第9話 無休! 次なる厄介事

「すまねぇな……宴開けなくて」

「良いんだよ。グジカン達は村の復興をやんなくちゃだし、俺達は俺達で急ぐ旅だからな」

「……急ぐ旅だってのにこんな寄り道させて悪いな」


 そう言って、グジカンは思い直すように頭を搔く。


「いや違うな……ありがとうを言いたいんだ俺は」

「グジカン……」

「見捨てないでくれて、助けてくれてありがとうって俺は言いたかったんだ」


 ノルド達がいなければ炎鳥魔竜によって食い荒らされていたのだろう。

 逃げても追われ、抵抗しても食われるそんな未来が待ち受けていたのだろう。

 だからこそ炎鳥魔竜に遭遇してもなお、巨人族である彼らに手を差し伸べたノルド達に彼らは敬意と感謝を抱く。


「俺達巨人族はお前達の力を決して忘れない! お前達の前に壁があれば、俺達巨人族が壁をぶち壊す! お前達の助けになれる事を待っているぞ!」


 今度は自分達の番だと言わんばかりに、彼らは去りゆくノルド達を見送る。

 急ぐ旅というのに寄り道してしまったノルド達だが、彼らはこの場所での経験を決して無駄な時間だと思わない。

 彼らとの共闘や、強大な魔竜との戦い。それらの経験は必ず魔王討伐において役に立つだろう。そう考えて、ノルド達は先へと進んでいく。


 勇者パーティーの戦士としての自覚が、ノルドの奥底に根付いている証がここにあった。




 ◇




「そっちに魔獣が行ったよ!」


 一方、ノルド達よりも先行している勇者パーティーはというと。


「『聖術・不動王の構え』!!」

『ギャア!?』

「ふん!」


 盾で受け止めた魔獣をそのまま切って捨てるヴィエラ。

 そう、彼らは今魔獣の襲撃を受けていたのだ。


「いきなり魔獣の団体がお越しになるとはのう……おっと大嵐線の鉄槌イスナ・カラエスト・マギカ!!」


 ノンナの放った聖術の暴風により、こちらに迫ってきている魔獣数体が吹き飛び、体を切り刻まれる。そんな彼女の後方には、サラが神官達の盾になるよう前に出ていた。


「さ、流石勇者様方ですねぇ!! あのような魔獣の群れ程度、物の数にならない!」

「サラの後ろで震えておる奴が何を言っておるのやら……」

「は、はは……」


 旅の間ずっといらん事を呟いていたカイル・マグバージェスは物の見事に避難に徹していた。回復役であるサラの後ろにいて、それで尚虚勢は剥がれていなかったのだ。

 はっきり言って鬱陶しいと勇者パーティーの面々は思う。どうせ避難するのなら、もっと後ろへ避難して欲しいのが本音だ。


「ハァーッ!! 『魔断桜炎』!!」


 聖剣ラヴディアから発せられる白銀の光線が敵を貫き、なぎ払っていく。その姿はまさに一騎当千。魔王討伐に任される程の力を持った救世主の姿だった。


「おぉ流石は女神に選ばれた勇者様!」

「……けっ」


 調子の良いカイルの言葉にノンナが悪態を吐く。

 古代都市にいた際はノエルの聖剣を剥奪する云々を抜かしていたのにも関わらず、いざ戦いになってノエルが勇者としての力を発揮すると清々しいまでの掌返しを見せたカイルにノンナはおろか、真面な性根の持ち主なら不愉快に思うだろう。


「何故ワシらはコイツらを守っておるのじゃ……?」

「気持ちは分かるけど口を動かしなさい」


 ノンナの素朴な疑問にヴィエラがツッコミを入れた。

 魔獣の数はこれで数体ほど残り、後は流れ作業のような雰囲気になっている。

 カイルという守る対象も相まって無意識の内に士気を下げていたのだろう。一同はそこで気を緩んでしまい、良きせぬ事態に陥ってしまった。


「……っ!? サラ、危ない!!」

「……へ?」


 最初に気付いたのはヴィエラ。時点でノエル。

 二人はサラに向かって空から奇襲を仕掛ける鳥型の魔獣に気付いたのだが、気付くのが遅れて援護に向かうのが間に合わない。


「『魔断桜――」


 ノエルは一か八かで遠距離用の技を繰り出そうとするが、魔獣が先にサラ達を襲うのが早いと悟っている。ノルドに対する約束を守れないと絶望が心を包み込んだ瞬間、それは起きた。


