第7話 奮起! 巨人族の意地

「ジジィ……!」


 巨人族の長であるスラリカンがノルド達の行く手を阻む。


「戦うなグジカン……! あの災厄に抗う事など正に死にに行くようなものじゃ!」

「俺達は死にに行くんじゃねぇ! あのクソ鳥を倒すために行くんだ!」

「た、倒すじゃと? 今貴様は倒すと言ったのか!? ならばここにいる彼らを見よ! 彼らは目の前で友を失い、家族を失い、愛する者達を失ったのじゃぞ!?」


 スラリカンの側にはそれなりの数の巨人族がいて、誰もが不安や絶望の表情を浮かべていた。そんな彼らの表情を見て、グジカンは悲しみと悔恨を綯い交ぜにした表情を浮かべる。

 恐らく、彼らもスラリカンと同じように炎鳥魔竜と戦うのを恐れている人達で、グジカンと共に戦おうとする仲間達を止めに来たのだろう。


「逃げるんじゃ! この村を捨て、あの災厄から逃げる! これがワシらが選べる最善じゃ!」

「……逃げてどこへ行こうってんだよ」

「どこへでもじゃ!」


 どこに逃げればいいか分からない。

 祖先から引き継いだこの場所以外の場所なんて知らない。あるいは巨人族としての力を元手に騎士なり傭兵なりになって転々とするか。

 とにかくスラリカン達はあの炎鳥魔竜から逃げられるならその後の事は考えていなかった。いや、正確に言うならば考える余裕すらないのだろう。


 それをグジカンは痛いぐらい分かっていた。

 だがそれを決して認める訳にはいかなかった。


「……ふざけんじゃねぇ!!」

『!?』

「あのクソ鳥は俺達を餌だと認識して狙ってるんだ! 俺達に逃げ場所なんてねぇよ!」

「じゃ、じゃがワシらにあの災厄を倒す事は……!」

「倒すんだよ! でなきゃ俺達のはずっとあのクソ鳥の餌のままなんだ!」


 グジカンの言葉に巨人族の面々が言葉を失う。


「復讐の気持ちや怒りの感情がないわけじゃねぇ……でも! 今ここで受けた苦しみや喪失を未来の子孫にまで引き継ぎたくねぇ!」

「グジカン……貴様は……」

「……あんな奴と遭遇して怖がるのも無理はねぇ。絶望するのも当然だ」


 巨人族は狩猟民族である。

 貿易で他種族から食料を輸入する事もあるが、彼らの体格で到底賄えるものではなく賄える程の経済的余裕もない。故に大抵は狩りに出て食料を賄うのが彼らの生き方だ。

 巨人族の力や体格ならば大抵の狩りに危険は起きない。

 魔獣相手であっても問題はないだろう。


 だがつい先ほど、彼らの前に彼ら以上の大きさと暴力が現れ、恐怖を抱いてしまった。

 自分達が井の中の蛙だと理解してしまった。


「――それでも!」


 グジカンは叫ぶ。


「俺達は立ち向かわなくちゃいけねぇ!」


 同胞の未来を想い、叫ぶ。


「魔王に立ち向かった巨人族の勇者を! 偉大なるアークライカンを思い出せ!」


 魔王討伐の歴史の中に、巨人族の勇者がいた。

 普通の巨人族より小さかったその勇者だが、誰よりも世界を守り、魔王を倒すという覚悟を持った小さな巨人だった。


「俺達はあの勇者の意思を継ぐ戦士――勇士だ! それでも逃げたければ逃げろ! だが俺達は未来を守る為にあのクソ鳥と戦う!」


 グジカンの気迫にスラリカン達は後退る。

 だがそれ以上に、彼らの胸にグジカンの言葉が突き刺さっていく。


「だ、だがワシはこの集落の族長じゃ! ワシには同胞を守る責務があるのじゃ!」

「だったらジジィ!!」

「っ!?」


 グジカンがスラリカンに詰め寄り、熱意を込めた眼差しでスラリカンを睨む。


「今から俺が族長だ!」

「な、何っ!?」


 その言葉にスラリカンは目を見開き、グジカンは叫ぶ。


「――族長であるグジカンが命ずる!! 逃げたい奴は逃げろ! 逃げて未来を作れ!」

「グジカン……貴様は!?」

「だが立ち向かう勇士は雄叫びを上げろ!! 俺らの未来を守り抜け!!」

『オオオオオオオオ!!』


 グジカンと共に戦う覚悟を持つ巨人族が雄叫びを上げる。

 ノルド達も負けじと声を張り上げる。


「ならば者共ォ!!」


 同胞を見る。

 覚悟ある者の目を見る。

 未来を守る為に戦う者を見る。


「――スゥ」


 息を吸う。

 この言葉を叫べばもう戻れない。

 だがもう二度と餌には戻らない。


 だから、叫べ。


「――槍を持てぇえええ!!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 これから来たる赤い鳥のいる方向へ向き宣言する。


「あの死なない鳥を――」


 自分達の未来を、守るために。


「――ぶち殺すぞォ!!」




 ◇




 その鳥は、優雅に空を飛んでいた。

 例えその羽ばたきに地上がどうなろうとも、その鳥にとってはどうでもいい事だった。


 そしてつい先程、嬉しい事があった。


 昔食べていた好物が新しい餌場を作っていたのだ。

 当時は毎日のように食べていた餌が消えて残念だったが、こうしてまた出会えた事に心の底から喜んだ。これから毎日美味しい餌を食べながら過ごすと思うと炎が舞い上がる程だ。


