幕間 とある年末の日常

 時は、ノルドとサラが勇者パーティーに所属する前の出来事。

 今年も今日が最後となった日の早朝に、謎の雄叫びが村中に響いた。


「うおおおおおりゃああああ!!!」

「わぁ!? なんだ、なんだぁ!?」


 村人達は一斉に窓から顔を覗かせ、声の聞こえた外の様子を見る。

 するとそこには、ノルドが幅二メートルを超える巨大なスノープッシャーで村中の雪を、猛烈な勢いと速度で除雪をしている姿があった。


「あ、なんだノルドか……」

「そういや昨日滅茶苦茶降ってたよなぁ……」

「あぁ寝よ寝よ……」

「頑張れよーノルドー」

「あああああああいいいいよおおおおおおおーっ!!!」


 村人達は慣れていた。

 冬に入る前に備蓄は済ませ、農作物に対する寒さ対策もして既に冬を迎える準備を整っていたカラク村だが、冬に積もる雪に関しては未だに人の労働力を要していた。

 それを解決してくれるのが、超人の力を持つノルドだったのだ。

 一人で大人数人分どころか、村人全員の力を合わせてもノルドが勝つ程の怪力は、村の約八割に及ぶ重労働を担っていた。


 それが除雪作業にも関わっているのは当然だ。

 しかもノルド当人にとって、この程度の重労働は大した事はない。それどころか疲れた様子も見せない。大抵の重労働もこの調子なので、村人達は遠慮なくノルドの力を頼る始末だ。


