第27話 愛思う、故に愛あり

「お主は……本当にその娘と結ばれたいと思っているのか?」

「なん……だと……?」


 事の始まりは、ノエル達がいるであろう地下図書館に向かうため、崩落の影響で崩れた囮家の出口を掘っていた所まで遡る。

 ノルドが白銀のメイスによる爆破工事をしていた頃、暇で仕方が無かった師匠が唐突に「よし、恋話をしようじゃないか」と発言したのだ。


 誰もが師匠の突飛な発想に呆れ果てたが、沈黙するよりかは何か話していた方が気が紛れるという事で恋話大会が始まった。

 そしてノルドの番がやってきて、案の定サラへの想いを語るノルドではあるが、最後まで聞いた師匠が上記のようなセリフを発した事で恋話で盛り上がっていた空気が冷えたのだ。


「お、おいおい……兄ちゃんの熱弁を聞いただろ? 兄ちゃんは自分の想いを貫くために危険な魔王討伐の旅に出たんだぜ? 間違いなく、結ばれたいと思っているだろ」


 宿屋の親父であるガルドラがノルドを擁護する。

 しかし師匠はずっとノルドへと目を向けたままだ。


「これまでの話を聞いてきた限りでは、お主は自分の想いを告げているが尽く失敗しておるではないか。どうして失敗すると思う?」

「そ、それは……何回も告白しては玉砕して、めげずに告白していたら何故かいつものお約束だと認識されてあまり相手にされていないから……」

「意外と現実を認識出来ているんだな……」


 失敗しても諦めずに告白していると聞けば、諦めの悪い性格かもしくは何も考えていない性格かと誰もが思うだろう。

 確かに諦めの悪い性格ではあるのだが、それ以上に自分がサラを振り向かせられなかったら何もかもが手遅れになるという漠然とした認識があるためにこうして告白をし続けているのだ。


「いいや」

「……え?」


 だが、そんなノルドの考えを師匠はバッサリと否定した。

 そして次に師匠が発した言葉によって、ノルドは目を見開く。


「それは、お主自身を好きになって貰う努力をしていないからじゃ」

「なっ……!?」

「勇者の事が好きでも、諦めたくない……確かにその志しは立派じゃがしかし! 甘すぎる!! お主は今まで想い人の意中の相手を知っていながら、それを無視して自分の想いを告げてきた!! それでどうやって結ばれると思っているのじゃっ!!」


 その言葉のあまりの衝撃に、ノルドが膝から崩れ落ちた。

 慌ててガルドラやグラニが支えてくれたものの、それでもノルドの顔は呆然としていた。


「俺は……結ばれる努力をしていなかった……?」

「その者と結ばれたいのなら、先ずはお主自身を好いて貰う必要があるのじゃ……じゃがそれに気付かないのも無理はない……お主らはこれまで幼馴染として共に過ごしてきたからか、恋情と友情の区別が付いていないようじゃからのう」


