第46話 古代都市編 エピローグ 後編

「よっしゃ! 勇者様方の馬車を見つけたぞぉ!」


 遠くから人々の声が聞こえてくる。

 どうやら崩落に巻き込まれた馬車を見つけたらしい。

 デスキャリッジレースとかいう意味不明な競技のために作られた馬車はあの崩落に巻き込まれても傷一つ付いていなかった。


「……以上が、勇者様から言付かった内容だ」

「そうか……」


 信じているから待ってる。

 それが置いて行かれたノルドに対する言葉だった。


「勇者様方が行ってもう二日も経っている。決闘日がいつになるか分からないが、行くならすぐ行った方がいいぜ」

「あぁ……そうだな……」

「うん? どうした? なんか兄ちゃんらしくないぜ?」


 まるで心ここに在らずといった様子だ。今までのノルドなら勢い良く飛び出してそうだと考えていたガルドラは今の状況に困惑し、まさかというような顔でノルドに聞いた。


「まさか、行かないつもりか?」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ……ただ」

「ただ?」

「……なぁ、あの子は……嬢ちゃんはここにいるのか?」


 嬢ちゃんという言葉を聞いて、ガルドラはとある子供を思い浮かんだ。

 そしてどうしてノルドが今悩んでいるのか理解した。


「……あぁ流石にあの年齢の子供が勇者様方の旅に連れて行けないからな」

「そう、か……」

「心配なんだな?」


 ガルドラの言葉にノルドは頷いた。


「色々嬢ちゃんに語った手前、それで嬢ちゃんを放って出て行くのは無責任のやる事だろ」

「まぁお前さんはあの子を救ったお人だしな……」


 別に責任や義務で魔人だった少女を心配している訳ではない。

 ただ心の底からあの少女に希望ある未来を見せたいとノルド本人が思っているからこそ、少女のこれからを案じているのだ。

 それ故に今すぐ勇者達に着いて行く事を躊躇していた訳である。だからこそ、それを理解したガルドラはノルドに向かって笑みを見せる。


「兄ちゃんがそういう奴で良かったよ。自分のやりたいように振る舞って、してきた事の責任を放棄する奴だったら俺がぶん殴ってた」

「おっちゃん……」

「でも俺はな、そんな兄ちゃんだからこそ魔王討伐を任せられるんだ」


 ガルドラはそう言ってその場から立ち上がり、テントの出口へと歩いて行く。そしてテントの出口で立ち止まると彼はノルドの方へと振り返った。


「取り敢えず、どうするかはあの嬢ちゃんがどうしてるか見てからでもいいんじゃないか?」




 ◇




 確かに古代都市の人々はお互いの素性を気にしない性格をしているが、流石に自分達の住処を壊し、大切な人を傷付けた魔人を許せる者がいないとは言えない。

 その為、ノルドが寝ていたこの二日間、魔人だった少女はその正体を伏せたままガルドラ達と一緒に暮らしていたのだ。


「バレれば危ねぇかもしれないが、嬢ちゃんの過去を知っているのはこの街だと俺と、兄ちゃんと、クソババァ、そしてハニーしかいねぇから大丈夫だろう」

「そうか……ん? 今なんて?」

「よしそろそろ着くぞ」


 徒歩で数十分歩くと、ノルドは遠目で見知った人達の姿を見た。

 地下遺跡で一緒に探索したグラニと、彼女の後ろでまるで人見知りのように隠れながらも古代都市の住民に笑顔を向けられている幼い少女の二人だ。


「よぉハニー! 兄ちゃんが起きたから連れてきたぞー!」

「ハニー?」

「おぉ戦士さん無事で良かったよ! 連れてきてくれてありがとうダーリン!」

「ダーリン?」

「ほらこの兄ちゃんがこの街の英雄だぞー」

「おぉー……!」

「いや待ってくれ、頭の中が整理出来てねぇ」


 グラニの後ろで目を輝かせながらこちらを見る少女に違和感を感じるノルドだが、それ以上にガルドラとグラニの関係に思考が追い付いていない。


「え、いつの間に?」


 聞けば、どうやら『戦士ウォーリア』に搭乗して戦った日から意気投合した二人はこの二日間で付き合い始めたらしい。ガルドラはグラニの面倒見の良さから、グラニはガルドラの時に見せる漢らしさに惚れ込んだとかなんとかという話だ。


