幕間 とある女神の困惑
その世界は白銀色だけ構成されており、その空間の中に翠と蒼の二つの流れがお互いの色へと変色しながらまるで川のように共に流れて行く。
その『過去』と呼ばれた上流から、『未来』と呼ばれる下流へ。
翠の川は『現在』を、蒼の川は『可能性』を運びながら共に世界の
しかし二色の川に終着地点はなく、二色の川は世界を飛び越えて、『源流』と合流しながら、また二色に別れて再び別の世界の中を流れて行く。
ここは根元世界。
ノルドたちの住む世界の根元。
そしてこの二色の川こそ、マナラインと呼ばれる全ての源。
マナラインが根元世界を通って流れて行く事が、世界が世界である事の証となる。
その世界の中で、一人の女性が『現在』を運ぶ翠の川を眺めていた。
「ようやく……ようやくです……!」
彼女は、ノルドたちの住む世界の住人なら誰もが知っている姿をしていた。
一度は見た事がある絵画や石像のモデルとなった女神ラルクエルドと酷似した姿を、彼女がしていたのだ。
「聖杖ラヴリドに選ばれた貴女は今、聖女となりました……!」
それはそうだ。
彼女こそ世界を導き、守り、魔王と戦った女神その人なのだから。
「我が愛しの子、サラよ……これでようやく、貴女は幸せになれるのです……!!」
その女神は翠の川が運ぶ『現在』の光景を見て、まるで狂気にも似た笑みを浮かべた。
◇
流石に女神といえど、根元世界において自分は今立っている場所から動く事が出来ない。つまり過去である上流や未来である下流に行って、その歴史を見る事が出来ないのだ。
だからこうしてここから翠の川が運ぶ『現在』を見る事しか出来ないし、自身の計画が動き始めるまで長い年月を待たなければ行けなかった。
もっとも長い年月を生き慣れた女神にとっては、人が成人するまでの年月は大した長さでは無かったが。
「さて、ここからは聖女と勇者の旅に付き添ってくれる仲間集めからですか」
普段、女神は根元世界とは別に自身の聖術によって作り上げた『天界』に住んでおり、そこから天啓を用いて人の世を干渉してきた。
しかし干渉は出来ても観測する事は出来ず、女神は不便と思いながらも根元世界を行き来して現世を観測しているのだ。
「天啓によって下準備はしてきました……後は流れに任せるしかないですね」
神である自分が運に任せる。
滑稽な話ではあるが神とて万能ではないし、そもそもマナラインからして『流れ』の概念が強く、全ては流れるがままが基本だ。
現世の住人と同じく『今』を生きる神だからこそ、今に至るまでの下準備を入念に重ねた。まぁ途中失敗もしたし、危ない所もあったが何とかなるだろう。多分。恐らく。
「ここで最初に加入すべき仲間は……よしちゃんと私が見つけたあの女騎士がいますね」
容姿端麗、性格もよく、真面目過ぎず、堕落過ぎず、そして何よりこれまで見た戦士の中で一番の実力を持つ。恐らく彼女は聖女の良き友人相手になるだろうと期待した一推しの仲間だ。
「順当に行けば彼女がトーナメントを優勝する筈……」
いや、もしかしなくとも彼女が優勝するだろう。
ここまで計画は完璧で、全て想定内。何も恐れる必要はない。多分。
「よしここまで無敗、無傷、圧勝……圧倒的じゃないですか!」
そう、大丈夫。大丈夫だ。
サラが成人となってからというもの、一体いつ王国へ行き、聖杖ラヴリドに選ばれるのか翠の川の前でずっと眺めていたが、その苦労もようやく終わる。
後は天界に行って、信者からのお供物を食べて優雅に事の経過を時折見るだけだ。女神であっても同じ場所に居続けるのも辛い。
これも全ては愛しき我が子の――
「――未来を掴むたm「サラァッ!! 好きだああ!!」……って、え?」
被せ気味に発せられた声に女神ラルクエルドは肩をビクッと振るわせた。
そして急いで現在を見るとそこには、自分一推しの女騎士が場外負けをしているではないか。例えるなら一桁%で失敗する特訓に失敗してしまう状況に女神は思わず目をひん剥いた。
「ま、負けた!? そんなどうして!?」
自分が想像していた完璧な計画が音を立てて崩れゆく気がした。
何が起こったのかしばらく見ると、実況が女騎士に勝った選手の名前を告げた。
「カラク村のノルド……!?」
その名前はサラと長年一緒にいたお邪魔虫ではないか。
毎日毎日懲りもせずサラに告白しては玉砕する目障りだった男を女神は不本意ながらもよく覚えていた。
サラに勇者以外の存在を好きにならない暗示を掛けたのは良かったものの、それでも自分が認めないどこぞの馬の骨に好意を寄せられている状況を女神は面白く思わなかった。
それなのに、あろう事かその男が自分一推しの女騎士に勝って、勇者パーティーの戦士枠を勝ち取った現実に女神はショックを隠せない。
「あの女騎士は特例で勇者パーティーに加入しましたが……」
