第45話 古代都市編 エピローグ 前編

「……う、うぅん……あれ、ここは……?」


 目が覚めると見知らない場所で寝ていた自分に困惑した。

 周囲を見れば布が自分を囲んでいる事に気付き、どうやら自分はテントの中で眠っていたようだとノルドは悟った。


「う、くぅ……」


 重たい体を何とか起こす。

 頭はまるで靄が掛かっているかのように上手く働かず、暫くボーッと虚空を見つめる。すると徐々にだが、これまでの出来事を思い出して来た。


「そういえば俺は……ザイアと戦っていて……?」


 悪魔と自称する魔人と戦い、どうなったか。

 ゆっくりと、ゆっくりと思い返し、やがて自分はザイアの核を潰して倒したのだと理解する。


「そうだ……傷は!?」


 核を潰す前に自分はザイアによって胸を貫かれたという事を思い出したノルドは、咄嗟に自分の胸を確認する。するとそこには傷もなく、それどころか胸を確認するために動かした腕にも痛みがない事に困惑する。


「胸の穴も、両腕の骨折も治ってる……もしかして」


 もしかして『癒しの奇跡』を使えるサラが治したのかと思った。だが微かな意識で聞こえたノエルの喜ぶ声が妙に頭から離れない。

 もしかして傷を治してくれたのはノエルなのかと頭に過ぎる。


「……そういえばサラは? みんなはどこに?」


 重い足と体に残る倦怠感を何とか鼓舞して立ち上がり、テントの出口へと手を伸ばす。


「うお、まぶし」


 外に出るといきなり目が眩む程の太陽の光がノルドの目に入り込んだ。どうやら今は太陽が真上に来た時間帯のようだ。


「……ん? おっ!? みんなー! 戦士の兄ちゃんが起きたぞー!!」

「え、え!? 何!?」


 突然の大声。

 その声にびっくりしたノルドに大勢の人々がやってくる。


「兄ちゃんようやく起きたか!」

「丸二日寝ていて心配してたぞー!」

「……え? 俺丸二日寝てたの……?」

「そうだぜ〜死んでるように眠ってるから、まさかこんな綺麗な寝顔で死んでんじゃないのかって思ったぐらいだぜ!」

「そんなに……? えっと……誰か俺の仲間を知らないか?」


 一先ず寝過ごした事に対して仲間に詫びなければならないと思ったノルドだが、ノルドの言葉を聞いた人々は顔を曇らせた。


「その……な」

「な、何だよ……?」


 誰もが口を噤む中、ようやく見覚えのある声がノルドの耳に届いて来た。


「その先は俺が説明するぜ」

「……宿屋のおっちゃん?」


 人々の波を掻き分けてノルドに近付いて来たのは、魔人との戦いで一緒に共闘した宿屋の店主であるガルドラだった。

 ガルドラはノルドの無事な姿を見て笑みを浮かべているものの、その目はどこか哀れんでいるような感情が宿っていた。


「取り敢えず、ここじゃなんだからテントの中で話すわ」

「お、おう……?」


 ガルドラの言う通りにテントに戻ったノルドは、さぁ話してみてくれと言わんばかりの眼差しをガルドラへと向けた。


「……心して聞いて欲しいんだが」

「……ゴクリ」

「ぶっちゃけ俺も話すのを躊躇うぐらいだが」

「……おう」

「ふぅ……よし、いやちょっと待て、俺も心の準備を」

「お願いだから話して?」


 一体何回躊躇うのかと聞く身にもなって欲しい。


「よし話すぞ……?」

「……あぁ!」


 ガルドラの念押しに、ノルドは無意識の内に唾を飲む。

 そして、彼の説明を聞いたノルドは目を見開き絶叫した。




「――俺を置いて行ったぁ!?」




 ◇




 時は二日前、ノエルが突如発動した『奇跡』によってノルドの傷が治った直後まで遡る。


「やった……! やった! ノルド、ノルド!!」


 ノルドの命を助けられたノエルは彼の体を抱き締めて喜びを露わにする。そんなノエルに、人間となったカイネを抱えたサラが近付いて来た。


「……ノエル」

「あっサラ! ……あ、えとこれは」


 サラの姿を見たノエルは最初サラの無事に喜ぶも、今ノルドを抱き締めている自分の状況に気付いて気まず気に顔を逸らす。

 もっとも、それでノルドを抱き締める力は緩めていないが。


「……」

「……」


 めっちゃ気まずい空気だ。

 サラはノエルの想い人がノルドである事実から、そしてノエルは自分がノルドの事を本格的に好きになった事から、両者お互いに申し訳なさを感じて口数が少なくなっているのだ。


「え、と……」

「おぉ〜!! 流石勇者様と聖女様だぁ!!」

『!?』


 何とか気まずい空気を払拭しようとサラが最初に口を開いたのだが、彼女の声を割り込む形で、この場に相応しくない人物が入り込んできた。


「貴方は……!」

「確か神官の……カイル・マグバージェス……?」

「おぉ私の名前を覚えてくれているとは何という名誉……!」


 古代都市にやって来たノルド達を出迎えたラルクエルド教の神官の一人だ。ノルドに酷い態度を取った神官であるため、サラとノエルは悪い意味で彼の事を覚えていた。


「……無事でしたか」


 落胆するかのような声音で発するノエル。

 今の今まで忘れていたのだが、彼の存在を思い出したとあってはどこか酷い目にあってくれないかなと考えてしまう。それぐらい彼がノルドにした事がノエルにとって許せないものだった。