「えっと、おめでとうでいいのかこれ」

「あぁ戦士さんに言われて光栄だよ!」

「これも兄ちゃんのお陰さ!」

「俺のお陰って言われても実感はないけどな……それにしても恋人かぁ」


 そう言って思い出すのはサラの事だ。

 今サラはどうしているのか。

 そう言えばサラとこんなに長期間離れているのは初だとか。

 それを思えば急にサラが恋しくなり気が落ち込んでくる。


「げんき出しておにいちゃん」

「ん……あ、あぁありがとうな……」


 落ち込んでいるノルドに気付いたのか、魔人だった少女が子供らしい口調でノルドを元気付けようとする。やはり魔人であった頃とは口調も性格も違うと感じたノルドは、そこのバカップルへと目を向けた。


「ん? あーそうだな……よしそれじゃあ英雄様に自己紹介しようか」

「うん。わたし、ケーネっていいます。よろしくおねがいします」

「ケーネ……?」


 確か魔人の時に名乗った名前はカイネだった筈だ。

 そう疑問に思ったノルドにガルドラが近付いて小声で説明した。


「この子が目覚めた時、自分の事を何も覚えてないらしいんだ」

「覚えてないって……」


 魔人だった事も。

 生前苦しんだ事も。

 過去の全てが無くなって、今だけが残った。


「だから俺達はこの子を引き取って新しい名前を付けたんだ」

「今を生きるこの子に、の分まで幸せな未来を送って欲しくてね」

「二人共……」

「ケーネの面倒は俺達が見る。俺達が責任持って一緒にこの子を幸せにしていく」


 だから行けとガルドラは言う。

 子供を必ず幸せにする。でもその子供の未来を守れるのはノルドしかいないのだと、強い意志を込めた言葉をノルドに放つ。


「……あぁ!」


 その言葉を聞いて、誰がここに留まれるのか。


「おっちゃん! 俺行くよ!」

「おう! 兄ちゃんならやれるさ!」

「一番いい未来を頼むよ!」


 ふと、ズボンの裾を引っ張るケーネに気付いたノルドは、彼女の身長と同じになるようにしゃがんだ。


「おにいちゃんいくの……?」

「お兄ちゃんはやらなくちゃ行けない事があるんだ。でもな、暫くしたらまた会いに来るよ」

「ほんとう?」

「あぁ! お兄ちゃんは嘘を付かない! ……だろ?」

「……うん!」


 みんなの力があって、ノルドはようやくカイネに語った言葉を真実にした。それをかつてのカイネに確認するように言うと、ケーネは笑みを浮かべて頷いた。

 それは果たしてケーネの代わりにカイネがいたのか、それともケーネの無邪気な肯定か。ただ分かる事は、彼女がノルドの事を信頼しているという事だけだ。


「あー! ここにいましたか!」

「え、え? えーとアンタは……」

「私です私! あのクソ神官のカイルと一緒にいたクウィーラ・サドリカです!」

「あぁあの時の!」


 突如としてノルドの後ろから声を掛けてくる神官服の少女。

 一瞬彼女の事を思い出せなかったノルドだが、彼女の名前と出会ったその時の状況を聞いてノルドはようやく彼女の事を思い出した。


「それで、クウィーラさんはどうしてここに?」

「呼び捨てで大丈夫ですよ! いえ、聞いてくださいよ! あのクソ神官カイル、あの崩落で怪我をしている私達善良な神官を放って、自分とその取り巻きとだけ勇者様方と一緒に出て行ったんですよ!!」


