ドワーフの里編後日談 少女の行く先

 ラックマーク王国。

 その王都の裏の世界。王国の威光が届かない無法地帯『バックストリートスラムドッグ』と呼ばれる通りに、一つの店があった。


「ふわぁ〜……」


 大きく口を開けて、閑古鳥が鳴く店の勘定台で欠伸をしているのはこの店の店長。ドワーフ族のガランド・バルド・ルビーだ。

 そんな彼の暇そうな様子に唯一来てくれる常連、もとい腐れ縁の老人カラクが冷めた目でガランドを見ていた。


「なぁ……流石に弛んでおらんか?」

「あぁ? 一向に手前の村に帰らない貴様が言うのか?」

「あの二人のいない村とか寂しくて敵わん!」

「良く考えろ。貴様の年はいくつだ?」


 まるで幼子のように駄々を捏ねる旧友にガランドは面倒臭そうな表情を浮かべる。

 ノルドとサラが勇者パーティーの一員として旅立った日から幾ばくかの日が過ぎ、ほぼ毎日のようにカラクが店にやって来て暇を潰す毎日。

 そろそろカラクの存在が邪魔だなぁと思った頃、久しぶりに扉の鈴が鳴った。


「おう! いらっしゃい!」

「いや何で貴様が接客するんじゃ」


 油断も隙もないカラクにツッコミを入れたガランドは、ゆっくりと店に入って来た少女の存在に目を丸くした。


「え、と……アンタがガランドっていうドワーフか?」

「……レイヤなのか?」

「っ!? な、何でアタシの名前を!?」

「え? え? 何じゃ何じゃ?」


 困惑するカラクを無視して、扉の前で混乱している曽孫に近付くガランド。

 そしてしゃがんで彼女と同じ目線に立ったガランドは、震える声でレイヤに尋ねた。


「……ここに来たという事は、アイツは逝ったんだな?」


 そのガランドの発した言葉の意味を、レイヤは正確に理解した。

 唇を真一文字に引き結んで、やがて覚悟をしたかのように口を開いた。


「……うん。最期は、満足そうだった」

「……そうか」


 レイヤの言葉にガランドは目を伏せ、そして顔を上げたガランドは寂しそうな笑みを浮かべて優しくレイヤの頭を撫でた。


「……俺はガランド・バルド・ルビー……嬢ちゃんの曽爺ちゃんだ」

「レイヤ……レイヤ・マガラ・カイヤナイト。爺ちゃんみたいな立派な鍛治師になる予定の、凄腕ドワーフだ!」



 ◇



「実はな……一ヶ月に一回ぐらいはガイアから曽孫の似姿が送って来てるんじゃ」


 自己紹介も済み、遠路遥々やって来た曽孫に茶を出したガランドは、どうしてレイヤの存在を知っているのかと聞かれ、頬を掻きながら答えた。


「い、一ヶ月に一回!? 何やってんだよ爺ちゃん……」

「マガラの時もそうだったが、レイヤが生まれた当時の似姿も送って貰ったな。保管してあるが見るか?」

「い、良いって!!」

「ならわしに見せてくれんかの」

「いや何で貴様に見せる必要があるんじゃ……」


 こうして定期的に家族の状況を知らせてくれていたから、ガランドはレイヤの事を知っていた。しかしそれならどうして大変な時にガランドはいなかったのか。そもそもどうして祖父であるガイアよりも長く生きているのか、レイヤは内心疑問で溢れていた。

 そんなレイヤの心情に気付いているガランドはチラッとカラクに視線を寄越し、頷く。カラクはガランドの視線に一瞬驚くも、苦笑して頷き返した。


「……まぁ長くなるが、説明しようかい」

「……納得の行く理由だよな?」

「それはレイヤ次第じゃな」


 背もたれに体重を乗せ、思い返すように遠い目をするガランド。

 そんな仕草がガイアの最期の姿に重なり、レイヤは目を逸らした。


「……一言で言えば、瘴気による呪いじゃ」

「……呪い?」

「そこのジジィと俺……そしてエルフのクソババァの三人は昔、勇者と聖女のいる勇者パーティーに所属していたんじゃ」


 謂わば先代勇者パーティーのメンバーが彼らだ。

 ガランドは当時の事を思い出し、淡々とした口調で話を続ける。


「勇者と聖女を魔王に送り届け、俺らは迫り来る魔獣と魔人共を足止めする役目を担ったそんな最終局面。敵を通せば魔王と戦っている彼らの足を引っ張るため、死ぬに死ねないそんな状況じゃった……」


