第3話 登場! 謎の貧乳美少女
大盗賊団と名乗る連中が襲う馬車、それも豪華な馬車であればその中に乗る存在を容易に想像できるだろう。それは貴族か、もしくは商人か。
かくして、その馬車から降りてきたのは期待通り見るからに気品さ溢れる女性だった。しかし、彼女の着る服装には違和感があった。
「
「そしてお嬢様に仕えるメイドのシャロンですぅ」
ヨルアと名乗るその女性の格好は、豪華な馬車と不釣り合いな頑丈な革の旅衣装だったのだ。身分の高そうな彼女からは遠い、華やかさとは無縁の衣装である。
「あ、あぁ……よろしく。俺の名前は」
「カラク村のノルド、でよろしいかしら?」
「っ! どうして俺の名前を?」
ノルドは目の前の女性に自分の名前を名乗った事はない。
強いて言えば彼女に付き従う侍女に勇者パーティーの戦士だ、とは名乗ったがそれでも自分の名前までは名乗っていないのだ。
そんなノルドの困惑を見て、ヨルアはおかしそうに笑みを浮かべる。
「あら、自覚はありませんか? 貴方のお名前は結構広く知られていますわよ?」
「そ、そうか?」
「勇者パーティーに所属し、数々の村を魔獣から救った戦士として有名になっていますの」
その言葉にノルドは目を見開く。
確かに勇者パーティーとして旅をしていた頃は魔獣討伐をやっていた。それがまさか自身の名前が知れ渡っている程有名になるとは思っても見なかったのだ。
そう思えばどこか照れ臭く感じ――、
「まぁ私の場合、密偵で既に知っていましたが」
「――え?」
突如としてパンパン、とヨルアが手を叩く。
その瞬間、ノルドの周囲に数え切れないぐらいの黒い覆面集団が現れた。
「な、何だ!?」
「わ、罠ですか!?」
「ご安心くださいませ。彼らは私の密偵組織……あそこで伸びている大盗賊団を連行させるために呼びましたの」
「みっ、てい……組織?」
「ノルド様……この女、怪しいですよ……! 密偵を通してノルド様の事を把握している様子ですし、豪華な馬車と似合わない衣装を着ているし、胡散臭いし、胸ないし」
「あら死体が何か喋っているわね」
「ヒィイイイ!?」
これは的確に地雷を踏み抜いたクウィーラが悪い。
「あのぉ……お嬢様? もしかして予め盗賊の場所をご承知でこちらにぃ……? ノルド様御一行と遭遇するためにこの方向を……?」
「そうですが、何か?」
「……何か? じゃないですよぉ! どうして先に言ってくれないんですかぁ!? あの時私がどれだけ肝を冷やしたとぉ!?」
「だって貴女、嘘が下手じゃない。ノルド様の実力をこの目で見るために敢えて教えなかったのよ?」
「そんな理由で!? うぅ……うわーん!! 雇い主が冷酷ですぅ! オーガ! 妖精! ナイチチ!」
「あら? 何か言いまして?」
「イ、イィイッタイ……! イタイデスゥ……オジョウサマァ……! アタマガァ……! ツブレルゥ……!」
「何なんだこの人達……」
寸劇の末に雇用主からアイアンクローを受ける侍女の姿に引かざるを得ない。
流石に収集が付かないからか、クウィーラは寸劇を繰り広げる主従に向けて目的を問うた。
「あ、あの! 結局貴女方は一体何が目的なんですか!? 一体ノルド様になんの用があって接触してきたんですか!?」
「あら、そうでした」
「おうふ」
アイアンクローを解かれた侍女がズシャア、と地面に倒れる。そんな彼女を目にもくれずに、ヨルアは真っ直ぐとノルドの方へ目を向けた。
「私達、というよりも私の目的はただ一つ」
人差し指を立てて、ヨルアは言う。
「ラルクエルド教国へ向かった私の妹……勇者ノエルを、私の父から守る事です」
真っ直ぐと放たれたその言葉にノルドは目を見開く。
ノエルという名前や、彼女とノエルの関係。そして穏やかじゃないその目的に、ノルドは逸る気持ちを抑えながら何とか言葉を紡いだ。
「……詳しく、話を聞かせてくれ」
◇
彼女達が乗ってきた豪華な馬車は密偵達に預け、ノルド達の馬車に乗り込んだヨルア達は、道すがら全てを語った。
彼女とノエルの関係。
実の父との確執。
そして、ノエルの身に起きている体と魂の性別の
