第29話 その愛が欲しい

 ノルドの初めての告白は星空が良く見える夏の夜だった。


「サラ、お前の事が好きだ」

「……え?」

「一番愛している」


 勇者の思いを語り、涙を見せた彼女に向かっての咄嗟の告白だった。もっと良いムードで告白すれば良かったとか、細かい不満点はあれど、この時に告白した事に後悔はない。


「うん? 私もノルドの事、好きだよ?」

「……!」


 その言葉を聞いて、ノルドの頭は歓喜に満ち溢れた。

 それでもふと嫌な予感がして、試しにノルドはサラに確認をする。


「……爺ちゃんの事も?」

「うん! お爺ちゃんの事も好きだよ!」


 確信した。

 ノルドの言う好きとサラの言う好きは別物だった。

 ノルドは恋愛感情からサラは家族愛かもしくは親愛から。


「違う……違うんだサラ。俺は……!」


 だからサラが分かるまで説明をした。よせば良いものを白黒はっきりしたいノルドは懇切丁寧に好きの違いをサラに説明をした。


 してしまったのだ。


「……そう」


 やがてサラはこの告白は家族愛でも、親愛でもなく、ただ恋愛感情による物だと理解した。理解、してしまったのだ。


「そ、それじゃあ……!」


 笑顔を浮かべたノルドは気付かない。

 告白の意味を理解したサラの返事が一体どうなるのかを。


 彼女は口を開いて――。


「嫌だよ」


 ただ無感情に。

 ただ淡々と。

 まるで普段のサラとは別人のような言葉を、彼女は言い放った。


 それでも。

 そう、それでも。


 ノルドは諦めなかった。




 そうして告白して、断られて、想いを伝えて、拒否されて。

 気が付けば、ノルドは暗闇の中にいた。

 そこには何もなかった。ただあるのは燃え上がるような恋心と冷たい悲しみの感情が、ノルドの体を包み込んでいる事だけ。


「サラ……俺は……」

『ごめんねノルド……』

「っ、サラ!?」


 暗闇の中に、何故かサラの声が聞こえた。

 振り向いても彼女の姿はいない。

 それでもノルドはその方向に向かって走っていく。


「サラ! どこだ! どこにいるんだ!!」

『ノルド……』


 会いたい。

 幾度の告白を重ねて、その度に玉砕しても、会いたい。


「サラ! サラァ!!」

『……ごめんね』

「何で謝るんだ! サラは何も悪くないだろ!! 悪いのは――」


 悪いのは、何だ?

 何故そこで、自分はその発想に至る?

 告白して、玉砕して、それがどうして他人のせいになる?


「……っ、サラ!!」


 訳が分からない。

 それよりも先に、彼女の姿が見たい。

 そう思って周囲を見渡すと、暗闇の中に一筋の光が見える。


「サラ!!」


 そこにいるのは間違いない、サラだ。

 だがサラの隣に誰かがいる。

 誰かが、サラと一緒に輝かしいばかりの光の道を進んでいる。


 ノルドはサラに近付くために、暗闇の中を走り続ける。

 だがそれでも距離は縮まらない。寧ろ目の前に見える二人との距離はどんどん引き離されていく一方で、暗闇の中にいる自分はどんどん暗闇に引きずり込まれていくような感覚がする。


「サラ……! 待ってくれ……!!」

『ごめんね……私はこの人について行くよ……』

「誰だ……! 誰なんだその人ってのは!!」


 そしてふと、勇者という単語がノルドの頭に過ぎる。

 まさかと思い、ノルドはサラの隣を歩く人物を見ると、そこには見覚えのある鎧があった。


「ノエル……なのか?」


 見覚えのある鎧。しかし顔や姿はぼやけて見えない。

 目を凝らし、その人物の正体を見ようとするが、その前にその時がやってきた。


「……!? な、何だあれは……!!」


 サラと勇者らしき人物の前に大きい、人間とは思えない程の大きい女性が佇んでいた。

 まるで花嫁と花婿を待つ神父のように待つその神々しいと思える女性が、サラと勇者らしき人物に微笑んでいる。


 そして。

 彼女はノルドを感情の見えない瞳で見つめた。





『どうして、私の愛しい子の幸せを邪魔するのです?』





 ◇



「あぁっ!?」

「うわぁ!?」


 得体の知れない寒気を感じたノルドは飛び起きた。

 その様子にガルドラがびっくりして、後ろにひっくり返り、グラニがガルドラを支える。


「すまん姉ちゃん……おいおいいきなり大声を上げるなよ」

「はぁ……はぁ……」

「何だい? なんか悪い夢でも見たのかい?」


 心配の言葉をかけるグラニにノルドは先程見た夢の内容を思い出そうとするも、思い出せない。ただ分かっているのは『悪夢』という事だけだ。


「なんか……嫌な夢を見たような気分だ」

「はは、見りゃあ分かるよ」

「……それよりも、ここは?」


 最後に覚えているのは師匠が加減を誤り、遺跡の崩落を招いた事だ。

 それによって下へと落下していき、どうやらそこでノルドは気絶したらしい。だから妙に頭が痛いと思って頭を抑えるために腕を上げようとすると、かなりの重りが腕に掛かった。