 なのに。


『……?』


 あの餌場に近付いた瞬間、体に小さい棒が生えた。

 ――いや。


『……!』


 突き刺さったのだ。

 愚かにも、あの餌が如き存在達によって。


「――!!」


 失望にも怒りにも似た声を叫び、炎を燃やす。

 全てを焼き尽くす魔竜が、餌に対する躾を行う為に翼を広げた。




 ◇




 巨人族の槍はただの槍ではない。

 巨人族のような体格のために作り上げた巨大な槍だ。

 それに巨人族特有の力に特化した聖術強化が加えれば、その投槍はまるで攻城兵器が如き威力を持って解き放たれる。


 しかし、柱のような槍でさえもあの大怪鳥にとってはただの爪楊枝に等しかった。


「目標、命中……! でも全然効いてねぇ!」

「ならもっと投げるんだよ! 一発がダメなら二発! 二発がダメなら百発! アイツの核を壊すまでどんどん投げ続けろぉ!!」


 巨人族の勇士が空を飛ぶ炎鳥魔竜に向かって槍を投げる。だが大抵は炎鳥魔竜の羽ばたきに叩き落とされ、もしくは体表に命中する前に燃やされていた。


「うおおおおおお!!!」

「おりゃああああ!!!」


 そんな中で、たった二人だけがその槍を届かせる者がいた。


「す、すげぇ……グジカンもそうだけど……」

「あの普人族は何もんだ……?」


 巨人族の新たな長であるグジカンと、勇者パーティーの戦士であるノルドの二人だ。


「おいおいおい……! なんて力だよ……!」


 グジカンは巨人族だからまだ分かる。

 だが共に槍を投げる普人族は分からない。


 何故巨人用の槍を持ち上がれる?

 どうしてただの普人族がその槍を投げられる?

 どうやってその槍を魔竜に届かせられる?


「うおおおお!!! サラアアアアア!!! 好きだああああ!!!」

『いやサラって誰だよ!?』


 叫ぶ内容もまさかの愛の告白だ。

 しかもそれで炎鳥魔竜の体に槍を当てられるのだから余計に混乱する。


「すげぇな兄ちゃん! 俺もアンタみたいに叫べば届くのか!?」


 そして何故かノルドの真似をしようとする者が出てくる始末。


「叫ぶだけじゃねぇんだ、届かせるんだよ!!」

「いや何助言をしてますの!?」


 ノルドの助言にヨルアがツッコミを入れる。

 だがそれはどうやら一歩遅かったらしい。


「や、やるぞ……! ――スゥ、好きだあああああ!! キサランンンンン!!!」

『え!?』


 どこか女性の声が反応したようだが、それはともかく。


『な!?』


 巨人族の一人が愛を叫びながら投げた槍が、炎鳥魔竜に突き刺さったのだ。


「いや刺さるのかよ!?」

「さ、刺さるなら……やるか?」

「……好きだああああ!! ミナキンンンンンン!!!」

「愛してるううううう!! クラリキンンンン!!!」


 次々と愛を叫びながら槍を投げる巨人族が多数発生。

 それも投げた槍がことごとく炎鳥魔竜に突き刺さるのだからもう訳が分からない。


「結婚しようシズリンンンンン!!!」

「付き合ってくれカナランンンンン!!!」

「君に一目惚れしたんだリココンンンンン!!!」

『バカァーッ!!』


 男性陣の告白に顔を赤らめる女性陣多数。

 これが後に、愛を叫びながら槍を投げる伝統が生まれた瞬間である。


「……いやぁ何か大変な事になったなぁ」

「元凶が何か言ってますわね」


 次々とカップルが誕生していく光景が異様すぎたのか素に戻るノルド。

 そんな光景を引きながら見ていたグジカンもまた、意を決して槍を持った。


「……俺もやるか!」

「バカ!」


 ポカンとグジカンの頭を叩く巨人族の女性。

 どうやら表情を見るにグジカンの恋人だろう。そんな彼女は「絶対言うなよ!?」とグジカンに念押しした後、そのまま避難誘導に戻った。


「イテテ……ホルルンの奴強く叩き過ぎだぜ……」

「まぁあの人も恥ずかしいんだろうな」

「貴方が言います……?」


 自分の事を棚に上げるノルドにヨルアが引いた。


「でもなぁ……アイツも付き合い長いんだから……」

「……ん? 付き合い長い?」

「……え? いやそうだけど……」

「……と言う事は幼馴染?」

「まぁ、そうだが」


 一瞬の沈黙。

 そして。


「クソ羨ましいぞちくしょおおおおおおお!!!!」


 悲しみと共に放たれた槍はなんと、炎鳥魔竜の体を貫いた。


『ええええええええ!!?』

「え、何アイツ……こわ」

「申し訳ございませんわグジカン様……その、彼は今病気ですの」


 恋煩いという名の病である。


「ま、まぁでも! ノルドのお陰でアイツに風穴を空けたんだ! 願っても見ない展開だぜ!」

「……いいえ、まだですわ」


 話題を変えようとノルドが今成し遂げた行為に喜ぼうとしたグジカンだが、そこにヨルアが目を険しくさせて待ったをかける。

 そんな彼女の様子に訝しみながらも、グジカンもまた穴が空いた炎鳥魔竜に目を向けるとそこには、穴を炎で埋めている魔竜の姿があった。


「なっ、穴が……!」

「あれが炎鳥魔竜の不死たる由縁……!」


 体を燃やす炎そのものが炎鳥魔竜の生命力。

 その規格外な生命力によってどのような攻撃も炎鳥魔竜を殺す事は出来ない。


 ――更に。


『――クエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!』


 自らの体に穴を空けた無礼者に、不死鳥の怒りが燃え盛る。

 全てを焼き尽くさんと炎を纏った翼を大きく広げ、そして。


 その瞬間。


 巨大な炎が巨人族の集落を覆った。

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