第43話 一体何が起きt「それでも俺は手を伸ばした!」

「さぁ目に物を見よ!! これぞ対魔王用量産型兵器にして、ただの人が戦うために作られた有人動鎧インゴーレムの最初にして最後の一体!!」


 ノルドが声高らかに宣言する。

 これぞ人類のもう一つの希望であると。

 人類に残された先人の遺産であると。


 それは鎧にして剣。

 特別でなくても、ただ人々のために戦う人のための巨人。


「その名を魂に刻め!! この『戦士ウォーリア』の名を!!」


 ――戦士を冠する、戦士のための武器を。


「……え、ノルド……?」

「え、えぇ……?」


 そんな光景に何もかも追いついていないサラとノエルである。

 ノルドの登場に喜んだ二人ではあるが、よく見ればノルドがボロボロである事やノルドの立っている場所が巨人の肩である事など、色々ツッコミたい部分が脳内を埋め尽くしたせいで思考が止まってしまったようだ。


「――と、そう言えって師匠が言ってた!」

『おいお主馬鹿、馬鹿お主。折角良い感じに名乗りを上げたのに、なに台無しにしとるんじゃ』


 ノルドのぶっちゃけに巨人の中から苦言を言う老婆の声が響き渡る。

 どうやらノルドにそう名乗らせるように言った人物がいたらしい。


「ははははは! やっぱアンタそう言うところよ! はーおっかしい!」

「えぇ……つい先程重い空気だったんじゃが……? いや、ところで先程の声ってまさか……」


 何もかもぶち壊したノルドにヴィエラは腹を抱えて笑う。

 対してノンナはサラ達と同じように状況を把握出来ておらず、更に先程の見知った声に嫌な表情を浮かべる。


「え、いやいやいや……え、何これ? 何なの?」


 そして、困惑しているのはサラ達だけじゃなく魔人であるザイアもだった。

 鉄の巨人が出てきたのは良い。そこは想定通りだ。だがもう一体の巨人と、それにやられている『勇者』の光景は想定を超えていた。


「ぼ、僕は勇者物語を見ていた筈だ! それなのに何だこの光景は!?」

「え、何だお前?」


 ザイアの叫ぶような困惑した声に、ノルドはザイアの存在に気付く。

 そしてサラ達もまたザイアの存在を思い出して、ノルドに警告をする。


「き、気を付けてノルド! あの魔人が全ての元凶だよ!」

「古代都市の街も、人々も、全部あの魔人が……!」

『こいつが、元凶……!』

『こいつがアタシ達の国を……!』


 サラ達の言葉に『戦士』を操縦しているガルドラとグラニが怒りを燃やす。

 そんな二人の怒りに呼応するかのように、『戦士』の躯体も戦闘態勢に入る。


「そうかお前が……だったらとっととぶっ飛ばして終わりにすっかぁ!!」

「何がぶっ飛ばすだ勇者でもないただの前座が! ……い、いや、冷静だ冷静になれ僕」


 混乱による怒りを何とか治め、ザイアは無理やり笑みを浮かべる。


「ハ、ハハッ! 初めましてと言うところか? 僕ザイア、よろしくなぁ!!」

「よし行くぜ皆ぁ!」

「いや待て聞き耳持とうか!?」


 ノルドの掛け声によって『戦士』がザイアへと突進する。

 その光景をザイアは間抜けな顔を晒しながらも、何とか転がって回避する。


「普通相手の情報は気になるもんじゃないの!?」

「元凶だって分かれば十分!」


 お得意の会話による精神攻撃を試みようとしたザイアだが、まさか自己紹介の段階で攻撃を仕掛けられるとは思わなかった。

 いやまだ諦めるには早いとザイアはかぶりを振る。

 冷静に相手の過去を『読み取る』事で改めて精神攻撃を仕掛けようと口を開く。その途中ノルドの事も理解したザイアはその表情を顰めるも、その感情を無視して会話を続けた。


「ほう、元凶! 酷い事言うねぇ〜! それを言うなら元凶の『片割れ』だろ!」

「……!」


 ザイアの言葉にノルドは目を見開く。


「君達と戦った魔人の少女もこの惨状を生み出した一人だぜ? それなのに君達はその少女を救おうとした! それってここで死んだ人々に申し訳ないと思わないのかい!?」

「……少女?」


