第8話 穿孔! それは不死を殺す槍
炎鳥魔竜と戦っている村から離れた場所にて、スラリカンが率いる避難組が避難先である『巨大樹』に向かって歩いていた。
「スラリカンよ……俺達は一体どうすればいい……?」
「それは……」
老いた巨人族にそう尋ねられたスラリカンは、どう答えればいいか分からなかった。
自分は巨人族の未来のために逃げるという選択肢を取った。しかし息子であるグジカンは戦うという選択肢を取ったのだ。
それが巨人族の未来になると言い放ち、若い巨人族を中心に村に残った。
「ス、スラリカン! 炎が村を!!」
『なっ!?』
その時、遠目で炎鳥魔竜の放つ翼炎が村を包み込む光景を見た。
やはりといった諦観。
そんなといった絶望。
どうしてといった後悔。
様々な思いによって心に穴が空いたような気がした。
だが。
「……あ、あれは……?」
白銀の爆発が翼炎と拮抗するように広がっていく。そして周囲に光が拡散した後に広がっていたのは、無事な姿を見せる故郷の光景だった。
「よ、良かった……」
「みんなは、無事なのか……?」
各々安堵する巨人達。
そんな中、スラリカンだけが先程思い浮かべた感情に愕然としていた。
「ワシは今……後悔をしていたのか?」
そう呟くと、その言葉が確信となってスラリカンの心を重くさせる。
そうだ。自分は村が全滅したと思って後悔をした。
それは一体どうしてだと自問自答をする。あの災厄から逃げ出した事を、戦いから逃げ出した事を後悔しているのではないかと考え始める。
「グジカン……」
立ち向かうと決めた息子の姿を思い出す。
自ら族長になり、戦う者の先頭に立つと覚悟した息子の眼差しを思い出す。
考えて、迷って。
自分が今何をしているのか、どうしたいのか考えて。
「ワシは……」
目を開く。
「ワシは……先達の恐怖だけを、受け継いでしまったんじゃな……」
その目に、迷いは消えた。
ならばする事は一つだけである。
「巨大樹よ……ワシらの祖先が残した守護の木よ……ワシらに力を貸してくれ」
◇
目が覚めたら視界一面に炎が広がって、気が付いたら白銀の爆発が炎を消し飛ばした。
「……一体何を言っているのかは分からないと思うのですが、私は今とんでもない状況にいると確信しています……」
「あら、起きましたのクウィーラ」
「……本当に今どういう状況なんです!? どうしてあそこにクソ鳥がいるんですか!?」
つい先程まで体内マナ枯渇によって寝ていたクウィーラが起きた。
そんな彼女の混乱を無視して、ヨルアは仕事を命じる。
「貴女と私は非戦闘員の巨人族と協力して負傷した巨人族の治療と退避を行いますわ」
「え、えぇ!? ちょっと私マナ枯渇でかなり怠いのですが……!」
「やらなければ炭にされますわよ!」
ヨルアの気迫とこの異常な状況に臆すクウィーラ。
だが周囲を見ればそれもそんな事を言ってられない。
「槍の素材はこっちに持ってきてくださいねぇ〜! 私が槍にしますからぁ〜!」
見ればヨルアの従者であるシャロンは他の非戦闘員の巨人族と共に巨人族用の槍を補充していた。当然、そのような状況で呑気に寝ていられるクウィーラではなかった。
一方、ノルドの方はというと。
「あっぶねぇ!! 判断が遅れたらみんな死ぬどころだった!!」
「おいおい! やるなぁノルド!! まさかあの炎から俺らを守ってみせるとは!」
炎鳥魔竜の放った炎を白銀の爆発によって村を守って見せた事をグジカンに感謝されていた。だが感謝されたノルドは険しい表情を浮かべている。
「ちょっと時間をかけるとヤバいかもしれねぇ……」
「……なんだって?」
「炎の勢いがどんどん増してきているんだ」
炎鳥魔竜の放つ炎は生命力そのもの。
そして生命力とは感情によって増減するものである。
今の炎鳥魔竜は怒りの感情を炎にくべている状態であり、それで時間をかけると恐らくノルド一人だけでここにいる巨人族全員を守り切れないだろう。
と、そこまで考えたノルドは首を振って先程浮かんだ考えを否定する。
「……っ! いや、何があってもお前らを守る! だからその間にあの鳥を倒すぞ!!」
「ノルド……! あぁ、アイツを殺すぞ!!」
ノルドの懸念が分かっているからこそグジカンもまた手にある槍に力を込める。
「うおおおおお!!!」
槍を投げる。
先程ノルドが投げた羨望の投げ槍みたいな威力は出ないものの、グジカンの放った槍は炎鳥魔竜の体に突き刺さる。
しかし、幾度も槍に刺されてもあの鳥に痛みはないだろう。だが矮小な存在に牙を突き立てられる状況にあの鳥は良い思いをしない筈だ。
