第39話 回想を終えて
「う、ん……」
「ノエル……? ノエル! 良かった起きてくれた!」
気が付けばノエルはサラの腕の中で眠っていたらしい。
倦怠感を感じながら寝惚け眼で周囲を見ると、ノルドを除いた仲間達がサラとノエルを守るように陣形を組んでいるのが見える。
「ここは……」
自分が今どこにいるのか把握出来ていない。
数年間幸せな生活を送っていたような気もするし、数年間苦悩に塗れた生活を送っていたような気がした。今自分がいるのはどの生活の中なのか。それとも別の生活なのか理解が追いついていなかった。
「やぁ、ようやくお目覚めかい? お姫様」
「……ザ、イア?」
生理的嫌悪感を催す声に、ノエルはようやく意識を完全に覚醒する。
思うように動かない体に喝を入れ、呻き声を上げながらサラの助けを借りてようやく上体だけを起こす。
そこでノエルはようやく今の状況を把握した。ノエルとサラを中心に陣形を組んでいる仲間の周囲には、ザイアの操る古代都市の住民が動きを止めたまま佇んでいたのだ。
「これは……うっ、体が……重い……?」
「そりゃそうだ。精神の強さで跳ね除けたんじゃなく、過去のトラウマによって君は目覚めたんだ。自らの願望を拒否する人間は初めてだけど、なるほど……かなり負荷が掛かるようだね」
「願、望……? ……そうだ、僕は……っ!」
「ノエル……!」
ギリッと奥歯を噛み締め、手繰り寄せながら手にした聖剣を杖に見立て何とか立ち上がる。ノエルの目には怒りや羞恥、後悔や絶望が渦巻いており、それをザイアに向けた。
「何だよ幸せな生活を見せたじゃないか。それを自分が拒否したのに僕のせいにする訳〜?」
「あの夢を見る資格なんて……僕にないんだ……!」
「そんな悲しい事を言わないでくれよ勇者様! いいじゃないか誰かと結ばれる夢を見ても! 誰も文句は言わないし、何をするにも資格なんて必要ないと思うな!」
「黙れ!!」
夢の内容を誰にも知られたくない一心で声を荒げるノエル。
そもそも夢を見せた元凶が白々しい説得してる時点で聞きたくもない。
「ノエル……」
滅多に見せないノエルの激情を見て、サラが心配そうにノエルの名前を呟く。サラだけじゃないヴィエラやノンナ、キングまでもがノエルを心配する眼差しを見せている。
それに気付かないノエルは力を何とか振り絞りながらゆっくりと聖剣を構え、覚束ない足取りで仲間より前に出る。
「駄目なんだ……僕があの夢を見ちゃ……」
――サラを差し置いて、男の僕がノルドと結ばれる夢なんて。
「……はは」
「ッ!?」
ザイアの笑みを見て、ノエルはしまったという顔をする。
目の前の魔人は心が読める魔人だ。だから先程ノエルが浮かべた心を読み取ってしまった場合、この上ないノエルの弱点を魔人が握ってしまう事となる。
「くっ……!」
「はは……勇者様ぁ? この僕がベラベラと君の秘密を喋ってしまうのが怖いんだぁ?」
図星だ。
だが今のノエルは満足に体を動かせる状態ではないし、聖剣を構えるだけがやっとの状態だ。だから睨むしかない。殺気だけで相手を殺せるような気持ちで見据えるしかないのだ。
「いやいや心配しなくていいよ……だってもう話したし」
「……え?」
その言葉の意味をノエルは上手く飲み込めなかった。だがゆっくりと魔人の発した言葉の意味がノエルの脳を浸食して、手足が冷たくなる感覚がする。
「そんな……サラ? ……みんな?」
嘘だと期待して後ろにいる仲間に目を向ける。
「……っ」
その表情を見て、分かった。分かってしまった。
今でもノエルの事を心配そうに見ている仲間達の目を見て、理解してしまった。
でなければノエルを心配そうに見つめない。ノエルの視線から目を逸らさない。
何故ならもう、サラ達は知ってしまったのだから。
「……あ、あぁ」
