第31話 愛を知らぬ強欲の魔童

 ノルドは子供が好きだ。

 純粋で明るく、無邪気ではあるがこれから訪れる未来に希望を抱いている子供が好きで、サラと共に村の子供を率先して世話をしてきた。

 サラと子供が共に遊ぶ光景を見ては世の平和を実感し、村の力仕事を頑張ってきた。


 それなのに。


「どうした? 貴様はその程度の男だったのか?」

「……くそ」

「まさかまだこのに心が惑わされているのか?」


 姿をしながら子供らしかぬ嘲りで膝をつくノルドに言葉を送る魔人カイネ。

 そう、ノルドが対峙している魔人カイネという存在は、子供のまま瘴気で死に子供のまま魔人に転生した存在だ。

 その悲惨な境遇に同情し、子供の姿を取っている相手にノルドは自身の動きに躊躇が生まれ、こうして苦戦を強いられているのだ。


「ハァ……ハァ……ふぅ」

「……しぶといな」


 それでも負ける訳にはいかないと、地面についてしまった膝に喝を入れてゆっくりと息を整えながら立ち上がるノルド。


「チッ、このような結界がなければ貴様などすぐ終わらせるのだが……」


 忌々しく呟いた彼女の言葉通り、今いる場所にはノルドを中心に白い空間が広がっており、この空間内では瘴気の肉体を持つ魔人を弱体化させる効力があった。そのせいか、魔人カイネもまた動きに陰りが見えており、彼女の猛攻をノルドは何とか凌げていたのだ。


「だがそれもいいか。貴様にはまだ私の飢えを癒す光を出してくれないとなぁ!」

「……っ!!」


 魔人カイネの戦い方はまるで猛獣のようだった。

 超前傾姿勢による瞬間移動に指をかぎ爪に見立てて肉を切り裂こうとする猛獣の動き。更にはその小柄な体格を活かした小回りにノルドの攻撃は擦りもしない。


「どうした!? これでもまだ私を子供と舐めるか!」

「くっ……」

「こんな危機的状況に貴様はまだ迷っているのか! とんだ愚かな男だな!」


 図星を突く魔人カイネの言葉にノルドは何も答えない。

 子供の姿をした存在に武器を振るうという罪悪感、更にはこんな状況でも戦うか躊躇している己の覚悟のなさに失望をしていた。


(……俺は、サラと結ばれたくて戦士になった)


 サラのためなら魔獣でも魔王でもぶっ倒す覚悟で勇者パーティーの一員として臨んできたし、その覚悟をあの武闘大会でヴィエラや大勢の人々に示した。

 それが今やどうだろうか。

 相手が子供の姿をしているからという理由で心が重いと感じている自分がいた。武闘大会でヴィエラの語る『過酷な旅』という言葉に今更ながらに理解した。


 勇者パーティーとは。

 人々のために戦う戦士とは。


「……うおおおおおお!!」


 例え相手が子供であろうと、世界のためならば武器を振り下さなければならないのか。


 ――パシッ。


「……おい、何だその光は」

「……っ」


 ノルドの振り下ろしたメイスが魔人の片手によって簡単に受け止められた。

 いや、それ以前に。


「光が……ではないか!!」

「ぐあ!?」


 彼女の激昂と同時に吹き飛ばされるノルド。

 そのあまりの衝撃に意識が途切れ、数回地面を跳ねた後に壁と激突する事でノルドはようやく痛みと共に意識が回復する。


「あ、ぐ……」


 壁を背に地面に座り込むノルドの目にはかの名工ガイアの作ったメイスがあった。それで思い浮かぶのは先程、ノルドが彼女に攻撃した際に起きた不測の事態。


(……爆発の規模が、小さかった)


 そう、本来の爆発よりも規模の小さい爆発がメイスから発せられたのだ。まるで火打石を叩くと火花が出るような、そんな小さい爆発。

 顔を上げて見れば憤怒の形相でノルドの元へと歩む魔人の姿がいた。


「あの光は何だ? まさかあれで終わりではないよな? 私の望む飢えを満たしてくれるあの光はもう出せないというのか」

「――ッ!」


 本能がそこから逃げろと告げてくる。


「くっ!」

「避けたか……」


 横に転がった瞬間、先程までいた壁に魔人の拳が突き刺さる。

 痛む体に喝を入れ、転がった勢いで立ち上がったノルドは拳が壁に突き刺さった状態の魔人に向かってメイスで叩き込んだ。


 だが。


「……軽いな」

「なっ!?」


 ちゃんと魔人の体に叩き込んだ筈のメイスだが彼女の体は微動だにしなかった。まるでゴード帝国で初めて魔人モンドと交戦した時のような、純粋に攻撃が効いていない光景と同じだ。