 まぁ、狩人や村の防衛などの専門的な知識が必要な役割は村人達が担っているため、決して一方的な搾取的な関係性ではない事は確かだ。


「行くぜええええええ!!!」


 ノルドは今、とても気分が高揚していた。

 何故なら今日は年末。この日のために昼はサラが菓子類を作ってくれるというのだ。大好きな人の手料理というだけで最高なので、ノルドは一段と気合を入れていた。


 なのに。


「残念ながら……クッキーは無しです……」

「そんなーっ!!!」


 サラの口から放たれる悲報にノルドは両膝をついて絶望をした。


「何故……何故……ッ!」

「お爺ちゃんの家でクッキーを作った帰りに、近所の子供がね……」

「たかられたのか……」

「何の抵抗も!! 出来ませんでした!!」

「……!! くっ、うぅ……!!」


 目から溢れんばかりの水が流れ出すノルド。

 そしてそれを悲痛そうな表情で見るサラ。

 沈黙が周囲を包み込み、重たい空気が流れる。


「……」

「……」

「まぁ仕方ないよな」

「うん仕方ないよね」


 流石に子供相手はしょうがないと割り切る二人。

 流れでやった茶番を打ち切ったノルドは何事もないようにすっくと立ち上がり、サラと今後の予定について話を始めた。


「クッキー食べたかったけど……まぁ年末はいつも通りガンマおじさん達の宴会に参加するから別にいいか……うん」

「私も今日はシータおばさん達の女子会に参加する予定だったけど、流石にクッキーの事もあるし申し訳ないから今日の夜は私が何か作るよ」

「……え!? いいのか!?」


 ノルドの言葉にサラは首肯する。

 そもそもノルドのために作ったクッキーを全て子供達に配ったため、その埋め合わせとして年末の夜は一緒に過ごすつもりだったとサラは言う。


「それで今日は大丈夫かな? 折角だし久しぶりに年末は一緒に過ごそ?」

「過ごす過ごす! それじゃあ俺はガンマおじさん達に言ってくるぜ!」

「じゃあ私もシータおばさん達に……って行っちゃった」

「おーい!! ガンマおじさん達に言ってきたぞー!!」

「あっ戻ってきた」


 この間僅か四秒である。

 恐らくガンマおじさん達に一方的に言って返事も聞かずに帰ってきたのだろう。

 サラはノルドのあまりにも早い行動力に苦笑いを浮かべながらも、久しぶりに過ごす年末を楽しみにしていた。


「うおおおやる気が上がってきたああああ!! サラ好きだーっ! 付き合ってくれーっ!」

「あっこの後買い物とかあるからごめんね」

「あ、はい」




 ◇




 時刻は夜。

 各々の仕事も終わり、村人はこれから来る日付が変わる瞬間に向けて家族と過ごしていた。そしてそれは、この二人も同様だった。


「と言う事で!! シチューにパン、肉串、サンドウィッチ、焼き魚にその他諸々!! 完成致しました〜!」

「うーんこの統一感のなさ……俺達の好物ばっかりだな!」


 テーブル一杯に並ぶ好物な料理の数々に二人は舌鼓を打ちながら、一年の振り返りなど様々な話題を交わし合った。

 ノルドは村の手伝いで得た経験や話題を、サラは治療行為をする過程で得た知識や気付きを。更には村の中で起きた些細な出来事から同性同士の間で交わされる秘密の共有などなど。


 確かにカラク村は狭い村だ。

 しかしそこから得られる得難い経験は日を追う毎に増えていく。例えノルドとサラがほぼ毎日一緒にいると言っても、個人の受け取る体験に差異はあり、彼らの間に話題が尽きる事はない。


 粗方の食事を平らげた二人は、最後に籠の中に入っているドライフルーツパンを手に取る。


「おっ、このパン美味いな!」


 そう言いながら籠の中に入っているパンをもう一個取り出して、パクリ。


「ガンマおじさんから貰ったパンだからね〜」


 サラもおかわりと言いながら、パクリ。


「罪の味だ……」

「罪の味だね……」


 二人は交互に籠の中のパンを取り出しながら、会話を続ける。まるでパン一個につき、話題を一つ提供するような感じで、次々とパンが消費されていく。

 故にそれが起きるのは必然の事で、美味しいパンに夢中になっていた二人はそれに気付けなかった。


『あっ』


 やがてパンは最後の一つになり、最後のパンを取ろうとした二人の手が重なる。


「……」

「……」


 お互いを見つめ合う二人。

 どこか緊張感の漂う空気が二人の間に流れ、無言のまま時が過ぎていく。


 思えば、二人はずっと一緒だった。各々自分の出来る事を村の中で見つけ出しても、成人してからも、二人はいつも共にいた。

 といっても去年は成人後初の年末のため、二人はそれぞれ男衆と女衆に分けられて忘年会に参加させられていたが。

 それはともかく、二人にとって今日の年末は久方ぶりの二人だけの祝いだ。そして、成人後初の二人っきりの特別な夜なのだ。


「……ノルド」

「サラ……」


 ノルドがサラの事が好きな事も、周知の事実だ。

 そしてサラも、その事について分かっていた。


 例え今までの告白を断っていたとしても、サラにとってノルドは大切な幼馴染である事には変わらない。ノルドもまた、告白を受け入れるまでこの関係以上の事をサラに求めない。


 しかし、今日は年に一度のその年の最終日。

 きっと、その特別な日だからこそ二人の関係は――。


『……』


 二人の顔が近付いていく。

 そして。


「サラのが一個多かった」

「いーや、ノルドのが一つ余分に食べてた」


 ここにカラクがいればこう言っていただろう。

 分かってた、と。


「ぐぬぬぬぬぅ……!」

「ふんぬううう……!」


 睨み合いながらも譲らない二人。

 しかし一向に事態が解決しないと悟ったのか、サラは一つノルドに提案をした。


「このパンは罪の味……つまりこれまで犯してきた罪が一番重かった人が食べられる……というのは、どう!?」

「なるほど……!」


 何がなるほどなのか。


(掛かったね……! ノルドには悪いけどこの勝負、私が貰った!)


