第44話 「――……好きだよ、ノルド」
「うっ……つっ、俺は……?」
激痛に目が覚めたノルドは、体に力を入れて起き上がろうとする。
だが体中に広がる痛み、取り分け右腕の痛みがノルドの思考を真っ白に染め上げて口から呻き声が漏れ出す。
それでも何とか痛みに耐えて、メイスを杖にして立ち上がった。
「……皆は? うっ……皆、どこに……」
先程まで乗っていた『
見れば『勇者』がいた場所には『勇者』らしき残骸が転がっていた。
そしてそこを中心に放射状に瓦礫が広がっている事から、どうやら先程放ったサンシャイン・ラブバスターの衝撃で皆吹き飛んだのだろうと想像する。
そう考えていたノルドの耳に、ふと瓦礫が崩れる音がした。
「……――!?」
その音の方向に思わず振り向く。
そして入ってきた眼前の光景に、ノルドは目を見開いた。
「……マジかよ」
何故ならそこにいたのは、もう既に終わっていたと思っていた人物だった。
「は、はは……! すげぇよ……すげぇよ戦士さんよぉ……」
「ザイア……ッ!」
ザイアの体は見るからにボロボロで、特に右上半身が消滅していた。
それでも失くなった右上半身は瘴気によって再生の途中にあり、あと数分もすれば完治するだろうと予想出来る。
「しぶといなお前……あれでどうやって生き延びたんだ……」
「へへ……当たる直前に何とか離脱したんだけど……流石にしぶとさに定評のある僕でもこれはもう無理だね……」
そう言ってザイアは残った左手で、消滅して見えた胸の内部を指し示す。
するとそこには右上半身の消滅に巻き込まれたのか、元は拳大の大きさの球体であろう物体が大きく欠けた状態で胸の内部に存在していたのだ。
「魔人の核となる部分が欠けた時点で僕はもう終わりだ……この再生だってただの見せかけで、完治しても僕はそう長くないだろうね」
ノルドは後から知ったのだが、魔人を倒すには対象の体を構成する瘴気の大部分の浄化もしくは消滅以外にも魔人の核となる部分を壊せば一撃で倒せる弱点が存在していた。
それを奇しくも壊せた時点で実質魔人の討伐に成功しているのだが、それでも尚死に際に立っているザイアの戦意は衰えていなかった。
「……それでもまだ戦うってのかよ」
「終わる前に、僕は君と思う存分語りたいんだよ」
「こっちにそのつもりなんてねぇよ……強いて言えばどうして半裸なのかぐらいだ」
「それを語っても君は理解出来ないだろうから、後からお仲間にでも聞けばいいよ」
それよりも、とザイアはノルドに向かって笑みを浮かべながら近付いていく。
「僕ねぇ……勇者物語だけが心の支えだったんだよ……? 心が折れそうになった時、主人から盗んだ勇者物語が僕に生きる勇気を与えてくれた……」
「……っ」
徐々に高まっていくザイアの戦意に、ノルドはメイスを構える。
だが本来両手で持つべき重量のメイスを比較的マシな状態の左手だけで持とうとしたため、構えたメイスは徐々に力なく下へと下がっていく。
「くそ……やっぱ左だけじゃ持ち上がらないか……!」
「なのにねぇ……そこに戦士君が出て来てびっくりしたよぉ!!」
「うお急に大声出すなよ!?」
まるで狂乱しているかのように笑い声を上げ、ノルドの元へと駆けるザイア。
「苦労しながらも困難を打ち砕く勇者が僕の好みだったのに君のせいで僕の趣向が変わっちゃったじゃないかぁああ!!」
「何だこいつ気持ち悪いなぁ!?」
「ただの人間が! 脇役だった戦士が! まさか愛の力だけで魔王様の瘴気に勝つなんてさああああ!!! そんな物スカッとするよねぇええええ!!」
ザイアの残った左腕による猛攻を、ノルドはメイスを引き摺りながら必死に躱していく。
「……武器を握る握力は十分だな……それなら!」
飛び掛かって来たザイアの攻撃を前にノルドは敢えて前進して懐に入り込む。
それと同時に自身の体を回転させ、その回転による遠心力を利用したメイスの一撃をザイアへと叩き込んだ。
「ぐほぉえ!?」
「よっしゃ直撃ぃ!!」
普段は超重量のメイスを両手で使う事によって柔軟な動きが出来た戦い方を、敢えてメイスの超重量に任せた大振りによる戦い方に切り替えたのだ。
