古代都市編後日談 カチコチとキラキラ 前編

 ラックマーク王国。

 その国の裏路地にある鍛冶屋にて、一人のドワーフが酒を飲んで泣いていた。


「あぁ……うぉおおお……ヒック!」


 嘆いて、叫んで、酔ってと見るからに異常な姿を見せるガランド。

 そんなガランドを見て、彼の元戦友であるカラクが床に散らばってる空き樽を片付けながら呆れるようにため息を吐いた。


「もう酒をやめんかいバカタレ……」

「これがやめられろってんだってんだぁっ!!!」

「なんて?」


 酔いが回りすぎて何を言っているのか分からない状態だ。

 流石にダメだと思ったカラクはガランドの持つ酒樽を取り上げて叱責する。


「もうお主これで一週間じゃぞ!? どんだけ飲む気なんじゃ!?」

「たーかが一週間っ! ドワーフの俺がちゅぶれるわけないだろ!!」

「ドワーフでも二十四時間休みなしの一週間はちゅぶれるわい!!」

「ちゅぶれるってなんだぁ!!」

「お主が言った言葉じゃい!」


 はぁはぁ、と息を切らす二人。

 それでようやく落ち着いたのか、ガランドはポツリポツリと喋り出す。


「だってよぉ……こんなにも早い別れってないだろ……」

「それもう五分前に聞いた」

「幾ら俺の可愛くて世界一の才能を持つ曽孫でもよ……あれは早すぎるだろうがよ……」

「無視かーい」


 付き合ってられないとは思いつつも、確かにガランドがこうなるのも無理はないとカラクは思った。いや流石に限度はあるのだが、それでもである。

 ガランドがこうなったきっかけは、今より一週間前に出て行ったガランドの曽孫レイヤ・マガラカイヤナイトのせいであった。


「まぁまさか短期間でお前さんを超える鍛治師になるとはのう……」


 ある日ガランドの元へとやって来たドワーフの少女であるレイヤは、曽祖父の教えをわずか一週間で吸収し、独立してしまったのだ。

 そのあまりにも早い巣立ちに、密かに曽孫との生活を楽しみにしていたガランドは唖然。彼女が巣立った後に一週間休みなしに酒で寂しさを紛らわせているのが現状だ。


「基礎は出来てたがよぉ……! まさか一教えたら百以上習得するってどうなってんだよ天才かよ内の曽孫はよぉ……!!」

「嘆いているように見えて自慢しやがったなこやつ」


 しかし、ガランドの言う通りレイヤの才能は異常の一言だった。

 そもそもあの年齢で鍛治の基礎が出来てる時点でおかしいのだ。

 穿壊魔竜との戦いで研鑽どころの話ではなかった為、もしその時から鍛冶師として腕を磨いていれば彼女はガランドの元で学ぶ必要が無かったと考えれば皮肉な話だ。


 そんなレイヤの事を思い返しながら、カラクはこの一週間ガランドに言えなかった考えを口に出す。


「のう……もしかしてだとは思うがこれもあの子の持つ『女神の加護』のせいかの」

「……」


 カラクの言葉にガランドは何も言わない。

 だが可能性として言えばあるのだ。

 レイヤは勇者と聖女以外で『女神の加護』を持つ唯一の人間だ。それで彼女の持つ加護がレイヤの鍛治師としての才能を引き上げているのだとしたら、彼女の異常な才能に説明がつく。


