第4話 衝撃! 口から修羅場

「なぁ……その、人工の勇者って一体……」

「その名の通り、人の手で作られた勇者の事ですわ」


 淡々と話すヨルアに、ノルドは益々困惑する。


「勇者って、人の手で作られる物なのか?」

「当然あり得ない話ですわ。ですが、事実としてラルクエルド教国には人工勇者が生まれている……それに、これは貴方にとって無関係な話ではないのです」


 突如として矛先を向けられたノルドは、怪訝そうな顔でヨルアを見る。


「どういう事だ?」

「何せ戦士枠を賭けて戦う相手が、その人工勇者である可能性が高いのですわ」

「……は?」


 その言葉にノルドは呆然とする。

 何せノルドにとって勇者はノエルだ。ノエル自身の戦闘力は非常に高く、ノルドであってもノエルと戦うとなると負ける可能性が高い。

 なのにこれから戦う相手が人工とはいえ、勇者だ。

 その事実に、ノルドは軽い目眩を覚えた。


「マジかよ……俺の相手が勇者? そんな話信じられる訳……クウィーラ?」


 ふと、隣に座っているクウィーラの反応が薄い事に気付いたノルドは、彼女の様子を見る。するとそこには頭を抱えて悩む彼女姿があった。


「……ラルクエルド教会が勇者を作った? 腐ってるなとは思ってましたがそんな……」

「……当然ですわ」


 クウィーラの反応は彼女がラルクエルド教の神官だからこその反応だ。

 勇者とは女神の加護を受けし救世主。その存在は神聖で不可侵。決してその者の歩みを阻む事を禁じ、その気高き在り方を決して歪ませてはならない。


 そう信じ、そう行動をしてきたからこそ今の世があるのだ。

 かつて魔王討伐の成功が当たり前のようになり、勇者という存在が軽んじていた時代で、勇者が寝返ってしまった時があったからこそ、上記の教えを貫かなくてはならない。


 幸い当時は勇者の代わりに聖女が討伐に成功したからこそ良かった物の、勇者の行いによって犠牲になった人々は数知れない。

 だからこそ人は、ラルクエルド教は、勇者の在り方を歪ませてはならないのだ。


 なのに、ラルクエルド教は勇者を作り上げようとした。


 選ばれ、そして人のために立ち上がる勇者という在り方を歪めたのだ。

 人の意志が介在した救世主などろくな事が起きない。それが分かっているのに何故と、クウィーラは悩む。


「どうして……」

「考えられる事は一つ」


 そんな彼女に、ヨルアは呆れたような声で話し始める。クウィーラにではなく、これから話す内容に対して、だ。


「予言を確実にするためですわ」

「予言を?」

「先程言ったようにラルクエルド教はノエルに対し勇者としての価値を疑問視されています。それこそ自分達の意に反すれば躊躇いなく聖剣を剥奪する程に」


 本来の勇者から聖剣を剥奪し、予言の役目を人工勇者に任せる。そうじゃなくても人工勇者に戦士枠を与えて、勇者二人体制で聖女と結ばれる確率を上げる。

 それがラルクエルド教会の目的だろう。

 そしてそのためにラルクエルド教は水面下でを行ってきたという。


「実、験……?」

「ラックマーク王国でラルクエルド教と翻意にしてる貴族はアークラヴィンス公爵家だけではありませんわ。他の貴族家とも手を組み、勇者としての潜在的資質を持った子供を貴族家に用意させる……そして用意されてきた子供達で――」

「――勇者にするための実験を施した……?」


 ヨルアの言葉を引き継ぐようにクウィーラがその悪い予想を呟く。


「それも聞けば、かなり非道な実験だったと……」


 信じた物に裏切られたかのような表情で項垂れる彼女にノルドが心配そうに見やる。


「クウィーラ……」


 僅かばかりの沈黙。

 やがてクウィーラはポツリと呟く。


「……私は、幼少の頃から親にラルクエルド教の事を聞かされました」


 それは彼女が聖職者として歩もうとした理由だ。

 何てことない、ただラルクエルド教からの支援で豊かな生活が出来ていたから、それに恩を感じて聖職者を目指したからという、そんなありきたりな過去。


「なのにカイルといい、上級神官といい……神官になった先は思っていた物と違っていました……! 明らかに聖職者として相応しくない人達を昇進させて……教義にも書いてある内容すらも無視して……! 挙句の果てに子供を実験に……!? 私、私は……!!」