まぁメイスという武器の本来の扱い方だが、怪我をして両手が使えない今の状況にとっては最適な戦い方だろう。
尤も、骨が皮膚を突き破っている程悲惨な状態の右腕より、内部で骨が折れている左手で長重量のメイスを持てる時点で人間の戦いではないが。
「何を言ってるのか分からないけど、戦うってんなら容赦しないぜ!」
「は、はは……最高、最高だよ戦士君……!」
潰れた顔を左手で抑えて、よろよろと立ち上がるザイア。
爛々と輝く眼差しが顔を抑えている指の隙間からノルドを射抜き、その狂気に当てられたノルドはあまりの不気味さに顔を顰める。
「っ……」
「僕に対して本当に躊躇ないよねぇ……! 同じ魔人であるカイネちゃんを救おうと頑張ってたのにどういう風の吹き回しだい? まさか相手によって救う対象を選んでるとか?」
その言葉にノルドは動揺した。
「それは……」
「あぁいいよいいよ。つい癖で虐めるような言葉が出ちゃうんだ。それに君の判断は正しい」
「……え?」
何でもないかのように振る舞うザイアにノルドは困惑する。
確かにザイアの言う通りなのだ。
カイネが子供の魔人だからこそ、その境遇に同情して彼女を救おうとした。だが魔人という存在は老若男女問わず、その生まれはすべからく悲惨だ。
魔人であるザイアもそうだ。
だがノルドは無意識の内にザイアを救う対象ではなく、倒すべき対象と定めてしまっている。そしてそれはザイアから指摘されて自覚してもなお、その意思は変わらなかった。
だがそれを、ザイアは正しいと言う。
「僕が普通の魔人なら、君はとんでもない偽善者だよ。でもね、幸いな事に僕は普通の魔人じゃない」
「どういう、事だ?」
そうだね、とザイアは一瞬思案するような表情を浮かべ、そしてノルドに問いかけた。
「あの日、僕が魔人になる日……追手から逃げた先で世界を侵食するように漂う瘴気を見つけた。それを見て、僕はどうしたと思う?」
普通の人間なら、瘴気を前にしたら真っ先に逃げ出す事だろう。
瘴気とは遠目から見ても意識が狂いそうになる程の物で、マナによる本能で決して瘴気へと近付かないというのが人間だ。
だがザイアの場合は。
「飛び込んで行ったんだ」
「!?」
あの、誰もが忌避する瘴気の霧へと。
死か魔人かの二択でしかない瘴気の中へ、彼は自らが魔人になると確信した上で瘴気へと飛び込んで行ったのだ。
「何せ僕は不自由で退屈な世の中を憎んでいたから! 未練とは違うこの強烈な負の感情が瘴気を呼び込んで、僕は魔人になったんだ!」
「どうしてそこまで魔人に……!?」
「だって魔人になれば勇者と出会えるじゃないか!」
魔王が現れれば、勇者も現れる。
今いる時代に勇者が誕生するなら、勇者の活躍を間近で見たい自分は魔人になるしかないと瘴気を見た時点でザイアはそう決意した。
「……どうかしてる。わざわざ人間を捨ててまで……そんな」
「はは……魔人になれば自由になれると思ったんだよ」
だが結果は、魔王の駒というある意味人間より不自由な存在になったのは皮肉でしかない。しかしザイアはそれを当然だと後から分かった。
自分の意思で魔人になったのだ。
謂わばそれは明確な人類への裏切り行為。
魔王に魂を売り渡すが如き行動。
それによって得られた結果は全て自業自得。
――ザイアがなったのは、そういう性質を持つ魔人だった。
「自分勝手な考えで魔人になった奴がただの魔人になる訳がない。魔人になれる程の負の感情を持つ奴が善人な訳がない。分かるかい? 今目の前にいる僕が、一体どういう奴なのか」
ザイアはきっと、悪い奴なのだ。
俗に言う悪人と呼ばれる人種がザイアなのだ。
「自分から魔人になった悪人を、君ならなんて呼ぶ?」
「それは……」
「僕達はねぇ……そんな自分達の事を『悪魔』と呼んだんだ」
魔人は生前の未練を違う形で魔術として叶え、悪魔は生前から抱いていた負の感情を元に魔術として使用する。
魔人には生前とは違う人格を与えられ、意思も行動も全て魔王に縛られるのに対し、悪魔は全て生前の人格のまま自分の意思で行動する。
その行動が、結果的に魔王のためになると知りながら彼らは動くのだ。