その事に気付いたノエルは絶望のあまり聖剣を握る手が緩み、聖剣が地面に落ちる。それと同時にノエルは地面に膝をつき、顔を両手で覆う。
「ノエル!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「ノエル……しっかりして……!」
「うっ、うぅ……!!」
サラが何とかノエルを正気に戻そうと声を掛けるがノエルは自責の念で聞き耳を持ってくれない。ザイアの笑い声がこだまする中、ノエルはひたすらに謝罪の言葉を呟いていた。
「ごめんなさい……」
――母親になる夢を見てごめんなさい。
「ごめんなさい……!」
――誰かと結ばれる夢を見てごめんなさい。
「ごめんなさい……!!」
――好きな人がいる人を好きになって、ごめんなさい。
「うぅ……あぁああ……っ!」
サラも、ノルドも、ノエルにとって二人はかけがえのない友である。
ノルドがサラの事をずっと好きだという事も知っているし、ノエルは二人が結ばれる事を応援していた。今はサラが告白を受け入れなくても、いつかは結ばれるだろうと思っていた。
それなのに、ノエルはノルドの事を好きになっていた。
ノルドには好きな人がいるのに、いつの間にかノルドの事を目で追っていた。いつの間にかノルドと話す事が心地良くなっていた。二人を応援しなくてはいけないのにサラと一緒にいるノルドを見ると胸が苦しくなっていた。
自分には資格がない。
ノルドを好きになる資格も、結ばれる資格もない。
これは報いなのだ。
魂が女である事を隠さなければ大切な人が消えると分かっているのに、ノルドの事を好きになってしまったから大切な友達が消えるのだ。
――それなのに。
「――……エル、ノエルっ、ノエルっ!!」
「っ!?」
パシッと両手がノエルの顔を挟んで、前を向かせる。
そこには、泣きそうな表情で見つめるサラがいた。
「……サ、ラ」
「ノエル……私ね、分かってたんだよ」
「……え」
サラの言葉を咄嗟に理解できないノエル。
そんなノエルに、サラは震える声で確かに言い放つ。
「ノエルが女の人だって分かってたの! 何かの理由で男の人の振りをしてたんだって!!」
その告白にノエルは言葉を失った。
いつ。どうして。いくつかの疑問が浮かんでは消え、ノエルの頭を回っている。だが分かっているのはサラが本心で言っているという事。それが余計に、ノエルは困惑する。
「違う……僕は本当に男なんだよ? 生まれた時から、ずっと……!」
それでも咄嗟に否定の言葉が出てきたのは、自分の事を認めていない事への証か。サラは自分の事を否定するノエルを見て、無意識の内に手に力が籠る。
「初めてノエルと会った時から私はノエルの事を女の子だと思ってた! 私の目には綺麗で可愛い女の子のノエルしかいなかったの!」
魔人からノエルの秘密を聞かされてもそうなんだとしか思えなかった。色々腑に落ちる事もあったし、過去のノエルの言動に納得もした。
だがそれだけだ。
サラにとってノエルはノエルだ。大切な友達なのだ。ノエルの父も、魔人という存在も関係ない。大切な友達を傷付けようとする奴らのせいで大切な人を失いたくないのだ。
「いなくなるもんか……! ノエルの秘密を知ってもずっと側にいるから……! だから、だから……! ずっと一緒にいてよぅ……!!」
「……あ」
強く、強くノエルを抱き締める。
どこにも行かせないように。そしてどこにも行かないと誓うように。
「資格がないなんて言わないで……自分を否定しないで……! 好きな人がいるならちゃんと応援するからぁ……!!」
「……ノエル。貴女の秘密を知っても私達はいなくならない。どこにも行かない。勇者パーティーの仲間だからじゃない。大切な友達として一緒にいるに決まってるじゃない」
