第24話 燃え盛る恨みと、愛と、ババァ

 聖女であるサラは例外として、ノルドは平民でかつ捨て子。

 それが急に戦士を決める大会に現れ、そして本命すらも倒して戦士になった存在。


 面白くない。

 相応しくない。

 何故あのような男が。


 ありとあらゆる不満が溜まり、やがてとある派閥が生まれた。

 現勇者パーティーの編成に不満を持つ者の派閥。

 ただ一人の人間を排除したいそれは、ノルドという存在が気に入らなかった。


 そしてノルドの敵はそれだけじゃない。


 これまでの旅で報告されてきたノルドの行動の数々。

 勇者と聖女は必ず結ばれる筈なのにこの男の行動は、ラルクエルド教の願いを裏切っていた。


 ――何だあいつは。どうして聖女様に言い寄る?


 女神の神託を。

 人類の希望を。

 勇者と聖女が結ばれる運命を、何故邪魔をする。


 それが、決定的だった。



 ◇



(私の目的はこの野蛮人の平民を勇者パーティーから遠ざける事……)


 報告があった。

 曰く、場所時間帯問わず聖女に言い寄る不届き者。

 それでいて聖女がいくら断ろうとも諦めない身の程知らず。


(許される訳が無い――)


 ――なのに。


「はい! 俺の名前はカラク村のノルド! 勇者パーティーの戦士をやってるぜ!」

「……」

「いやぁ俺、古代都市初めてなんだよなぁ! カイルさん達がいてくれて助かったよ!」

「……」

「なぁカイルさん! あの建物はなんていう建物なんだ!?」

「……」


 無視、無視。

 野蛮人に対する聞き耳は持たない。

 この場にいるのは勇者パーティーと己らのみで、野蛮人はいない者とする。

 だがそのような無視も限界があり、カイルでも答えざるを得ない時もあった。


「……カイル・マグバージェス、あの建物は何ですか?」

「……え? あ、あの、勇者様?」

「? あの建物について知りたいのですが」


 偶然か、勇者が野蛮人の指す建物に指を指して尋ねてきたのだ。

 これには流石のカイルも無視する事は出来ず、勇者達に対して説明をするしかない。


「あ、あの建物は探索者協会と言いまして……この古代都市に集う探索者を束ねるための組織の建物でございます……」

「おぉ! ありがとうなカイルさん! そっかぁあの建物は探索者教会というのかぁ」


 違う、野蛮人に説明したわけではない。

 だが反応してはダメだ。反応をすればこの野蛮人を認識している事になる。

 無視だ、無視。


 だがそう考えていても、カイルの思い通りになる事はなかった。


「あの建物は何ていう建物なんだ?」

「……カイル・マグバージェス? あの建物は?」

「は、はっ! あの建物は――」


 ノルドが尋ねる度に無視をするカイルだが、その度にノエルがノルドと同じ質問をカイルにしてきたのだ。


「おっ! あれは何を売っているんだ!?」

「カイル・マグバージェス?」


 ここまで来れば偶然だと思う事が出来ない。

 わざとだ。

 ノルドが質問をした後でわざと同じ質問を繰り返す事で、まるでノルドの質問を強調したかのような行動。勇者相手だからこそ答えなきゃいけないカイルは、まるでノルドの質問に答えているかのような錯覚を受ける。


「……っ」


 何故、何故。

 何故野蛮人を意識させる。

 どうして、そのような事をする。


「……」

「……ふふ」


 チラリと勇者の顔を盗み見ると、勇者はニッコリと笑みを向けてきた。

 優しそうな表情ではない。

 酷薄そうな表情だ。

 味方である筈のカイルが、先程から愉快な行動をし続けている事に愉悦を感じている表情だ。


「何故……何故……?」


 何故そのような表情を浮かべられる。

 大凡勇者の晒す表情ではない。


「なぁカイルさん! カイルさんってば!」


 あぁうるさい。

 先程から無視しているのに、何故ここまで絡む。

 心臓が鋼で出来ているのか。それとも楽しんでいるのか。


 カイルの我慢が、限界に来ていた。


「あれー? もしかして分からない? まぁしょうがねぇよなぁ……分からない事があっても仕方がないって――」

「――っ、ええいうるさい!! さっきから何故私に絡んでくる平民風情が!!」


 キレた。完全にキレた。

 限界すら超えて、自己紹介の時の胡散臭い仮面すらも脱ぎ捨てて、屈辱を齎す大敵の存在を認識してしまうほど、キレた。


「あひゃひゃひゃひゃ!」

「あはははは! やっぱり最高ねノルド!」


 そんなカイルの様子にノンナとヴィエラの二人は、揃いも揃ってカイルに指を指して腹を抱えながら笑っていた。


「えぇ? だって案内してくれるって言ってたじゃん」

「案内するのは勇者パーティーの皆様だけだ!!」

「俺も勇者パーティーの一員だけど?」

「貴様のような野蛮人風情が愚かにも勇者パーティーの一員なわけがないだろう!! まぐれや不正で戦士枠を勝ち取ったのかもしれんが、私達は貴様を勇者パーティーの一員として認める訳にはいかない!!」