 それでも限界はあり、徐々に徐々に足止め役の彼らは消耗していった。


「そんな時じゃったのう……あのババァがあんな事を言い出したのは」

「頭おかしいと思ったが、あのクソババァは本当に頭がおかしかった……消耗し、怪我をした俺らは何としてでも魔王を倒すまで生きて足止めをしなくちゃいけない……そのためにはを取り込んで延命するという馬鹿げた発想をしたんじゃ」

「しょ、瘴気を取り込むだって!?」


 二人の会話にレイヤは驚愕する。

 瘴気は例外無く全生命に対する劇毒だ。

 呑まれれば死に、最悪魔王によって魔人や魔獣に転生させられる人類の脅威。なのにそれを利用して延命するというのは、レイヤだけではなく当時提案された二人も受け入れられない話だ。


「じゃが、それでも俺らはその提案を飲まざるを得なかった……まぁ最終局面だしな」

「あのババァは確かに頭がおかしいが、それでも知識と技術は世界一じゃった……だからそれで延命出来るという事は出来るのだろうと当時は無理やり納得する事が出来たしのう」


 結局エルフの聖術士の案を受け入れた二人は、彼女によって瘴気をその身に取り込んだ。三人の体は確かに瘴気によって苦しんだが、事前に瘴気に耐える体を再構成する聖術を受けたため、瘴気があれば決して死なない、死ねない体となったのだ。


 つまりはそう、擬似的な魔人となったのだ。


「体を再構成する聖術って……」


 それって下手すれば魔王の転生魔術と同じぐらいの規模なのでは? とレイヤが顔を引き攣りながら考える。


「まぁそこは……あのクソババァだしな」

「あのババァならそれぐらい出来ると思う」


 嫌な信頼だ、とレイヤは思った。


「まぁその結果、俺らは瘴気がある限り怪我では死なず、寿命も尽きない体となったわけじゃ」

「……だから爺ちゃんよりも長生きしてるのか」

「だが、利点があるのはそれだけでの……やはり瘴気は人の身に耐えられる訳が無いのじゃ」


 カラクが苦々しい表情を浮かべて断言した。

 瘴気とは負の力である。幾ら瘴気に耐え得る肉体に再構成したとしても、生の力マナで生きる人類にその力は過ぎたものであった。


「何もしなければ本当に魔人に墜ちるんじゃよこれは……あの中で一番重症だった俺はかなりの量の瘴気を受け、この国から出る事が出来なくなった」

「この国から……? この国には一体何があるんだよ?」

「まぁ……腐ってもここは勇者発祥の地にしてラルクエルド教の総本山じゃ。当然女神ラルクエルドの加護がこの国を守っており、俺の体内にある瘴気を抑制してくれているんじゃ」