「そうじゃぞノエル。それに勇者パーティーの賢者たるワシがついておる。お主の体を何とかする方法も探し出してやるぞ!」
「ヒヒン!!」
「サラ……みんな……」
サラと違ってヴィエラとノンナは確かに魔人に聞かされるまでノエルの性別に気付かなかった。だが聞かされても二人には関係がなかった。どんなノエルも自分達の友人である事には変わりなく、寧ろ友としてノエルの悩みを聞いて良かったと思えた。
ここにいるのはノエルを男として利用する者達じゃない。
ノエルを心から愛する確かな友達なのだ。
(あぁ……良い人達だなぁ)
サラも、ヴィエラも、ノンナ、キングもノエルにとって得難い存在だ。
初めて出来た同性の友達なのだ。
心がこんなにも軽くなったのは姉と過ごした時以来だろう。
それでも。
『資格がないなんて言わないで……自分を否定しないで……! 好きな人がいるならちゃんと応援するからぁ……!!』
サラの言葉から、みんなはまだノエルの好きな相手がノルドである事を知らないのだ。魔人がどうしてそこまで言わないのかは分からないが、それなら好都合。
ノエルのこの恋心は仕舞った方がいいだろう。分からないままであれば、これ以上気まずくなる必要もないのだ。
――早い失恋ではあるが、ノエルにとって自分の恋心以上に友達を大切にしたかったから。
「これで解決? いやぁ美しい友情で僕感動しちゃった!」
『……!!』
パチパチパチと手を鳴らしてわざとらしくノエル達を褒め称える魔人に、ノエル達は険しい目付きを向ける。
「あっれぇ僕のせい? いやぁ僕のお陰だろう? これで君達の友情は鉄よりも硬くなったわけだし、僕に感謝してもいいんじゃない?」
「人の秘密をベラベラと喋るような奴に感謝の言葉を送るものか、この変態魔人!」
ノンナがいーっとベロを出してザイアを貶す。
それにノンナの言葉がこの場にいる全員の総意である事は間違いなく、ノエル達の心を読んだザイアは拗ねた表情を浮かべる。
「あぁ、そう? まぁいいし? こっちは感動の友情愛を見て楽しかったし?」
そう、楽しかった。
そう言って、魔人は笑みを浮かべる。
「主人公の秘密を無断で暴いて、苦しむ主人公を仲間達が慰め合う光景を見れて本当に楽しかった! 仲間との友情を確かめ合う光景は本当にあるんだと感心した! そんな勇者物語の一節に関われるなんて
自分の体を抱き締めて、クネクネと踊る魔人に誰もがドン引きをする。
だがただ一人、そんな魔人を相手に一人、堂々と立ち向かう人がいた。
「……面白くない」
「……はぁ?」
「全然面白くない!」
サラの言葉にザイアは踊りを止めてしばらく呆ける。
ザイアだけじゃない。後ろにいる仲間達もまた、サラの言葉に呆然とする。
「苦悩とか絶望とか確かに勇者物語には付き物だよ? でもあって当然かって言われたらそんな事ない! 誰もが未来や大切な人のために頑張ってきて、どうにもならない事があって……!」
だから歴代勇者の物語に悲劇があるのはそういう事なのだ。
好きで悲劇を作ってきたわけじゃなく、どうにもならなかったから悲劇が起きたのだ。今ではそう言った展開は刺激があって楽しむ読者はいるだろうが、当時は違う。みんな必死に生きて、抗って、涙を流した。
そこだけは、勇者物語の追っ掛けであるサラでも嫌いだった。
「悲しい出来事なんてない物語があってもいい。全てが幸せになれる物語があってもいい。そんな物語を作って、みんなに伝える役目が今の勇者パーティーである私達!!」
聖杖ラヴリドを構え、高らかに宣言する。
今代に生まれた聖女として、勇者物語を愛する一人の人間としてここから先、悲劇のない未来を歩む覚悟を言葉にする。
「――やっぱり時代は夢と、愛と、希望なんだよ!」
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