第三章 ノルド、証明する
第1話 これまでのあらすじから始まる新章
魔王。
それは瘴気によって人類を殲滅せんとする邪悪な存在。
人類は、女神ラルクエルドから齎された女神の加護を持つ勇者を筆頭に、魔王と数千年にも及ぶ戦いを繰り広げていた。
追い詰め、追い詰められ、あわや全滅の憂き目に遭おうとも、人類は常に魔王に勝利してきた。だが、その度に魔王は眠りにつき、復活しては人類と戦いを始める。
この戦いに終わりはあるのか。
そして時は現在。
――魔王復活の狼煙あり。
人類は、女神の加護を持つ勇者と聖女が生まれ、彼らはパーティを組んだ。
魔王討伐における人類の最後の希望。
少数精鋭で魔王を倒そうとする彼らを、人々は勇者パーティーと呼んだ。
◇
古代都市から出て既に数時間。
辺りはすっかり暗くなり、月の光だけが道を微かに照らしていた。にも関わらず、見通し悪い光景の中を一台の馬車が疾走していた。
「ちょちょちょノルド様!? もう既に夜ですってば!?」
「大丈夫だ! この程度じゃあキングはバテないぜ!!」
「いやいやそういう問題じゃないですよ!!」
月明かりにその黄金の体躯を照らされながら、一頭で馬車を引くキング。
この数時間、キングは尋常じゃない速度で駆け続けていながらも、ノルドの言う通り息切れをした様子を見せていない。
ノルドは手綱を引きながら考える。
並の馬車を遥かに超える速度で走り続ければ、この二日間で先行しているサラ達に追い付ける筈だと。早く合流すればそれだけ、サラと一緒にいられる時間が増える筈だと、その一心でキングに加速を頼んでいく。
だがそれを、クウィーラ・サドリカは青ざめた表情で止めようとする。
「確かにキング様のこの速度なら予定よりも早い段階で合流できますけども!! この時間帯でこの速度は危ないんですよ!」
ラルクエルド教の自称良識派である彼女はそう言いながら周囲を見渡す。確かに月明かりで微かに周囲を見渡せるが、それでも足元は暗闇のままだ。
今は比較的なだらかな平原を走っているからいい物の、道中にある森に入れば木々が障害物として立ちはだかるのだ。それをこの速度で突っ込めば悲惨な光景が待っている事だろう。
「だったら明るくなればいいだろ!」
そう言って、ノルドは白銀のメイスを掲げる。
その瞬間メイスの先端を中心に光が広がり、馬車の周囲が光に包まれた。
「おぉ〜……? 周囲が明るく……」
これは古代都市の時に使用した結界を基にした爆発の応用技だ。
結界の作成補助をする布を使用していないため、この光に瘴気を跳ね除ける力や殺傷力のある爆発の力はない。しかしこの力強い光は暖かく、周囲を照らしてくれるため、こうした暗闇の中を走るのに適しているため、ノルドは使用したのだ。
「よし!」
「よし! じゃないです! 確かに自分達の周りは明るくなったんですけど、それが返って遠い場所の光景が見えづらくなったじゃないですか!」
「あっ本当だ……じゃあ明かりを付けるのは止めるか……?」
「急に周囲が暗くなると暗闇に目が慣れるまで時間が掛かりますから、先ずは馬車の速度を落としてですね――」
――グギャア!?
「ヒヒン!?」
「おわぁっ!?」
「きゃあ!?」
妙な悲鳴と同時にガタンッ! と馬車が大きく揺れる。
そして揺れが収まると、二人と一匹の間に沈黙が流れる。
「……え、さっきって……?」
「な、何かを轢い、轢い……轢いて……?」
「ヒ、ヒヒン」
馬車は未だに走り続けており、確認するにも揺れが起きた地点までは既に遠くなっている。だから自分達が何を轢いたのか、先程の悲鳴は何なのかは、正しく暗闇の中だ。
「キ、キング……何を轢いたかは……」
「ヒ、ヒュルル〜……」
ノルドの問いにキングは目を逸らし、器用に口笛を吹く。
まるで自分は知らない、気付いていない。気付いていなかったらそれは何も起きていないというような様子だ。
「ちょ、ちょっとキング様……? 走っている時は目を逸らさないでくださると――」
――ガタンッ!!
――ウボォアーッ!!
――兄者ーッ!!
――頭目が光る魔獣に殺られたーッ!!