 距離が近いからこそ気付けない感情がある。

 確かにサラはノルドの事を大切だと思っているのだろう。

 しかしそれは、異性として大切にされているのか、それとも友人として大切にされているのかはノルドでも分からない。


 そう、認識出来ていないのだ。

 そしてそれが今のノルドの抱えている問題点。


「お主は……ダンディリスムラを知っておるか?」

「……知らない」


 ノルドの言葉に、周囲の人々も同様に頷く。

 どうやら誰も師匠の放った単語の意味をする者はいないようだ。


「突然変異を起こしたリスの一種でな……人里から離れた森の奥にリスが村を作って人間のような生活をしている事からリスムラと呼ばれるようになったのじゃ」


 ここまでの話を聞いても、周囲の人々に心当たりはないようだ。


「まるで人間のように彼らの言語で話し、毛皮の上から葉で作られた服を着ている動物なのじゃ……そして子供のリスムラが成人となると、とある趣向が生まれる」

「その、趣向ってのは?」


 グラニが胡散臭いものを見るような目で師匠に質問をした。


冷静クール孤高ロンリー渋い大人ダンディ……つまりそのダンディズムとやらに憧れて真似をするオスのリスになるのじゃ」

「……はぁ」


 ちょっと予想の斜め上の話を聞かされたグラニは気の無い声で反応した。

 一部の人々はそのダンディズムに何か心当たりがあるのか冷や汗を掻きながら挙動不審になっていたが、師匠は彼らに構わず話を続ける。


「ダンディズムを真似るリスムラ……略してダンディリスムラとなった個体は、通常のリスムラとは違う求愛行動を取るようになる」

「はぁ……求愛行動……」

「さり気無く意中のメスに近付き、さも偶然のようにやり取りをしてふとした無意識の優しさを見せる……そうして相手が自分の事を好きになるのを待つのじゃ」

「やり口が狡猾!?」


 しかしやり口はともかく、先ずは形から入るダンディリスムラの服装は、渋い大人のような格好にしているらしい。姿や雰囲気はダンディであるとは師匠の談である。


「そう! お主にはそのダンディリスムラのような狡猾さがないのじゃ!」


 師匠の言葉に先程まで落ち込んでいたノルドは顔を上げる。


「狡猾さ……!」

「そうじゃ……自分の想いを伝える努力だけではない……ダンディリスムラのような、相手に好かれる努力をお主はするべきなんじゃ!!」

「ダンディ、リスムラのように……!」

「ならばどうする!? お主はダンディリスムラになれるのか!?」


 その問いにノルドは目に力を入れ、そして覚悟を決めて声を張り上げる。

 全てはそう、愛する人と結ばれるために。


「なってやる……! 俺はサラと結ばれるために、ダンディリスムラになる!!」

「いや真面目に答えんかぁっ!!」

「ぶべらっ!?」

『えぇえええ!?』


 師匠のビンタによりノルドはきりもみ回転をしながら吹っ飛んでいく。


「恋の指南をしておるのに何故そこでダンディリスムラになるとふざけた回答をするんじゃ!」

「いやいやいやいや! ババァがそう聞いたからだろ!?」

「ちょ、大丈夫かい戦士さん!?」

「う、うぅん……あれ……俺は一体……」

「可哀想に……戦士さんは頭のおかしい婆さんの茶番に巻き込まれたんだよ……」


 グラニが涙を浮かべながら一時的な記憶喪失に陥っているノルドの頭を撫でる。

 そんなノルドの様子を悲痛そうな顔を浮かべるガルドラ。


「そもそもそのダンディリスムラは本当にいるのか?」

「んなもんいる訳ないじゃろ」

「このクソババァ!!」



 ◇



「救助活動がようやく終わったわね……」

「ヴィエラ……うん、サラがいて良かったよ」


 この崩落で重傷者は多数いたが、サラの奇跡のお陰で全員無事だ。

 それに崩落によって自身の住処も失って暗くなった空気の中、サラの明るい性格で何とか持ち堪えていた。


「ほらほら〜お姉ちゃんはこんな事も出来るよ〜!」

「すげぇ! お手玉の数が二十個越えてるのにまだ落ちない!」

「姉ちゃんすげぇ!」

「すげー!」

「いや凄すぎでしょ?」


 サラの意外な特技にヴィエラが目を見開く。

 そう、サラは確かに勇者パーティーの面々の中では戦闘力に乏しいが、意外な事に彼女の身体能力や反射神経は高いのだ。もし彼女に戦闘技術を教えたら、彼女は良い線を行くのだろうとヴィエラが考える程。


「緊急事態に備えて、あの子に自衛手段を教えるのも良いわね」

「ほう? 良いではないか? サラ嬢はああ見えて胆力があるしの」

「ノンナ。もう読書は良いのかい?」

「うむ、主らの頑張りで情報収集に集中出来たわい」

「それで何か見つけたのかしら?」


 ヴィエラの問いにノンナが笑みを浮かべ、ドヤ顔を浮かべる。


「うむ、この天才聖術士に掛かれば僅かな情報であっても有益な情報に繋げられるのじゃよ!」

「ペッ」

「……」


 ノンナのドヤ顔にキングの唾吐きあり。

 ピキピキとこめかみに青筋を浮かべるノンナを宥めたヴィエラは、やれやれと面倒臭そうに先程の続きを促す。


「……ふぅ、実は今、ワシらがおるのは罪人や貧民が住む地上階層じゃ」

「地上階層……罪人……そうか、当時の時代は瘴気の侵食が進んでたから……」


 公爵家の次期当主として教育を受けていたノエルは、歴史の授業で昔の時代について学ぶ機会があった。その中には魔王の瘴気が広まった際に、当時の国々が取った対策などもあり、確か市民等級ごとに魔王侵食時に置ける保護優先順位を決める国があったとノエルは思い出す。