またあの男とサラが一緒に過ごす光景を見ないといけないのかと思った女神は、その先に待ち受ける嫌な予感に顔を顰めた。
◇
その嫌な予感は当たった。
当初は帝国の皇太子であるアレクサンドルを勇者とぶつけさせ、勇者に新たな力を芽生えさせる計画だった。
そのためには、彼の周囲を天啓によって動かし、彼の劣等感を刺激し、コンプレックス増し増しの皇太子に仕立て上げた。
それが魔人によって予想外の出来事になり、皇太子アレクは魔皇太子アレクになってしまったのだ。意図せず起きた早すぎる魔人との邂逅に女神は焦る。
――のだが。
「お、おぉ……? 魔皇太子があの男と一騎討ちに……? もしや、もしやこの展開は!?」
目の上のタンコブだったノルドが消えるというチャンスに女神は思わず期待してしまう。
まぁ最終的に魔皇太子と勇者が戦えばそれでいいか、と思ったしそれで心優しいサラは悲しむがそれでもその先の幸せを思えばなんて事はないだろう。
女神の中で既にノルドの敗北は決定されていた。
そもそも皇太子アレクの実力は本来勇者パーティーに加入出来るほどの逸材だ。それが劣等感が生まれそうな環境にいたので今回の計画の駒にしたが、それでも実力は折り紙付きだ。
さぁ皇太子アレク、いや魔皇太子アレクよ。
その力を――。
「――魔皇太子のちかr「思う存分語り合おうじゃねぇか!」を見せなさいって、えぇ……?」
実力差も分かっている筈なのにノルドは普通に戦いを始め、瀕死の重傷を負いながらもまさかの勝利を勝ち取った。
そして事態はノルドの活躍によって綺麗に収められたのだった。
◇
女神は期待した。
この展開はまさしく勇者パーティーの強化イベントであると。
ドワーフの里に行く計画は元からあったが、いつ行くかは分からないため優先度が低い計画だった。そもそも元から反則級の聖剣があるので、武器の強化はあまり必要無かった。
しかし早すぎる魔人との戦いで防具に不安を抱いた勇者パーティーはドワーフの里へと向かう事となったのだ。
「しかしまさかもう一人の『女神の加護』持ちですか……」
翠の川を通じて得た情報に女神は思案顔を浮かべる。
女神の言う『女神の加護』とは、自身の才能であるマナに対する圧倒的な親和性を分け与え、女神ラルクエルドに対する信仰を力に変える聖術の事である。
それを遥か昔に、条件に合致した特定の魂に対し付与されるようマナラインの蒼の川に細工したのだが、まさか今になって不具合が起きるとは思っても見なかった。
「やはり……本来の聖女を無理やり勇者にしたせいですかね……」
心当たりはそれしか無かったのだが、今はともかく目の前の出来事である。
「何故、強化イベントが勇者ではなくこの男に……?」
新しい装備、脅威となる敵とくれば主人公の強化イベントではないのか。
それが何故、かませ間男風情に新装備が来るのか。
「新しいちかr「食らいやがれぇええ!!」は勇者のじゃなかったのですk……って、あぁもう! またですか!?」
また被せ気味に発せられた声に女神は苛立った。
◇
女神は面白くなかった。
行く先々の村で活躍するのは毎回ノルドばかり。
いや本人がいれば勇者パーティーみんなで活躍したというが、女神の目にはノルドの存在感が勇者を食っているように見えた。
「確かに勇者パーティーとしては順調ですが……サラと勇者の仲は進展せず、ですか」
それもこれも全てはノルドが悪い。
どうせ勇者以外には靡かないのだから諦めればいいと思いながらも、女神は勇者パーティーの旅を見続けなければならなかった。
「私が用意した策はまだまだある……筈だから大丈夫です」
そう思っていた時期が女神にもあった。
「え、魔人? 違う、この反応は自ら魔人になった者の反応……! まさかもう悪魔がここで!? そんな、想定していた計画より早すぎる……!?」
いつの日か悪魔と戦う日が来る。
しかし今ではないと女神は考えていた。
女神の計画よりも事態は早く進んでいる事を女神は気付かない。
そしてその計画が最初から破綻しているという事も。
「ゴーレム……? インゴーレム……? 知らない、私はこんな物……我が子たちは一体何を作ったのですか……?」
魔人の肉体から瘴気を消す方法も、『女神の加護』を持つ勇者と聖女以外で悪魔を圧倒する光景も全て、女神ラルクエルドが想定していなかった事態である。
「一体何が起きt「それでも俺は手を伸ばした!」……また」
また、この男のせいなのか。
カラク村のノルド。女神が唯一愛さなかった子供。その子供が、女神すら為し得なかった魔人から人間への転生で人を救ってしまう。
まるで女神よりもその男の方が上のように見えて、初めて恐怖を抱いた。
「大丈夫……いざとなればオリジナルチャートで何とかリカバリーを……!」
女神の苦労は、まだ始まったばかりである。
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