第6話 諦観! 絶望の巨人族

 そこにあるのは焼けた集落に炭になった住民。

 地面は荒れ、火がそこかしこ中に燃え移っていた。

 そんな地獄のような光景を見たノルドは顔を顰め、馬車を止めた。


「……降りる」

「え、正気ですかぁ?」


 ノルドの言葉にシャロンは目を見開きながら尋ねる。

 自分達は今急ぐ旅の真っ最中である。

 それもつい先程炎鳥魔竜から命からがらやり過ごしたばかりで、いつまた炎鳥魔竜がこちらにやってくるか分からない。

 そう考えればこの焼けた集落で時間を潰す訳には行かないのだ。

 それでもノルドは、シャロンの制止を無視して馬車から降りた。


「例え急ぐ旅でも困っている奴らを見逃す理由にはならないんだ」


 それは古代都市でカイネという魔人を救った者の責任なのかもしれない。あるいは勇者パーティーに所属する戦士としての自覚かもしれない。

 でも確かな事は一つだけ。


「ここで見逃したらサラ達に顔向け出来ないんだよ」


 そこに迷いはない。

 そして後悔もない。

 この集落に関わって先程の炎鳥魔竜がやって来ても仕方がない。もしそうなった場合やる事は一つだけ。いくら強大な敵であっても倒すだけである。


「……そうですかぁ」


 そんなノルドの覚悟を聞いたシャロンは、もう彼を止める意思など無かった。しかしシャロンはこれでも女王ヨルアの従者だ。ノルドの考えに付き合って主人を危険に晒す訳にはいかなく、この集落にノルドを残す考えが浮かび上がる。