「それが事実なら何故女神はレイヤちゃんに加護なんて物を授けたのじゃろうな」

「……ふん」


 ガランドは微かにだがその答えの想像が付いている。

 女神の加護が勇者に力を与え、聖女に癒しの力を与えている点を考えれば、加護がその者に何をさせたいのかは理解出来るだろう。

 であれば。

 レイヤに鍛治師としての才能を与えている女神の加護は、一体レイヤに何をさせたいのか。それを考えれば自ずと答えが浮かんでくる。


「しかしそれが本当に加護のせいならなぁ!! レイヤのあの才能はレイヤの物じゃい!!」

「……全くこの曽孫バカが」


 またどこからか取り出したか分からない酒樽を口に運ぶガランドを見て、まだまだヤケ酒は終わらないと悟るカラクであった。


 一方、二人のジジイの話題に上がってたレイヤはというと。


「……おーし、次はここだな?」


 丘の上から見える崩落した街並みを見てそう呟くレイヤ。

 そんなレイヤに、後ろにいる仲間の一人が肯定する。


「イエス総帥」

「誰が総帥だ」


 レイヤのツッコミに他の仲間から笑い声が出てくる。

 彼女の後ろには同種族であるドワーフ族の他に普人族、巨人族、獣人族など多種多様な人がおり、更に後方には四つの車輪が付いた鉄の箱が数台置かれている。


「本当にお前いい加減にしろよ?」

「分かりました総帥!」

「そういう所だぞ……ったく……さて、お前ら準備はいいか?」


 彼女の言葉に全員が頷く。

 それを満足そうに見たレイヤは眼前に見える街……古代都市に向けて指を差す。


「……支援の開始だ!」




 ◇




 ケーネの目には常にキラキラがあった。

 周囲に漂うキラキラ。人々の中にあるキラキラ。

 それが何なのか分からないが自分を引き取ってくれた父母が見えないという事から、そのキラキラは自分しか見れないと分かった。


「ケーネちゃん一緒にあそぼ!」

「……うん!」


 自分と同じぐらいの少女が遊びに誘ってくる。

 目が覚めたら記憶も無く、何もかもが分からなくて泣きそうになった頃、父母以外で自分と仲良くしてくれた初めての友達だ。


「おっ遊びに行くのか? 気を付けてな!」

「パパ……行ってきます……!」


 自分を引き取った父にそう言って、ケーネは走っていく友達の後を走る。

 周囲を見れば崩落によって瓦礫しか残っておらず、大人が何やら作業しているのが見える。自分が目覚めてからずっとこのような光景だ。


「……」


 見れば見るほど悲しい気持ちになる。

 大人達は瓦礫の中の何かを見る度に悲惨な表情を浮かべる。それを見てケーネは、何か胸の内を締め付けるような感覚を抱いた。


 苦しみのような。どこかへ逃げたいような。そんな感覚だ。


「ケーネちゃんどうしたの?」

「……ううん……なんでもない」


 ふと足を止めてしまったケーネを心配したのか、友達の少女が戻ってきた。

 それに何でもないと答えたケーネは再び走り続けた。


 目の前でキラキラが漂う。

 キラキラは特に崩落した場所に多く見えて、人の中に宿るキラキラの量はそれぞれの大きさが違って見える。

 大きさといえば、父母から紹介されたこの街の英雄と呼ばれる人を思い出す。

 ノルドと呼ばれたその人物の中のキラキラは他の人よりも遥かに小さかった。目を凝らさなきゃ見えないぐらい小さかった。


 だけど、それだけでケーネはノルドに輝いた瞳を向けていない。

 ノルドの中のキラキラは確かに小さかった。だがそれを上回るノルドの周囲を漂う無数のキラキラに目が奪われた。

 まるで周囲のキラキラがノルドの一挙手一投足を補助するかのように動いているように見えて、目が離れなかった。


「それじゃあなにしてあそぶ?」


 ノルドの事を思い返していれば、気が付けばケーネは友達と一緒に遊び場のための広場に着いたらしい。友達の言葉にうーんと考えると、ふとした視界の端にそれが見えた。


「あっお父さん……」


 友達が父と呼んだ。

 父と呼ばれた人は遠くで何やら両膝を付いて項垂れていて、表情は辛そうに見えた。ケーネの友達もまた、辛そうに父を見ていた。


「……あそこね。お母さんのお墓なんだよ」

「……」

「お母さんのお墓の前で、ずっとお父さんがそうしてるの……」


 その友達は亡くなった母の事を思い出しているのか、目尻に涙が浮かんでいる。恐らく遊びでもしないと悲しくて堪らなかったのだろう。だからこうして悲しい時にケーネを連れ出したのだと、ケーネは思った。


