第32話 撃進する愛の衝撃
「ノルドッ!!」
苦戦するノルドに物陰に隠れているガルドラが悲鳴を上げるようにノルドの名前を叫ぶ。
ここまでノルドは、相対する魔人が子供の姿を取っているせいか動きに精彩を欠いており、予想以上の苦戦を強いられていた。
「くっ……」
元より聖女の『奇跡』なしに人は魔と立ち向かう事は出来ない。その事実を体現するかのような悲惨な光景にグラニは目を逸らしてしまう程だ。
「ぐああああ!?」
痛みによって苦痛の叫びを上げるノルド。
自身の無力さを噛みしめながら見ている事しか出来ないガルドラは、ふと何かに思い付いたように顔を上げて、隣で自分達を護衛しているエルフの老婆へ声を掛ける。
「し、師匠さんよ!? アンタ強いんだろ!? あの時のようにすげぇ聖術でノルドを助けてくれよ!!」
ガルドラが思い出すのは、無数の
だが、そんな彼に師匠はゆっくりと首を振った。
「無理じゃな」
「……え?」
「わしの聖術は威力が高すぎて、ここの階層を崩壊させる危険性があるからじゃ」
「なんだよ……それ……」
マナとの親和性がどの種族よりも高く、尚且つ師匠は高齢なエルフだ。
エルフは年を重ねれば重ねる程、マナとの親和性が深まっていき、最低威力の聖術でさえも並みの聖術士を超えると言われているのだ。
師匠はそれを説明すると、師匠のこれまでの実力を知っていたガルドラとグラニは納得は行かずとも無理矢理飲み込むしかなかった。
(……)
――最も、それはあくまで攻撃性能のある聖術に限定すればの話だ。
狭い空間での戦い方は熟知しているし、支援系の聖術はここの階層を破壊する危険性もない。だが、師匠にはノルドを助ける気など元より無かった。
(ノルド……お主の力はまだまだそのような物じゃないじゃろう?)
初めてノルドを見かけた時は、奇跡が起きたのかと思った。
ノルドの持つ武器を見れば、それはガランドと共に長年構想し魔王に対抗するための特殊理論が施された『白銀のメイス』があった。そしてその白銀のメイスを見た瞬間、ガランドの倅であるガイアがやり遂げたのだと理解した。
それだけじゃない。
頭脳労働に関しては役立たずだからと適当に放置していた筈のカラクが、偶然か必然か計画の中で最大の障壁である『担い手』を育ててくれていたのだ。
師匠、ガランド、カラクの悲願である『完全な魔王討伐』に必要な存在が、他でもない勇者パーティーに所属している戦士、ノルドであった。
(天性の肉体に、類稀な戦いの才能……そして何よりもあのメイスを使うに足る真っ直ぐな精神……)
敢えて魔人を泳がせていたのは、魔人との戦いでノルドの力を見るためだ。
基本的な戦い方は
だが結果はこの苦戦だ。
(真っ直ぐ過ぎるが故、か……)
ならば子供の姿をしていた魔人を相手に遅れを取るのも無理はないのだ。戦いの素人にいや、ついこの間までただの一般人だったノルドに戦士の覚悟を問うのも無理な話なのだ。
「じゃが、もしそこまでの男ならここまでやって来れないじゃろう」
師匠は、いや師匠達は信じていた。
彼らが求めた存在は例え戦士の覚悟が無く、ついこの間までただの一般人でその先に過酷な運命が待っていようとも必ず前に進んで行ける存在であると。
彼らの求めたその存在は、そのたった一つの気持ちで全てを乗り越えられる筈だと。
――だから。
「不器用で上手くいかねぇけど、それでも世界が輝いて見える俺なりの『愛』って奴を!! 嫌って程見せてやるよぉ!!」
その純粋な気持ちを全てに見せてやれ。
「……乗り越えて、このクソッタレな世界の全てを吹き飛ばすんじゃノルド」
