン伯爵は相手の性格について既にご存知で?」

「いえ……」


 ヨルアの言葉を否定するラッセル。

 その直後に彼が語った内容を要約すると、ガオン・ガイザーという男は猫を被るのが非常に上手いらしく、自身の本性を悟らせないよう行動しているらしい。

 表面上は好青年を演じ、裏ではローガン伯爵に隠れて横暴の限りを尽くしてきたという。


「……その事をローガン様には?」

「話しましたが……ガオン様が予め手を打っていたのか、僕たちの話を聞いてくれないのです」


 ラッセルを含めた使用人が勘違いしていなければ、昔のように分け隔てなく接してくれた優しい領主は鳴りを潜め、今や時代錯誤な差別主義に染まっている印象を受けているというのだ。

 使用人を含め、ローガン伯爵のことを知っている人たちからはガオンが何かやったに違いないとラッセルが言う。


「人が突然変わったように見える……これはまさか」

「何か心当たりがあるんですか?」

「かつて勇者パーティーが帝国で遭遇した魔人と同じ、そう言うことですわよね」


 ヨルアの言葉にノルドは頷く。

 かつてノルドたち勇者パーティーは、ゴード帝国の皇太子であるアレクサンドル・ゴードと戦ったことがある。それは魔人によって皇太子を操られた結果であり、魔人には対象の精神を操る魔術を持っていたからだ。


「ガオン・ガイザー侯爵子息が魔人かどうかはさておき、確かに不審な点がありますわね。これでもし相手が魔人の場合、私たちはこれを解決しなくてはなりませんわ」

「え、え? 魔人? あの、一体何を……」


 何やら自分が思っているよりも事態が大事になっていると思ったラッセルが混乱する。そんな彼に、ヨルアは笑みを浮かべて言う。


「ここにいらっしゃるノルドは、今代の勇者パーティーに所属する戦士の一人……魔人とも戦えるその道のプロですの」

「ええええええええ!!? そ、そんな凄い方なんですか!?」


 勇者パーティーといえばラッセルも知っていた。

 他ならないラッセル自身が、ラックマーク王国から届いた勇者パーティーに関する書状を自分たちの国に広めた配達員の一人なのだから。


「いや俺自身はそんなに凄くは、イタタタタ!?」

「とにかく大体の事情は分かりましたわ。ひとまずそのローガン伯爵の屋敷へ行きましょう」

「は、はい!」


 そう言って、ヨルアたちは魔の気配漂う屋敷へと向かうことになる。偶然から来た出会いではあるが、魔の者の気配に戦士は今回も立ち上がるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る