 彼は気付いていない。

 自らが発したその言葉の傲岸不遜さを。ノルドを勇者パーティーの一員と認めている彼女達に対し侮辱をした事に、彼は気付かない。


「うーん確かに俺はこの中だと弱いけどよ……」


 そう言うのだが、ノエル達はノルドの事を弱いと思った事はない。

 確かに対人経験や戦闘経験は、サラを例外としてこの中で最も低いだろう。だが天性の才能に、怪力。そして困難すらもその愛で打ち砕くカリスマは、誰もが認めているものだ。


 残念ながら、本人はその事に気付いていない。

 しかし気付いてはいないものの、ノルドには強くて固い、意思があった。


「――そもそもさ、俺がここにいる事にアンタらの許可なんて必要ないと思うけど?」

「なっ……なっ……!」

「俺は自分の意思でここにいるし、いたい。サラを守るため、ノエルの助けになるため。俺に期待し、託してくれた人達のために俺はここにいる」


 確かな覚悟。確固たる決意。

 生半可な気持ちで勇者パーティーの戦士として戦ってはいない。

 ノルドの体から発せられる威圧と男としての格の違いが、カイルに襲い掛かる。


「わ、私達はラルクエルド教会の者だぞ!! 私達が認めないと言えば貴様はこの神聖な勇者パーティーの一員として認められないと同義なのだ!! 貴様のような得体の知れない平民に勇者パーティーの一員として務まるわけが――」