立ち上がったノルドを見て、師匠は笑みを浮かべた。
◇
「ならばこの私に見せてみろぉ!!!」
カイネが両腕を広げた瞬間、彼女の指から無数の瘴気で出来た糸が四方八方に伸びていく。
そして瞬時に糸を引っ張ると、糸の先で繋がれていた無数の
「彼奴らの『所有権』は既に私の手にある! この数を捌けるか勇者パーティーの戦士――」
「オラァ!!」
「――よ……は?」
一瞬だった。
ノルドがその場で武器を水平に振った瞬間、メイスから巨大な白銀の爆発が拡散し、
「何だ今のは……? 爆発の動きがこれまでとは違う……」
これまでの白銀の爆発はどれもがメイスを中心に放射線状に爆発が広がっていた。だが、先程の爆発は放射線状ではなく、まるで誘発するかのようにノルドの前方で拡散して行ったのだ。
「……今思えば、前から攻撃の威力を上げるために爆発を利用した加速をしてきたんだ。だけど俺は逆にその爆発を前に飛ばす事はして無かった」
もっと柔軟に、もっと自由に。
今のノルドが持っている戦い方は己の怪力と異常な重さを誇るメイスだけじゃない。
メイスから放たれる爆発はメイスに付属されている能力ではなく、ノルドの持つもう一つの戦い方なのだ。
「俺の『サラへの愛』がこの爆発の力なら、それを自由に動かせない道理はないよな?」
「ほざけっ!!」
腕を動かし、強欲の魔術による糸を操って再び無数の
「周りを囲む無数の人形だ! これで貴様は何も出来まい!」
先程のように爆発を前方に展開するやり方だと、左右と背後からの攻撃に対応出来ず、これまでと同じように放射線状の爆発を展開しても無数の
「これで終わりだ!!」
一斉に迫り来る無数の鎧。
だがそんな危機的状況に陥っても尚、ノルドは諦めなかった。
「爆発がメイスを前に加速させるなら、こう出来る筈だよな!」
ノルドは何かをしようとしているがカイネはそれでも余裕の笑みを浮かべている。だが次のノルドの取った行動によって、カイネは目を見開いた。
ノルドはメイスを地面に向けて、何と足元を爆発させたのだ。そしてその瞬間、ノルドの体は空中に向かって吹き飛んだ。
「なっ……!? 空へ逃げただと!?」
ノルドの予想外の動きにカイネは驚きを禁じ得ない。だがそれは一瞬で、ノルドが無防備に空中にいる事を見たカイネは嘲笑の笑みを浮かべる。
「はっ馬鹿め……身動き出来ない空中に逃げるとはな!!」
指を動かし、ノルドが先程までいた場所に殺到している
「うおおおお!!」
勇ましい咆哮と共に、またメイスの爆発が起きる。
「なっ――」
カイネは目の前で起きた光景に呆然とする。
何故ならそこには空中で爆発を炸裂させたノルドが、その爆発の衝撃によって空中にいながら方向転換したのだ。
「まだまだぁ!!」
再びの空中爆発。
今度は攻撃を回避するのではなく、対象を攻撃する為にノルドは飛翔する。
「何だこれは……これが人間の動きか……!?」
空中にいる
その光景は果たして一体誰が想像出来たのだろうか。空を飛ぶ聖術などよほどの熟練の聖術士で無ければ実現出来ず、ましてや爆発を利用して空中機動するただの人間など論外だろう。
だが現にここにいる。
不可能を可能する男の、その真骨頂がカイネの目に映し出されていた。
「……は!?」
ふと気付けば、ノルドは爆発を利用して瞬時にカイネの懐に迫ってきていた。
「しまった……!!」
しかしそこは流石の魔人の身体能力だろうか。ノルドの空中からの接近に気付いたカイネはすぐさま後方へと飛んで、メイスによる一撃を躱す。
スガァン!!