ヨルアが知りうる限りの過去を全て聞いたノルドは天を仰ぎ、目を瞑った。
「……ノエルに、そんな事が」
「……驚きましたか?」
「あぁ……そうだな……」
ヨルアにとってこれは賭けであった。
本来なら肉体の性別と魂の性別が違うと聞けば、真っ先に浮かび上がるのは『気持ち悪い』というのが大半。あるいは気のせい、趣味が悪いなどという心にもない感想を浮かべる人もいる。
ノエルの過去を勝手に話した事は悪いと思っているが、これは共に旅をする中で否応にもバレる可能性が出てくるのだ。
それによってノルドが
(密偵の報告ではノエルとこの方との関係は良好……しかし本心が分からない以上、今ここで確かめる必要ある……)
そしてもし。
もしもノルドが父と同じようにノエルを受け入れられなかったら。
――その時は。
そう考えて、
「まさかノエルとノエルの親父さんの間にそんな事が……」
「……え?」
「え?」
その言葉に、ヨルアはポカンと口を開いた。
「あの、それだけでしょうか」
「え、それだけって?」
まるで心当たりがないように振る舞うノルド。
実の父との確執以前に気になる過去があるというのに、ノルドはまるでそれが重要ではないみたいに認識しているようだ。
「……ノエルは私の妹です。それは間違いありませんわ。ですがそれだけで否定する輩がいるのも事実……貴方様はそのような秘密に関して何か思うところがあるのでは?」
「え? あぁ……そう言えばノエルの体って男だったんだなぁって……」
「……はぁ?」
普通は逆ではないだろうか。
思うべきは魂の方の性別で、まるでその口ぶりだと今の今までノエルの事を男だと思っていなかったように聞こえるその内容に、ヨルアは思わずまじまじとノルドの顔を見る。
「いや、まぁ、確かに最初ノエルと会った時は男だと思ったぜ? 振る舞いも何もかも理想の完璧王子様でさ、思わず嫉妬したんだよな」
しかし旅をして、ノエルと接していく内に勘違いだと気付いた。
「サラや姐御と同じだと思ったんだ……あぁいや、言葉にするの難しいな。まぁつまり、俺の中でノエルは最初から女だったって事だな」
「凄い感覚的な話ですわね……」
「俺でも男女間の差ってのは理解できてるさ。爺ちゃんから教わってきたからな。同じように見えて、男と女は絶対的にどこか違うんだ。サラと一緒に過ごしてきたから、それが分かってた」
「それをノエルにも感じてたと?」
「改めて言葉にすると、まぁそうだな。今まではそれが当たり前で何も考えていなかった」
その言葉に嘘は感じられないとヨルアは思った。
恐らくノルドの中では性別の問題など気にしてなどいないのだろう。しかし、だからこそこれまでノルドはノエルと友好的な関係を築いてきたのだ。
ノエルも無意識にそう接してくれるノルドだからこそ、ここまで仲良くなれたのだろう。
「それにな、ノエルの秘密がそれでも俺の親友である事には変わらねぇ」
「……!」
「ノエルはノエルだ。どんなノエルでも俺の親友で仲間だ! もし周りがノエルを傷付けるようなら、俺がいつでも駆け付ける!」
今も昔もノルドのスタンスは変わらない。
大切なダチのためならどこまでも駆け付ける。それがノルドという男なのだ。
そう自信満々に笑みを浮かべるノルドにヨルアは目を丸くさせる。
屈託のない笑顔に、嘘偽りのない本心の言葉。幼少の頃から、そして女王として君臨した後でも長らく接してこなかった気持ちのいい言葉に、自分の心が絆されていくのを感じる。
「やだぁ……うちのお嬢様がちょろいですぅ……」
「……」
ニヤニヤと醜い笑みを浮かべる侍女がどうなるかは最早自明の理である。
「イ、イィイッタイ……! イタイデスゥ……オジョウサマァ……! ホホガァ……! ツブレルゥ……!」
「こ、こほん……貴方様の言葉、一先ず信じますわ。それではようやく本題です」
「先ずは手を離してからでいいんじゃ……」
「今ノエルが向かっているラルクエルド教国には、本当のノエルを受け入れず、自らの欲望のために勇者である事を強制してきた
「アァー……!! イケマセンオジョウサマァ……! テヲ、テヲー……!!」
もしかしてこのまま続けるつもりなのか。