その証拠に鳥を纏う炎の勢いが増した。
その時ノルドが白銀の爆発を利用して空へと飛び上がる。
「ノルド!?」
「一か八か空中戦を仕掛ける!」
「空を飛べたのかお前!?」
一人、炎鳥魔竜に向かって飛ぶ。
炎鳥魔竜は何やら自分に向かって飛んでくる存在を見て――。
「っ!?」
――怒りが、燃え上がった。
「くっ、そ……!!」
ノルドに掛かる風圧が重くなり、身体中のあらゆる温度が上がっていく。
『クエエエエエエエエエエエ!!!!!』
空の領域に人風情が近付くなと言わんばかりの猛攻にノルドは近付けない。
いや、それだけじゃない。
被害は巨人族の村にまで及び、ノルドは舌打ちした。
「くそ……! ダメか!」
踵を返して村へと撤退する。
結局は炎鳥魔竜を怒らせて炎の勢いを増しただけである。
「すまねぇ! 余計な事をした!!」
「いや良いんだアンタが無事なら」
「それに悪い事ばかり起きたわけじゃないですわ」
ヨルアの言葉にノルドは困惑する。
どうやら彼女は、先程の攻防で何か気付いたようだった。
「あの魔竜の核が見つかりましたの」
「なっ!?」
「本当か!?」
曰く、体表の炎を燃やした際に、とある場所を中心に勢いが螺旋状に広がっている事に気付いたという。そしてその勢いの中心とは即ち、核を表していた。
それが本当なら勝機が見える。
そう喜ぶ二人だがヨルアの表情は暗い。
「……? どうしたんだ、ヨルア?」
「ですが、その核は……」
言い淀むヨルア。
やがて、意を決したかのように口を開いた。
「常に移動し続けていますの」
『……は?』
炎の中心は常に移動し続けていた。
一定の場所にいない核を、果たして槍で貫けるのだろうか。
「……えぇ、確かに先程の攻防で悪い事ばかり起きたわけじゃないと言いましたわ」
――より最悪な事態になっている事に気付いただけである。
「数打ちゃ当たるっていう戦法も効率が悪くなってきたな……」
それに悪い事が起きれば立て続けに連鎖していくものだ。
それを実感したのは巨人族の槍を作成していたシャロンが焦った様子でこちらに向かって来ている事だった。
「た、大変ですお嬢様ぁ〜!!」
「……一応聞きますが、何が起きたのです?」
「や、槍の素材が……尽きましたぁ!!」
その言葉にノルドとグジカンは空を仰いだ。
「万策尽きた……!!」
そう思うのも無理はなかった。
その時、ノルドは炎鳥魔竜の圧がより深くなっていることに気付く。
「……これは、まさか!?」
恐らくはここで勝負を決めようとしているのだろう。
弱点である核は移動し続け、攻撃手段である槍はもうない。
もうノルド達に残された手段は逃げるだけ。
だが、どこに逃げれば良い?
「いや、まだ諦めるなノルド……!」
策はないが諦めるにはまだ早いのだ。
まだ自分達は生きている。
まだ戦意は残っている。
ならば最後まで、戦うしかない。
「……っ!」
白銀のメイスを構えるノルド。
やがて、それは来た。
ドシン……、ドシン……。
何かの足音が、近付いてくる。
「……え?」
誰かが唖然とした声を出す。
それもそうだろう。音が聞こえた方向を見ると誰もが声を失う光景があったからだ。
ドシン、ドシンと地面を踏み鳴らす音が近付いてくる。
その光景にグジカンが目を見開く。
――そこには。
「ジ、ジィ……?」
スラリカン達老いた巨人が、伐採された巨大樹を担ぐ光景がそこにあったのだから。
「まだ……! 生きておるかグジカン……!!」
「まさかアンタら、巨大樹を切ったのか!?」
巨大樹は彼ら巨人族の祖先が持ち込んだ種が成長した巨大な木である。
炎鳥魔竜の暴力を受けても尚焼き尽くせない幹。
村に住む大勢の巨人族を避難させても問題ない程の巨大。
その巨大さは、彼の大怪鳥が広げた翼とほぼ同じ大きさ。
――それを。
「この巨大樹を……! 槍にするのじゃ!!」
『なっ!?』
槍にしてあの大怪鳥に投げる。
そうスラリカンは言った。
「ワシは間違っておった……!! 先達の恐怖ばかりを考え、先達の仇から逃げた! じゃが重要なのは別だったのじゃ!!」
限界を超えた聖術強化で巨大樹を支えながら、スラリカンはグジカンの目を見る。
「貴様の言う通りじゃった!! 重要なのは彼の
「ジジィ……!」
「行くぞバカ息子……! このバカな親と共に巨大樹を支える力はあるか!?」
「……へ! 言うまでもねぇ!」
その言葉と共にグジカンは、いやグジカン達は一斉に巨大樹を持ち上げる。