「全部、自分の欲望や願望のために勝手に行動するのが悪魔なんだ。だから君の浄化を食らっても人間にはならないし、戻りたくない。魔王様との繋がりが消える事はない」
「……」
「それを君は無意識の内に感じていたんだろう。だから悪魔である僕を救うんじゃなく、最初から倒すべき相手として見てきた」
だからこそノルドの行動は正しいとザイアは言う。
万が一悪魔が奇跡的に人間として生まれ変わっても、彼らは反省せずまた同じ過ちを繰り返すだろう。本能的にそれを理解しているからこそ、ノルドはザイアを倒そうとしてきた。
「君と僕達悪魔は決して分かり合えない。君の強い聖女への愛が僕達に届く事はない」
――その筈なのに。
「僕は今君を前にして心が揺れているんだ。支えだった筈の勇者物語が、君を前にして霞んできた……だから君は最高なんだよ!!」
だからもっと見せてくれとザイアは叫ぶ。
勇者物語から戦士の恋物語へと趣向が変わった自分に、もっとその活躍を見せてくれと叫ぶ。
「聖女への愛を叫んで戦う戦士……名付けるなら『愛の伝道師』か! 良いね、もっと君の物語を見たいよ僕は!」
だがそれはもう叶わない願いだ。
核を壊された時点でもう、ザイアはノルドのこれからの活躍を見る事はない。しかしこれが最期だからこそ、ザイアは全力で戦うのだ。
――最期に、自分を倒すという活躍を見るために。
「さぁ愛の伝道師様! これから死にゆく僕に最高の展開を見せてくれ!」
「……はっ、何が愛の伝道師だ……こちとらまだ自分の恋すら成就してねぇってのに」
ザイアの勝手な名付けにノルドは顔を顰めてメイスを構えた。
◇
ドォオン、ドォオンと断続的に発生する爆発音に目が覚める。
「ん、うぅ……」
いつの間にか気を失っていた彼女――ノエルは自分の状況をすぐさま理解して、手に持った聖剣を杖代わりにして立ち上がる。
そこでノエルが見たのは、激しい攻防で戦っているノルドとザイアの姿だった。
「ノルド……!」
ノルドの姿を見て、ノエルは悲鳴を上げるように彼の名前を呼ぶ。
右腕は骨が皮膚を突き破っており、右腕が少しでも振動する度にノルドの顔を顰めていく。そしてメイスを持つ左腕は、右腕よりマシとはいえ骨折しているのは変わりなく、骨折による内出血で酷く腫れていた。
「ボロボロだねぇ! それなのにそこまで動けるなんて君にとって戦士は天職なのかなぁ!!」
遠目でニヤニヤと笑うザイアを見たノエルは顔を顰める。
これまでの戦いでそのニヤけ面が何かを企んでいる表情だと理解しているためだ。とすればザイアは何を狙っているのか。
ノエルはザイアの持つ魔術を理解しているからこそ、彼の狙いを理解する。
「駄目だノルド……! ザイアに攻撃しちゃ駄目だ……!!」
見ればこれまでの攻防でノルドは何回もザイアに攻撃を叩き込んだ事だろう。
再生するとは言え、白銀の爆発を受けたザイアは徐々にその瘴気の体を削られている。側から見ればノルドの優勢だと思える光景だが、ノエルはそれを青褪めた表情で見ていた。
何せザイアの持つ魔術の中に、受けた攻撃を溜めて解き放つ物があるのだ。
ドワーフが作成したヴィエラの盾にヒビを入れる時点で、防御手段に乏しいノルドではなす術も無い。
「駄目……! ノルドーッ!!」
だが必死に叫ぶノエルの声は、白銀の爆発による音と激化する戦闘音で掻き消えてしまう。
――そして、恐れていた事態が来てしまった。
「は、はははは!! もう駄目だ! 目を霞んで動きが鈍くなってきた! これはもう終わりが近いって確信出来るね!」
「その割にしぶと過ぎる……!!」
「もっと、もっと見ていたかったよ! 聖女の泣いている所を見たらもっと曇らせたいと思ったのにこれで終わりなんて悔しい!!」
その言葉にノルドは一瞬呆ける。
そして徐々にザイアの言葉を理解したノルドは怒りのあまりに顔を歪めた。
「お前……ッ!! 一体サラに何をしやがった!!」
「なーに……君と彼女の共通の大切な友人を絶望させただけさ」
友人と聞いて思い浮かぶのは王都で知り合った友の顔。
目の前の悪魔がサラだけじゃなくノエルまで危害を加えたという事実にノルドはより一層怒りを燃やした。