「やはり気のせいではないな……貴様は弱くなっている」

「が、は……」


 魔人の一撃がノルドの体に叩き込まれ、息が止まる。


「光も消え、一撃が軽くなり、貴様には何が残っている?」

「ぐああああ!?」

「教えてくれないか? この私に、貴様を生かす、理由を!」

「ぐ、がっ、うごっ!?」


 一撃、また一撃。まるで嬲るようにノルドに攻撃を加えていく魔人に、ノルドは反撃する余裕も倒れる時間も無かった。


「いい加減この結界も鬱陶しくなったな。最初の時よりかなり範囲が狭まっているが、魔術が発動しないというのも気分が悪い」

「あ……ぐ……」

「この結界の出所も見当が付いているぞ。その貴様の右手と武器を繋げている布が結界を生むための媒介になっているだろう」


 物の見事に看破されていた。

 それもそのはず、ノルドの右手には武器を縛り付けるために布を巻かれているが、それは怪我の治療のためではなく本来はこの階層に充満する瘴気から身を守るために師匠が巻いたものだったのだ。

 魔人との戦いで普通に武器を持っている右手を使ってきた事から、怪我ではなく他の理由があるのだと勘付くのも無理のない話だった。


「やめ、ろ……!!」

「はっ何だ? その虫けらのような光は?」


 布を守るためにメイスの爆発を発生させたノルドだが、やはり爆発の規模が小さい。いやそれどころか先程の爆発よりかなり規模の小さいものになっていた。


「ふん」

「うあっ!?」


 胸ぐらを掴まれ、強引に投げ飛ばされるノルド。

 何とか意識を保つノルドだが、ふと右手が軽くなった感覚がした。


「……まさか」


 右手を見るとそこには、布を切り裂かれ、弱った握力によって武器を取り落とした右手があったのだ。その瞬間、ノルドを中心に広がっていた結界は消えてゆき、残ったのは魔人の発する異様な圧力。


「くくく……やはり心地が良いものだ! 魔王様の瘴気は!!」

「……最悪だ」


 ノルドがここまで生き残っていたのは、先程の結界があって物だった。

 それが無ければ弱体化されていた魔人の体は元に戻り、そして魔人の代名詞である魔術が解禁された事になる。


 ――即ち、ノルドの死が確定されたという訳だ。


「さて、先ずは貴様の左腕のからだ」

「何を……っこれは!?」


 魔人が不思議な言葉を呟いた瞬間、何とノルドのが勝手に動き出したのだ。自分の腕でありながら自らの意に反する動きは実に気味が悪かった。


「何で俺の左腕が!?」

「貴様の左腕には私が瘴気を流し込み、左腕の所有権を奪ったのだ」

「所有、権……?」

「そう、所有権とはそのモノを所有する主の権利。所有権が私に奪われたモノは全部……私の意のままに動く」


 その瞬間、所有権を奪われた左腕がノルドの首に襲い掛かり、強く首を絞めてきた。


「が……あ……!?」

「ははははははっ! どうだ? 自分の所有していたモノによって苦しむというのは!!」


 自身の手によって自分の首を絞めるある意味二重の意味で陥っているこの状況に、ノルドは地面に膝をつく。


(やべぇ……俺、死ぬのか?)


 心は折れかけ、更には左腕は無茶な可動によって骨も折れている。

 こんな状況であるにも関わらず、そんな上手くもない考えが過ぎっている時点で既に思考は現実逃避を図っていた。


(俺はどうすれば良かった? もっと覚悟を決めて戦いに集中すれば良かったのか?)


 それは戦士として正しい選択肢だろう。

 だがそれを選ばなかった。いや、選べなかった。

 根本的に、戦士たる覚悟が足りなかったのだ。


(子供の姿ってだけでもこんなに迷ってよ……やっぱ皆はすげぇよなぁ……)


 ノエルは同い年ながら国を守る仕事に就き、友のために頑張れる勇者だ。

 ヴィエラはその年でかなりの覚悟をしてきた頼れる姐御だ。

 ノンナは小さくても様々な知識で色々導いてきた尊敬する賢者だ。

 キングは凄い王様だ。


(そしてサラは……俺が恋した幼馴染は……)


 ――諦めない幼馴染だ。


「!? 何故だ……?」


 自らの手によって苦しむノルドの姿を見て、愉悦を感じていた魔人の顔に驚愕の表情が浮かぶ。何故なら目の前の光景には、首を絞められながらも立ち上がるノルドの姿があったからだ。


「……何なんだ貴様は……何故立ち上がれる? どうして心が折れない!?」

「あぁ……そうだよな……ようやく思い出したぜ……」


 首を絞める力は一度たりとも緩んではいない。だが立ち上がるのには、ようやく思い出した想いだけで十分だった。


(俺が死んで、目の前の魔人が野放しになってサラと遭遇したらサラはどうする?)