かといってもう重要な話に移行しているので、話の腰を折らないようにこのまま聞くしかないようである。二重の意味で。
「兼ねてより、ラルクエルド教会の上層部と父であるジークゼッタ・アークラヴィンスは利害の一致で手を組んでおりました」
ラルクエルド教会から経済的支援と国教としての国内支持を。
そしてアークラヴィンス公爵家からはノエルという『勇者』を提供するという事で彼らは組んでいたのだ。
「はぁ!? おい、それって……」
「あの男に追放されてから私はずっと疑問に思っていたのです。確かに私はあの男の機嫌を損ねた。しかし公爵家の令嬢、それも長女という価値のある私をこうも躊躇なく追放できるのかと」
他家に嫁ぐなり何なり、様々な使い道があった筈だ。
腐っても公爵家の当主のなのだから、そのような考えに至っていても不思議では無かった。なのにそれを捨ててでも追放したのは何故か。
「それは恐らく、ノエルに勇者としての価値を損なわせないため」
「……!」
「あの男の、いいえ……世間一般的に言われる理想の勇者像という物をノエルに体現させるために、あの男は私という邪魔者を追放したのでしょう」
恐らく、ジークゼッタにとって勇者としてのノエルさえあれば何もいらないのだろう。
そもそもの話として、公爵家の次期当主をノエルに担うつもりならば、わざわざ魔王討伐という危険な任務に向かわせるのだろうか。
「……いいえ、恐らくあの男は何も考えていないのですわ」
ラルクエルド教会の言う通りに勇者を産んだ。
次期当主を担う長男が生まれた。
ジークゼッタにとってその二つの事実だけが重要なのだ。
ノエルがいれば引き続き教会からの支援も貰え、ノエルが活躍すれば勇者の血を引くアークラヴィンス公爵家にもようやく箔が付く、たったそれだけのために人の人生を歪ませたのだ。
「ですが、ここに来てノエルは彼らの期待を裏切ろうとしていた」
「期待? 裏切る?」
「聖女様との関係を深める事です」
「……はぁ?」
先程放たれたヨルアの言葉を、ノルドは上手く理解出来なかった。
それはもしかして友人としてなのかと思い浮かんだが、ノルドの考えを読み取ったヨルアは首を振って否定する。
「勿論友人としてではなく、恋人としてですわ」
「……どう言う事だよ」
「事の始めとして、ノエルが生まれる前にラルクエルド教会の神官に神託が降りたのですわ」
「神託……」
ヨルアの言葉に反応したのはずっと側で聞いていたクウィーラだった。
「クウィーラ?」
「あ、いえ……その神託というのは恐らく私の知っている神託と同じなのかも知れません」
「……どんな内容なんだ?」
「……『かつて魔王を討伐せし偉大な聖女が再びやってくる。その者、勇者と結ばれ世界に平和を齎すであろう』……です」
それを聞いたノルドは眉間に皺を寄せた。
神託でも、勇者と聖女が結ばれる事を願っているのかと思ったからだ。
「私自身直接聞いたわけではありません……ただラルクエルド教会に入信し、神官としてある程度の実績を積めば聞ける話です」
「私が話そうとしていた神託と同じですわね」
「……その神託が、どう関わってくるんだよ」
「重要なのは聖女と勇者が結ばれる事で得られる平和ですわ。その神託のせいで……ラルクエルド教は勇者ノエルと聖女サラ様を結ばせようとしてきた」
だが、その思惑も徐々に外れてきたのだ。
「中々進まない勇者と聖女の仲。二人の仲を邪魔しているように見える戦士の存在。そしてタイミング良く生まれてしまった人工の勇者。それらの要因が重なってノエルに勇者としての価値が低くなってしまったのです」
「は? いや、待て待て待て!」
さらりと呟かれた重大な単語にノルドの頭がこんがらがる。
「ノエルの価値が低くなってしまった今、
『……』
そう結論付けるヨルアに、この場にいる面々は頭を抱える。
「神託……人工の勇者……? 一体、どうなってんだよこの世界……」
ノルドの言葉が、この場にいる人達を代弁していた。
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