第25話 愛のままに with 我儘に

「お、おい!? 一体どうしたってんだよ!!」

「殺す殺す殺す……!! てめぇだけはぁっ!!」


 一人の探索者が、もう一人の探索者に切り掛かっていた。

 二人は友人で、お互いに故郷から出た幼馴染だ。しかし崩落から目覚めた男は突如として幼馴染だった男に襲われていて、その幼馴染の顔に憎悪が宿っていた。


「なんで……どうして!?」

「く、くく……くぁーかっかっかぁ!!」


 戦っている二人を見て、愉快に笑う一人の男がいた。

 上半身裸で、腰巻一枚しか身に付けていない黒髪の偉丈夫。

 その顔に大きな笑みを貼り付け、仲違いする幼馴染同士の戦いを見て嘲笑していた。


「誰なんだ……! 誰なんだてめぇは!! 一体バルヴォに何をしやがった!?」

「何って……僕はただバル君の感情を『解放』しただけさ?」

「解放だと!?」


 訳が分からない。

 第一自分とバルヴォは昔馴染みの間柄で、彼の事はなんでも知っていた。だからこそ、バルヴォが自分に対し憎悪の感情を向けられる理由が分からなかった。


「だったらバル君さぁ、あの人に自分の気持ちを告げてみようぜ〜?」

「ぐ、ああああああ!!!」

「バルヴォ!?」


 突如として声を上げ、頭を抱える相棒。

 やがて頭痛が治まったのか、彼はゆっくりと顔を上げて、口を開く。


「いつも……いつもてめぇばかり得しやがって……!! 毎回毎回俺を踏み台にして、俺より目立って!! 目障りなんだよぉ!!」

「バル、ヴォ……?」


 吐き出される幼少の頃からの劣等感コンプレックス

 知らなかったし、知りもしなかった。

 一攫千金の夢を見て、探索して、日々を楽しく過ごしていた筈なのに幼馴染の憎悪なんて知らなかった。


「だったら……だったらどうして俺とは縁を切らなかった……? どうしてそんなに抱え込む前にてめぇだけの道を歩まなかった!?」

「うぅ……あああああ!!!」


 錯乱していて言葉を返す余裕もなくなっていた。

 だからか、そんなバルヴォの代わりに黒髪の偉丈夫が答えた。


「そんな物、劣等感よりも君との友情があったからだよ〜?」

「友、情……?」

「そう友情! でもざんねぇん! 今のバル君には君との友情なんてありませぇん! 何故なら僕がそうしたからぁ! バル君の中にある憎悪を僕が『解放』させたのさっ!」


 例え友人間でも多少なりとも劣等感や打算はあるだろう。

 だがそれでも人間は理性や常識で持ってそれらを封じ、人と仲良くなれるのだ。それこそが人間の持つ力にして良心という物。

 しかし、彼の力はそうした閉じ込めた感情を『解放』させる事が出来た。


 ――即ち、彼の持つの力によって。


「バルヴォ……」


 ゆっくりとナイフを持った幼馴染が近付いて来る。

 崩落による怪我と、不意を突かれた事による負傷によって、もう彼のナイフを避ける体力がない。自分は今、ここで死ぬ。そのような予感が彼の脳裏に過ぎる。


「……すまない」

「うぅ……あああああああ!!!」


 最後の言葉は、知らず知らずの内に憎悪を抱えてしまった友人に対する謝罪か。それとも自分に手を掛けてしまう友人に対する謝罪か。


 ただ分かる事は。


 ……一組の探索者がここに消えたという事である。





「あ〜あっはっはっは!! いやぁいつ見ても良いねぇ人の感情の発露!! 知人友人恋人家族の持つほんの僅かな恨みを解放するだけでこうまで血みどろな結末になるって凄い! 人間って超〜面白いっ!!」

「……ここにいたかザイア……ったく目を離せばすぐこういう事をするな貴様」

「アレェ〜? カイネちゃんさんじゃないっすかぁ〜! どうしたんですかぁ〜? もう例の物を見つけましたかぁ〜?」

「相変わらずうざいな貴様……それとあまり動くな。貴様は腰巻一枚だから、動くとチラチラと中の物が見える……非常に不愉快だ」

「解放的でしょ〜?」

「うるさい……はぁ……例の物はまだ見つかっていない。戯れはそこまでにして、さっさと行くぞ……」

「はいはーい!」


 腰巻一枚の偉丈夫と、そこに新たに現れた艶やかに靡く黒髪の少女。

 古代都市に、魔の手が迫っていた。



 ◇



「ノエル! ここもお願い!」

「分かった!」


 場所は代わり、ノルドを除いた勇者一行。

 彼女らは当初、古代都市にあるラルクエルド教の教会に報告と支援の要求、そしてノルドに対する待遇改善を要求するため、ノエル、サラ、ヴィエラ、ノンナと荷物引きのキングで古代都市の街中を歩いていた。


 しかし突如としての地面の崩落によって地下へと落下し、こうして彼女らは同じく落下してしまった住民の救助をしているのだ。

 そんな中、ヴィエラとノンナは住民の救助と並行しながら今の現状に対して話し合っていた。


「崩落の範囲が広すぎる……これは古代都市全体が地下へと崩落した可能性があるやもしれん」

「地下遺跡は相当頑丈な支柱で地上を支えていた筈よ。それも一本二本の支柱が崩れただけで古代都市全域の崩落は有り得ないわ」

「……ならば、支柱の全てが崩れた可能性があるかもしれん」

「定期的に支柱の整備が行われていたのよ? それで崩れたとしたら、余程の怠慢か……」

「……人為的な物による可能性……か」


 可能性としては後者の方が高いだろう。

 だがもし後者だったとしら何故、という疑問が出てくる。

 恐らくこの崩落で死亡した古代都市の住民や崩落で押し潰された探索者の数は数えきれない物になる。ここまでの被害を予測していないとは考えられず、寧ろ被害を考慮した上で実行に移したとしたら、相当な悪党だ。


