第30話 その愛には何がある?
古代遺跡の下層、ゴーレムを研究、開発する階にて少女カイネと邂逅したノルド達。
少女をこのまま瘴気の渦巻くこの地下空間を置いていくわけにはいかず、ノルド達はカイネと共にこの階層を探索する事となった。
「嬢ちゃん大丈夫か?」
「あ、あぁ……大丈夫だ」
周囲に漂う瘴気から身を守るため、ノルドのメイスを中心に瘴気を退ける結界を展開しながら歩く一行。
しかしカイネはどうしてか具合が悪い様子だ。そんな彼女の様子を見ながら、ガルドラとグラニは心配そうな表情でカイネを慮る。
「……まぁこんなところで一人でいたらなぁ」
「まぁ……親と逸れて内心心細い筈さ」
彼女の年齢は見たところ、一桁ぐらいだろうか。
気丈な性格のようで、口調はその年齢にしては大人びているが、それでもまだまだ親の庇護を必要としている年齢だろう。
(本当に……村の子供と変わんないな)
ノルドはカイネの姿を見て、村にいた頃の記憶を思い出す。
ヤンチャで手の付けられないクソガキばかりではあるが、彼らの存在は村中の人々を笑顔にしてくれた。
(サラと一緒にあいつらの世話をしてたっけな……)
長いようで短い旅ではあるがすっかり望郷の念を抱いてしまった。
だからこそノルドは少女の境遇を想う。
彼女がここにいる理由を。
彼女の家族を。
ここにいる全員が各々カイネの背景を想像し、彼女の境遇に同情する。
一方そんな周囲の様子に気付いていないカイネは、周囲に展開されている結界の効力によって体の内に宿る瘴気が抑え込まれている事に息苦しさを感じていた。
(これが伝え聞く『奇跡』の力……? いや『奇跡』は聖女にしか使えないものだ。ならばこれは勇者の力か? だがあの男の持つ武器は聖剣ではなくメイスだ)
この結界は即座に彼女の命を奪う物ではない。
長くいてもただ具合が悪くなるぐらいでまだ我慢できる範囲。しかしそれ以上に彼女にとってこの光の結界に居続ける理由があるのだ。
(あの爆発の時もそうだ……この光の中にいると何故か私の飢えが癒えていく)
飢えが癒えていくという初めての感覚。だからこそ彼女はこの力の正体を知るために敢えて人間と偽り、ノルド達と同行する事に決めたのだ。
「よし! じゃあ話を変えようぜ! そう言えばゴーレムについて途中だったな!」
「……」
重たくなった空気を変えるために、先程中断してしまった話を師匠に促すガルドラ。
そのゴーレムという単語にカイネはスッと目を細める。だがそれは一瞬ですぐさま何も知らない子供のように首を傾げたため、誰も彼女の様子を訝しむ者はいなかった。
「よかろう、何も知らないお主に教えて差し上げようではないか」
「……前から思ってたがやけに俺に対して当たりが強くね?」
ガルドラの不満をスルーした師匠は、ゴーレムの制作経緯を説明し始めた。
「古の時代、今よりも遥かに聖術技術が発達した当時。人々は自ら課せられた労働に辟易し、代わりの存在を作り上げた」
奴隷よりも維持費は安く、気軽に使い捨てる事ができ、即戦力にもなれる夢の技術。それが
「そんな時代に魔王が現れた時、当然
「確かここの階層はゴーレムを研究開発する場所って言ったね? それじゃあその対魔王用兵器がここに眠ってる可能性が?」
「ある可能性が高いのう」
グラニの言葉に師匠が頷く。
魔王復活の報が世界各国に広まった今、人類は
だがそんなグラニの様子を、カイネは内心嘲笑する。
(残念だが、美味い話はそうそうないのが世の常だ)
対魔王用兵器として作られたゴーレムが最後にどうなっているのかはカイネと魔王に従う魔人しか知らない。
そんなありもしない希望を縋る愚かな人間を嘲るカイネだが、続く師匠の言葉で彼女は目を見開いた。
「じゃが、例え見つけても対魔王用兵器として扱えるかは別問題じゃがの」
(……何?)