「それで、クウィーラは神官をやめたくなったか?」

「……っ!」


 ノルドの言葉に彼女はビクッと体が止まる。やがて取り乱していた思考に落ち着きが生まれ、彼女はノルドの問いに頭を振って否定した。


「……やめる訳がない。やめる訳がないじゃないですか! 今腐っているとしても、村に飢えている人がいないのは他ならないラルクエルド教のお陰です! 私みたいな善良な神官がいなくなればラルクエルド教はお先真っ暗ですよ!」


 だから自分は神官をやめないと声高らかに宣言する。


「何だったら自分がラルクエルド教を上り詰めて変えてみせますよ!!」

「はは! 付き合いは短いけど、クウィーラはそっちの方が似合うと思うぜ!」

「……ふふ。貴女の宣言はさておき、ラルクエルド教の上をすげ替える案は悪くありませんわ」


 ヨルアの言葉にノルドとクウィーラが振り向く。


「というのも、実はこの人工勇者計画は一度中止になっておりますの」

「中止って……どういう事だ?」

「今から五年前、実験に参加していた関係者の八割が皆殺しにされた事件が起きましたの」

『……は?』


 突如として発せられた凄惨な内容に二人はポカンと口を開く。

 そんな二人の反応を無視して、ヨルアは説明を続けていく。


「その非道な実験を知った騎士の一人が行ったそうです」

「だからって皆殺しは……」

「ですがラックマーク王はその凶事を引き起こしたその騎士に恩赦を与えました。当時の実験はラックマーク王国で行われており、それを知ったラックマーク王は激怒したらしいですわ」