 その時の状況を思い出して来たのか、烈火の如くクウィーラは怒りを露わにしていた。だが暫くするとそれも落ち着き、ノルドに詰め寄って来た。


「おぉう」

「ですが! 私には今、貴方様をラルクエルド教国へと案内する使命がありますので! 寧ろ置いて行かれたのは幸運な事でしょう!」

「え、もしかして一緒に来るのか?」

「えぇ勿論行きますとも! はい! そして怪我人を放ったクソ野郎共に天誅をですね!」

「そもそもお主はそのラルクエルド教国への道も分からんから同行させてもらった方がええ」

「師匠!?」


 いつの間にか師匠と名乗るエルフの老婆がノルドの後ろにいた。


「ったく起きて直ぐに出ていくかと思えばここで道草を食いおって」

「い、いやぁまだやる事があったから……」

「――それで、終わったんじゃろ?」


 確認するようにノルドに目を向ける師匠。

 そんな師匠に、ノルドは力強く頷いた。


「……あぁ! これで後腐れ無くサラ達を追い掛ける事ができる!」




 ◇




 出発はそれから数時間後だった。

 ノルドのボロボロとなった装備や、旅に必要な備蓄を古代都市の住民が用意し、ノルドはそんな彼らに感謝と別れの言葉を言った。


「みんな、ありがとう!」

「戦士様もありがとうよ! 復興の手伝いとかして貰ってよ!」

「アンタのお陰で復興がえらい進んだよ!」

「よっ、この怪力無双男!」


 彼らの言葉にノルドは照れるように笑みを浮かべる。


「アンタ達勇者様方のお陰で、俺らはこうして生き延びられた!」

「勇者様方によろしくなー!」


 その言葉にノルドは自分の事のように嬉しく思い、やはり自分にはあのパーティーが必要だと再認識する。


「のうノルド」

「あ、師匠!」

「わしはこのままここで復興の手伝いをするから一緒に行けん」

「そうか……」

「その手伝いが終わったらラルクエルド教国に向かうからの……まぁそれはいい」


 師匠が真剣な表情でノルドを見つめる。


「……次の戦いは自らの証を示す為の戦いじゃ」

「証……?」

「そうじゃ」


 言うなれば、ノルドが勇者パーティーに必要である事の証。

 もしくは周りに己の力を証明する為の戦い。


「その事を肝に銘じておけ」

「……あぁ」

「それじゃあ、暫しの別れじゃ」

「いや待ってくれ師匠!」


 そう言って離れようとする師匠にノルドは呼び留めた。


「なんじゃ急に」

「……なぁ師匠。師匠の名前ってなんだ?」

「今更じゃのう……そんなに大事な事か?」

「知り合った人の名前を知らないなんてあんまりだろ?」


 そんな師匠の言葉にノルドは真剣な眼差しで答えると、師匠は「はぁ……」と溜め息を吐いた。


「……ナナリア・ノーン・ノイナ」

「っ! やっぱり……!」


 思えば、どこか目の前の老婆と仲間の聖術士であるノンナの姿が重なって似ているところがあった。それは今思えばふとした仕草や面影が似ていたからだろう。


「あの馬鹿孫によろしくの」

「あぁ任せとけ!」


 こうして、ノルドは街を出た。

 勇者達に追いつく為に。

 自分しかいないという証を立てる為に。


「追い掛けるのもこれで二度目だな」


 過去の事を思い出してノルドは苦笑いを浮かべる。

 確かにサラ達を追い掛けるのはラックマーク王国にいた頃から二度目だ。

 だがその時も、ノルドはサラ達に追い付いた。

 ならば今回も追い付ける筈だ。


「……ッスゥー」


 息を吸って、自分の思いを込める。

 サラと離れ離れになって久しく叫んでいなかった言葉を叫ぶ。


「サラーッ!! 好きだーッ!!」


 遠くにいるサラに届くように。

 周囲に自らの想いを広める為に。


 ノルドの証明はここから始まる。





 第二章、完。

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