第33話 予期せぬ邂逅
時はノルドとカイネが対峙する前に遡る。
場所は古代遺跡の上層。崩落に巻き込まれた人々の救助活動もようやく区切りが付いた頃、サラとノエルは暗い雰囲気を漂わせる人々を励ましていた。
「あぁ……ありがとうございます勇者様……」
「いえ、これは勇者以前に人として当然の事をしたまでです」
王国の元騎士団長に勤めていたからか、日頃から民の困り事を聞いていたいたノエルは彼らの相談に乗っていた。
物腰が丁寧で老若男女が惹かれる程の美貌、更には気配りも空気も読めるという完璧を体現したノエルは様々な人から慕われており、誰もが心を開いていた。
そんなノエルとは別の場所で、また別の人だかりがあった。
「それでは次のお話は! 勇者と怖いお化けの戦い第二章をやるよ!」
「勇者の話多いよー」
「お姉ちゃんの話、勇者物語しかないよねー」
「ふっふっふ……それはそう! 私の持ってる勇者物語は無数にあるよ!」
自信満々に胸を張るサラだが、子供達はサラの語る無数の勇者物語に飽きたのか少々退屈そうにしていた。だがサラがいざ語り始めるとサラの迫真の演技によって子供達は徐々に釘付けになって行く。
「勇者は考える。この一連の事件はあの屋敷に住むお化けのせいではないかと……」
物語はこれまでの伏線を回収するかのように謎が収束して行き、それに伴い子供達の表情も次々と変わって行く。
(夢中になってくれて良かった……)
サラは自分の語りに夢中になってくれる子供達の様子を見て、内心安堵する。
サラの目の前にいる子供達は、この崩落で天涯孤独の身となった子供だ。親を亡くし、住む所無くした彼らを元気付けるために、サラは彼らの面倒を買って出たのだ。
そして、物語は核心へと近付く――、
「そして勇者は何かに気付き目の前のお化けに問い掛けた。『そうか……! 君の正体は」
――前に子供の一人が近付いてくるノエルに気付いた。
「あっ勇者様だ!!」
『勇者様だぁ!』
「お疲れ様、サラ……ってあわわ!?」
サラの目の前で座り込んでいた子供達が一瞬でノエルへと殺到し、あれだけ子供達に囲まれていたサラは一人佇むことになった。
「正体は……あの、正体はですね……」
物語の盛り上がる場面を語る前に、見事勇者に子供達を取られたサラはパクパクと口を開閉し、呆然しながら子供達に囲まれるノエルを見る。
「勇者様勇者様! 聖剣見してー!」
『見してー!』
「あぁもう……君達危ないから、ね?」
やはり口から語る勇者より本物の勇者だろう。
その真理に気付いた聖女は地面に手を付いて涙を流した。
「……ぐすん」
「おねえちゃんかわいそう……」
だがそんなサラを見捨てなかった子供が一人だけいた。
辿々しくもサラの頭を撫で、笑みを見せる子供にサラはその子供の中に母性を見たのだ。
「う、うぅう……ありがとう……! 私には君しかいないよ……!」
「おーい勇者様が聖剣見せてくれるって!!」
「えーほんと!? 私も見るー! それじゃあね、おねえちゃん!」
だがその子供もまた好奇心に負けて、抱き着こうとしたサラの腕をすり抜けてノエルの元へと走り去ってしまった。
「…………ぐすん」
再び哀れな敗北者となったサラ。
何とか子供達をやり過ごしたノエルは、気不味げにサラを励まそうする。
「その……ごめんね? サラ」
「……次は」
「え?」
「次はもっと面白い勇者物語を聞かせてノエルを超えて見せるから……!」
「諦めない所は本当にノルドそっくりだね……」
そんなこんなで人々への対応で一区切りがついた頃、サラとノエルは互いを労うかのように話し合う。
「それでどう? そっちは」
「うん……古代都市にいる子供は強いね……親を亡くした子供を周囲の子供が気を遣ってくれてるから、みんな立ち直るのが早いよ」
「でもそれだけじゃない。サラがいたからみんな前を向こうとしているんだ」
子供のみならず周囲の人々もサラの明るい性格に救われた者も多い。
しかしそんなノエルに、サラは笑みを浮かべて否定する。
「ノエルだって、頼りになるノエルが率先して皆を励ましているから皆この状況でも生きようとしているんだよ」
お互いを褒める二人だが、人々にとってはサラとノエルの二人がいたからこそ、古代都市に住んでいた人々はここまで持ち直す事が出来たと言えよう。