「その対策を取ったのが、地下遺跡となったこの国という訳だね」

「左様。そして上からの崩落によって潰れて分からなくなっておるが、この場所は地上階層の罪人や貧民もしくは追放された者が建てた図書館じゃな」

「へー……ここが図書館ね。通りで棚や本が散らかっていると思ったわ」


 本を読めば分かるが、殆どが地下階層以降に住む裕福層に対する愚痴や不満の書かれた本ばかりで、ノンナは苛つきながら地下遺跡全体に関する情報は知るためにそれらの愚痴を繋ぎ合わせて情報を得たのだ。


「当時の国は教養主義らしく、罪人であっても見栄のために教養の象徴である図書館を作る程じゃ……まぁガワだけで中身は伴っておらんじゃが」


 しかしそれでも一部ではあるがちゃんとした内容の本もあった。

 聖術陣に関する本から他の本を探してみたところ、ちゃんと地下遺跡に関する本などもあったのだ。


「やはりこの地下遺跡となった昔の国は、聖術に関する普及率が高い……恐らく上層部の人間にエルフがいるのじゃろう」

「随分と風変わりなエルフもいたものね」

「全くじゃ……まぁそれもあって、この国は他国よりも高い聖術に関する知識と技術があるのでな、それによって対魔王用兵器も考案されて来た」

「対魔王用兵器……!」

「その一つが、無人動鎧ゴーレム技術じゃな」

「ゴーレム……?」


 ノエルが聞き慣れない言葉に眉を顰める。

 そんなノエルに慌てるなと苦笑したノンナはゆっくりと説明を始める。


「聖術には自然現象を操る力があると前に言ったが、その中に泥人形を作る聖術があるのじゃ。その聖術を聖術陣として纏め、鎧に刻み、自動で動かす技術が無人動鎧ゴーレム技術じゃな」


 普通なら無人動鎧ゴーレムを作っても、詠唱者の手から離れた瞬間にマナの供給が途切れ、聖術を維持する事が出来なくなるだろう。

 だが聖術技術に特化した当時の国は、自動で周囲のマナを取り込む聖術を編み出したという。


「頭にある聖術陣に操縦者となる者のマナを登録すれば、後は空気中のマナを動力源として自由自在に動く遠隔操作出来る兵器がゴーレムという訳じゃ」

「なるほど……でもその話と今の私達の状況に関係あるの?」


 そう、確かにその技術が過去にあるという事は理解できた。

 しかし今必要なのはそのような知識ではなく、どうすれば地上に戻れるのか、どうして突然崩落が起きたのかの二点のみであり、ノンナの言う有益な情報だとは思えなかった。

 そう言うヴィエラだが、そんな彼女にノンナは真剣な表情で理由を説明した。


「……ゴーレムの中には操縦者がいなくとも、予め決められた命令によって自律駆動する個体もおるのじゃ」

「まさか……」

「ゴーレム兵士は基本的に平民階層以降の階層に配備されておるが……ワシらはどっち道地上に戻るためにここから離れなくてはならん」


 上を見上げれば地上までの高さはかなりあると分かる。

 ノンナの聖術だけでは、とてもではないが全員を地上に運ぶ事は出来ない。そして運んだ後、聖術使用によるマナ枯渇の回復を待つ程、ノエル達に時間は残されていないのだ。


「地上に戻るにしろ、進むにしろ……私達はそのゴーレムとやり合う可能性があるという訳ね」

「因みにそのゴーレムの能力はどの程度なんだい?」

「……能力表を見た限りでは硬い、強い、めんどいの三拍子じゃな」


 そして中に人はいないため、継戦能力も高い。

 もし出会ったら……戦う事はせず、逃げた方がいいとノンナは行った。



 ◇



「運が悪すぎるねぇ……! よりにもよってアイツらのいる場所に落ちてしまうとは……!」

「ちょなんだあれ、なんだあれ!?」

「え、鎧!? 何で鎧が動いてんの!?」

「ふわぁ〜……」


 一方ノルド達はというと、爆破工事中運悪く地面が崩れ、更に下の階層へと落ちてしまい、ゴーレム兵士に見つかって逃げているのだ。

 グラニはこの状況に舌打ちし、ガルドラは混乱によって頭を抱え、ノルドは自分達を追い掛けてくるゴーレムに目を見開き、師匠は欠伸をしていた。


「幸いなのは落ちたのがアタシ達四人だけ……! 他の人が落ちなくて良かったよ!」

「いやいやいや! 私、宿屋の親父!! 私、戦力外!!」

「他の奴らより元気そうで良かったよ!」

「話を聞いてくれ!?」


 ノルド達とサラ達が出会えるのは、まだまだ先のようである。

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