 伊達にこちら側から勝負事を提案したわけではない。実はノルドにも言っていない罪があるからこそ、この勝負を提案してきたのだ。

 この罪のせいで寝る時は罪悪感のあまり何回も起きる程のとんでもない罪だ。サラの鬼気迫る表情にノルドは嫌な予感をした。


「実は三日前に……!」


 その言葉に、ノルドの目が見開かれる。


「……まさか!?」

「そう! ノルドが大事そうに戸棚に隠してたガンマおじさんの極上ふわふわパンを食べたのはこの私さ!」

「そんな……馬鹿な……!?」


 サラの放った罪の告白に、ノルドは椅子から腰を浮かせる程の衝撃を受ける。


「サラだと思ったけどやっぱりサラだったか……!!」

「へ、へへ……これはノルドが悪いんだよ……? 私に隠れてあんな美味しいパンを隠すなんて……独り占めされるぐらいなら私が先に独り占めした方がいいのさ!」


 勝った。

 これに勝る罪をノルドが用意できるわけがないとサラは確信した。


「さぁ次はノルドの番だよ……? この罪深い私を超える罪がノルドに犯せると――」

「実は別の戸棚にその極上ふわふわパンに掛ける予定の最上級イチゴジャムがあったのに……」

「嘘だあああああああああ!!!!」


 ガンマおじさん印の極上ふわふわパンとシータおばさん印の最上級イチゴジャム。

 それはそれ単体でも非常に美味なのだが、二つ組み合わせるとこの世と思えない幸福に包まれるという黄金の組み合わせだ。


 それなのにサラは最上級イチゴジャムに気付かず、極上ふわふわパンだけを食べてしまった。サラはよく戸棚を調べれば得られる筈の幸福を、たった一つの早計によって逃してしまったのだ。


「そんな……私は、何て事を……」


 その後悔は深く、深く、サラの魂に刻んで行った。そしてそれ以上にそれらを独占しようとしたノルドの罪にサラは戦慄する。


「この勝負……俺の勝ちだな」

「くっ……殺せ……」


 サラはテーブルの上に突っ伏して絶望する。

 極上ふわふわパンを食べた罪悪感とそれを上回る逃してしまった物の大きさに、サラの目から涙がとめどなく溢れていく。


「という事ではい、あーん」

「あーん……もぐもぐ……ぐぬぬ……美味しい」


 粗方茶番を終えたノルドは手に取った最後のドライフルーツパンを二つに千切り、片方のパンをサラの口へと運んだ。


「元々二人で食べる予定だったんだけどなー」

「ごめんてー……」

「まぁいいさ。美味しい物に目がないのは俺も同じだからな」

「……」

「……」

「ふ、ふふ……」

「く、くくく……」

『あーはっはっは!!』


 内容はともかく、こうやって二人で遊ぶのが楽しいのだ。今年は今日で終わりだが、来年もこうして楽しく遊ぶのだろうと二人は信じて疑わない。


「ははは……サラ、今年もありがとう」

「へへへ……うんノルドもありがとうね」


 そして来年もよろしく。

 そう言って、二人は再び笑い合った。





「ところで最上級イチゴジャムは……」

「仕方ないから普通にパンに掛けて食べたよ。これでお相子だな」

「そんなーっ!!!」





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 今更ですがあけましておめでとうございます。


 本当は年末年始辺りにこの話まで投稿する予定でしたが、

 リアルの用事とFGOとウマ娘とFF14とアニメやらで執筆が遅れました。


 え? サボってたって?

 ……はいサボってました。

 大変申し訳ございませんでした……。


 正月のダラダラがね、まさかこんなに続くとは思っても見なかったね。

 切り替えは大事だよ、うん。


 という訳で幕間はここまでとなります。

 第二章で足りなかったノルドとサラのイチャイチャを補充する意味で今回の話を作りましたが、どうでしょうか。

 ぶっちゃけ、露骨なイチャイチャ描写書くの初めてかつ苦手なので補充出来たかはわかりませんが……。


 伏線のばら撒きや勇者パーティーの戦力獲得を重視し過ぎてイチャイチャ要素やラブコメ要素を思った以上に入れられなかったので、そこら辺も含めて第三章でも何とか改善しようと思っています。


 それでは長文となりましたが、これからもよろしくお願い致します。


 クマ将軍より。


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