「えぇえぇ無事ですとも! 勇者様と聖女様のご活躍によって無事でございます!」

「僕達だけじゃない……ヴィエラもノンナもキングも凄かった。そしてノルドも。彼がいなかったら僕達だけであの魔人に勝てたかどうか……」


 魔人ザイアは本当に強かった。

 ザイアの使う厄介な魔術は勿論の事、ザイア自身が人の精神を揺さぶり狡猾に戦うあの戦い方が厄介だった。だからノルドが現れた瞬間、サラ達はあまりの頼もしさに勝利を確信した。


 しかし、そのように思っている彼女達に対しカイルは――。


「いやいや何を仰います? そこな男は魔人にやられただけの無能じゃないですか!」


 ――あろう事かノルドの活躍を否定したのだ。


『……は?』


 サラも、ノエルも、彼女達の口から思えないような低い声が出た。


「……貴方は何を言ってるの?」


 サラのその問いに感情はなかった。

 当然だ。共に戦う仲間を、ましてやよりにもよって大切な幼馴染の事を無能呼ばわりした目の前の神官にサラが怒りを抱かない筈がないのだ。

 そんなサラの感情を知ってか知らずか、カイルは更に信じられない言葉を続けた。


「私は見ました! ここにいる住民のためにそこの男を除いたあなた達勇者パーティーがあの魔人に立ち向かった事を! なのにその男はあろう事か最後の最後まで戦わず、こうして無様に気絶している始末! これを無能ではなく何と言うのです!?」

「っ、それは貴方が見ていないから――」


 そこでサラは目の前の男が嘲るような笑みを浮かべている事に気付く。


(どうして、そんな顔をするの)


 いや、筈だ。

 中でそういう笑みを浮かべる存在がどのような性格をしているのかを、自分は見てきた筈だ。

 そうだ。目の前のカイル・マグバージェスという男もそういう存在なのだ。

 例えノルドが活躍してもしなくても、目の前の男は決してノルドの事を認めないし見なかった事にするのがこの男なのだ。


「故にこの男に勇者パーティーは相応しくありません! よって私はこの男を勇者パーティーから追放し、新しくそして相応しい者の加入を提案致します!」

「ノルドはこのパーティーにいなくてはならない存在だ! 勇者パーティーとしての自覚も、魔王討伐に必要な力も、彼以上の存在はいない!」


 カイルのふざけた提案にノエルが反論する。

 だがそんなノエルの言葉を聞いても、カイルは笑みを崩さなかった。


「やはり断りますか……では! 私達ラルクエルド教会はその男、カラク村のノルドに戦士枠を賭けた決闘を申し込む!」

『なっ……!?』


 カイルの言葉にサラとノエルは目を見開いた。

 確かに勇者パーティーの戦士枠には戦士枠を求めて勝負を挑まれたら必ず勝負しなければならない決まりがあるのだ。


「――あら、随分面白い事になっているわね」

「ヴィエラ!?」

「ついでにワシもおるよ」

「良かった、ノンナちゃんも無事だったんだね!」


 ついでにキングは遠くに避難した住民の保護を担っているためここには来ていない。

 それはともかく、サラはやってきた二人に治療を施していく。

 その間、ヴィエラは真っ直ぐとカイルの方へと睨みつけていた。


「……確かに勇者パーティーには戦士枠を賭ける決闘はあるけど、それをまさかアンタ達が提案してくるとはね」

「時に現場判断よりも後方の客観的な判断の方が最良という事もありますよ」

「無能の判断程怖いものはないわね」


 空気がどっしりと重くなる。

 そんな中、サラは小声でノンナに質問をする。


「ねぇノンナちゃん……どうしてこんな決まりがあるの?」

「……勇者パーティーは基本少数精鋭じゃ。これは瘴気渦巻くケーン大陸に突入する際、勇者と聖女が残りのメンバーを女神の加護で守れる数に限りがあるからじゃな」


 守れる上限は女神の加護を持つ者の力量に因るしかないため、余力を考えれば人数は少ない方がいい。だが旅の間、自分達より強い仲間が現れる事もあるだろう。そのため仲間の枠を賭けた決闘を行い、次々に戦力を入れ替わらせる。

 そして余力を割いてでも魔王討伐に貢献してくれそうな戦力を見つけたのなら、特例として人員の追加を認めていく。これが勇者パーティーの戦力の増やし方なのだ。


「その上で言うが、ノルドはこの勇者パーティーにいなくてはならない戦力であると勇者パーティーの全員が判断しておる。そのためにノルドの待遇改善と同時に正式な一員として勇者パーティーに加える特例を申請しておったのじゃが……それは?」