 一方カラクはそれほど瘴気を受けていなかったため、一ヶ月に一回の頻度で瘴気に蝕んだ体を癒すために王国に来ているのだ。

 だが不便なのはこれだけじゃない。

 次にガランドは腹に手を当てて険しい顔で説明を始める。


「その他にも、その時の瘴気によって俺の『腹の力』は使い物にならなくなったんじゃ」

「……嘘だろ」


 腹の力とはドワーフ族が長年マナを含んだ鉱物を食べる事により蓄積する『マナの腹』。それによってドワーフは特別な武器であるドワーフ武器を作れるようになるのだ。

 しかし今のガランドはまさにドワーフとして死んだも同然の状態だ。

 例え鍛冶の腕が他の種族より優れていようと、ドワーフ武器を作れないドワーフはただのずんぐりむっくりとした人間である。


「王国から出る事は出来ず……ドワーフとして死んだ俺は、ここで魔王の瘴気が完全に尽きるまでずっと生きていかなくちゃいけねぇんだ」

「でもそれは……」


 魔王の瘴気は確かに魔王を倒す事でその脅威は去るだろう。

 だが魔獣の例の通り、あくまで新たな瘴気が生まれないだけで体内にある瘴気は消えない。人為的に浄化しない限りはずっと残り続けるというのだ。


「魔王という概念が完全に滅するその日まで……俺らは生き続けるしかねぇんだ」


 厳密に言えば、死ぬ事は出来るのだ。

 ただ、聖女から浄化を受ければ良い。

 しかし先代はそれを断り、今代に至ってはカラクを親と慕うサラだ。例え頼んでも、彼女は頑なに拒否をするだろうと分かっていた。


 ……かつての先代聖女のように。


「……でも、魔王は滅する事はないだろ? いつだって勇者に倒されても、聖女に浄化されてもいつの日か魔王は復活する……それじゃあいつだって爺ちゃん達は……!」

「あぁ……死ぬ事はないだろうな。じゃが、一応聞くがノルド達はそっちに行ったか?」

「え? あ、あぁ……一応来たけど……まさか!?」


 突然の話題転換にレイヤは訝しむものの、とある可能性に思い至り、目を見開く。


「そうじゃろうな……ガイアもあれで一応天に愛されている男……あいつが志半ばで逝く事もないじゃろう……だからきっと、あいつは俺を超えて、やり遂げたんだろう」


 ガイアがドワーフ武器を作ろうとしたきっかけは、ノルドの持っているガランドの武器の残骸にガランドが残した鍛冶の理論を見たからだ。

 きっとあの理論を見れば、ガイアが自分の意思を継ぎ、自分を超える武器を作ってくれるだろうと考えて。


「……」


 でもそれは、ガイアの寿命を縮めた原因だ。だからこそ、ガイアのやり遂げた事に誇りを抱こうとも、レイヤは複雑な気持ちを抱えていた。

 そんな彼女の気持ちを理解しているガランドだが、それでも後悔はしていなかった。


「ノルドと知り合った時、俺は運命を感じた。こいつがきっと魔王を本当の意味で倒してくれると。そしてその時こそが、俺達の最後なのだと」


 だからこれが息子ガイアに対する最後の言葉なのだ。

 故郷にも帰れず、ガイアの母が死んだ時にも葬式に出ない駄目な父親ではあるが、それでもガイアは理解してくれて家族として扱ってくれた。


「あいつが今の今まで自分の存在意義に悩んでいる事は分かっていた……俺と同じように無為に生き続けるのかと思ったが……違った」


 そのまま時が過ぎていくと思ったその時、ノルドと出会った。

 愛のままに、恋のままにどんな困難を貫く彼の姿を見て、長年研究していた魔王を滅する理論が完成した。

 そしてそれを託せられるのが、他ならぬガイアだったのだ。

 高齢であるガイアがドワーフ武器を作れば死ぬと分かっていたとしても、曲がりなりにもガイアの父で、ガイアの事を理解していたガランドは敢えて完成した理論をガイアに渡したのだ。


 ノルド達には悪いと思っている。

 しかしそれでも、自分達はあまりにも長く生き過ぎた。

 瘴気によって魔人に堕ちる前に、親しい人が死ぬ度に魔人に近付く恐怖に怯える毎日に終止符を打つのは、これしかないのだ。


「俺の事を恨んでくれても構わない……魔王が完全に滅し、いつかは消える存在だがそれでも……レイヤ、お前は俺を恨む権利があるんじゃ……」


 ガランドから説明を受けたレイヤは黙って俯いていた。

 例え許されなくても、ガイアとマガラの残した家族だけは守ろうと考えるガランドだが、顔を上げたレイヤの眼差しは、そんなガランドの考えを吹き飛ばす覚悟が宿っていた。


「……爺ちゃんが亡くなった時、遺言書にガランドの爺ちゃんについて書かれていたんだ。いつか立派な鍛治師になるのに、ガランドの爺ちゃんの教えが役に立つって」

「……ガイアが」

「アタシは立派な鍛治師になるって爺ちゃんに言ったんだ。だからさ、ガランドの爺ちゃんはアタシに教えてよ。アタシが、誰からも誇れる立派な鍛治師になるために」


 そしてそれが、ガランドの最後の役目なのだ。


「あぁ……俺の全てを、教えてやるわい」

「……うん!」


 これは、連綿と続く技術の継承の続き。

 意思を受け継ぎ、次へと紡ぐ話の続き。

 二人の存在意義に終わりを告げる話にして――。


 ――託された少女の、行く先の話の始まりである。

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