困惑したのはカイネだけじゃなく、師匠の言葉を聞いたこの場にいる全員もだ。師匠の発した気になる言葉に一同は一瞬足を止めた。
「師匠、どういう事なんだそれ?」
「そもそも対魔王用兵器としての
だが足を止めた一同を気にも止めず、師匠は歩き続けていく。
ノルドは結界から範囲外に出る寸前の師匠を結界内に留めるために慌てて追いかけ、我に返ったガルドラ達も追いかける。
「そのような
「まさか……」
ノルドの気付きに師匠は頷く。
「そう、勇者じゃ。勇者の持つ力を
「勇者の力を再現って……そんな事出来るのかよ?」
「では聞くが勇者の力は何か知っておるのか?」
「確か女神ラルクエルドに対する信仰……って聞いたねぇ」
この世界の人間なら誰でも知っている情報だ。
女神に対する信仰が、女神の加護を持っている勇者の力になる。
そして信仰する者が多ければ多い程、勇者の力が無尽蔵になっていく。それが勇者の持つ力の正体なのだ。
だがそもそも。
「どうして信仰が力になるのか……気になった事はあるかのう?」
「それはそういう物じゃないのか?」
「これだから宿屋のおっさんは……」
「宿屋のおっさんは蔑称じゃないんだが?」
額に青筋を浮かべるガルドラを無視して言った。
「結論から言えばマナの力じゃ」
『マナ?』
聖術士ではないガルドラとグラニが聞き返す。
「マナとは全ての力の源にして生の力。また意思によって制御出来る唯一の力でもある。人々の強い信仰という名の
そしてその仕組みに辿り着いた古代の人々は、とある方法で対魔王用兵器を完成させたのだ。
「着いたぞ」
「こ、これは……!?」
「凄い……大きい……」
師匠が足を止め、眼前にそびえ立つ巨象に指を差す。
「信仰の力が人々の持つマナの力なら、同じく周囲に漂うマナを自動的に吸収し力になればそれは擬似的な勇者や聖女となるのではないかと考えたのじゃ」
全高二十メートルに及ぶ錆び付いた鎧の騎士。
これが、対魔王用兵器として開発されたゴーレム。
「でも、これは……!」
ガルドラやグラニが目の前の光景に興奮する中、ノルドだけは険しい表情でゴーレムを見ていた。この旅を通じ、仲間の聖術や奇跡を体験してきたノルドの目には、マナの代わりに瘴気を取り込み続けている光景が見えているのだ。
「――そう、此奴はついぞ戦いの場に立つ事は無かった」
「……え」
「魔王を倒すために、人類を守るために作り出された此奴は結局、間に合わなかったのじゃ」
完成直後にこの地の人々は魔王の瘴気に呑まれ、全滅。
最後に残ったのは人々が苦しみながら瘴気に犯された後、死んだ人々の負の感情が瘴気となった無人の空間のみ。
そんな空間の中、この巨大な鎧はマナの代わりに瘴気を取り込み続け、人間の扱う兵器ではなくなったのだ。
「寧ろ今の此奴は人間の兵器ではなく――」
「――そう、我々の物だ」
その瞬間、師匠へと襲い掛かるように飛んだカイネ。
突然の行動にこの場にいる彼らは彼女の行動に体が止まってしまう。
否。
「ぐうっ!!」
「チッ!!」
ノルドだけが師匠へと向かう彼女の攻撃をメイスで防いだのだ。
まさかの事態にカイネは距離を取るようにメイスを弾いて後退する。そのまま結界の範囲外へと抜け出し、周囲に漂う瘴気を物ともせずにノルドを睨み付ける。
「完璧な奇襲だったが……どうして私の攻撃に気付いた?」
「……それ、は」
「――あんな瘴気が漂っている中、小娘一人が無事にいられるわけないじゃろう」
口籠って返答に躊躇したノルドを遮り、師匠がそう指摘する。
「しかし人間を下等と見下すお主ら魔人が、よもや咄嗟に人間の振りをするとはのう?」
その言葉にカイネは目を見開き、そして師匠を怒りの篭った眼差しで睨み付けた。
「……何が言いたい」