「う、お……あ、あれ? 何でメイスが……」


 見ればメイスを掴んでいる右手はメイスを離さないように布のような物で巻かれていた。それもかなり強く巻き付けてあり、ナイフでも使わない限り解けないだろう。


「あー起きて早々悪いが、その布を取るなよ? それは今じゃ俺達の生命線になってるからな」

「ど、どういう事だ?」

「痛む頭で頼むのは悪いと思うが、ちょいっと周りを見な」


 そう言われてノルドは周りを見渡すと、そこにはノルドを中心に白い半透明のような円形が凡そ半径十メートルに広がっている光景だった。


「こ、これは?」

「あのババァ曰く、ここの地下はに溢れていて生身の状態だと危険だから、兄ちゃんのメイスと兄ちゃんの力をその布で繋げて結界にしたんだとよ」


 力、というのはメイスの爆発に使用されるノルドの愛の力だ。

 強烈な『生の力』は『負の力』である瘴気を跳ね除ける要素があり、だからこそ白銀のメイスがあるノルドはサラの力が無くとも魔の者を退ける力を持っているのだ。


「確かその布は『生の力』を結界にする力があるってあの人が言ってたねぇ」


 ノルド一人では『生の力』を引き出す事は出来ず、白銀のメイスを手にしている状態で初めて内側の力を外に出す事が出来る。

 だからこそノルドの愛の力を結界に転用するにはメイスを持たなくてはならず、こうして布できつく縛られているのだろう。


「なるほど……それで、師匠は? この結界にいないようだが大丈夫なのか?」

「あのババァはババァで、自力で瘴気を何とかする方法があるらしいからな。兄ちゃんが気絶している内にこの地下を探索しているんだ」

「そうか……」

「ところで、何か気付かないかい?」

「え?」


 グラニの言葉にノルドが首を傾げる。

 そんなノルドにグラニは笑みを浮かべて、コンコンとを叩いた。


「この床さ」

「床? ……あれ? 土、じゃない?」


 汚れてはいるが、よく見るとノルドのいる床は上の階層とは違い何かの金属で出来ていた。

 それも床だけじゃない。崩落して穴が空いている天井はともかく、壁までもが一面硬い金属で出来ているのだ。


「一面鉄のような鋼のような金属で構成されているんだこの階層は!」

「姉ちゃん随分と興奮してるなぁ」

「これが興奮せずにはいられるかい! 探索者をやって来て何じゅ……何年やって来た事か! こんな深い階層まで降りて来た探索者は恐らくアタシ達ぐらいだよ!」

「今姉ちゃんサバを読んだな?」


 グラニによってぶん殴られているガルドラを他所に、ノルドは立ち上がって周囲を見渡す。さっきまでいた階層とは違い、ここは明らかに異質だった。

 まるで見渡す限りの光景が鉄の延べ棒で敷き詰めているかのような感覚。今までの生活で見て来た石、木やレンガなどの建築素材を使った建築物とは違う不気味な光景が、ノルドの不安を煽ってくる。