「ふざけんじゃねぇええ!!」
「さぁ来い! これが君と僕の最後の戦いだ!!」
ノルドのメイスにこれまで見なかった膨大な白銀の……いや、真紅の光が集まっていく。
仲間を愛するが故の怒りが今、これまでの爆発に炎の概念を付与して解き放った。
「あ、ギャアアアアアア!!!?」
真紅の爆発を受けたザイアがこれまでの爆発による浄化とは違う、瘴気を焼かれるという痛みに絶叫を上げる。だがその絶叫に、徐々に笑い声が含まれていく。
「アアアアアアアアア――ア、ハ、ハハハハハ!!!」
「……!?」
「最大の攻撃は、最大の隙だってね……!!」
爆発の炎に焼かれながら、ザイアが飛び出してきた。体の大部分を焼かれて消滅しながらも、辛うじて残った胸から上の部分と『倍返しの魔術』を付与された左腕がノルドへと迫る。
――そして。
「……ノルド?」
呆然とノルドの名を呟くノエル。自身の性別と過去を暴露された時と比べ物にならない絶望がノエルの思考を真っ白に染め上げる。
「……こふ」
ノルドの口から大量の血が溢れ出る。
何故ならそこには、ザイアの残った左腕によって胸を貫かれたノルドの姿があったからだ。
「……あれ? もう終わりかい?」
「……!!」
「あっ!?」
落胆するかのような声を上げるザイア。だがその次の瞬間、メイスを手から離したノルドはその左手でザイアの核を掴んで握り潰したのだ。
「が!? ……は、はは……凄い執念だ……」
「……」
「ノルドッ!!」
ノルドの悲惨な光景に自身の痛みを忘れたノエルは、手に持った聖剣でノルドの胸を貫いているザイアの腕を切り裂いた。
そして瞬時にノルドの体を優しく抱き抱えて横に寝かせたノエルは、どう見ても手遅れなノルドの容体に顔を歪ませた。
「だめ……だめ! 死んじゃだめだよノルド……!!」
「ノ……エル……」
「は、はは……もう駄目だよ勇者様……その戦士君はもう助からない……」
「うるさい黙って!!」
ザイアの戯言にノエルは声を荒げる。
だがそれでもザイアは気にせず喋り続けた。
「楽しかったよ……勇者様の秘密に戦士君の存在……悪魔の奴らが嫉妬する程、この上ない最期になって良かった……」
「うるさい……うるさい……!」
「まぁ泣くなよ……そんな君に朗報があるんだぜ……?」
「うるさい!!」
「君は本来女性として生まれる筈だったんだ……誰がしたかは面白いから言わないけど、これで君は心置きなく恋愛出来るね……勇者さ・ま?」
「……っ!!」
そう笑いながら言って、ザイアは今度こそ塵となって消えた。
最後の最後まで、好き勝手に場をかき乱した存在だった。
「ふざけるな……ふざけるな……!!」
何が本来女性として生まれる筈だった、だ。
何が心置きなく恋愛出来る、だ。
――そんな物。
「ノルドがいなくちゃ意味ないじゃ無いか……」
ノルドの体からどんどん体温が失っていく。
それだけじゃない。ザイアが完全に消えた事でノルドの胸を貫いていた腕が消え、胸から大量の血が溢れ出ていく。
「あ、あぁ……だめ、だめ……ノルド……!! サラ、サラァ!! お願い早く来て!! ノルドが、ノルドが死んじゃう!!」
必死にサラの名を叫ぶも、周辺に彼女がいない事は分かっていた。
それでも彼女の名前を叫ぶ事をやめない。この場で彼女だけが『奇跡』を起こせる存在だと分かっているからこそ、その『奇跡』に縋りたいのだ。
「どうして……どうしてこんな事に……」
もう間に合わない。もう助からない。
それを理解した瞬間、ノエルは自身がノルドに抱いていた恋心をより一層自覚してしまった。
ようやく自覚した恋心は友のために仕舞ったのだ。
なのに好きな人の死に直面して、仕舞った筈の恋はここに来て溢れてしまった。
「嫌だ……嫌だ……!」
それがより一層ノエルを苦しめる事になった。
ノルドを失いたくないという感情とノルドはもう助からないという理性が鬩ぎ合い、彼女の精神を磨耗させていき、気を狂わせていく。
「お願い……死なないで……ノルド……」
もうノルドに鼓動はない。
目の光も消え、呼吸も無くなっていくのが分かる。
「……ノルド」
もっとノルドといたかった。
