第5話 炎嵐! それは全てを焼き尽くす翼

「……」


 ヨルアから衝撃的な話を聞いた一行は、口数少ないまま馬車を走り続ける。

 今ノルドの頭の中にあるのは、ヨルアの発したとある人物の名前だった。


(ヴィエラ・パッツェ……まさか姐御が)


 五年前。

 彼女は人工勇者計画と呼ばれる非道な実験に参加していた研究者や神官を大勢殺したという。

 その名前を聞いたノルドはそんな訳ないと一瞬否定しそうになるも、良く考えればノルドは彼女の過去を知らない事に気付く。


 それでも。


(騎士の鑑みたいな姐御がそういう事をするなんて)


 信じられない気持ちがまだ胸の内にあった。

 人を守るのが使命。弱者のために力を振るうのが騎士。

 そう言ったヴィエラは嘘だったのか。

 もしかしてあるいは。

 騎士としての力を振るう程の光景地獄を見たというのか。


「……」

「……」

「……」

「あれぇ? 皆さん何か聞こえませんかぁ?」


 ふと、外の様子を見ていたヨルアの侍女、シャロンが何かに気付く。


「えーと……私は何も聞こえませんが」


 シャロンの言葉にクウィーラは困惑しながら否定する。

 しかしノルドとヨルア、そしてキングは何かに気付いて顔を顰めた。


「これは、風の音?」


 ヨルアの呟きと共にノルドは険しい顔を浮かべながら叫ぶ。


「村の中で何回か聞いた事あるぜ……これは暴風、台風が来る音だ!」

「ヒヒン!!」


 ノルドの言葉と共に馬車を引いていたキングがその場で立ち止まる。

 急に馬車が停車した事で揺れる中で、ノルドはこれから来る衝撃に備えるよう更に叫ぶ。


「皆どこかに捕まってろ!! キング! 馬車を飛ばされないように踏ん張ってくれ!!」

「ヒン!!」

「え、え!? な、何が起きてるんですか!?」

「風の勢いがどんどん強くなっていますわね……!」

「こんな突発的な台風とか異常だ! 台風が来るってなら明かな前兆がある筈……!?」


 御者台に繋がる扉を開き、外の様子を見るノルド。

 するとそこにあったのは予想だにしない光景だった。


「なんだあれ……?」


 前方の空に見える『赤い何か』。

 その何かが動く度に周囲の風が荒れ狂い、体が飛ばされそうになる。


「これは……台風じゃ、ない!?」


 その何かの大きさが徐々に大きくなってくる。

 それはまるでこちらに近付いてきているかのような様子で事実、それは明らかにこちらの方向へ飛んできていた。

 徐々に近付いてくる何かにやがて、ノルドはその何かの正体に気付いた。


「……あれは……鳥か!?」


 それは全身が真っ赤に燃え盛っていた。翼の羽ばたきと共に風が荒れ、地面との距離が遠いというのに大地を捲って、抉りながら飛ぶ大怪鳥。

 まさに飛ぶ炎嵐。

 大災害の塊が今、空を飛んで生命の尽くを焼き尽くしていた。


 その姿を、ノルドの肩越しで見ていたヨルアが呟く。


「――炎鳥魔竜フィニクスドラゴン……!!」


 それが、かの大災害の名前。

 魔獣の中の魔獣。

 魔王に並ぶ災害。


魔竜ドラゴンか……!!」


 魔竜と呼ばれる超越種の一体が、ノルド達の前に現れた。


「は、早く逃げましょう!!」

「逃げるにしても……どこへ?」


 ヨルアの一言にクウィーラが黙る。

 ヨルアは考える。炎鳥魔竜の飛行速度とキングの脚力ならキングの方が僅かに上だ。ならば、今から逃げればあの余波からは逃げられるだろう。

 だがずっとではない。

 あの魔竜を完全に撒けるかは別の問題だ。飛行する方向を考慮しなければずっと逃げ続けるしかない。そしてそうなれば後は持久戦だ。


 バトルホースの突然変異と瘴気によって進化した魔竜。

 どちらの方が持久力に優れているかは考えるまでもない。生物の枠を超えた相手との持久勝負はかなり部が悪いのだ。


(……逃げられない?)