 ザイアの言葉にサラが茫然とする。

 その瞬間、サラの中で様々な事が繋がっていく。


 どうしてノルドがボロボロなのか。

 ……それは別の場所で戦っていたから。


「……まさか」


 ザイアの言葉が事実ならノルドの相手はもう一人の魔人。

 そしてその魔人の外見は少女。その内容と、魔人が生まれる経緯を思い出したサラはその表情を青褪める。ノルドと同じ村出身だからこそ、いや彼女自身も子供が好きだからこそその事実に悲しくなる。


『うおおらああ!!』

「大分消耗させられたけど……そんな大振りの攻撃に当たる僕じゃないぜ!」

『クソちょこまかと!』

「とはいえこのままじゃジリ貧も確か! ならこうしよう!」


 ザイアが転がった先に四肢を無くして動けなくなった『勇者ブレイバー』がいた。ザイアがその巨人に触れると、ザイアの体から膨大な量の瘴気が溢れ出して巨人の体内へと吸い込まれていく。


「これは……まずい! ノルド、あの魔人はあの巨人を元の姿へ再現するつもりだよ!」

「は? 再現?」


 ノエルの言葉に困惑するノルドだが、次の光景に目を丸くさせた。


「魔術・回生理力異界再演かいせいりりょくいかいさいえん……!」

「ボロボロだった『勇者ブレイバー』が元通りに……!?」


 だがそれだけじゃない。

 体ごと瘴気になったザイアはそのまま『勇者』の躯体に入ると、『勇者』の瘴気に侵されて黒くなった鎧が霧となって解けていき、全身が黒い影に覆われていく。

 

 やがて、そこに立っていたのは巨大な人影だった。


「今の無人動鎧ゴーレムは、解放されて馬鹿になったカイネちゃんの管を通して、魔王様の瘴気を無限に使える状態だ! この状態の『勇者』に勝てるかな!?」


 巨人の頭の部分からザイアの上半身が生えてくる。

 その異様な光景に誰もが後退りする。


「……っ、お前まだ嬢ちゃんの体を道具みたいに!!」

「はっ! 君達にとって僕達は敵であり仇だろう!? だったらどうしてこの子の事を案じるのかねぇ!? 被害者の事を考えていない、随分と自分勝手な正義だねぇ!」


 ザイアの魔術によって再び巨人同士の戦いが始まる。

 その中でザイアは口撃をし続けている。相手の信念を、精神を揺さぶり、戦いの有利と自分本意な愉悦を得るために嘲笑し続ける。


 それでも。


「それでも俺は手を伸ばした!!」

「……!?」


 ノルドの精神は決して揺るがなかった。

 その言葉に、俯いていたサラはハッと上を向いた。


「何も知らないまま、何も教えられないまま悲しんで終わったあの子を! ただ倒すのが正しい事だと俺は思えねぇんだ!!」


 その言葉に迷いはない。

 人とは追い詰められた時こそ本音が表れる生き物だ。だからこそ読心の力を使っても、その言葉の全ては勢いで言っていると分かっているため、全てが本心だと否応にも分かる。

 裏もない完全な表のその言葉に、ザイアは嘲笑した顔のまま固まってしまう。


「償いが必要なら俺も一緒に償う! 最期の最後まで、味方も支えてくれる大人もいなかったあの子のただ一人の味方になるために! 俺は手を差し伸べたんだ!!」

「くっ……!?」


 突如として『戦士』の足元が爆発して一気に『勇者』の懐へと入る。


「何だこの速さ……!?」

『食らえ! インゴーレム・ラブフィスト!!』

『一発と言わず何発も食らいな!』


 両腕を後ろに引き、右、左と肘を爆発させて交互に拳を叩き付ける。

 一撃の威力が高いインゴーレム・ラブフィストがまるで暴風となって『勇者』を覆う影を吹き飛ばしていく。


「な、めるなよぉ!! 瘴気再生でまだまだ戦えるぞ!」


 だがそれ以上に魔王から供給される瘴気によって、吹き飛ばされた体が瘴気によって元通りになっていく。


「何が味方だ、何が償いだ! 甘い、甘すぎるよ戦士君!! そんな事で被害者達が浮かばれる事なんてないんだよ! 君にカイネちゃんは救えない! 皆に恨まれて生きていくならいっそここで倒した方がカイネちゃんのためじゃないかなぁ!!」