 そこに。


「……ノルド様の考えに同意しますわ」

「お嬢様ぁ!?」

「……ヨルアさん? もういいのか!?」


 先程の出来事でマナが尽き、気絶するように眠っていたヨルアが起きたのだ。だがそれ以上に驚く事は、ヨルアはノルドの行動に付き合うつもりでいるという。


「これでも鍛えていますわ……シャロン」

「は、はいぃ!」

「この先今回と同じかそれ以上の困難が待ち受けているかもしれない。しかしその困難に苦しむ民がいたらわたくしは躊躇なく手を差し伸べるつもりよ」

「……っ」


 主人の無謀な言葉に反対するのも従者の役目だ。

 しかし、シャロンは従者であってただの従者ではない。主人の願いを何としてでも叶わせるために養成された『道具』であり、そこに否定意見を出す権利はないのだ。


 だとしても。


「……承知しましたお嬢様ぁ」


 本音を言えば危険な事はやめて欲しかった。『道具』として生まれた自分に『友人』として接してくれた主人を死なせたくないのだ。

 しかしそれを表に出さない。

 そのような本心を胸にしまい、シャロンは切り替える。

 危険な事に首を突っ込むなら、死なせないために主人を全力で守るという決意を抱いて。


「お前達は先に行ってていいのに……」

「私もノルド様と同じですの。ここで彼らを見逃したら愛する妹に顔向け出来ませんわ。これは私の意思ですので止めようと思っても止まりません」

「……はぁ。まぁ俺も人の事言えないから言わねぇよ」


 しかし、そちらも首を突っ込むなら条件があるとノルドが言う。


「まぁでも……一緒に戦うってんならその様付けと堅苦しい喋り方はやめてくれ」

「……それでいいんですの?」

「ついさっき一緒に戦った仲間だろ? だったら遠慮はなしだ!」

「ふふ……えぇいいですわ。ですがこの口調はずっと使って来て今更変える事が出来ませんの。無理に変えようとすると会話に支障を来たしますわ」

「まぁ、無理ならいいさ。様付けされるよりかはマシだ」


 かくして、ノルド達の目的は決まった。

 炎鳥魔竜の被害を受けた巨人族の集落を助ける事。恐らくは炎鳥魔竜がまた関わってくるかもしれない案件だが、やって来た場合は討伐するしかない。

 そう覚悟を抱いて、ノルド達は未だに言い争っている巨人族達へ向かっていった。


「だから諦めて死を待つぐらいなら俺達は……!! っ、誰だ!?」


 ある程度彼らに近付いた瞬間、老人と言い争っていた一人の巨人族がノルド達の存在に気付く。そんな彼らに、ノルドは笑みを浮かべた。


「俺の名前はノルド。助けはいるか?」




 ◇




 巨人族。またはジャイアント族。

 身長は最低でも三メートルから四メートル。個人差によるが十メートルを超える巨人族がいた記録もある。全種族の中で非常に大きい体格と規格外な力を持った種族だ。

 彼らは皆一様に猫背になっており、これは遥か昔自分達より小さい種族と交流するため徐々に進化していった経緯があった。


 そんな巨人族の一人で、この集落の村長の息子であるグジカンはノルド達を広場跡地に連れて来た。


「いやぁ助けに来てくれたのはありがてぇがすまねぇな。家は全部燃えたか吹き飛んじまったから大したもてなしが出来ねぇや」

「いや、いいんだ。もてなしを期待してやって来た訳じゃないんだから」

「ありがたいな……だがそれでもうんざりしたよな? 折角助けに来てくれたアンタらにあのクソジジィがあんな態度を取ってしまってよ」


 実はグジカンがここに連れてくる前。

 グジカンと言い争っていた老人……この集落の村長でありグジカンの父であるスラリカンがノルド達に向かって言葉を荒げたのだ。


『よ、よそ者は出ていけ! よそから来た者は外から厄を持って来る!! 貴様らの存在があの不死鳥を再び招き寄せるのじゃ!!』


 そんなスラリカンにグジカンはキレてしまい、あわや殴り合いが始まる直前で他の巨人族に止められ、二人は引き離される事になったのだ。

 そんな出来事があったにも関わらず、ヨルアは苦笑して首を振った。


「この惨状に遭い、神経質になっているかもしれませんし仕方のない事ですわ」

「仕方がないと言ってくれるアンタ達には感謝するぜ……それで、助けに来たって話だな?」

「あぁそうだな。取り敢えずはこの村の支援とか」


 そう言った瞬間、グジカンはポカンと口を開き、そして何か得心したような表情を浮かべて頭をガシガシと掻いた。


「あーそう言ってくれるのはありがたいが、それならアンタ達はここから離れた方がいいぜ」

「……どう言う事だ?」

「炎鳥魔竜がまたこの村にやって来るって事だ。アンタらの助けが村の支援ってならここにいちゃあ危ないんだよ」


 その言葉にノルド達はグジカンがどうやら勘違いしているのだと理解した。


「あぁその事なら問題ないぜ」

「……は? いやいや、炎鳥魔竜がまた来るんだぞ!?」

「来るなら来るでそれでいい。俺達はそれを覚悟して助けに来たんだよ」


 グジカンは一瞬呆然となり、ノルド達を見渡す。

 誰も彼もが覚悟を決めた眼差しをしており、自分が勘違いしてた事に気付いた。しかし、気付いたからこそ解せない事もある。


「……下手すれば死ぬんだぞ? 来るって分かってるならどうして逃げないんだよ? ……もしかして、あの化け物について何も知らないのか?」


 彼の言う事は尤もだ。

 しかしそれは既に話終わった部分で、今も尚変わらない決意だ。

 だからこそノルドはグジカンの言葉に一笑して言葉を返す。


「んな事分かってて助けに来たんだよ」

「はぁ!?」

「俺達が一体どの方向から来たと思ってんだよ? 俺達はあそこから来たんだぜ?」

「あそこからって一体……っ!?」


 ノルドが指し示す方向を見たグジカンは目を見開く。

 何故ならそこはつい先程村を焼いた炎鳥魔竜が飛び去った方向だからだ。その事実を理解した瞬間、グジカンはここにいる助っ人がどう言う存在なのか理解した。


「は、はは! はははははっ!! おいおいマジか!? お前らあのクソ鳥が飛び去った方向から来たって!? しかも生き残って!? はははこれは傑作だなぁおい!」


 遭遇したと言うのに戦う意思はある。

 遭遇したと言うのに生き残る力もある。

 遭遇したと言うのに……それでも人を助けようとする。

 これがお人好しじゃなかったらただのバカだ。


 いや。


「お前らはとんだお人好しバカだ! あぁいいぜ! お前らの助けを受ける……いや、あのクソ鳥を倒すためにお前らの力を借りてくれ!!」

「あぁそのつもりだ!!」


 そう言ってノルドとグジカンは握手をする。

 両者の手の平の大きさはそれぞれ違うものの、相手を信頼する力は同じだった。




 ◇




 さて、一部ではあるが巨人族とノルド達が手を組んだところで、炎鳥魔竜についての話し合いが始まった。そこで最初に挙がった議題はスラリカンが言った言葉だった。


「なぁアンタの親父さんが言ってた不死鳥ってのは一体?」

炎鳥魔竜フィニクスドラゴンの体を覆う炎は、あのクソ鳥の規格外な生命力と瘴気が混ざり合った結果炎になってんだよ。だから幾らアイツの体を傷付けても傷はすぐ治るし死なない」