「愉快犯か、狂人団体かそれとも……」

「魔の者か……ね」


 帝国という前例があるため、魔王ないし魔人の仕業と考えても不思議ではないのだ。

 もう既に人類と魔王勢との戦いは始まっており、それによる被害が古代都市という結果なのかもしれない。


「サラ! こっちに負傷者がいるよ!」

「分かった! 今から行くね!」


 遠くで勇者と聖女の声が聞こえる。

 そしてまた遠くでヒヒィンと鳴く馬の声も聞こえ、負傷者を知らせてくれる。


「救助作業と並行して、調べるしかないわね」

「じゃな」


 そう言って、彼女達は黙々と救助を進めて行った。



 ◇



 一方、ノルド。


「ちょ婆ちゃんのケツに火がついているんですけど!?」

「おいおい……そこまでわしゃあ追い詰められてないぞ?」

「いや物理的にだよ婆ちゃん!!」

「そんなまたまた〜……ってアツッ!? マジだわしのケツに火がついてる!?」


 ノルドに言われるまで、どうして火の熱で気付かなかったのか。

 取り敢えず、火を消そうと思ったノルドは彼女の尻を叩いて消化を試みる。


 パンパン! と消化活動。


「キャァ変態!」

「ぶべっ!?」


 まさかの謂れなき冤罪による張り手。


「どさくさに紛れて尻を叩くとはこの助平が!」

「この状況下でそんな余裕ないんだけど!?」


 確かに尻は叩いたが十割下心なしだ。

 それどころか誰が好き好んで助平目的で尻に火が付いているババァのケツを叩きたいのだろうか。いや、したくない。反語。


「あぁもうだったらこのメイスの爆発の衝撃で消し飛ばすしか!」

「いや待てお主! そのメイスで何をするつもりじゃ!? ケツバットならぬケツメイスか!? なんという性癖じゃ……これが現代の多様性……!!」

「さっき説明したよな!? このメイスは爆発を起こせるからケツの火を消し飛ばそうって事だよ!! 衝撃は多少なりともあるから婆ちゃんはケツに聖術の防壁かなんかで防御してくれ!」

「ケツに爆発!? お主、わしのケツを爆発させるとかとんでもないのう!?」

「話が伝わらない!?」


 人間、説明しても聞き忘れるか説明しても伝わらない事がある。

 これが人間という業なのかもしれない。


 そして数分後。


「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……どうじゃわしの力を……!」

「ならなんで最初からやらなかった……!!」


 結局、聖術で水を出して消化した二人であった。

 人間とは、極限状態に陥る時にその者の本質が現れると言われるが、大抵の場合は混乱してより状況を悪化させるしかない。今回の件を通じてその事を悟ったノルドであった。


「ところでお主誰じゃ?」

「今更!?」


 だが思い返して見ればノルドと目の前の得体の知れない聖術士と自己紹介をしていないのは確かだ。にも関わらずある意味遠慮ない会話を交わせていたのは、さっきまでの異常な出来事によるものなのかも知れない。


「……ノルドだよ。カラク村のノルド。今は勇者パーティーに所属している戦士だ」

「……ほう、勇者パーティーとな?」


 ノルドの自己紹介に、彼女は面白そうな物を見る眼差しでノルドを見る。

 そして更に笑みを深めたと同時に、その眼差しをそのままに名前を名乗り始めた。


「わしの名は超絶最強耳長美人聖術士熟女師匠じゃ」

「名前じゃない……」

「師匠とでも呼んでくれてもいいぞ」

「頼むから話を聞いてくれ」


 外見としては一般的な普人族の五十代に相当するが、昔はかなりの美人と分かる程顔が異様に整っている事だけは確かだ。

 しかしこれまでのやり取りでそのような印象は木っ端微塵になくなり、人を好き勝手に振り回す頭のおかしいババァという印象しかない。


「まぁ仲間を探してくれるならなんでもいいか……?」


 そう考えて、ふと。


「……?」


 周囲の光景に違和感を覚える。


「……そう言えば地面が崩れた時は周りに人がいたよな?」


 だが見渡してみても周囲に人はなく、瓦礫だけだ。

 瓦礫に押し潰されて分からないならともかく、人の気配も僅かな呻き声も、何も感じない。まるで最初から人がいなかったような気がする程。

 キョロキョロと周囲を探すノルドを訝しんだのか、自称師匠と名乗る聖術士がノルドに尋ねた。


「何を探しておるんじゃ?」

「いや……確か俺の他にもっと大勢の人がここに落ちてきた筈なんだが……」

「あぁそれなら向こうにおるじゃろ」

「……は?」


 そう言って彼女が指を指したのはノルドが気絶していた場所から離れた瓦礫のない広い場所。そこには、宿屋の主人や客などといったノルドが地下に落下するまで共にいた人達がいたのだ。


「なっ、いつの間に……?」

「わしが助けた」

「は……? え?」


 彼女の言葉を聞いたノルドが混乱するのも無理はないだろう。

 何せ遠目ではあるが、彼らの体には目立った外傷が少なく、人数が百人に届きそうな程の大人数だ。それを、まさか彼女一人で? とノルドは訝しむ。


「さぁお主の仲間を探しに行くのじゃろう? わしの聖術で案内しようかの」


 超絶最強耳長美人聖術士熟女師匠。

 一部はともかくもし彼女の言葉が正しければ。


「……」


 自分は今、とんでもない存在と遭遇しているのでは?

 そう思ったノルドであった。

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