第28話 それも、あれも、これも愛
ここは古代都市の地下にある遺跡の、遥か下。
様々な探索者がここを進み、そしてついぞ誰も帰還する事が叶わなかった闇。
この道の先は見通せない。
その内どこからやって来たのか思い出せなくなり、徐々に減っていく物資に余裕がなくなる。
進めば進む程、先の見えない道に己は一体何のためにやって来たかと無意識に自問していき、やがて葛藤するようになる。
進むか、帰るか。
あと一歩進めば、目的に辿り着けるかもしれない。
しかしここで一歩戻れば、家に帰れるかもしれない。
しかし、そう考えれば考える程自分の首が締まっていく事に気付かない。
そして最後の最後で気付くのだ。
ここは長い年月をかけ、偶然によって生まれた天然の冥道であると。度重なる崩落と掘削によって誰も把握出来ない死の迷宮となっていると。
自分なら踏破出来ると欲を掻いてしまった者の末路がこれだ。
願わくばあの頃に戻れるなら、自分は夢ではなく日常を選びたい。
「……それがこの探索者の死に際に思った事でした、めでたしめでたし」
横たわるボロボロの衣服を纏ったミイラの前で、腰巻一枚の偉丈夫がつまらなそうな声音でそう締め括る。
魔術の力で生前の思念を解放し、最初はワクワクしながら思念を読んでいたのだが、似たような境遇のミイラが多い事に男は退屈をしていった。
「死に際が後悔だらけなんだけどここの人達。死に際に自らの過ちに悟ってるのはいいけどさ、流石に二番煎じが多すぎない?」
いや、逆に言えばこれが人間の行く着く先なのかもしれない。
最後の最後でそのような暗い感情に包まれながら死んでいくのが、人間の死に方なのだと男は思う。だがそれと同時に彼らに憐みを感じていた。
「後悔はいつだって後から来るというけどさ、今際の時にも来るって中々どうして趣味が悪いとは思わない?」
そう、例えばこの世の理を作った女神だとか。
女神がそう定めたからこそ、人間はこのような最期を迎える事になるのだ。
そうと思って、同行している少女からの同意を期待したのだが、少女は彼の言葉を気にもせずに歩き、進んでいく。
「反応もなしとかキツいだけど〜」
坑道のような場所を先んじて歩く少女を男は急いで追い掛ける。
少女の表情は何も変わらず、だからこそ男は愚痴を呟く。
「ねぇ〜僕達って相当深く潜ったけどさぁ……本当に存在するの〜?」
腰巻一枚の偉丈夫、ザイアは頭の後ろで手を組みながら隣を歩く少女にそう声を掛ける。
少女は顔色を変えずに、歩き続けながらようやく口を開く。
「貴様も魔人なら分かるだろう……この地下には膨大な量の瘴気が溜まっていると」
「まぁ確かに感じるけどぉ〜……それって知らずの内に生き埋めにされた自称王様達の恨みの感情とかじゃないの? それだったら、こんな態々地下を進むことないっしょ」
あ〜家に帰ってゴロゴロしてぇ〜とザイアは呟く。
そんな駄々を捏ねる腰巻一枚の男に、艶やかな黒髪の少女カイネは顔をヒクつかせて怒りを溜め込んで行く。
一体どうして私がこのような変態と組まなければならないのかと考えつつも、カイネは律儀に説明をした。
「……私らの目的はそのような者達ではない。私ら魔王軍に対する憎悪や怒りを込めて作り上げたにも関わらず、日の目を見ることもなく、忘れ去られた遺物だ」
「そんな事分かってますぅ〜今更説明とかしなくても分かりますぅ〜」
ただ家に帰りたいがための愚痴らしい。
そのあまりの態度に懇切丁寧に説明をしてしまったカイネは、これまで止めなかった歩みを止め、見る者を震え上がらせる表情を浮かべてザイアへと振り向いた。
「あっごめんなさい」
「……クソが」
ケッ、と吐き捨てた彼女は再び前に振り向き、歩みを再開した。
その時である。
「あっ、そう言えば来てるよ?」
「……何がだ」
一瞬間が開いたのは先程のやり取りのせいだろう。
「ゆ、う、しゃ!」
「……勇者か」
「我らが魔の者に対する天敵にして女神と人類の切り札! ……どうやら僕達が起こした破壊行動でこっちに落っこちたみたいな」
相変わらずこの男の妙な感知能力は分からない。