 そしてラックマーク王は今後一切の実験を禁止するようラルクエルド教に命じたという。


「しかしそのような事件が起きたにも関わらず、ラルクエルド教は裏で実験を続けていた……それもラルクエルド教国内で、ですわ」


 そして人工勇者計画は遂行され、ノエル以外の勇者が誕生した。

 その存在を勇者として認定している事実こそ、ラルクエルド教の上層部が許している事に他ならない。


「脳が腐っている時点で既に手遅れ……こうなれば首から上をすげ替えた方が人のためという事ですわ」

「う、うわぁ……」

「流石脳筋お嬢様ですイタタタタァ!? イタイデスゥオジョウサマァ!!」

「貴女の緊張感のなさは好きですよ」

「ダッタラ、テヲ、ハナシテクダサイィ……!!」

「ははは……それにしても、八割を殺した騎士ですか……一体どんな騎士なんでしょうね」


 話題を変えようとしたクウィーラがそう呟く。

 すると、ヨルアから思いも寄らない言葉が出てきた。


「あら? 貴方方もよくご存知の方ですわ」

『……え?』

「兵士としての数々の功績から、僅か十四歳で騎士に任命された珍しい……」


 その言葉にノルドはとある人物を思い浮かべた。


「ま、まさか!?」

「えぇ……その方の名前は――」




 ◇




「――……エラ嬢……ヴィエラ嬢! のう起きろヴィエラ嬢!!」

「……ん、ううん……あら、いつの間にか眠ってしまったわね」

「こんな状況で良く寝られるのうお主……」


 ノンナの甲高い声に起こされたヴィエラは、馬車の振動によって体を揺られながら周囲を見渡す。すると目の前の光景に、げっ、と呻き声を上げた。


「……まだこんな空気なの?」

「そうなんじゃよ……もう気まずくて気まずくて……もうむりぃ……」


 ヴィエラとノンナが辟易とする空気を作り出しているのは主に三人。


 一人。元気いっぱいムードメーカーのサラ。

 彼女は俯いて沈黙していた。


 二人。サラと仲良しな我らが勇者、ノエル。

 彼改め彼女も上の空で沈黙。


 そして最後。クソ神官のカイル・マグバージェス。

 彼は一人勇者と聖女にべちゃくちゃと空気を読まずに話し続けていた。


「たすけてぇ……」

「素が出てるわよ」


 思わずのじゃ口調から本来の幼女口調に戻ったノンナにヴィエラがツッコむ。


「コホン……取り敢えずのう……何かいい案はないのか?」

「考えるのはアンタの仕事でしょう……」

「だって……あのノエルの表情、何を考えているか分かるか?」

「あれは……『今愛しのノルドは何をやっているのかなぁ』って顔かしら」

「まぁバレバレじゃな。しかし専門外じゃ。ワシにはどうにも出来ん」

「私もよ」


 なお、二人の予想は当たっていた。


(ノルドは今何をやっているのかな……急いで追い付いてこようとしてるかな……早くノルドの顔が見たいな……)


 出発してからこの考えばかりである。


「次はサラじゃ」

「あれは……『どうしよう……私、ノエルとどう顔を合わせればいいか分からない』って顔かしら。多分ノエルの好きな人が誰なのか気付いてしまったようね」

「意外な事にの。しかしこれも専門外じゃ」

「恋愛方面クソ雑魚過ぎない?」

「人間換算幼女に期待しないで貰おうかの」

「ここぞという時に幼女扱いを御所望は片腹が痛いわね」

「幼女特有の硝子の心じゃぞ、もっと労われ」


 ノルドはサラが好き。

 サラは勇者が好き。

 そしてノエルはノルドが好き。


 見事な三角関係である。

 それに厄介な事にサラとノエルは友人として互いを大切に思っているという事である。彼女らの関係は実にややこしく、だからこそ一度ズレてしまった歯車はそう簡単に戻せない。

 ちょうど、今の光景のように。


「そして最後のクソ神官は……」

「――えぇどうでしょうこの馬車はこれは我がラルクエルド教会が勇者様方のために作られた特注の馬車で計四頭のバトルホースが牽引されておりますしかも周囲を複数の馬車で囲むなど外敵に対する準備も万全おっと準備といえばこれから向かうラルクエルド教国には勇者様方のために宴なども用意されて――」


 矢継ぎ早に綴られる接待トークにヴィエラとノンナは引いていた。


「論外だわ……」

「見よ、サラとノエルの顔を。二日以上横で聞かされているのに全て無視しているぞ」

「それでも接待し続ける根性はなんなの……」


 とそこまで話していた二人だが、カイルの話の雲行きが徐々におかしくなっていく事に気付いた。


「――それはそうと今の世の中はどう思っていますでしょうかえぇ分かっていますとも嘆かわしいとお思いでしょう魔王などといった輩は当然として臭い貧民街の物共や無能なクズ共もいますね勿論私の手下にもいましてこれが非常に厄介なんですよあっそう言えば無能なクズも勇者様方の中におられ――……」

『今、なんて言った?』


 カイルの言葉を遮るように、これまで彼の言葉を無視続けていたサラとノエルの顔がぐるんと一斉にカイルの方へと向かれる。

 その目には冷たさが宿っており、それを間近で直視したカイルがヒエッと呻き声を出す。


「あー死んだわね……」

「今のあの二人にノルドを貶すような事を言うから……」


 今ならサラとノエルは躊躇いなく人を消せるだろうという確信がヴィエラとノンナにはあった。

 恐怖に呑まれたカイルは必死にサラとノエルに弁明する。やがて二人は、興味を無くすようにカイルから目を離す。これをこの旅の間一体どれだけ繰り返してきたか。


「ノルド……お主魔性の男過ぎんか……?」

「最悪あのクソ神官を馬車から蹴落とすという作戦もアリだと思って来たわ」


 無視し始めた二人にカイルは先程までの光景を忘れたのか、またもや接待トークを始める。それはまるで爆弾の周囲で火遊びをするような光景だ。

 一歩間違えれば即あの世行き。

 断崖絶壁の間を綱で渡るような空気に、ヴィエラとノンナの精神が削れていく。


「これは……」

「……修羅場じゃな」


 こうして、勇者パーティーを乗せた馬車は進んでいくのであった。

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