 そう考えた瞬間、キングから不満そうな声が嘶いた。


「……ヒヒン」

「キング様?」

「脚力も持久力もキングの方が上だって言ってるぜ」

「なっ!?」

「あぁ、はっきり言って俺もキングの方が強いって思ってる。あの鳥から完全に逃げられると俺は信じてる」


 しかし、ノルドとキングはその選択肢を取るつもりがない。


「それじゃあ意味がないんだよ」


 逃げるにしても、逃げる方向はサラ達とは反対方向だ。

 確かにノルドはキングなら逃げられると言った。しかしそれで完全に撒けるまで一体どれぐらいの時間が掛かるのかは分からない。

 下手すれば一日無駄になるかも知れない。そう考えれば取れる手段は一つしかないのだ。


「……正気ですか?」


 そう言った後に、ヨルアは思い直すように首を振る。

 彼らの言う通り、やるしかないのだ。

 逃げて時間を無駄にするか。やり過ごして前に進むか。

 どちらかを選ぶなんて事はしない。やる事は一つしかない。


「……クウィーラ様。貴女は聖術をどこまで出来ますか?」

「え、えぇ!? ほ、本当にやり過ごすつもりですか!?」

「つもりなんていう意識はありませんわ」

「は、はぁ……」

「やり過ごしてやります」

「ひぃ」


 周囲を見れば既に覚悟を完了した者達しかいない。

 ならば、自分も覚悟を決めるしかない。


「こ、こう見えて……上級の資格持ちです」

「あら奇遇ですわね。私も上級相当の実力を持っているのですわ」


 流石に上級以上である宮廷聖術士には届かないがそれでも、上級という資格は高度な聖術を扱える聖術士の証だ。


「多少馬車が浮くかも知れないけど、そこはキングが頑張って踏ん張るからさ!」

「ヒヒン!!」

「クウィーラ様は私と一緒に衝撃軽減の聖術を唱えて頂きます」

「つ、使うタイミングはこちらに衝突する直前……! 一瞬の衝撃に全力でマナを聖術に注ぎ込む、ですよね!?」

「そして肝心の余波その物は俺がなんとかする!!」


 ノルドの言葉に一瞬絶望という感情が浮かび上がった周囲だが、グッと堪えてノルドを信じる事にした。そして最後にヨルアの侍女であるシャロンはというと。


「では私は疲れた皆様のために紅茶を用意しますねぇ〜」


 能天気なのか、それとも信頼しているからこその余裕なのか。

 その真意までは分からなくとも、ノルド達のやるべき事はこれで決まった。


「行くぞ皆ぁ!!」

『はい!!』


 余波が来るまで残り十秒。

 馬車が、浮いた。


『……っ!!』


 本格的な余波が来る前だというのに暴風だけでこれだ。

 しかし、そこまでだった。

 馬車は浮いても、飛ばされてはいなかった。


「フゥウウウウウウ……!!!」


 キングが踏ん張っていたのだ。

 魔竜の放つ暴風にも負けず、キングはまるで柱のようにノルド達を繋ぎ止めていた。

 本格的に接触するまで残り五秒。


「クウィーラ様!!」

「はい!!」


 二人の口から聖術が詠唱される。

 この場にいる全てを守るためにマナを全力で聖術に注ぎ込む。


この場にいるガラヤ――』


 四秒。

 単語の一つ一つにマナを込める。


『――汝らにイラ・エスト――』


 三秒。

 マナの総量が半分を切った。


『――大いなるアー――』


 二秒。

 この単語一つに、マナが、全て持っていかれる。


『――守護をカルナ!!』


 一秒。

 残るのは気合と根性だけである。


 その瞬間。


 魔竜の余波と彼女達の作った守りが衝突した。


『く、うぅ……!!』


 それは自分達の力量から離れた大聖術。

 それでも二人分のマナを全力で注いでも使える時間は僅か数秒。

 あるいはそう、勇者パーティーにいる小さな賢者ならば一人で、それも数時間維持させる事は出来るかも知れないが二人はその賢者ではない。


 しかし、これでいい。

 この一瞬の時間を稼げればいい。

 この守りで我らの戦士を一瞬でも守ればいい。


「――ゥゥォォオオオオオオッ!!!」


 白銀のメイスを持った超人が目の前の余波に立ち向かう。

 叫んで、睨んで。自らの仲間を守るために。この先にいる仲間達と再会するために。


 自らの想いをメイスに乗せて、爆発させる。


「出しゃばってんじゃねぇこのクソ鳥がああああ!!!!」


 その一言と共に、世界が白銀へと染まっていった。




 ◇




 ノルド達に襲い掛かった余波は相殺した。

 だがしかし、その余波を生み出しながら飛んでいた炎鳥魔竜フィニクスドラゴンはまるでノルド達の事を眼中にないかのように通り過ぎていった。


「……余波だけでこれか」


 予定通りやり過ごしたノルド達は地獄のような様相を見せる平原を見渡す。

 何もかもが、あの魔竜の飛行によって馬車の周囲以外焼き尽くされていたのだ。


「クウィーラ様とお嬢様は気絶していますねぇ……」

「キングは大丈夫か?」

「ヒヒン!」


 問題ないと嘶くキングにノルドは笑みを見せる。

 ノルドもそうだがキングも規格外だった。


「あの鳥がいつまたこっちにやってくるか分からない。その前に進もうか」

「ヒヒーン」

「お二人の事は私に任せてくださいぃ」

「頼んだぜシャロンさん」


 御者台に乗り、馬車を進ませるノルド達。

 しかし彼らは知らない。

 あの魔竜が飛んできた方向に一体何があったのかを。

 そしてもし何かがあったとして、あの魔竜が飛んだ後がどうなっているのかを。


 炎鳥魔竜から離れるよう暫く馬車を走られた一行は、とある集落に辿り着いた。


「なんだよ……これは」


 呆然と呟くノルドの先には、自分達が見てきたどの村よりも遥かにデカかった。

 家の大きさも、道具の大きさも。


 そして、焼かれて炭になっている遺体の大きさも。

 その全てが大きくて、地獄だった。


 そこに、二人の声が響いた。


「もうダメじゃおしまいじゃあ!!」

「何諦めてんだよジジィ!! アンタは村を焼かれて悔しくないのか!? アンタの友人も、俺のダチも焼かれて!! なんでそこで諦められるんだよ!!」

「あれは災害じゃ!! ワシらの先祖は彼奴から逃げてここまで来た! ここまで流れた原因があの災害なのじゃ!! あれがここに現れた時点でワシらの敗北は決定付けられておる!!」

「んだとこのジジィ!?」

「お、おいやめろグジカン!! あれでもお前の父親で村長だろ!」

「おいこら離せ!! 俺はこの腑抜けをぶん殴らなくちゃいけねぇんだよ!!」


 彼らは、通常の人間より遥かに大きい種族だった。

 三メートルから四メートル。

 中には六メートルにも及ぶ巨人がいた。


 彼らは巨人族ジャイアント

 ノルド達が辿り着いたのは、炎鳥魔竜の災害に苦しむ巨人族の集落だった。

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