『……』
もう、何も言えまい。
加害者的にも被害者的にも。
「……もうやめましょう。悲劇の連鎖を繰り返すのは」
そう言って、この時間帯は馬車を止めましょうと彼女は言う。
そんな彼女の言葉に否を示す者はいなかった。
◇
ちょうど森の入り口に辿り着いた一行はそこで野営をする事にした。
馬車にこびり付く何かから必死に目を逸らしながら、各々準備を進めていく。無言で準備を進めていく中、ノルドは料理を担当する事になったクウィーラに話しかける。
「……なぁ、このままサラ達と合流出来るんだろうか」
二日前に先行したサラ達と合流するためにはここで野営をしていたいいのかとノルドは不安を感じていた。
もう二度と夜の時間帯で馬車を走らせないと内心誓ってはいるが、それでも少しでも近付くためには歩けばいいだろうと。
しかしそんなノルドの言葉を、クウィーラは首を振って拒否した。
「駄目です。夜通し歩きなんて私は無理ですよ」
「だったらクウィーラは馬車でずっと休んでていいぜ? 俺とキングは疲れないからさ」
「ヒヒン」
「確かにお二人は大丈夫だと思いますが……私としてはそこまで急がなくてもいいと思っているんです」
ノルドに残された時間は推定五日。
これは古代都市から目的地であるラルクエルド教国までの道が一週間ぐらい掛かる事と、サラ達が二日前に先行しているが故の計算だ。
教国に着いてすぐに決闘が始まる可能性は薄い物の、いつ決闘が始まるかは分からないためノルドは出来る限り急いだ方がいいのが現状だ。
「しかしそれは通常の馬車と馬での話です。見ての通りキング様はバトルホースの中で別格の存在……バトルホースの中のバトルホースです」
「フフン!」
「当然、キング様の引く馬車もまた特注品……私もデスキャリッジレースを見ていますが、この馬車はレースに出てくる馬車の中で最上級です」
デスキャリッジレースとは馬車を使った何でもありの馬車競争である。
以前その事についてヴィエラに尋ねた時は、早口で数時間にも及ぶプレゼンを受けたため、ノルドも知識だけは持っていた。
そんな危ない競技を神官であるクウィーラも見ているのか……とノルドは思ったが、心の内に封じ込めて彼女の話の続きを待つ。
「実はというと、たった数時間ですが私達はかなりの速度で進んでいます。それも明日も今日と同じ速度で進めば勇者様方の馬車に追い付ける程度には」
「そんなに」
「フフン!」
勿論、道中の障害などで遅れるだろうがそれでもである。
キングは彼女の言葉にドヤ顔を見せ、ノルドはキングの間抜けな顔を見た。
「それに考えてください。ノルド様の目的は勇者様方の合流ではありません。ラルクエルド教国で開かれる戦士枠を賭けた決闘に勝つ事です」
「決闘に……勝つ」
ならばこの旅で必要なのは決闘で勝つための余力を持つ事。確実に追い付けるという確証があるのなら、手を抜いて決闘に備えた方が良いとクウィーラは言う。
「私は貴方様以上の自分の想いに真っ直ぐで、高潔な戦士を見た事がありません。ならば私は、魔王を討伐する役目は貴方様に任せたいのです」
「クウィーラ……」
「どうか私を信じてください。貴方を信じる私を信じてください」
「……そうか」
勇者だけでなく、自分に対して魔王討伐を祈る人がいる。
他ならない、ただの戦士である自分が、だ。
責任が重く伸し掛かる感覚がするも、それ以上に彼女から寄せられる期待がノルドの心を熱くさせる。ならば答えは決まっている。
「……よし! 俺はアンタを信じる事にするぜ!」
「……っ、ありがとうございます!」
「ようし、ならちょっくら訓練してくるぜ!」
「え、今からですか!?」
「まぁ少しだけだから!」
そうは言うも、ノルドは彼女の純粋な思いに気恥ずかしさを抱いているだけである。そんな彼女とちょっと距離を取りたい思いで、ノルドは白銀のメイスを担ぎながらこの場から離れた。
◇
「ふぅっ!! はぁっ!!」
ヴィエラから教わった訓練法を思い出しながらメイスを振るう。
思い浮かぶのは決闘に勝てるのかどうかという不安。
戦士選定トーナメント以来の緊張感が体を包み込み、絶対に負けてはならないという思いが体を駆け巡る。
「はぁ……はぁ……!」
果たして自分は勝てるのか。
訓練もろくにしてこなかった。
猟師のように魔獣や動物を殺めた事もなかった。
今でも思う。
どうして自分が決勝戦でヴィエラに勝てたのか。ヴィエラと旅を続けていく内に、彼女から訓練を教わっていく内に、彼女との間に技量や経験に差を感じられるようになった。
もう一度戦えと言われたら勝てないかもしれないと、思うようになったのだ。そんな自分が、果たして決闘に勝てるのだろうか。
「……弱気になるなノルド」
自分で自分を鼓舞するように言葉を発する。
「技量や経験で姉御に勝てないと思うのは当然だ……だけど、それで俺は負けるつもりはない」
昔も、今も、戦うのは自分の想いのためだ。
サラへの想いがあれば、自分は強くなれるのだ。
「姉御の時と同じだ。今回の決闘も、俺は俺の想いのために勝つ」
そしてそれ以上に、今のノルドには期待と責任が伸し掛かっている。
魔王を共に倒してくれるという期待をノエルやクウィーラ、そして古代都市の人々から。魔王の脅威から人々を守るという責任が、今のノルドにあるのだ。
「俺の想いと人の想い……二つあれば無敵だろ? なら勝つしかねぇじゃねぇか」
自分は強い。
例えろくに訓練をしてこなかったとしても、魔人と渡り合い、魔竜を吹き飛ばし、悪魔を破った。普通の人なら無理な話だろう。
「ノルド……お前は強い。お前にはちゃんと才能がある」
人に自分の力を証明するためには多少自惚れた方がいい。この怪力も、潜ってきた修羅場も、経験も、ちゃんと戦うための力として備わっているのだ。
「お前はちゃんと勝てる……!! って、あっ」
気が逸りすぎたのだろうか、メイスを振った際に手からメイスがすっぽ抜けて遠くへと飛んでいく。それを呆然と見送ったノルドは、顔を青ざめて焦り始める。
「や、やべぇ!! 早く回収しないと――」
――グボォア!!?