 心優しいサラの事だ。

 あの時ゴード帝国の魔人を倒した後で唯一サラだけが消滅した魔人に祈りを捧げていたのだ。やはり少女の姿をした魔人と遭遇してしまった場合、戦う事に躊躇するだろう。


(……だけど、それでも諦めない筈だ)


 諦めかけて、心が折れそうになったノルドとは違い、ちゃんと諦めずに立ち向かうだろう。勇者だとか聖女だとか魔人だとか義務とか。そう言った責任を理由に逃げず、ちゃんと真っ向から魔人と向き合うだろう。


「あぁそうだ……俺、馬鹿だったわ」


 迷うなんてらしくない。

 戦士たる覚悟なんていらない。

 

 馬鹿は馬鹿らしく戦いながら答えを決めろ。

 そもそもノルドの持つ覚悟は戦士のものじゃない。

 サラを守るために頑張る覚悟だけなのだ。


 ――サラを悲しみから守るためなら、どんな理不尽でも奇跡を起こして見せよう。


「うおおおあああああ!!!!!」


 息が苦しくて、意識が朦朧としている。

 それでも声を出して前に突き進む。


「どこからそんな力が!?」


 落としたメイスを空いた右手で拾い、真っ直ぐ魔人のいる方向へと突き進む。足取りは不安だが、攻撃は届かなくていい。


「食らい、やがれえええええ!!」


 ただ想いを爆発させろ。


「光が――!?」


 光り輝くメイスを地面に叩き付けた瞬間、メイスから白銀の爆発が二人の体を包み込む。魔人カイネはその衝撃によって吹き飛ばされ、ノルドは白銀の爆発によって左腕の所有権を奪っていた瘴気が消える。


 ――そして、記憶が流れ込んできた。




 ◇




 彼女は、とある小さな国のスラム街に住んでいた一家の娘だった。

 家は貧しく、日々を生きるのに苦労する日々。

 家族間に言葉はなく、それぞれが自分を優先していた。


 そんな家にいたくなくて、少女は物陰から表通りを歩く人々を観察していた。

 煌びやかな宝石を所持して自慢する豪商。食事処で舌鼓を打ち満足する客。和気藹々と楽しく歩く家族。それらは自分が持っていないものを持っていた。


 だから欲しくなったのだ。

 豪商から宝石を盗み、食事処から食糧を盗み、黙って見知らぬ家族の後を着いて行った。宝石を手にすれば欲が満たされるのか。食料を食べれば欲が満たされるのか。楽しそうな家族と共に歩けば欲が満たされるのか。


 満たされない。

 満たされない。

 満たされない。


 宝石の価値が分からない。

 美味しいという物が分からない。

 楽しいという物が分からない。


 やがて少女は捕まえられ、奴隷として連れて行かれた。

 とある商人に買われ、別の大陸へと連れて行かれた。

 曰くそこは無法の大陸にして女神から見捨てられた大陸。

 その大陸は、行き場を失った人々が流れ着く魔の大陸。


 そこで彼女は運悪く上陸した矢先に復活した魔王の瘴気によって苦しみながら命を落とした。


 苦しみながら少女は思った。

 ――全てが欲しかったと。


 こうして強欲な少女はいなくなり、そして強欲の魔人が生まれた。

 魔人となった彼女はその魔術で目につくものを全て手に入れた。だがそれでも……彼女は決してその飢えを満たす事はなかった。




 ◇




「これは……」


 ふと我に返ったノルドは、先程見えた記憶を思い返した。もしかしなくても、魔人カイネの生前人間であった頃の記憶だろう。

 どうして彼女の記憶が流れ込んできたのかは分からない。しかし、彼女の記憶を読んだ事でノルドはようやく魔人カイネと向き合うための答えを見つけたのだ。


 これはノルドの知らない事だが、先程の白銀の爆発で消えた左腕の瘴気の行方は、メイスの方へと流れていき、白銀のメイスの持つ『想いを読み取る』機能が過去の記憶として再生したものだった。

 一度ノルドの体を介したお陰でそのような結果が起きたのか、それとも別の要因なのかは分からない。しかし、これだけは言えるだろう。


 ――これをきっかけに、ノルドはもっと強くなるのだと。


「ぐっ……一体何が……」

「……魔人になってから色々手に入れたみたいだが、一つだけ手にしてない物があるらしいな」

「貴様一体何を言って……まさか、心当たりがあるのか!?」

「あぁあるさ、ありまくりだ……」


 武器を構え、でカイネを見据える。

 それでも無理矢理笑みを浮かべて宣言する。


「不器用で上手くいかねぇけど、それでも世界が輝いて見える俺なりの『愛』って奴を!! 嫌って程見せてやるよぉ!!」

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