「はい、当然却下でございます」

「……チッ」


 満面の笑みで答えたカイルにノンナは幼い表情を歪めて舌打ちをする。

 普通に考えればこれはカイルの独断だ。

 しかしその憎たらしい顔を見れば教会側はカイルとグルと考えた方がいい。


「どの道、勇者様方はこの決闘を受け入れなければなりません。拒否すれば勇者の使命を放棄したという事で聖剣の返還と今後一切我々からの支援を受けなくなりますので、悪しからず」

「馬鹿な、聖剣の返還じゃと!?」

「貴方ねぇ……! 勇者はここにいるノエルただ一人なのよ!? こんな魔王復活の時期にノエルを勇者から外すってどういう事か分かるの!?」


 勇者という存在はその時代に一人しか存在しない。

 それを勇者であるノエルから聖剣を取り上げるという事は、勇者から魔王に対する対抗手段を失うという事。即ち、人類が魔王との戦いで敗北を意味する。

 だがそれを想定していたカイルは、思いも寄らない言葉を言い放った。


「勇者が一人じゃなかったとしたら?」

『……は?』


 その言葉の意味を、勇者パーティーは理解しきれなかった。

 そんな彼女達の反応を無視して、カイルは言葉を続けた。


「ノエル様がいなくともこちらには勇者となる者を用意しております。ですのでもしそこの無能を取り、勇者を辞退するのならどうぞ、ご自由に」

「……勇者を、辞められる……?」


 勇者に選ばれる前。

 もしくは旅に出る前にその言葉を聞いたら。


(きっと、僕はそれを選んだんだろう)


 しかし、ノエルは旅に出た。

 旅先で人々の営みとそれを壊そうとする魔人を見た。

 救えなかった人々がいた。


 だからこそノエルは。


「そんな無責任な事をする訳ないだろう……!」

「……ほう?」

「あぁいいよ……決闘なり何なり好きにすればいいさ! 僕は人々を助けるために魔王を倒したい! そしてその為にはここにいるみんなの力が必要だ!」


 そして、ここにいるノルドこそ魔王を倒す鍵になるかもしれない。

 そう思っているからこそ、そう信じているからこそ、ノエルは決闘を受けたのだ。


「よろしい! それでは行きましょう我らの国へ! 数多の信者が住う我らがラルクエルド教国へ! そこでそこの無能と戦う新しい戦士がお待ちしております!」

「ラルクエルド教国で決闘? ここから大体一週間の道のりではないか。こんな非常事態に何を悠長な……」

「大丈夫ですよ。我々の調査では今回の瘴気侵攻は過去に比べてで広がっています。たかが一週間程度の寄り道は問題ないでしょう」


 そう言って、カイルは踵を返す。

 魔人の存在もあるし、一週間もあればより魔王のいるケーン大陸に近付くのだがどうやらカイル達ラルクエルド教会側はその事を考えていないらしい。

 ノエル達はそんなカイルを睨み付け、ノルドを背負って続こうとすると不意にカイルから言葉が発せられた。


「あっそうだ」

『……?』

「ラルクエルド教国へ向かう馬車はこちらが用意しておりますが、些か人員が多すぎましてね……そこの無能が乗る場所がないんですよ」

『!?』

「あぁそれと……決闘日を過ぎても対戦相手が現れなかった場合問答無用で失格となりますので悪しからず」


 白々しいまでの言葉に一同は呆然とする。

 そうまでしてノルドを陥れたいのかと呆れ果てる。


「……ワシらの馬車はあの崩落で行方不明じゃ」

「あの馬車なら早々壊れないでしょうけど、アイツは探す猶予を与えてくれないでしょうね」

「ノルドをキングの背中に乗せて走らせるというのはどうじゃ?」


 ノンナの言葉にヴィエラはノルドの体を見ながら考え込み、サラに意見を尋ねた。


「……ねぇサラ。この状態のノルドは長時間の乗馬に耐えられると思う?」

「……傷は治ってるけど、失った血が多すぎるから暫く安静にしとかないと」


 結局ノルドを置いて行くしかないのか、そう思った時。


「は、はははははは!」

「……ノエル?」

「はは……本当にノルドの事を舐めてるよね」


 その顔に怒りはなく、本当に心の底から笑っているノエルにサラ達が困惑する。


「ノルドは必ず追い付いてくる。それにキングの走力なら多少遅れても間に合うさ」

「それは、そうじゃが……って、キングもここに置いておくのか?」

「そうしないといくらノルドでも遅れるよ。……それに、キングは一緒に着いて来るつもりはないでしょ?」

「ヒヒーン」


 突如近くから発せられたキングの鳴き声にノエル以外の全員が驚愕した。


「あくまでキングが認めた主はノルドだ。だからここに残るのはノルドとキングの二人だけ」

「……ノエルはいいの? ここにノルドを置いて……」

「いいんだよサラ。僕はノルドを信じている……だから――」


 ノエルは、寝ているノルドの頭をゆっくり撫でる。


「――


 多少の別れだけれども、すぐまた会えるから。

 ノルドの事を信じているから、と。

 そう、穏やかに寝ているノルドへとノエルは囁いた。

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