 カイネの事を慮って言っているような体だが、その言葉に思い遣りなど微塵もない。ただあるのは相手の精神を疲弊させるためだけの言葉だ。

 だがそんな言葉に言い返したのは、ノルドじゃなくこの国で過ごしてきた二人だった。


『はっ! どの口がってのはこの事だな!』

『人の事を分かっているような言い分だけど、アンタはこの古代都市の人々に関して何も分かっちゃいないねぇ!!』

「何!?」


 古代都市と呼ばれるこの場所は、様々な人が集まって出来た巨大集落だ。

 国と認められず、各地の半端者が流れ着いて寄り添う居場所がこの古代都市だ。


 ――互いに助け合って、何とか作れた彼らの国なのだ。


 そんな彼らが自らを半端者と自覚しているため、皆が皆罪に対する償いが如何に重要なのか理解している。誰もが再起する機会があると理解出来ているからこそ、ここで育ったガルドラとグラニは例え少女が魔人でも手を差し伸べる事が出来るのだ。


「くっ……! だけどそれがどうした! 君達にこの子を救えないのは事実! それどころかこの『勇者』を倒す事も出来ないんだ!」


 どんなに口撃しても思い通りの展開にならない現状に苛立ちを禁じ得ない。

 勇者の苦悩という見たかった展開を見て悦に浸っていた筈なのに、全く別世界観の登場人物が物語を壊すかのような展開に頭が割れるようだ。


「果たしてそれはどうかな?」

「……何だそのニヤけ面は!?」

「おっちゃん! こいつの体を抱き締めてくれ!」

『お、おう!? 一体どうするつもりだ!?』


 ノルドの言葉に、ガルドラは困惑しながらも『勇者』の体を抱き締めるように操縦する。『戦士』の予想外の行動にザイアは対応が遅れてしまい、『勇者』の体は『戦士』によって抱き締められる。


「こうするんだよ!! うおおおおおお!!!」

「な、何を――」


 巨人が影の巨人を抱き締めた状態で、ノルドの雄叫びと共に『戦士』の胸元が光り輝く。


「食らえやぁ!!」


 その瞬間、『戦士』の胸元を中心に白銀の爆発が『勇者』の体を包み込んだ。


「ぐあああああ!!?」

『う、おおおお!?』


 超至近距離の爆発に二体の巨人が反発するかのように吹き飛ばされる。しかし『戦士』の体に爆発による傷はなく、対して爆発をモロに受けた『勇者』の体は酷い事になっていた。