だが自分達の目的よりも自身の興味にだけにその力を使うのは些か目に余る。だからこそカイネはそんなザイアの行動を戒めるために注意しようとするが……。
「……ザイア。分かると思うが私達の目的は勇者ではなく――」
しかしそう振り向いた時にはもう遅かった。
カイネの隣にはあの腰巻一枚の変態偉丈夫の姿はおらず、ただ暗闇だけが広がっていた。
「……クソが!」
我慢、我慢とザイアのふざけた態度に耐えてきた感情が爆発する。
しかしその怒りをぶつける相手はもう離れ、カイネは暫くザイアのいた空間を睨み付けた後に、再び先へと歩いていった。
しかしよく見れば彼女の歩く地面は全てひび割れており、頭では冷静に努めようとするも、どうやら体の方は怒りが滲み出ていた。
◇
「それでお姫様は好きな人と結ばれて、幸せに暮らしましたとさ……めでたしめでたし」
手元にある本の内容をそう締め括ると、周囲の子供達から歓声が湧き上がる。
語り部であるサラもまた、この小説の内容に感動し、ノエルから声が掛かるまで余韻に浸るほどだ。
「お疲れ様サラ。どんな本を読み聞かせてたの?」
勇者の登場に子供達が先程までの興奮とは違った興奮を見せる。
中性的で美しい容姿に男性陣は顔を赤らめ、女性陣は物腰静かでありながら理想の王子様像その物であるノエルに黄色い声援を送っていた。
そんな彼らに微笑ましげに見たサラは、ノエルの問いに答えた。
「これはね……男として育てられてきたお姫様が最終的に本当の自分を見つけて好きな人と結ばれる話だよ!」
愛の物語であり、冒険活劇物でもあり、そして主人公が成長する物語とサラは言う。
複数の要素を組み合わせながらも全く破綻もせずに大団円で締め括った小説に、サラはノエルに熱弁していく。
だがノエルは、最初にサラが語った小説の内容を聞いてからどこか様子がおかしかった。
「それでそれで……ノエル?」
何か思い詰め、上の空のようなノエルにサラは心配してノエルに近付く。
その反応はまるであの戦士選定大会の時に似ていた。一人だけ思い悩み、苦しそうなノエルの時と似ていたのだ。
「どうしたのノエル、大丈夫?」
「……え、あ、うん……ごめん僕は大丈夫だよ」
心配かけまいとするノエルだが、その声音はどこか痛々しいような印象を受ける。
(うん……僕は大丈夫)
ノエルは必死にそう思い込もうとする。
物語と、現実は違う。
だから決して羨んだりしてはいけない。
(本当の自分を見つけて、好きな人と結ばれる……か)
羨んだりしてはいけない。
それでも、その物語の主人公が歩んできた道に羨望の念を抱かずにはいられない。
どうして自分はその主人公のように生きられなかったのか。どうして自分はこんな辛い思いをしなくてはならないのか。
『貴様は自覚しているのか!? 我が家のために貴様を男として育ててきたのだぞ!!』
父の言葉がノエルの脳裏に蘇る。
そう、男として育てられてきたのだ。
そこに疑問の念を抱いては行けない。自らの違和感に気付いては行けない。
アークラヴィンス公爵家の次期当主として。そして周囲の期待する勇者としてノエルは父の理想の息子を演じる。
大好きな姉を失った後ではもう遅いかもしれない。
だけど、それでもこれ以上何かを失いたくない。
(……ノルドは今、どうしてるのかな)
ふと、無意識の内にあの暗闇から引っ張ってくれる眩しい笑顔を浮かべた友人の顔が、頭に浮かんできた。
それが今、妙に恋しかった。
◇
「うおおおおお!」
メイスを振るう。
それと同時に白く輝く爆発が対象の体を包み込む。
「流石勇者パーティーの戦士様だぁ!」
鎧をひしゃげさせながら、遥か彼方に飛んでいく鎧の化け物を見たガルドラがノルドを褒め称える。
だがそんなガルドラに、グラニが険しい表情で嫌な現実を教える。
「まだまだ数がいるよ! このままじゃジリ貧だ!」
更に深く地下へと落ちてしまったノルド達。そこに現れたのは頑丈そうな鎧を全身に身に纏う正体不明の敵。
宿屋の親父であるガルドラや、探索者として多少なりの自衛手段を持っているグラニではその敵に対する有効的な攻撃を与える事は出来ない。