巨大な轟音と共にカイネが先程までいた地面を抉る。
その異常な威力の光景に顔を顰めたカイネだがその次の瞬間、足元の揺れと共にカイネのいる地面から白銀の爆発が起きたのだ。
「あ、ああああああ!?」
追尾する爆発。
これもまたノルドの編み出した新しい爆発の使い方だ。
「愛はどこまでも届くってな!!」
「くっ……」
爆発を受けたカイネは、やはり内に眠る飢えが癒えていく感覚がした。だが今はそれどころではなく、カイネは急いでノルドのいる方向を見ると、やはりこちらに向かってくるノルドの姿が見えた。
「集まれぇ!!」
そう叫び、所有している無数の
その違和感に眉をひそめるも、次にカイネは地面に瘴気を流し込み、地面の『所有権』を得た後に一部の地面を隆起させて
「これなら……!!」
ノルドとカイネの間には瘴気によって補強した分厚い壁。そして地面にも瘴気を張り巡らせており、先程の地面からの爆発も対策したとカイネは考えた。
だがカイネはまだ、ノルドという男の力を知らない。
「ぶち抜けぇ!!」
壁にメイスを叩き込んだと同時に、メイスの爆発がカイネが作り上げた壁ごと消し飛ばし、白銀の爆発をカイネの体に届かせたのだ。
「な、に……っ!?」
吹き飛んでいく己の体を何とか立て直し、今対峙している男の力を見極めようとする。
相手は勇者ではない。ましてや聖女でもない。ただの戦士の筈だが、どうして魔人を相手に圧倒できるのか。
だが幾ら考えても、皆目見当がつかないでいた。
しかしカイネは知らない。
この男はかつて
この男と戦うのなら防御よりも回避を優先した方が良い事を。
力だけなら勇者すらも超えるこの男の力を。
――これが、愛の力だというのか?
「くっ……ふざけるな……ふざけるなぁ!!」
一瞬浮かんだ考えを掻き消し、カイネはこれまで奪ってきた『所有物』を呼び出す為に、自身の中の瘴気を練り始める。更には『所有物』との間にある『所有権』を深く、そして太くする為に瘴気を集めていく。
「
そのためにはもっと、もっと瘴気を。
瘴気を……?
「何だ……?」
己の体に生じる不調。
あれ程集めていた瘴気は徐々に霧散していき、あれ程燃え上がっていた怒りの感情が萎んでいくのを感じる。やがて違和感は確信へと変わっていき、そして呆然とした。
「そんな……そんなまさか……」
いつの間にか、彼女の中に宿る瘴気の力が小さくなっていたのだ。
◇
「は、はは!! まさか、まさか彼奴やりおったというのか!?」
「ど、どうしたババァ!?」
「え、何!? 何なの!?」
突如として物陰から立ち上がり、まるで錯乱したかのように笑い声を上げる師匠。そんな師匠の様子をガルドラとグラニは引きながら見ていた。
「予想以上……いや! こんな物誰が予想出来るか!!」
魔の存在に対抗出来るのはどの時代でも勇者と聖女のみ。
勇者は信仰の力と聖剣によって魔王を滅ぼす事が出来、聖女はその奇跡によって世界を蝕む瘴気を浄化する事が出来る。
だが師匠達が目指したのは勇者と聖女を介さず、魔の力を滅する事が出来る手段を生み出す事。その要として意図せず現れたのがノルドという存在だった。しかしノルドは彼らの思惑を遥かに超えた力を使ったのだ。
つまりはそう、魔人を相手に肉体を傷付けずに体内の瘴気だけ滅するという荒技を。
「魔人にとって瘴気は生命活動のための力そのもの。聖女の浄化でも魔人は苦しみながら消滅する程じゃ……」
だが今目の前の光景で起きているものはこれまでの常識とは違う。
何度も爆発を受けたカイネはただ衝撃を受けて吹き飛ばされただけで、その体に傷はない。白銀の爆発も見た目は派手だが、ちゃんと階層を崩壊しないよう制御もされている。その上今までは聖女でしか成し得ない魔人の体内にある瘴気の浄化をノルドが成し遂げた。
「そう、そうじゃ……未練を残したまま瘴気によって死した人は、魔人へと転生する……」