「……何、だこれ……瘴気の大部分が消し飛ばされた……!?」


 気が付けば『勇者』に残っていたのは下半身と頭の部分だけであり、爆発を受けた胴体は物の見事に消し飛ばされていたのだ。

 ザイアは急いで『勇者』の体を再生させ始めるものの、先程の衝撃が頭から離れない。


「あれが例の爆発か……! やっぱり聖女や勇者と同じ浄化の力があったぞ……!?」


 ノルドの過去を『読み取って』いたため、ノルドの戦いに白銀の爆発がある事は把握していた。だが実際に食らうとなると衝撃が大きかった。

 勇者と聖女の専売特許である瘴気の浄化がまさか戦士も使える事実に、ザイアの価値観がガラガラと崩れていく。


 やはり、ノルドとの相性はこれ以上にないぐらい最悪だった。

 それは思考も、戦い方もそう。

 裏表のない相手は、精神攻撃を得意とするザイアにとって天敵に等しい存在だからだ。


「くそ……! だがそんな攻撃、下手すればカイネちゃんごと消し飛ぶぞ!」

「……あっ」

「いや待って何その反応」


 ノルドのまさかの反応にザイアは一瞬真顔になった。


『く、くく……いや良いぞ小僧! 先程の攻撃なら行けるぞい!』

「え、本当?」

「……はぁ? いや、えぇ? いや君達の大事なカイネちゃんが消し飛ぶんだぞ!?」

『いいや、問題ないわい』


 そう断言する師匠に両者の動きが止まる。


『確かに小娘の体は瘴気で出来ており、魔王から瘴気を送られていても……宿


 今、カイネの状態はノルドの力によって生命維持のための瘴気を浄化され、代わりに生の感情を元にした爆発によって引き寄せられたマナが瘴気の代わりになっている状態だ。

 そんなカイネを『勇者』の体から救い出すためには、彼女と『勇者』を結び付ける瘴気を完全に浄化する必要があると師匠は言う。


『瘴気の完全浄化によって一度小娘の体は消えるじゃろう。じゃが、その後に高密度のマナを使った体の再構成を行えば、小娘は無事人間として蘇るわけじゃ』

「ま、待つんじゃ! 高密度のマナ? 体の再構成? そんなもの出来るわけないじゃろ!!」


 師匠の言葉にノンナが否定する。

 そもそもこの作戦には曖昧な部分がある。高密度のマナはどこから持ってくるのか、マナによる体の再構成は可能なのかという部分だ。


「百歩譲って高密度のマナを用意出来たとして、マナによる体の再構成は無理じゃ! そんな神の領域の術なぞ、誰も出来るわけがない!」

『――、お主の頭は固いのじゃ』

「……ッ!?」


 師匠の言葉にノンナが息を飲む。

 これらのやり取りから師匠とノンナは顔見知りのようだが、今は誰もその事を指摘出来るような雰囲気ではなかった。


『そこにおるじゃろう? 女神に愛され、マナと密接に関わる『奇跡』を行使する者が』

「……!? わ、たし……!?」


 師匠に指名されたサラは、あまりの展開に目を丸くさせる。


『如何に荒唐無稽な理論であろうとも、理想を実現するためにはやり通す必要がある……お主にその覚悟はあるのか? 魔人を人間に転生させるという歴史上初の試みを、お主はやれるか?』