「お主の考えている事はお見通しじゃ……そう、あの爆発の光は何なのかとか、どうして自分の飢えが癒えているのか、とか」
「!? 貴様何故それを!?」
「結局、お主は自身の飢えよりも自らの使命を優先したがの……憐れなものじゃ」
最後の言葉はどこか悲しげな物で、ノルドは初めて師匠から他者を憐む感情を見た。
「魔人である私を憐むとはな……ハァッ!!」
「くっ!!」
カイネが飛び掛かると同時にノルドが前に出て彼女の攻撃を防ぐ。
彼女の拳は重く、常日頃から尋常じゃない重さのメイスを持っているノルドでさえも苦悶の声を上げる程。
例え見てくれが子供でも、やはり目の前の存在は紛れもなく魔人なのだ。
「貴様の事は後回しだ!! 先ずはその厄介な老婆を潰す!!」
「そうは……させるかぁ!!」
「何っ!?」
持ち前の怪力を発揮し、カイネの体を吹き飛ばす。
サラの『奇跡』を受けられない今、ノルドは持ち前の身体能力で魔人と渡り合うしかない。幸いメイスの力でノルドの怪力だけは魔人相手でも通じていた。
(それでも……っ!!)
心のどこかで躊躇する自分がいる。
追撃した方がいいのに、体が前に進まない。
理由は勿論、分かっていた。
(魔人でも……見てくれが子供だからか……っ)
ノエルの言葉が脳裏に過ぎる。
『魔王には瘴気によって死んだ人間を『魔人』という存在に転生させる力を持っているんだ』
そう、死んだ人間。
つまり、目の前にいるカイネは子供のまま死に、魔人になった。
「村の子供と変わんない年なのに……!!」
曲がり角でカイネと邂逅したノルドは、意外な事にその時点でカイネの正体を魔人であると看破していた。
そのままメイスを振り下ろしてカイネに致命傷を与える事も出来た。この白銀のメイスであれば一撃の名の元に魔人を消し飛ばす事も可能だろう。
だがノルドは躊躇してしまった。
あろう事か無意識の内に子供の姿をした魔人に手を伸ばし、咄嗟に彼女の処遇を師匠に委ねてしまったのだ。
師匠は師匠で何か考えがあって、目の前の魔人をここまで泳がせたかもしれないが、もし魔人の気紛れで人間の振りをせず問答無用でノルド達に襲い掛かったりしたら一溜まりもなかっただろう。だから敵対した今となってはノルドが責任を持って相手と戦うしかないのだ。
「相手は魔人だ……躊躇するな……!」
躊躇すれば間違いなく目の前の魔人は誰かを傷付ける。
それは村のみんなかもしれない。
ノエルや、ヴィエラ、ノンナにキング。
そしてサラに、危険が及ぶかもしれない。
それでも。
「……やっぱ出来るわけねぇだろうがぁああああ!!」
勢いよくメイスを地面に叩き付け、周囲に爆発を起こして充満していた瘴気を吹き飛ばす。
「師匠!! そこの二人を頼む!!」
「……お主はどうするんじゃ?」
「はっきり言って頭ん中がモヤモヤしてどうすればいいか分からねぇ!」
きっと、自分は躊躇するのだろう。
苦戦して、余計に苦しむのかもしれない。
「それでも逃げるわけにはいかねぇ……! 責任から逃げる事も、目の前の脅威からも、残酷な現実であっても俺は逃げちゃダメなんだ!!」
メイスをしっかりと構えて、逸らしそうになる目に力を入れながら
「く、くく……やはり、やはりだ……!」
目の前の魔人は先程の爆発で全身に傷跡があるものの、瞬時に傷が癒えていく。
魔人の表情に怒りはなく、それどころか恍惚とした表情かつ血走ったかのような眼差しでノルドを見据える。
「私の飢えを満たしてくれるその力はなんだ? 欲しい……欲しいぞ!!」
「……っ!」
「それはなんだ? どうして貴様がそんな力を持っている!?」
「知りたいなら嫌って程教えてやるよ……!!」
「さぁ教えてくれ――」
――その力には何がある?
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