だがそれは、見方を変えれば死んだ筈の生物が蘇生したという事はないだろうか。
過去には病によって瀕死の我が子を瘴気の中へと放り込み、敢えて魔人として復活させた事例がある他、瘴気による死者蘇生を研究していた時代もあった。
だがそれは魔王の発する瘴気によって魔人に転生した場合、どう足掻いてもその人物は魔王の走狗に成り果てるだけで、人々の望む死者蘇生ではないのだ。
「人間が生命維持のためにマナを宿す存在なら、マナから瘴気へと変わったのが魔人じゃ……じゃがもし瘴気が消え、代わりに白銀の爆発による生の感情が充填され、それによって生の感情がマナを引き寄せるとしたら……?」
魔人の体内で、瘴気の代わりにマナが宿る事になる。
そしてもし人間という定義がマナを宿した生物というのなら――。
「――それはつまり、魔人は人間になるという事か……!?」
もしその仮説が正しければ、最早人類が長年追い求めてきた魔人となった人々の救済という事になるのではないのか。
「は、はは……終わる、終わるぞ……!! 魔王に苦しめられた世界が、悲しみの時代が!!」
◇
「……」
呆然と座り込むカイネにノルドはゆっくりと近付いて行く。
「貴様は……」
ふと呟かれたカイネの言葉にノルドは足を止めた。
「一体、一体この私に何をした……?」
結界によって瘴気を抑えられていた状態とは訳が違う。減った瘴気は周囲の瘴気を集めれば回復出来る。
だが今の彼女の体内に宿っている瘴気の総量自体が小さくなっており、周囲の瘴気を取り込む事も出来なくなっていたのだ。
「この瘴気の量では、魔人である私の肉体は維持出来ずに消える筈だ……だが何故今でも私は生きている……?」
だが、そう言った彼女は自分の発言に驚く。
そもそも生きているという言葉は、マナを宿す生物が使う言葉だ。魔人である彼女は生きているとは言わず、人間にとってみれば彼女は死んでいる存在だろう。
「何故、私は生きているなどと……」
「そりゃあ、生きて欲しいに決まってるからだろ」
今の自分の状態に困惑する彼女に、ノルドが声を掛ける。
「何……?」
「最期に見た、感じた感情があれじゃあ悲しいだろ? 子供ってのはもっと未来に希望を持つべきだ」
白銀のメイスを通して読み込んだカイネの生前をノルドは思い出す。
生まれついた時から、本来子供が受ける筈の幸せを受けられず、ただ無邪気なままに心の穴を埋めようとした彼女の過去。そして結局何も得られず、されど何かを欲しがったまま死んだ彼女の最期を思い出す。
「確かについ最近まで嬢ちゃんのような境遇を知らない世間知らずだった。だけど嬢ちゃんを知った今、俺は俺の全力でもって希望を見せてやるよ」
悲しみに満ちた結末じゃなく、幸せに生きる未来のために。
「だから、生きて欲しいんだ」
「……お前は一体、何者なんだ」
その言葉に、ノルドは笑みを浮かべる。
「俺はカラク村のノルド」
好きな人のためなら無限の力を出せる男。
大切な友のためにどこまでも駆け付ける男。
そして――。
「子供のために理不尽を吹き飛ばせる男だ!」
その言葉と共に手を差し伸べるノルド。
差し伸べられた手にカイネは無意識の内に手を伸ばした。
――が。
『僕より先に『解放』されるのはダメだよー?』
突如脳裏に響く男の声。
「……ザイア?」
「いかん! 早く小娘の瘴気を完全に消し飛ばすのじゃノルド!!」
「は? え!?」
師匠の突然の言葉にノルドは一瞬狼狽る。
そしてその一瞬が、致命的だった。
「う、ぐ……ああああああ!?」
「ど、どうしたんだ!?」
「これは……瘴気の暴走か!?」
まるで決壊するようにカイネの体から瘴気が溢れて行く。そして溢れた瘴気は、この場に鎮座する対魔王用兵器である巨大ゴーレムへと流れて行くのをノルドは見た。
戦いは、まだ終わらない。
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