もっとノルドと笑い合いたかった。
もっとノルドと……。
様々な想いが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
ならば、ならば死にゆくノルドに対して最後に言う言葉はこれしかない。
本当は駄目だけど。
彼女に悪いけれど。
それでも、最後に自分の思いを伝えたかった。
「――……好きだよ、ノルド」
そうして、ノエルは目を瞑った。
「う、うぅ……」
本来聞こえる筈のない声が聞こえた。
その声を聞いたノエルは、まさかと思い目を開ける。
「ノル、ド……?」
ノルドはもう助からない。
もう死は避けられない。
その筈なのに、ノルドはまだ生きていた。
「そんな……どうして……?」
起こり得る筈のない『奇跡』の筈だ。
なのにその『奇跡』が今目の前で起きている。
「何が……どうなって……」
ふと、目がノルドの胸に置いてある手へと向かう。
そして自身の手に起きている現象を見て、ノエルは目を見開いた。
「どうして、だってこれは……!?」
いつも見る光だった。
聖女と呼ばれた彼女だけが使える『奇跡』の筈だった。
――その筈なのに。
その光は、ノエルの手から発していたのだ。
「まさか僕が……『奇跡』を……!?」
驚くのも束の間、ノエルは意図せず発動した『奇跡』を途絶えさせないよう意識を集中させ、ノルドの傷に手を翳す。
「ノルド……! ノルド……! お願い、お願い生きて!!」
傷は徐々に塞がっている。
だがそれよりも出血が回復を上回っていた。
「駄目……! サラの『奇跡』はもっとこれより早かった! もっと、もっと!」
ふと、思い出す。
回復の『奇跡』を発動するサラの姿を。その光景を。
「あれは……確か……!!」
その光景を完璧に思い出したノエルは、ゆっくりと寝ているノルドの顔を見る。そして泣き笑いのような表情を浮かべて、口を開いた。
「ノルド……僕はやっぱり、諦めきれないよ」
自分の恋心を。ノルドに対する愛を。
例えノルドが自分とは違う人を好きなままでも、ノエルは諦めたくなかった。
「ノルドだって諦めてないもん……僕だって諦めなくてもいいよね……?」
いつかは本当の自分を手に入れる。
そして今度こそ好きと伝える。
だから今は。
「生きてノルド……! 『あなたに愛の癒しを』!!」
聖女の放つ『奇跡』と同じ願いを唱えた瞬間、ノエルの手から先程の光とは比べ物にならない光が溢れ出した。
◇
「……ノエル」
傷が塞がり、意識のないノルドを抱き締めて喜びを露わにするノエル。
そんなノエルを、覚えのある光に誘われて近くに来たサラが見ていた。
「……そっか」
遠目で見えるノエルの顔は、村の中にいた少女達と似ていた。
憧れの人に対する顔。好きな人に対する顔。取り分け、サラに向けて笑うノルドの顔と、目の前のノエルの顔は似ていた。
だからこそ分かるのだ。
「……ノエルの好きな人って、ノルドだったんだ」
そう分かった時、サラは後悔した。
ノエルが絶望した時、自分はなんて言った?
『好きな人がいるならちゃんと応援するから』
今思えばなんて酷い言葉なのだろう。
自分はなんて無責任な事をノエルに言ったのだろう。
ノエルは分かっていたのだ。自分の恋は実らない恋だと。それが分かっているからこそ、性別のズレの事は話せても、好きな人の事について話さなかった。
「……っ」
思わず子供を抱き締める力が強まっていた事に気付いて、慌てて力を抜く。そしてサラは、胸に抱いている子供の様子を見て、遠くにいるノルドへと目を向いた。
「ノルド……」
小さな頃からずっと一緒にいた幼馴染。
ずっと好意を示し続けて来た人。
そんなノルドを、好きという人がいた。
ずっと彼からの告白を断って来た自分にとっても、その事実は喜ばしい出来事の筈だ。
――なのに。
「……っ?」
どうして胸の奥が痛むのだろう。
どうして、二人の姿を見ていると胸がざわつくのだろう。
その理由が分からないまま、戦いはようやく終結したのであった。
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