 成功すれば、この先待ち受ける苦難を乗り越える手段を手に入れられる。

 しかし失敗すれば、子供一人がこの世から消える結末になる。


 答えは、考えるまでもない。


「やる……やります! 子供一人救えない聖女だなんて、きっと世界も救えないから!」


 サラと魔人の少女との間に接点はない。

 ノルドのように少女の過去を見たわけでもない。ただ話の内容で子供が瘴気に飲み込まれて魔人になったという事実だけ理解出来ているだけだ。

 だけどサラにとってそれだけで十分なのだ。

 帝国の魔人の場合、救う手立てが無かったからしょうがなかった。それでも相手を救いたかった事は事実だ。

 そして目の前に救える手段があれば、サラは躊躇なく選ぶ。


 その相手が子供であるなら、尚更だ。


『ふっ……良かろう! では小僧、高密度のマナはお主が用意するんじゃ!』

「お、俺!? それって一体どうやれば……」

『先程の攻撃が鍵じゃ。じゃがそれだけでは高密度のマナを呼び込むどころか、相手の瘴気を完全に浄化する事は難しい』


 故に三つ、と師匠は言う。


『三つ、先程の爆発を圧縮するんじゃ』

「爆発を、圧縮?」

『右手、左手、そして胸に爆発を圧縮した後、一つに纏めて解き放つ……その名も『サンシャイン・ラブバスター』じゃ!!』


『サンシャイン・ラブバスター……?』

『サンシャイン・ラブバスター!?』

「サンシャイン・ラブバスタぁ?」


『ええいそんなに連呼するでない!』

「相変わらずだっさいネーミングセンスじゃのう……」


 作戦が決まり、各々の役割も決まったその瞬間、それらを阻止しようとする存在が動き出した。


「そんな作戦、阻止するに決まってるよね!」


 ノルド達が作戦会議をしている際に、再生を進めていたザイアと『勇者』が襲い掛かってくる。しかも間の悪いことにノルドが爆発の圧縮に集中しているため反撃が出来ない。

 そんな絶望的なタイミングの中、頼りになる仲間が動いた。


「させない! 『魔断桜炎』!!」

「ちょ、あっぶね!? 僕としたことが勇者の事を忘れてただと!?」


 勇者の聖剣から放たれる白銀光がザイアに襲い掛かる。

 それを食らいながらも何とか潜り抜けたザイアだが、そこにひび割れた盾を持ったヴィエラが立ちはだかる。


「そこを退かないと酷い目に遭うよ騎士様よぉ!!」

「あら、退かなければどうなるのかしら?」


 大質量の巨体がただの人間並みの体格がぶつかれば結果は見ずとも分かるだろう。

 確かにヴィエラは穿壊魔竜の攻撃を受けて無傷だった過去がある。しかしザイアの駆ける『勇者』は穿壊魔竜を遥かに上回る体格を誇っているのだ。

 いくら規格外の盾騎士といえど、ただの人間がどうにかなるわけでもない。


「――そこが、貴方の敗因なのよ」


 大地ごとヴィエラを踏み潰そうとしてくる足に盾を当てる。

 それと同時に――。


「『パリィ』」

「……は?」


 ザイアの間の抜けた声が漏れ出す。

 何故なら人間を遥かに超える巨体だった『勇者』が、ただの人間であるヴィエラによって態勢を崩されたのだ。


「例え過去を読み取れても、貴方に私の限界を測れなかったようね」

「そんな……事が!?」

「そこにワシの聖術じゃ!! 大嵐線の鉄槌イスナ・カラエスト・マギカァ!!」


 態勢を崩され、無防備となった体にノンナの最大級の聖術が叩き込まれる。

 それによって距離を取らされたザイアはもう間に合わない事に顔を顰めた。


「くっ……準備段階だったら阻止出来てたのに……!」


 ノルドの方を見れば既に準備が終わっているのが見て取れる。

 そこには両腕を水平に広げた態勢の巨人がいた。その両手には白銀の球体が浮かんでおり、巨人の胸元にも同じ白銀球が浮いているのが見える。


「元より『解放』の魔術による妨害は出来ないしなぁ……」


 そこはノエルの魔断桜炎と同じ理由だ。

 浄化の力を込めた技を下手に『解放』させるとこちらにだけ被害を被る結果に成りかねないから、物理的な干渉で阻止しようとしたのだ。


「……だったらやるしかないよねぇ」


 半ばヤケクソ気味に覚悟を決めたザイアが笑みを浮かべる。

 何せこちらにはこの身に叩き込まれた数々の衝撃が宿っており、更にはカイネの体を通して魔王の瘴気が無限に供給されている状態だ。


「それら全て、一点に集中して解き放つ……!」


 確かにノルドの力は異常だ。しかし有限が無限に敵わないように、一個人の力だけで魔王の力を超える事は出来ない。


 ――例え過去を読み取れても、貴方に私の限界を測れなかったようね。


 今更盾騎士の言葉を思い出してももう遅い。

 人の限界には限度があるのだ。確かに盾騎士の力は予想外だったが、ただの人が魔王の力に敵う筈もない。それが絶対不変の真理なのだから。


「これは勇者の物語だよ戦士君……! ただの前座が勇者様の活躍を食うなんてあってはならない事なんだ……!!」

「行くぜザイア!!」


 それぞれの巨人に、膨大な力が集まっていく。