「なぁカイルさん」

「ヒ、ヒィ!?」


 身長差を埋めるために、ノルドは前屈みになってカイルと同じ目線の高さに合わせる。真っ直ぐと向けられる純粋な眼差しによって慄くカイル。

 そんなカイルにノルドは静かに、そして力強く言葉を紡いだ。


「俺の事が分からないから嫌いなら教えてやるよ。でも分かってても嫌ってるなら――」


 ――とことん付き合ってやる。


「な、あ……!?」


 決して逃げない。

 決して目を背けない。

 どんな相手だろうと向き合い続ける。

 これが、ノルド。

 カラク村のノルドだ。


「……っ、わ、私は急用を思い出しましたので、それでは!」


 カイルは逃げるしかなかった。

 分からせるつもりが、分からせられたのだ。

 未だにノルドの存在が気に入らないものの、それでもその輝きに敵わないと心の奥底に刻まれてしまった。


「おーい」

「は、はいぃ!?」

!」


 挙句にこれだ。

 心が、意思が、ノルドに対し敵わないと認識してしまっている。

 それでも頭があり得ないと、そんな筈はないと訴えかける。

 理性と心の乖離に戸惑い、カイルはノルドの言葉に返さずに逃げて行った。


「……やっぱりノルドは凄いなぁ」

「ん? 何だよノエル、何が凄いって?」

「そう言うところよ貴方」


 カイルの言葉で不機嫌だったノエルとヴィエラがノルドの肩を叩き褒め称える。

 ノルドはただ自分に正直だっただけだ。

 相手がそう反応したから、ノルドはそう言っただけ。彼の中で特別な事は何一つとしてない。それでも、ノルドの言葉で救われたものもいるのだ。


「あ、あの!!」

「お? クウィーラさんどうしたんだ?」


 二人組の神官の片割れであるクウィーラ・サドリカが目を輝かせながらノルドに近付いてきたのだ。そんな彼女の様子に、ヴィエラとノンナは「ほほう?」と目を細める。


「わ、私! 貴方様の先程の言葉に感銘を受けました! はい! どのような相手でも臆さず向き合う、貴方様のような気高き戦士と巡り会えた事、光栄に思っています!」

「え、え? あ、ありがとう?」


 距離が近い。

 一歩踏み込めば抱きつける程の距離感。

 いや、もしノルドが一歩後ろに下がらなければそのままクウィーラはノルドを抱き締めたに違いないと誰もが感じた。


「うーむ中々愉快な事になったのう……ノエル、サラ嬢」


 そう言って、ノンナが二人に目を向けると。


『……むー』


 何故か二人が頬を膨らませてノルド達を見ている事に気付いた。


「……あっ」


 何か察したノンナはゆっくりと二人から離れてキングのところへと避難した。



 ◇



「時間帯……場所……なるほど」


 ノルドは一人、宿の一室で計画を練っていた。

 他の仲間は全員何かしらの理由で用事を済ませに外に行っており、誰もいない。

 だからこそその隙にノルドは聞き込みなどの情報収集で告白に適した情報を仕入れ、一人で計画を練っていたのだ。


「流石は古代都市……幻想的な風景とかあるのか……」


 室内でも自然豊かな気分を味わえる施設や、海でも湖でもないのに広い水浴び場。更には昼の時間帯でも夜の星々を再現する施設。

 まさに想像を絶する技術力だ。これがかつて繁栄していた国の名残だと言うのか。


「机だけでも様々な種類があるとか、昔の人は何考えてんだろう……」


 四つの足があり、上に物を置ければ何でもいいだろうとノルドは考え、昔の人はそんなに暇なのかなと昔の人が聞けば助走して殴るぐらい失礼な事を思ってしまうノルド。


「問題はどうやってサラと二人きりになるのか……」


 いやそもそも、古代都市へは補給のためにやって来ているだけで地下探索に赴く予定はないし、またその余裕もない。

 早くも作戦崩壊の危機に瀕したノルドだが、ふと何やら空気が暑い事に気付いた。


「なんか暑いな……ってか焦げ臭い?」


 そっと扉を開けると、焦げ臭い匂いは一階にある食堂から匂って来ていた。

 階段を降りていくとそこには、至る所でに引火している食堂の光景があったのだ。


「ちょ、か、火事じゃねぇか!?」

「あぁあああ!! 私の食堂が!! 私の宿があああ!!」

「ちょ、親父ぃ! 一体何が起きたんだ!?」

「き、急に調理場の地面が崩れたんだよ!! それで貴重な油が火に……!!」

「はぁ!?」


 そうこう説明している内に火の手が徐々に広がる。

 だからこそ、その前に何とかしなくてはいけない。


「くっ……仕方がねぇ! なぁ親父! これから調理場を吹き飛ばすけどいいか!?」

「はぁ!? いや、でも全焼してなくなるよりかはマシだ!! やってくれ!!」


 宿屋の親父から許可を得たノルドは、その背にある白銀のメイスを引き抜く。

 誰もが見惚れるその色合いや形ではあるが、それ以上にそのメイスから発せられる威圧感が周囲の混乱している人間を冷静にさせた。


「責任はラルクエルド教会って事で!!」


 火の勢いが大きい場所を狙い、大きく振り上げる。

 そして、そのまま勢い良く振り下ろす――!


「うおりゃああああ!!」


 宿の床に叩き付けたと同時に白銀の爆発がメイスから発せられ、全ての火を消し飛ばした。


「す、すげぇ……!」


 白銀の爆発は爆発であって、ただの爆発ではない。

 愛の力によって生まれたその爆発は、ノルドの意思によって自由自在に爆発させる事が可能で、上手くこれ以上火の手を広げさせずに、火だけを狙って吹き飛ばしたのだ。

 流石に調理場だけは何ともならなかったものの、それでも宿の全焼は免れた。


「よしこれで一件落着――」

「――おい大変だ!! 都市中が陥没して行ってるぞ!!」

「……はぁ?」


 急に宿屋の扉が開かれ、中に入って来た男が切羽詰まった様子で理解し難い事を発する。

 そしてその瞬間、大きな揺れがノルド達を襲って来た。


「な、何だこの揺れ!?」


 外から轟音が鳴り響く。

 それどころか轟音が徐々にノルドのいる場所へと近付いてくるのが分かる。

 ――そして。


「あっ、地面が……!!」


 ノルド達のいる地面が、崩れた。



 ◇



「えぇ……何この展開」


 目が覚めたノルドは何やら広い空間にいる事に気付き、呆然と呟く。

 周囲は先程の宿屋の残骸の他に気絶している人々もいる。


 ただ、告白がしたかっただけだ。

 ただ、補給しに来ただけだ。

 それなのに何だこれは。


「みんなは……どこにいるんだ……?」


 勇者パーティーのみんなとは逸れてしまった。

 無事を願い、痛む体を我慢してゆっくりと立ち上がる。

 そんなノルドに、一つの声が掛かってきた。


「何だい兄ちゃん……人を探しているのかい?」

「だ、誰だ……?」


 声のある方向に顔を向けると、そこには一人の老婆が立っていた。外見年齢としては五十ぐらいだろうか。だがそれ以上に目を引くのは仲間の聖術士と同じ、長い耳という特徴。


「エルフ……?」

「そうさ……わしゃあエルフ……どこにでもいるエルフの聖術士さ」

「あ、あぁ……俺の名前はノルド……なぁ、婆ちゃんは俺の仲間について知ってるか?」

「すまないが、知らんねぇ……だが聖術でお主の仲間を見つけられるかもしれん……」


 何という幸運だ。

 偶然見つけた手掛かりに、ノルドは頭を下げて頼み込んだ。


「お願いします! 俺に力を貸してください! 仲間の事が心配なんです!」

「いいよ」

「お願い……いや軽っ!?」

「それじゃあ着いてきな」

「は、はい!」


 捉え所のない人だ。

 そう思ってノルドは歩いていくエルフの老婆に着いていこうとする。

 そして、その老婆の尻に火がついているのが見えた。


「ふん……何をしているんだい? さっさと行くよ」

「いや火ぃー!? ケツに火がついていらっしゃるよーっ!?」




 ――これが、ノルドとその得体の知れない老婆の邂逅であった。

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