――兄者ァ!?
――大変だ! 上からでけぇメイスが!?
「……やべぇ」
事件を起こしてしまった。
それもどこか聞いた事のある声だ。
もしや同一人物なのでは……?
「そ、そーっと……」
逃げたいが大事な白銀のメイスが残されているため、どう足掻いても取りに行かなくてはならない。しかし犯人が自分であるためノルドは茂みに隠れながらゆっくりと近付いていくしかない。
「クソァ!! なんだこのメイス、重くて動かせねぇ!!」
「ブクブクブク……」
「と、頭目の口から泡が!?」
「ちくしょう! 光る魔獣に轢かれたばかりか、天からメイスが!! 俺達が一体何をしたんだぁ!!」
「心当たりがあるとすれば近くの村を襲撃しようとしたぐらいだぁ!!」
(因果応報なのでは……?)
凶悪な面相から来る犯罪予告の言葉から察するに、どうやら彼らは盗賊の一味らしい。
(さて、どうやってメイスを取り返そうか……)
と、考えたその時。
――パキリ。
「あっ、やべ」
「誰だぁ!!?」
「あそこにガキがいやすぜ!!」
「何でここにガキがいやがるんだ!? さてはてめぇがこれをやったのかぁ!!?」
「ブクブクブク……」
どうやら足元の小枝を折ってしまったらしい。
そのせいで茂みから顔だけ出していた状態で見つけられてしまった。肝心の体は茂みの中にあるため、盗賊達はノルドの事をただの子供だと認識しているようだが。
「あっえーと……こんばんは?」
「何がこんばんはじゃいクソガキがぁ! この惨状が目に入らねぇのかぁ!?」
「早く茂みから出てこいやぁ!!」
「この惨状にどう落とし前をつけてくれるんだこのガキャア!!」
「ブクブクブク……」
「頭目もこう言ってるんだぞぉ!!」
「何を言っているのか分からないんだけど……」
それに心情的には近付きたくないのだが。
頭目補佐とその部下が声を荒げる中、一部の部下が何か違和感を抱いたのか、こそこそと話し合いを始める。
「……でもよぅ、あのガキってこのクソ重いメイスの持ち主なんか?」
「……そういやそうだな」
「俺ら数人掛かりでも持ち上げられなかったんだぞ?」
「あのガキがこのメイスの持ち主じゃねぇ……とか?」
「もし持ち主だったら……?」
『いやいやまさかそんなそんな……』
そんな部下の会話に気付かずに、大多数の盗賊がヒートアップしていき、流石にここまで声を荒げられては、いくらノルドでも苛立ちが募っていく。
「あぁもう分かった分かった! 行けば良いんだろ!?」
「良いから早く来いやゴラァ!!」
「そうだぞゴラァ!!」
「ブッポロボッシャッシャッシャーッ!!」
彼らの声にノルドは勢いよく茂みから体を出す。
その瞬間、鋼の肉体が彼らの前に現れた。
「さぁどう落とし前を、ウワーッ! 大男ーッ!!」
「ウワーッ! 筋肉モリモリマッチョマンーッ!!」
「ウワーッ! 肩にちっちゃい馬車乗せてんのかーい!!」
「ウワーッ! えーと、ウワーッ!」
大人顔負けどころか人間以上の筋肉の圧に盗賊達の闘志が萎えていく。
「えーっと……メイスを取りに行っても?」
『ど、どうぞどうぞ』
「……」
「と、頭目もこう仰っております……」
仰るも何ももう物言わぬ屍になっているが。
「ノルド様ー? どこですかー?」
「あっクウィーラ。そうかもうそんな時間が」
「はい撤収ゥーッ!!」
「あ、ちょ、お前ら!!」
ノルドが彼らから目を離した瞬間、その隙を突くかのように彼らが逃げていく。ご丁寧に虫の息だった頭目も連れていくという周到ぶりだ。
「あれ? 誰かいたんですか?」
「……あの、さっきまで被害者が」
「はい?」
◇
翌朝。
「ヒャッハー!! そこの馬車止まれーッ!!」
「俺らに略奪させろーッ!!」
何やら豪華な馬車を追い掛ける昨日の盗賊がそこにあった。
「お前ら……」
「おっと更に新しい馬車がって、ウワーッ!」
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