幕間 とある国の女王

「その後、勇者パーティーは戦士を残してラルクエルド教国へ向かいました」


 時は勇者パーティーが古代都市から発ったその翌日。

 豪華な調度品を誂えた玉座の間で、一人の騎士がとある存在に向けて報告をしていた。

 

 目の前の玉座に座るのはこの国の絶対的存在。

 実力主義と謳われるこの国で、突如として国王を蹴落とし君臨した実力派の女王。

 その女王が、報告した騎士に対して口を開く。


「分かりました。私もラルクエルド教国へ向かいます」

「え?」

『……えっ』


 発された言葉が臣下たちの脳裏に染み込む前に、気が付けば女王は玉座から立ち、玉座の間から出て行こうとしていた。


「いやいやいやいやお待ちください女王様!!」

「ご判断が早すぎる!!」

「何でしょう? どうして私の邪魔をするのですか。私、この国、女王」

「貴女、この国、女王だからですよ!!」


 結局。

 必死に押し留める臣下に流されて女王は玉座へと戻った。

 女王は不満げな表情を浮かべ、肘掛に肘を乗せていた。


「ねぇママ〜あの人たちはどうして息を荒くしてるの〜?」

「しっ見ちゃいけません! あの方たちは懸命に女王様を玉座へと戻したのです! その際何人かが女王様の反撃によって入院したので貴女は黙祷をするのですよ!」

「なーむー」


 まだ死んではおらん……とこの場に残っている臣下たちが見習い侍女の娘を連れて見学に来た親子に視線を向ける。


「では要件を。無いですね? では」

「ではじゃありません!」

「陛下一体如何なさったのですか!? 何故急にラルクエルド教国へ向かうなどと!?」


 臣下は女王の心が分からない。

 そもそも女王が先代国王を物理的に蹴落としてこの国に君臨したのは数年前の事だ。単なる小娘かと思った存在がまさか先代国王を凌ぐ力の持ち主で、先代国王よりも遥かに慧眼で、先代国王よりも善政を敷いた人だ。


 しかし能力を知ったからといって、女王の過去を知った訳では無い。

 臣下は未だに女王がどこから来たのか、未だに正体を理解出来ていないのだ。


 その問題を今、解き明かす。


「勇者がかの教国へ向かうからです」

「しかし……向かうからといって何故陛下までもが?」

「その勇者が私の『妹』だからです」


 その一言に、玉座の間の住民が騒めく。


「ねぇママ〜どうしてあの人たちは騒めいているの〜?」

「しっ見ちゃいけません! 今あの方たちは女王様の思いも寄らない過去へと通じる発言に動揺しているのです! 貴女は何時いかなる時も決して動揺を表に出してはいけませんよ! みっともない!」

「分かった〜」


 説明ありがとう。そしてみっともないは余計だと臣下たちは例の親子に目を向けた。


「しかし報告では勇者様はおと」

「妹です」

「え、しかし」

「妹ですが、何か?」

「……何でもございません」


 あまりの圧力に訂正しようとした騎士が屈した。


「それに密かに近頃の教国について調べさせていましたが、近頃の教国は腐っています。その腐った場所に私の愛しの妹が向かうとなると我慢なりません。処します」

「判断が早いです陛下。それでは国際問題になりますよ」

「構いません。処します」

「私たちが構うのです」

「処します」

「それはかの国の事でしょうか。それとも私たちの事でしょうか」


 しかしこれまでは理路整然と話が通じていたのに、ここまで急に通じなくなった事に臣下たちは困惑する。

 もしやそれほどまでに女王様はこの事態を重く見ているのでは無いかと考えた臣下たちは気を引き締める事にした。


「ねぇママ〜どうしてあの人たちは急にキリッとしたの〜?」

「しっ見ちゃいけません! 今あの方たちはようやく事態の深刻さを認識したのです! そもそも女王様の意向に疑問を抱くなど愚の骨頂ですから貴女はそうならないように!」

「はーい」


 さてはこの侍女見習いは只者では無いな? と臣下たちは畏怖でもって親子に視線を向けた。

 それはそうと、臣下たちはようやく自分たちがどう動くべきか理解した。これでも自分たちは忠実に命令に従ってきた有能だと自負している。


 この国の頂点の手を煩わす事もなく、最良の結果を出すのが自分たちだ。


「分かりました。ではかの国の毒牙から勇者様を守護するよう動きます」

「却下です」

「えぇ……?」


 どうしよう。

 女王陛下が命令を遂行させてくれない。


「せっかく妹と出会う口実が出来たのに邪魔しないでください」

「いや、あの……ちょ」

「そもそも貴方達には魔王に対する戦力を整える事が先決です。向こう十年分の政策も用意しましたので、私はここで失礼します」

「待ってくださいここで失礼しないでください!!」


 必死に制止しようとするも、女王は既に玉座から離れて扉へと向かおうとしている。

 例えこの先十年分の政策を用意したとしても、彼女はこの国の女王にして柱。最早国民の誰もが先代国王よりも今の女王を慕っている程だ。

 そんな偉大な女王をこの国から出す訳にはいかない。

 だからこそ臣下たちは必死に女王を遮る壁となるのだ。


「待たれよ陛下ァ!! 先を進みたければこの鉄壁のコンラッドを倒してからに」

「ふん!」

「ぷへぇ!?」

「何だ!? あの鉄壁のコンラッドがやられたぞ!?」

「あの女王陛下、マジだ!!」


 一瞬で倒れるこの国の将軍に誰もがどよめく。


「ねぇママ〜あの相手の死角から放たれる無意識をついた鋭いビンタは〜?」

「しっ見ちゃいけません! あれは女王様の一万を超える必殺技の内の一つ、慈愛昇天! 余計な外傷を与えずに相手を気絶させる不可視の一撃です! 貴女も女王陛下のように必殺技を作るように!」

「はーい、いち、に!」


 ブンブンとビンタするように手首をスナップさせて訓練する幼女に、臣下の誰もがやはり只者では無いと認識する。


「陛下! この障壁のツヅラマがお相手いた」

「ふん!」

「ぷへぇ!?」


「お待ちくだされ陛下……この堅牢のセバスが」

「ふん!」

「ぷへぇ!?」


「この先は通さない! この路傍のイシが止めてみ」

「ふん!」

「ぷへぇ!?」


「あっ女王様〜今美味しいケーキ屋さんでケーキを買ってきたとこ」

「ふん!」

「ぷへぇ!? なんでぇ!?」

「あら、ごめんなさいつい」


 女王は先程引っ叩いた相手が自身の専属侍女であると知ると、歩みを止めて吹き飛ばした専属侍女に向けて詫びを入れる。


「ねぇママ〜あの人一撃を受ける直前に咄嗟に顔を逸らして衝撃を最小限に留めたよ〜?」

「しっ見ちゃいけません! あの方は私たち奉仕する者の頂点にして女王様の唯一の専属侍女です! 貴女もあの方のような一流になるために口調や所作を改めるのですよ!」

「かしこまりました、お母様」


 急に一流のような所作を見せた幼女に戦慄しながらも、臣下たちはこの場に現れた女王の専属侍女に希望を抱く。きっとあのお方なら女王様を止めてくれるだろうと。


「いい所に来たわね。貴女も一緒に行きますわよ」

「え、え!? ちょ女王様〜!?」


 希望は絶望に変わった。

 結局、女王は一人の侍女と共にラルクエルド教国へと向かったのだった。






 女王ヨルア。

 旧姓アークラヴィンス。

 ノエルの実の姉である彼女が今、勇者パーティーの運命に関わろうとしていた。

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