現状でその敵に有効打を与えられるのがノルドと師匠なのだが……肝心の師匠はどこからか持ってきた酒瓶を呷っていた。
「いやよく見たらそれ俺の宿の酒じゃねぇか!」
「それよりも何呑気に酒なんて飲んでんだい!?」
「飲める時は〜飲んでいかないとのう〜」
絶体絶命の状況なのに、一人だけ楽しげだ。
ほぼ無尽蔵な体力を持っているノルドではあるが、流石にこの数を相手に守りながら戦う事は出来ない。
「しまっ!?」
そしてついに、ノルドは抑える事が出来ずに鎧をガルドラ達へと向かって行くのを許してしまったのだ。
「逃げろみんな!!」
「くっ……!!」
「くそ、逃げ道がもう……!!」
今から向かっても間に合わない。
いや、向かおうとするノルドを無数の鎧が立ちはだかって助けに行く事も出来ない。
それはまるでノルドを行かせないように連携しているようで、これらの鎧からより効率的に侵入者を撃退する冷たい悪意すら感じる。
「そこをどきやがれぇ!!」
白銀の爆発と同時に道を切り開く。
だがガルドラ達を襲い掛かる鎧の剣は既に振り上げており――。
「――何じゃい、おちおち酒も飲めんのう」
その瞬間、剣を振り上げた鎧はそのまままるで鋭利な何かに切り刻まれたように、バラバラとなった。
『……は?』
その光景に師匠以外の三人は呆ける。
だがノルドまで呆けたのが行けなかったのだろう。
ノルドの脇を通って無数の鎧が師匠の元へと向かっていく。ノルドはそれに気付いてすぐ鎧に攻撃をするも何もかもが遅かった。
「流石にドワーフ武器といえどまだまだメイスの使い方が分かっとらんからのう……まぁ仕方がない、わしが助けてやろう」
しかし、ノルド達には師匠がいる。
崩落による被害をたった一人の聖術によって全てを救い出した規格外のエルフの聖術士。
宮廷聖術士であり天才の名を欲しいままにしている小さい仲間の事を知っているからこそ、ノルドは師匠の実力を規格外だと感じている。
師匠が指を、迫り来る鎧に向ける。
そして。
「
『はぁ!?』
まさかの詠唱のど忘れ。
だがその聖術は仲間が得意としている風の聖術で、ノルドは使えないもののそれでもその聖術の詠唱は覚えている。
「マギカだよ師匠!! マギカ、マーギーカッ!!」
「あぁそうじゃったわいマギカねマギカ」
「いや早く詠唱してくれ!?」
呑気に得心する師匠にガルドラとグラニは互いを抱き締めて絶望する。
そんな二人に目もくれず、師匠は面倒臭そうに再び指を鎧へと向けた。
「めんどいからこれでいいか――」
――
「……は?」
その瞬間。
ノルドの前に広がる強烈な風の弾幕。
何が起きたか分からない。
ノルドはそう思う程目の前には理解を超える光景が広がっている。
『GAAGGGAGGAGAGA!?』
『AAGGAGAAGGAA!?』
『PPPPAPAAAGGGA!!!』
飛んで、千切れ、バラバラになっていく鎧から発せられる理解不能な悲鳴。
あの天才少女から多少ではあるが一応聖術の知識を教えて貰った筈なのに、師匠の放つ聖術がノルドの理解を超える。
あぁ確かにノルドは聖術士ではない。
しかし断言出来る。
「……滅茶苦茶だ」
文法を無視した単語の羅列のみの聖術発動。
ノンナでさえ馬鹿馬鹿しくて考えすらしなかった方法。
本来ならただ単語を連呼するだけで聖術は発動する事はない。ましてや、正しい文法による詠唱で強化される聖術のそれを遥かに超える物など起きる筈がない。
「師匠……一体アンタは何者なんだ……?」
「……ちと、やり過ぎたわい」
「は?」
珍しくバツの悪そうな表情をする師匠。
その理由を聞こうと動いた瞬間、ノルド達は理解した。
ピシ、ピシ、バキ。
『あぁ……』
ゆっくりと地面を見る。
そして、静かに師匠の方へと見る。
「やり過ぎだこのクソバ――」
ガルドラがそう文句を言おうとした瞬間、彼らは再び崩落に巻き込まれた。
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