狙うは全ての元凶である不死の鳥。だが巨大樹を持ち上げ、狙いを辛うじて定めるだけで精一杯な彼らに巨大樹の槍を投げる力はない。
そこに、ヨルアとシャロンが現れた。
「シャロン、軌道予測を頼みましたわ」
「了解ですお嬢様ぁ」
ヨルアの命令を受けたシャロンがグジカン達にやって来る。
「皆様ぁ! ちょっと右に移動してくださいぃ!」
「……は? ちょっと右?」
流石に指示が曖昧すぎるのではないだろうか。
そう考えていた彼らだが、ヨルアから補足が入った。
「貴方達の思う『ちょっと右』で良いですわ。シャロンは貴方達の癖、思考、感覚を予測し、貴方達の大体の動きを測りながら狙いを定めますわ」
『そんなバカな……』
「シャロンの言う通りに、自分達の感覚で微調整すれば必ずあの魔竜に届きますわよ」
「それではすこーし上へ向いてくださいぃ」
訳が分からないが従うしかない。ただ持ち上げて支えるだけで精一杯な彼らには、軌道修正をシャロンに任せるしかないのだ。
「……ぐ、ぐぐ……だけど……!!」
しかし角度の問題で巨大樹の後ろが地面と接触し、巨大樹を投げられない問題に陥ってしまった。投げるのに槍と同じ要領で腕を後ろに引かなければならないのだ。
このままじゃ投げられない。
その時、規格外な男が動いた。
「ふん、ぬぅううおおおおおおお!!!」
ノルドだ。
ノルドが地面と接触していた巨大樹を持ち上げたのだ。
『え、えええええ!!?』
「え、嘘……!?」
「……あれぇ? ちょっと私幻覚でも見てるんですかねぇ……」
「あー……私まだマナ枯渇で変な光景見てるようですからちょっと横になりますねー……」
「ヒヒン」
巨人族、ヨルア、シャロン、クウィーラがあまりの光景に唖然とする。キングだけはノルドの力を見ても「流石我が認めた主」と言うようなニュアンスで嘶いた。
「お前本当に普人族かぁ!?」
「良いからグジカン達は巨大樹を支えてろぉ!!」
「え、ちょ、ノルドは一体どうしますの!?」
巨大樹を支えるのは巨人達。
巨大樹を炎鳥魔竜に向けて角度を調整するのはシャロン。
みんなはこれが精一杯で投げる力はない。
ならばノルドがやる事はただ一つだけだ。
「俺が……ぁ!! ぶ、ち……上げてぇ、やるよぉ!!」
「そんなバカな……!?」
だがもう時間はない。
もうあの炎鳥魔竜がいつ力を解放するか分からない。
「良いから俺を信じろぉ!! 俺はぁ――」
――不可能を可能にする男だぁ!!
「っ……う、うぅおおおおおおおおおおあああああああ!!!」
ノルドの言葉にグジカンは雄叫びを上げる。
これ以上お膳立てされて、ノルドを信じない訳にはいかない。
ノルドは炎鳥魔竜の炎から幾度も村を守り、その力を示して来た。
ならばその力を、信じ切るのみだ。
「っ! 角度良し! 方向よし! 行けますぅ!!」
「いっけぇええええ!!! ノルドぉおおおお!!」
グジカンが叫ぶ。
未来を守るために、脅威を排除するために。
勇者パーティーの戦士に全てを託す。
「サラアアアアアアアアア!!!!!」
目標、
「好きだああああああああ!!!!」
巨大樹の槍を、蹴り上げた。
◇
『クエ?』
力を込めていた炎鳥魔竜が間抜けな音を出す。
それはそうだ。
何故なら目の前に、巨大な何かが向かって来ているのだから。
そのあまりの巨大さに、遠近感が狂う。
だがそれは確実に近付いて来ていた。
自らの命を滅ぼす可能性のある槍が驚異的な速度で近付いて来ていたのだ。
『ク、クエエエエエエエエエ!!!?』
恐怖がその鳥を襲う。
初めての危機感に本能が力を込める速度を上げる。
そして、炎鳥魔竜はその巨大樹の槍に向けて炎を放った。
その瞬間、拮抗する炎と槍。
膨大な力が競り合い、その隙に炎鳥魔竜は逃げようとする。
だが、それを許す彼らではなかった。
「行くぞノルド!!」
グジカンがノルドの腕を掴み、そして。
「とどめのダメ押しだああああ!!!」
ぶん投げたのだ。
二メートル強の大男であるノルドを、空に。
ノルドは白銀のメイスを構える。
そのメイスに力を込める。
狙うは、巨大樹の槍。
拮抗する槍を押し出すために、巨大樹を下から
『ク、エ?』
それがその鳥の最期の言葉。
死なない鳥が死んだ瞬間。
炎を貫き、巨大樹の槍が炎鳥魔竜の核ごと貫きながら突き進む。
やがてそれは。
炎鳥魔竜の体を四散させて……遠くへと旅立った。
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