 ザイアの乗る『勇者』にはこれまで受けた衝撃と無限の瘴気が。

 ノルドの乗る『戦士』には圧縮された三つの爆発が一つへと。


「貫け、巨愛の咆哮――」

「これで終わりだよ戦士君――」


 集めた力が臨界点に達する。

 それと同時に、ノルド達は声高らかに叫ぶ。


「サンシャイン――」


 全てを、終わらせるために。


『――ラブバスタァアアアアアア!!!!』


 白銀の光と漆黒の闇が互いを消し去るために戦士と魔人の力が解き放たれた。

 両者の光が衝突し、周囲に膨大な衝撃が広がる。


「ぐ、ううううう!!」

「そんな……拮抗だと!?」


 まさかの光景にザイアが目を見開く。

 だがそれでも、自身の有利は揺るがないと確信する。


「まだだ、こっちにはまだまだ魔王様の瘴気を注ぎ込める!!」

「く、そ……!?」


 徐々に漆黒の闇が勢いを増して、ノルド達のサンシャイン・ラブバスターが押されていく。


「ノルド……!」

「ノルド!」


 サラとノエルのノルド呼ぶ声が聞こえる。

 それだけじゃない。

 決して負けるなと鼓舞する味方の声が、ノルドの背中を押してくれる。


「へ、へへ……! 負ける訳にはいかねぇよなぁノルド!」


 自分を鼓舞するように言葉を紡ぐ。

 何せこの光は自らの想いの結晶だ。

 勇者にも、魔王にも、運命にも屈しないと決めた恋だ。


「この恋を、愛を! 絶対に貫いて見せる!!」


 その言葉と共にサンシャイン・ラブバスターの光が更に光り輝いていく。

 それによって徐々に押されていた白銀光が、漆黒の闇を分解するように勢いを強めて飲み込んでいく。拮抗も何もない、圧倒的な光が闇を染め上げる。


「そんな馬鹿な……!? 魔王様の無限の瘴気が、負ける……!?」

「何が無限の瘴気だ!! こちとら無限の想いなんだよ!!」


 ザイアは負けないように魔王の瘴気を取り出そうとするも、最早膨大な量の瘴気はザイアの制御を超えていた。超えた瘴気は漆黒の闇に注ぎ込まれず、そのまま周囲へと無駄に散っていく。


「うおおおおお!!!」

「が、ああああ!!?」


 ノルドの白銀光が『勇者』の元へと到達する。

 それと同時に光が瘴気に覆われていた『勇者』を浄化し、更には魔王と繋がっているカイネの管すらも浄化していく。


「そんな、事がぁ……!?」

『今じゃ聖女ぉ!!』

「うん!!」


 カイネと瘴気の繋がりが完全に絶たれた事を察知した師匠がサラに合図を送った。

 今ここにはノルドのサンシャイン・ラブバスターの巨大な生の感情が辺りを満たしている。それによって生の感情に誘われた高密度のマナが根元世界から出てくるのを感じる。


「凄い……! これなら、行ける!」


 帝国の一件からサラは魔人について学んだ。

 勇者物語に出てくる邪悪な存在は魔人である事や、魔人になった人は決して戻らないという事を知った。それによって起きる人間関係の悲劇も、数々の人々が悲しんだ事も知った。


「でも、今なら……!」


 魔人を救える。

 大切な人を失う悲しみを見ずに済む。


「誰も出来なかった事を私達がやる!」


 それは歴史に存在しなかった彼女だけの『奇跡』。

 一人の愛による偶然が、本当の奇跡を呼び起こした。


「『あなたの未来に愛の祝福を』!!」


 浄化された『勇者』の中にある小さいマナを捉え、それを高密度のマナで形を作っていく。


「うっ……」


 その最中、サラの脳内に一人の少女の記憶が雪崩れ込む。

 これがカイネの歩んだ人生だと気付くに時間は掛からなかった。


「大丈夫だから……! 悲しみも理不尽も全て吹き飛ばして見せるから!! 貴女に希望を見せるから……!」


 一体、その光景をどれほど待ち望んできたのだろう。


 手から溢れ落ちていく命をどれぐらい見捨ててきたのか分からない。悲しみと絶望の果てにただ終わらせるために心を押し殺してきた毎日。

 だからこそ絶対に成功させると決意を固める。

 成功すればもう、二度とあんな悲しい思いをしなくて済むから。


「く、うぅ……あああああ!!」


 脳裏に見知らない見知った少女がこちらに笑みを浮かべている光景が見える。

 その人を思い出すだけで心が締め付けられるように苦しくなる。


 それでも、これからはもうそんな思いをしなくて済む。


 ――ねぇノルエラ。

 ――私、ようやく前に進めるよ。


「……!?」


 はっ、と意識が戻る。

 その瞬間、サラの前に一人の少女が現れた。

 サラはその少女を安心させるために抱き締め、大事に抱える。


 そして、それと同時に圧縮された爆発が辺りを包み込んで、全てを吹き飛ばしていく。

 そんな中、吹き飛ばされながらも少女を抱き締め続けていたサラは、視界の端にノルドの姿を見つけた。


 こちらに気付いたノルドは笑みを浮かべた。

 そんなノルドに安心感を覚えて、サラの意識は暗転した。

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