「あ――」


 サラはこちらに向かってくる鳥の鋭利な鍵爪に思考がゆっくりになる。これは走馬灯だろうか。死に行く者が最後に見る記憶の奔流がサラの脳裏に過っていく。


 これまで旅をしてきた毎日。

 魔の者と戦ってきた記憶。

 カラク村に住んでいた頃の思い出。

 ノルドと過ごした日常。


 その更に、前へ。


『……もし上空から襲われた時はどうすれば良いじゃと?』


 記憶の中にある見知った声。

 ただし、その光景に見覚えはなかった。


『お主は常にその棒切れを持っておるからのう……それを使えば良いのでは?』

『その具体的な使い方を知りたいの……』


 自分の口から言った覚えのない言葉が出てくる。


『教えるだけ教えて見るのもどうだ?』


 どこかで見たドワーフの男が、どこかで見た普人族の男に言う。だが普人族の男は面倒臭そうに頭を掻いたせいで、隣にやってきたエルフの老婆に頭を叩かれた。


『あいたっ』

『お主の数少ない活躍の場をふいにするつもりかの?』

『いやいやいやわし戦いでめっちゃ活躍しとるつもりなんじゃが!?』

『そりゃあつもりなだけじゃねぇのか?』

『もしくは出来ないんじゃないかの。ほれ、役立たずじゃし』

『できらぁ!!』


 ドワーフとエルフの二人に挑発された普人族の男はサラの方へと向き直る。

 そして不本意そうな表情を浮かべながらも、レクチャーをし始めたのだ。


『……良いか? 空からの奇襲を受けた場合、もしその時自分しかいなかったらその棒でなんとかせい』

『……うん』

『では使い方を教えてやるかのう……先ずは鳥型の魔獣が来た場合は――』


 意識が浮上し、現実に戻る。

 気が付けば目の前には鳥型の魔獣の鍵爪があり、サラはその爪に向かって聖杖ラヴリドを当てた。それは、半ば無意識の行動だった。


『相手の勢いを利用して、迎え撃つんじゃ』


 鍵爪に杖を引っ掛け、引き寄せる。

 そのせいでタイミングが狂ったのか、鳥型の魔獣が体勢を崩す。

 その隙にサラは相手の頭をかち上げるように杖の頭を下から上へと持ち上げる事で鳥の頭を聖杖で打ち付けたのだ。


「へ?」


 その鮮やかな手並に誰かが呆然と声が漏れ出す。


「――ふっ」


 空から地面に強襲した鳥型の魔獣は、サラが与えた衝撃によって勢いそのままに地面と激突する。倒れ込んだその隙を逃さなかったサラは、そのまま相手のクチバシに杖を突っ込ませた。


 そして。


「『あなたに愛を』」


 それは武器に聖術を付与する『奇跡』。

 だが、サラが今発した『奇跡』はこれまでの効果とは桁違いの効果を見せた。

 白銀の光が聖杖ラヴリドを包み込み、それがクチバシに突っ込んでいる杖の先端へと集まっていき、鳥型の魔獣があまりの苦痛に暴れる。


『クエエエエエエエエエエエエ!!!?』


 その瞬間。

 杖を通して膨大なマナの力を一点に受けた鳥型の魔獣は爆散、もとい浄化されたのだ。


『……』


 その信じがたい光景を見た一同は呆然とサラを見やる。

 そしてその一連の行動をして見せたサラはというと。


「……あれ? 私、何かやっちゃった?」


 呆然と自分が行ってみせた先程の光景を思い出して、冷や汗を掻いていた。




 ◇




「えぇ、これは確かに急ぐ旅ですが人助けもまた重要な事……ですが」


 ヨルアは目の前で繰り広げられる光景に頭を悩ませる。

 そこにはノルドがウサギ型の獣人族の少年に対して食料を分けている光景だった。


「す、すみません行き倒れてて……急ぐ旅のようですし、本当にすみません……」

「良いってことよ、それで? 一体何があったんだ?」

「はい、そのう……!」


 彼らの光景を見て、ヨルアは叫ぶ。


「人助けの頻度が高すぎですわ!」

「凄いですねぇ……巨人族の集落から出てまだ二時間も経っていませんよぉ?」

「ノルド様はきっとその手の運命の持ち主なんですね分かります」


 キングの脚力ならば、この二時間の移動でかなりの距離を稼いだ。

 だが、それで運が良かったのか悪いのか、道中ウサギ型の獣人族の少年が行き倒れているところを発見したのだ。


「僕の名前はラッセルと言います……こう見えて手紙の配達士をしています……」


 頭からウサギの獣耳と頬に生えている髭、そして臀部に丸いふわふわな尻尾を生やした少年が語る。曰く、少年の住む領地を治める貴族が娘のために婚約話をしたのだという。

 しかし他領からやって来た婚約者候補が大変性格が悪く、しかもウサギ型という弱い獣人を見下しているため、ラッセルをこき使っているのだという。


「それでここで行き倒れていたのか……」

「面目ないです……もうずっとご飯を食べていなかったので……」


 しゅんとうさ耳を垂れるラッセルに女性陣はついっと目を逸らす。

 あまりの庇護欲唆る姿に母性が反応したのだ。

 ノルド達は過酷な労働を強いられている少年を助けたいという思いが芽生えたのだが、そもそもの話、これは他領の事情である。


「コホン……そもそも他領の事情にわざわざ首を突っ込むのはよろしくありませんわ」

「これで貴族間の争いが起きたら目にも当てられませんしねぇ〜」

「あ……! いえいえ、食料を分けて頂けただけで十分です! 是非そのお礼をしたいのですが……?」

「急ぎの用事がありますので、ご遠慮しますわ」

「あ、はい……分かりました……」


 そう言ってラッセルとノルド達は離れる。

 だがポツンとラッセルがいつまでも項垂れるように立っているせいで、ノルドが振り返ってラッセルに事情を聞いてしまった。


「なぁ、一体何があったんだ?」

『……はぁ』


 女性陣はため息を吐いた。


「えぇ!? いえいえ、何でもありませんよ!?」


 ラッセルもラッセルで、一人でに項垂れていただけでまさか律儀に聞いてくれるなど思っていなかったため、ノルドの質問に驚きの声を上げた。

 そして暫く続く少年とノルドの押し問答。

 ついに少年は根負けし、ノルド達に事情を話すのだった。


「実は……僕とお嬢様は幼少の頃からの付き合い幼馴染でした……しかし今回旦那様が決めた婚約話にお嬢様が塞ぎ込んでしまっていて……それが心配で……」




「よし、話を聞こうじゃないか」

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