もし二人がいなかったら崩落で生き延びた人々は今でも絶望を抱えたまま生きるか、後を追うかの二択だろう。
「……」
「……」
『ふ、ふふ……!』
互いに顔を見合わせ、次第に笑みを溢す二人。
「二人して何やってるんだろうね!」
「そうだね。どうして僕達はお互いを褒めあってるんだろうね」
この崩落で心が挫けそうになったのは古代都市の住民だけじゃない。サラ達もまた、救えなかった命を前に心が折れそうになったのだ。
それでも心折れずに人々を助けていけたのは今自分達に出来る事を、やらなくちゃいけない事を理解していたからに他ならない。
「ここで立ち止まる訳には行かない……僕らは彼らの希望だから、今を受け入れて前に進むしかないんだ」
「私も……私もあの子達に、未来には希望があるって所を見せたい」
だからそのために自分の全力でもって希望を見せようと決意を露わにするサラ。そんな彼女を眩しげに見たノエルは笑みを浮かべる。
「ふふ、サラのそう言う所好きだよ」
「ありがとう! 私もノエルの事が好きだよ!」
親友として、仲間として絆を深める二人。
すると、ノエルはふと何かを思い出したかのように懐から袋を取り出した。
「それは?」
「さっきお菓子屋さんからクッキーを貰ったんだよ」
「クッキー!?」
「ノンナもヴィエラもキングもまだ作業を終わらせてないし、みんなに内緒で食べよっか」
「ほほーう? ノエルって悪い人だねー」
そうは言いながらもサラも悪い笑みを浮かべていた。
ノエル達以外の仲間は、遺跡内部の安全性を確認しており今ここにいるのは二人だけだ。それに自分達とただ一人逸れているノルドだが、彼は絶対に無事だろうと確信しているため大した心配はしていない。
だから悪巧みをするなら今しかないと二人は「ふっふっふ……」と笑い合う。
「それじゃあ!」
『いっただきまーす!』
さくっ。
『あま〜い!』
二人して蕩けるような表情でクッキーを頬張った。
◇
「今、ワシのあずかり知らぬ所で良い思いをしている気配をしたな……」
「ヘッヘッヘ!」
「何じゃその『ざまぁ』みたいな笑みは!?」
サラとノエルは救助活動や復興、ヴィエラは外敵に対する警戒をしており、ノンナは途中から救助活動から合流してきたキングと共に地下遺跡の調査をしていた。
その過程で何やら面白くない気配を感じたノンナはサラ達のいる方向へと一瞬視線を向くも、キングに煽られながら気のせいかと思って再び調べ物を続けた。
「ヒヒン?」
「進捗かぁ……ここに転がっている書物のほとんどが下層住民に対する恨み辛みしかないからのう……時間掛けて解読した内容がこれじゃあ、鬱になるわい」
手にある日記を適当な所へと放り投げたノンナは、辟易とした表情でキングに報告する。
元が下層から上層の囮家へと追放された住民の日記だ。これまで見つけて調べてきた書物のほとんどが下層に対する恨み言しかなく、それを読まされる彼女の精神は疲弊していった。
「……ブルル」
「調べている物が違う? ……まぁその通りじゃが正直に言えばこの階層で調べられる物はほとんど調べ終わっておるしの……」
元はと言えばノンナが地下遺跡を調べていたのは、どうして古代都市を支える柱が崩れたのかという事だった。
その結果、当初の想像通りノンナはこの崩落は人為的な物と確信しており、更に調査するには下層を探索しなければいけないと結論付けたのだ。
だがそれをするにしても崩落に巻き込まれた人々の治療をしなければならず、こうして時間潰しのために書物などを調べていたというわけである。
「そういう事じゃからお主も何か役立ちそうな資料とかを取ってくるんじゃ!」
「……ペッ」
相変わらず人使い、いや馬使いの荒いノンナにキングは唾を吐く。
確かに、今のところこの調査で聖術の理解を深める聖術文字や聖術の幅が広がる聖術陣など、勇者パーティーの戦力に貢献する代物を発見出来ているので、一概にノンナの調査を無駄だと断じる事は出来ない。
そのためとっとと良さそうな資料などを探すか、とキングは諦めて周囲を調べ始める。そしてふと、キングは視界の端に気になる書物を見つけた。
「ヒヒン」
「何? 何か良さそうな資料を見つけたのかお主は?」