「何だろうな……人が住んでる感じがしないっていうか」

「事実、ここの階層は人が住むような場所じゃないからじゃよ」

「うわぁ!?」

「きゃぁ!?」

「ゲェ!? ババァ!!」


 突如として現れた師匠に全員が驚きの声を上げる。

 気配も音も何もせず、いきなりノルドの隣にいたのだ。驚くのも無理はないだろう。

 そんな彼らに驚かれた師匠は気にも止めずに手に持った酒瓶を呷る。


「いや、それ俺の店の……じゃない!?」

「転がってたから持って来た」

「ちょ、それ何年前の物だい!? 普通に飲んでるけど大丈夫なのかい!?」

「いや、マズいねぇ……」

「それでも飲むのを止めないのな……」


 顔を顰め、マズいと言いながら一気に呷った師匠はそのまま古代の酒瓶をどこかへと放り投げる。そして酒瓶の割れた音が鳴り、グラニは「古代の遺産が……」と嘆いた。


「さてお主ら、ここで面白いものを見つけたぞ」

「何か見つけたのか師匠?」

「先程戦ったゴーレムを覚えているかのう?」


 師匠が歩き出し、ノルド達も師匠に追従していく。

 中心であるノルドが動く事で結界も動き、ガルドラとグラニはその結界から出ないように気を付けながら二人の話に耳を傾ける。


「ゴーレムって……あの動く鎧の事か?」

「そうじゃ。ここの階層はあのゴーレム共を開発、研究する階層でな。当然ゴーレムに関する技術がわんさかあるんじゃ」

「わんさか……!!」


 ロマンを追い求める探索者のグラニが目を輝かせて師匠の話に食いつく。

 そんな彼女の様子に引きながら、ガルドラが至極真っ当な質問をする。


「いや、そもそもゴーレムって何だよ……」

「はー……そこからか? そこから話をしないとダメかのう?」

「スゥー……フゥ……よし、ちゃんと抑えてるぞ俺……」

「チッ」

「オイィ!? 今舌打ちをしたよな!?」

「それよりもノルドや……」

「っ……あぁ、そこの曲がり角に何かいるな」

「うわ……え? 何? 急に真面目になると俺、切り替えられないんだけど……」


 師匠の言葉にノルドがメイスを構える。

 ガルドラやグラニには分からないが、どうやらそこの曲がり角に何かの気配を察知したらしく、一行は息を潜めて曲がり角へと徐々に近付いていく。


「ノルド……メイスに力を込めるんじゃ。それで結界の範囲も広がるぞ」

「よし……!」


 メイスが徐々に光り輝いていく。

 それと同時に結界の範囲も広がり、これでノルドが先行してもガルドラ達は十分余裕を持って結界の範囲内にいられるだろう。


 そして。


「よし今じゃ!」

「うおおおおおお!!」


 師匠の合図と共に、曲がり角へと突っ込んでいくノルド。

 メイスを大きく振り上げ、対象に攻撃を仕掛ける……その時、ノルドはここで初めて対象の姿を見た。


「……っ!?」

「子供……!?」


 黒く長い艶やかな髪をした美少女。

 そんな彼女が突如として現れたノルドに目を大きくしていた。


「輝きを止めるでないノルド!」

「っ!!」


 咄嗟にメイスの爆発を抑え込もうとして、結界を維持している輝きすら止めようとするノルドに師匠が声を上げる。

 寸前のところで輝きを維持するのに成功したが、それと同時にメイスの爆発を止められず、ノルドのいる一帯がメイスによって爆発した。


「ちょ、戦士の兄ちゃん!?」

「……爆風はあるが衝撃がないのう……咄嗟に威力だけ無くしたか」


 その言葉の通り、爆風やそれに伴う爆発音はあるもののその爆発に殺傷力はなかった。やがて爆発によって舞った土埃が晴れていくと、ゲホゲホと咳をしながら手で埃を散らしているノルドと、呆然と目を開いた少女の姿があった。


「ゲホゲホ……あーすまん、大丈夫か?」

「……っ! あ、あぁいや……問題ない……」


 そう言って、ノルドが差し伸べた手を掴んで起き上がる少女。

 そんな少女を見て、ノルドは師匠に目を配った。


「師匠……」

「――そうじゃな。恐らく何らかの拍子でここに落ちた子供じゃろう」

「おいおい子供一人で落っこちて良く無事だったな!」


 ガルドラが笑みを浮かべて、少女を安心させようと明るい声音で話す。


「だがもう心配ないぞ? こっちには勇者の仲間である兄ちゃんと、頭はおかしいが腕の立つババァがいるからな! 嬢ちゃんの名前は?」

「……カイネ」


 どこか心ここに在らずのような少女、カイネ。

 これが、ノルドとカイネの初めての邂逅であった。







(何だ……さっきの爆発は?)


 先程の爆発を受けて、何か心の飢えが癒えた感覚がした。

 飢えを満たすために様々なものを欲したカイネだが、それでも飢えを満たす事は出来なかった。しかしここに来て初めて苦しさが和らいだ気がしたのだ。


(確か……勇者の仲間と言ったな……)


 爆発はあの戦士のメイスから発せられたものだ。

 つまりあのメイスから自分の飢えを満たす何かがある。


(……欲しい)


 もう一度、もう一度あの感覚が欲しい。


(その爆発が欲しい……!)


 魔王のためにとここに赴いた理由が吹き飛ぶほど、カイネの頭はノルドの起こした爆発についていっぱいになっていた。

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