 故に不死鳥、とグジカンは言う。


「なんだそれ……それじゃあ手の施しようがねぇじゃねぇか」

「あぁ……だからそれで俺達ここの村に住む巨人族の祖先は、アイツに住処を追われてここまで流れて来たんだ」


 そう言って、グジカンは集落の外へと指を指す。それに釣られて見てみると、そこには何やら太く長い柱のような物が一本、ぽつんと立っていた。


「あれは?」

「周辺の木々ごと枝や葉っぱが燃やされてるが、あれは祖先が持ち込んで育てて来た俺らの御神木……『巨大樹』だ」

「……は? 木? もしかしてあれって……木の幹、なのか?」


 ぱっと見はただ巨大な柱が立っているように見えるだけ。

 だがグジカンの言う通りあの柱が元々が木だったらなんて巨大な木だろうか。まさしく、『巨大樹』と呼ぶに相応しい大きさだ。


「あの木の中に隠れたお陰で俺達巨人族はこうして生き残ってるんだよ……まぁ逃げ遅れた奴らはいたけどな」

「巨人族が隠れられる程か……」

「まぁ重要なところはそこじゃねぇんだ」


 重要なのは祖先が一度炎鳥魔竜によって追われているという事。そして、炎鳥魔竜から子孫を守るために『巨大樹』を持って来たという事。


「祖先からずっと炎鳥魔竜に狙われているのは偶然じゃない……アイツは、あのクソ鳥は……俺達巨人族の事を餌だと思ってやがるんだよ」

「……なんだって?」


 詳しく聞けば。

 巨人族は他の種族と違い、体内マナを効率良く聖術強化に回せる種族特性があるという。

 それも獣人族のような全身に聖術強化を施すようなタイプではなく、完全に力に特化した強化だというのだ。


「それがあのクソ鳥の好みにあったか知らねぇが、めでたく俺達の事を餌認定したって訳さ」

「そして、今日あの魔竜に見つかったってわけか……」

「最悪な事にな」


 ここから分かる事は、彼らはもう逃げ場所がないという事。

 もし逃げる事が出来ても、遠い未来でまた同じような出来事が繰り返される。つまりは、彼らの絶滅か炎鳥魔竜の死かのどちらかしか残されていないという事だ。


「俺の家……いや、長の一族はそのクソ鳥の恐ろしさを代々語り継いで来た。それこそ実際にあのクソ鳥が襲撃しに来てジジィがすぐさま戦意喪失するぐらいにはな」


 そして諦めたのはスラリカンだけじゃない。この襲撃で集落に残っている大半の者は炎鳥魔竜に立ち向かう事を放棄している。

 彼らの立場を思えば仕方がないと言えるだろう。

 焼かれ、飛ばされ、引き裂かれ、食われ。

 それで絶望しない者はいない。なまじ大切な友人や家族が餌食になってしまったらもう、二度と立ち上がる事は出来ない。


 しかしそれで、はいそうですかと諦めるグジカンじゃなかった。


「俺はあのクソ鳥を許さねぇ……! この命に替えても、立ち向かえる奴が俺一人になっても俺はあのクソ鳥を必ず……!!」

「グジカン……」

「……だけど、現実としてアイツに対する対抗手段がねぇ」


 そう言って彼は項垂れる。

 確かに今の彼らに、あの不死が如く生命力を殺し尽くす手段はない。しかしそこに、ヨルアが待ったをかけた。


「対抗手段が完全にない、とは言い切れませんわ」

「……どういう事だ嬢さん」

「莫大な生命力を持つと言われましても無限ではありません。全身を覆う生命力、つまり炎を一瞬で消滅させるような力を与えれば死にますわ」

「いや、いやいや! それは流石に机上の空論だぜ? 俺達にそんな力を用意出来るわけがない」

「えぇそれは私も分かっております。しかし先程言ったように完全に対抗手段がないわけじゃない。机上の空論でもあの魔竜を倒せる可能性があるという事だけは確かですわ」


 そしてここからが本題だと彼女は言う。


「魔竜といえど元は動物。瘴気によって摩訶不思議な生態をしているようですが、根本的な部分はこの世の法則に則っていますわ」

「つまり……どういう事だヨルア?」


 ノルドが混乱した頭で質問をする。


「ヨルア……コホン。つまりはそう、あの莫大な生命力はどこから来ているのか」


 そう言ってヨルアは自身の胸……いや、心臓に指を指す。


「マナを司る器官……『心臓』ですわ」

「まさか……心臓が弱点!?」


 ヨルアの言葉にグジカンが驚きの声を上げる。


「えぇ。これは我々人間でも魔竜でも変わらない根幹。魔竜は瘴気によって心臓が変異しているのかもしれませんが、核となる部分が必ずありますわ」

「核となる部分……あっ!」


 その言葉にノルドは思い出す。

 古代都市で戦ったザイアという魔人……否、悪魔と名乗る男はノルドによって核を潰され消滅した事を。もしヨルアがそれについて言っているのであれば確かに炎鳥魔竜の核を潰せば倒せるだろう。


「ヨルアの言う通り俺が戦って来た魔人や悪魔には核があった。アイツらに核があるなら魔竜にも核があるかも知れねぇ!」


 問題はどうやって攻撃を届かせるかだが、何も対抗手段が無かった最初よりかはかなり進展した。その事実に遅れながら理解したグジカンは拳を震わせて獰猛な笑みを浮かべる。


「アイツを倒せる……? アイツを殺せる……? 本当に……?」


 しかし喜びも束の間、突如として凶報が彼らの元に届く。


「た、大変だ!! 物見の奴が見たって!」

「っ!? まさか、来たのか!?」


 ノルド達は互いの顔を見合わせて、グジカンに目を向ける。

 彼はそんなノルド達の視線を受けて、頷いた。


「……行くぞ!」

『おう!!』


 弱点は分かった。しかしそれに届く手段はまだ見つかっていない。

 そんな中の強襲はまさに最悪の事態かも知れないが、それでもノルド達は向かうしかない。


 そうして彼らが走っていった先には。


「……!?」

「……戦うんじゃない、グジカン!」

「ジジィ……!!」


 スラリカンが、立ちはだかるように立っていた。

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