「……」


 ケーネは、黙って友達の父にいる方面を見た。

 辛そうに見える。そして友達の父の中にあるキラキラも徐々に小さくなっていく。


「……でも」


 でも友達の父の中のキラキラを何とかして小さくならないようにするキラキラが見える。友達の父の後ろに漂うキラキラが、まるで友達の父を助けるように必死に動いている。


「ケーネちゃん?」


 父のいる方向へと歩いていくケーネを見て、訝しむように友達が呼ぶ。


「……なんとか、しなくちゃ」


 まるでそのキラキラの必死な思いに導かれるようにケーネは歩き出す。

 そしてケーネは友達の父の後ろにいるキラキラに手を伸ばし、触れた。


「きゃっ……!」

「え、うわ何だ!?」


 突如として光り輝くキラキラ。

 どうやらそれは友達の父にも見えているらしく、あまりにも眩さに周囲にいる誰もが気付いて目を逸らす。

 やがて光が収まるとそこには……。


「あ、あれ? 私……」


 淡く体の輪郭が光っている、見知らぬ女性が立っていた。




 ◇




「おいおい何だこの騒ぎは……!?」


 何やら広場の方が騒がしいと感じたガルドラは、自分の恋人兼妻役のグラニを連れて広場の方へと歩いていた。

 確か広場は義理の娘であるケーネが向かった先だ。ケーネが何かに巻き込まれたのではないかと思った二人は急いで広場の方向へと走る。

 すると二人に目に移ったのは、古代都市の人々が体の輪郭が淡く光っている人々と抱き合う予想外の光景だった。


「何だいこれ……!? いやまさかあの人達は!?」


 光っている人々の姿を見て、グラニが目を見開く。

 何故ならその人々とは――。


「あぁ、もう会えないかと思った……!!」

「お母さん……! お母さん……!!」

「えぇ……私ももう一回抱き締める事が出来るなんて……」


 ――崩落に巻き込まれて死んだ筈の人達だったのだ。


「一体、何が起きて……」

「ダーリンあそこを見て!」


 グラニの指を差す方向を見るとそこにはケーネがいた。

 何やら何かを待っている夫婦の前に手を翳している様子だ。

 するとケーネの翳した手を中心に光が広がり、やがて収まるとそこには体の輪郭を淡く光っている一人の少年が現れた。


「あぁルカ……!」

「お父さん? お母さん?」

「ルカ……本当にルカなの!?」

「うん……! やっと僕の事が見えたんだ……!」


 ここまで来てガルドラとグラニはようやく理解する。

 この奇跡のような光景を起こしている原因はケーネである事を。


「まさか……死者を蘇らせた……?」

「いや、これは死者蘇生ではないのう……」

「うおおお!? ババァいつの間に!?」


 ガルドラ達の後ろにいつの間にか興味深そうな表情を浮かべているエルフの老婆がいた。


「ビ、ビックリしたぁ……ねぇ、婆さんは何か知っているのかい?」

「知っているわけではない……ただ想像が付くだけじゃ」

「想像でもいいから教えてくれないかい? 一体、ケーネのあれは何なのかを……」


 死んだ筈の存在を復活させているように見える謎の力。

 はっきり言って自然の摂理に反している異常な力だ。もし万が一この力を使ってケーネの身に何かが起きると言われれば、グラニは今すぐにでも止める覚悟があった。


「主らも知っておるだろう? ケーネは元は魔人であった事を」

「まさか……これは魔術!?」


 その言葉を聞いて、ガルドラは自らの予想を言葉にする。

 だがそんなガルドラにエルフの老婆は首を振って否定した。


「いや……例え魔術でも死んだ者のマナを具現化させるのは不可能じゃ」

「だったらこの現象は……?」

「聖術……いや『奇跡』の一種みたいなもんかのう」


 マナを介して何かの現象を起こすのが聖術なら。

 マナで何かを起こすのが『奇跡』だ。

 両者の最大の違いは、直接マナを使うか否かである事。

 その違いに則っていれば、ケーネが使っている物は『奇跡』に近いのだ。


「元の魔人としての魔術は対象の『所有権』なる物の概念を手にする術……手にした物は魔人の意のままに操られるのじゃが……もしそれが人間化によって変化したのなら?」


 周囲に漂うマナの魂を『所有』する事でマナを人間へと具現化させる力になったという事だ。


「そんな事が、可能なのか?」

「知らんよ……わしも魔人から人間に転生させた場合どうなるのか初めて見たしの」


 ケーネは今でも死んだ人々のマナを具現化する作業をしていた。

 もしエルフの老婆の言う事が事実なら、死んだ人々のマナを『所有』するケーネはこの古代都市にとって無くてはならない存在になるという事にある。


「こりゃあ……元魔人だとバレる心配は無くなったのか?」

「でも、それが本当に幸せになるのかい?」


 グラニは死者を蘇らせているように見えるケーネを崇める人がいるというのも気になる。

 ケーネには普通の女の子として生きて欲しい。

 だがこれでは寧ろ真逆の人生を歩むと予感する光景だ。


 その時である。


「ひゃー何だいこの光景は!」


 突如として広場中に広がる少女の声。

 ガルドラは急いでその声をした方向に目を向けるとそこには一人のドワーフ族を中心に多種多様な種族がいる集団があった。


「だ、誰だ!?」

「誰だと言われれば答えるしかねぇな! アタシ達は――」

「我らは!!」

「かの勇者パーティーが戦闘した地域に入り」

「復興の支援を目的とした」

「『レイヤ支援工房軍団』!!」

「嘆きの声あれば即参上!」

「我ら職人の真髄を見よ!!」


 ドワーフの少女を遮って、彼女の後ろにいる集団が一斉に名乗りを上げる。

 誰もが唖然とする中、その集団の中心にいる少女は顔を赤くして頭を抱えていた。


「あのさ……何その名乗り……」

『さっき考えました!!』

「馬鹿じゃないの!?」



「……え、何この集団」


 あまりの予想外過ぎる光景の連続に、ガルドラの思考は空の彼方へと飛んでいった。

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