「ヒン」
「……今更だがお主は馬の癖して何故平然と調査をこなせるのじゃ……?」
キングがノンナと合流したのは彼女の護衛のためではない。
キングは人間の言葉が理解出来る程賢い生物であるバトルホースの突然変異種だ。並の研究者をも超える知能と学習能力があるため、こうしてノンナの調査を手伝う事が出来るのだ。
「えーと……今度は『対魔王用兵器』じゃと?」
「ヒヒン?」
「まぁ待て今解読するからのう」
題名からして興味を唆られる物ではあったが、数分中身を解読したノンナの表情は失望の色に染まっていた。
「これはダメじゃな……噂話程度のあっっさい内容じゃ」
「ブルル……」
「そうじゃまたじゃな……己の強い好奇心で機密を探ろうとした結果追放された記者擬きじゃ」
この地下遺跡が全盛期だった時代は、どの時代よりも発達した時代である可能性が高い。
それ故か様々な手段による情報の伝達速度が速くなっており、我先と新しい情報に飢える者達が増えていった。
その強い好奇心故の無謀な情報収集を試みた結果、こうして囮家に追放される者が一定数いるというのがこれまで地下遺跡を調査してきたノンナの結論だ。
今回の日記もハズレという事でまたもや適当に放り投げようとしたノンナに、キングが彼女の行為を止めるように嘶いた。
「ヒヒーン!」
「何じゃお主……これにはもう何も情報はないじゃろ」
「ヘッ!」
「ちょ流石にその罵倒はワシでも凹むが!?」
今更ではあるが、ノンナがキングの発する言葉を理解出来ているのは、当然のように古代の日記に使われている聖術の文字をノンナが会得した事で、動物会話に使える聖術をノンナが開発したからである。
そのため、勇者パーティーの中で頭脳担当を担っているノンナとヴィエラの二人に下手すれば並ぶであろうキングの忠告を、こうして聞く事が出来るのだ。
「ヒヒン!」
「ぐっ……う、うむ……確かにそうじゃな……噂話程度の内容ではあるが、火のない所では煙は立たんと言うしのう……」
「ヒヒン」
「内容は無きに等しくとも、題名から汲み取れる物もあるというわけか……」
危うく放り投げそうになった日記を改めて見るノンナ。
その日記の題名を再び見たノンナは、まるで睨み付けるように目を細める。
「ふむ……『対魔王用兵器』か……もしそれが存在するのならばやはり下層か」
古代都市の崩落は人為的な物である。
それがノンナが導き出した結論だ。
もしそれが別の可能性だった場合。
例えば管理が杜撰だったり、整備不良だったり、偶然だったり、寿命だった場合。
これらの可能性であれば仕方がない、しょうがなかったと諦めがついたかもしれない。
だがこれは違う。
支柱を調査すればするほど、誰かが意図的に支柱を破壊して、上に住む古代都市の人々を不幸にさせたという事実が積み重なっていくのだ。
「ここの調査は終わりじゃな」
ならばその犯人には償わなくてはならない。
「行くぞキング。ちょうどノエル達の方も終わった事じゃしの」
「ヒヒン」
勇者パーティーとして。
そして人として。
その者の存在を許してはいけない。
そう思い、これから勇者パーティー全員で件の犯人を探すために合流しようとした矢先である。突如として、ノンナとキングは悍しい程の『圧力』を感知した。
『!?』
このような圧力を感知したのはこれで三度目。
一度目はゴード帝国で暗躍していた魔人。
二度目はドワーフを襲っていた
いずれも瘴気の力を持った邪悪な存在。
そして恐らく今回ノンナとキングが感知した存在もまた、それと同種。
即ち――。
「あれー? 幼いエルフに何かバカでかいバトルホースとか珍しい組み合わせだねー?」
軽薄そうな男の声が後ろから聞こえた。
「っ……貴様はやはり魔人――」
バッと後ろを向き、その者の姿を見た瞬間、ノンナの表情が固まった。
何故ならそこには。
「やぁ☆」
ノルドにも勝るとも劣らない筋肉盛り盛りの偉丈夫が、腰巻一枚だけで何故か上腕二頭筋を見せ付けるような姿勢をしていたのだ。
「……」
「……」
「……やぁ☆」
「……へ、変態だぁああああああああぁ!!!!!??」
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