第20話 穿壊魔竜の脅威

 連日連夜続いた金槌の音は、止んだ。

 炉の明かりで照らされた工房は今や暗く、ガイアはたった今作り終えた武器を眺めていた。そしてそんなガイアの後方には、台車を持って来たレイヤがいた。


「……爺ちゃん」

「……レイヤ……頼んだぞ」


 その言葉を聞いたレイヤは決意を込めた眼差しを浮かべ、深く頷く。

 そして彼女は、武器を台車に載せて走って行く。


「俺も……行くとするか」


 そう呟くも、彼の体は既に限界だ。

 だから仲間のドワーフに連れて行って貰うよう頼む事にする。


 これが、里の外へと行く最後の機会だと思いながら。



 ◇



 穿壊魔竜ドラゴンズワームの行動によって、これまで体内に打ち込んだ全ての武器が取り除かれた。しかもそれによって体内に回復を阻害する物がなくなり、瞬時に元の状態になってしまった。


「このままじゃジリ貧ね……」

「古来より回復力のある相手には瞬間的に大火力を叩き込むのが定石じゃが……」


 勇者パーティーの火力担当はノエルとノルドの二人だ。

 しかしノエルの斬撃は相手を切り裂いても瞬時に回復され、ノルドの場合は彼の怪力に耐えられる武器がないため、あの魔竜ドラゴンに攻撃を与えられないのだ。


「のうノエル……一応聞くが、あの魔竜を真っ二つに出来るか?」

「……先ず届かない刀身はマナの力を込めれば伸ばす事が出来る。問題は伸ばしながら斬魔激玲を放つ事が出来るかだけど……」


 伸ばすだけなら確かに出来る。

 しかし伸ばしても普通の斬撃ではあの魔竜に傷を付ける事は出来ず、斬魔激玲だけなら刀身が届かず、断ち切る事が出来ない。


 だがしかし、結論から言えばその同時使用は出来る。

 ただ、同時使用のための体内マナがギリギリなのだ。


「さっきまではあいつに傷を付けるだけなら少しの体内マナによる斬魔激玲だけで良かった……でも同時使用だと今の僕じゃあ一回しか使えない」


 なら、もしその一回が外した場合一体どうなるのか。


「その時は……僕抜きで穿壊魔竜を倒すしかないね」


 もしノエルが自分の体内マナではなく、女神の加護による無限のマナを使えたら話は別だ。

 勇者ノエルに授けられている女神の加護は、女神に向けられる信仰の力を勇者に分け与える物で、つまり女神への信仰こそが勇者の力……即ち無限のマナとなる。

 しかし不本意な事に、ノエルはまだ勇者としての力を完全に扱い切れておらず、本来なら女神の加護による無限のマナもまだノエルは引き出せていない状態なのだ。


 使えば体内マナ枯渇による失神で戦線離脱。

 そして実力者一人を欠いた状態で残った人達が戦う。

 それはまさに無謀だろう。


 それでも。


「そのたった一回の奇跡を実らせるために、私達で道を作るしかないよね」


 サラが決意を込めた表情で言った。

 そんなサラに続くように、ヴィエラが笑みを浮かべた。


「えぇそうね……やるなら可能性のある方よね」

「……うむ、ならばワシが最大限支援してやるかの」

「ヒヒィン!」

「みんな……」


 そしてノエルはゆっくりとノルドの方へと向くと、ノルドは頼もしい眼差しを浮かべて強く頷いた。


「行くぞノエル!」

「……うん!」


 覚悟を決めた勇者パーティーが改めて目の前の穿壊魔竜と相対する。

 そして一斉に、バラバラの方向へと駆け出した。


『――!!』


 穿壊魔竜は彼らが一斉に駆け出した事を地面による振動で把握し、真っ直ぐとサラの方へと向かって行った。

 穿壊魔竜がサラを選んだ理由それは、サラの走りによって生じる振動が他の者より小さかった事が一つ。小さいという事は戦いにおいて障害になりやすい要素であり、穿壊魔竜にとって小さい音というのは弱者の音と考えていた。


 そしてもう一つの理由。

 それはサラの体から瘴気の天敵となる女神の加護マナの力を感じていたからだ。魔獣を生み出した魔王を消滅させる天敵を殺す事が己に課せられた最優先事項だからこそ、穿壊魔竜はサラを選んだのだ。


 ――しかし。


「……掛かったな」


 穿壊魔竜の向かった先を見たノンナが笑みを浮かべる。

 彼らはあの穿壊魔竜がサラを追うと誰もが察していた。だからこそ、ノンナは予め聖術をノエルに付与していたのだ。


「――スゥ」


 風の聖術、汝を浮風をイラ・カラエ・スカエラ

 それによって体が浮き、地面を走る事によって生まれる振動もなく、サラの前方を飛ぶノエルが息を吸って聖剣を構える。


「斬魔……えっ!?」


 技を繰り出そうとしたその瞬間、驚くべき事にノエルの斬撃範囲の手前で穿壊魔竜が地面へと潜ったのだ。


「気付いた……? いや、分かっていたのか!?」


 何かに気付いたノンナが驚くように声を上げる。

 そう、そもそも穿壊魔竜いや、魔竜ドラゴンは何も力だけの存在ではない。魔竜という種はどれも高い学習能力と知能を兼ね備えており、狡猾。一斉に駆け出した者の人数がにも分かっていたのだ。


 これが穿ち、壊し進む魔竜の由来。

 地面を掘りながら対象を食らう魔竜の姿。


 これは相手の知能を過小評価していた勇者パーティー側の失敗ミスだ。地面へと潜り穿壊魔竜の向かう先は依然変わりなく、振動の揺れが徐々にサラへと向かっていく。

 そんな中、突如として巨大な岩がサラの後方に落下し、穿壊魔竜はサラから離れた隣へと驚くように飛び出した。


「これは、ノルド!?」

「いよっしゃあ!」

「嘘じゃろ……あの大岩を投げた……?」


 何かに察したノエルがノルドの方へと顔を向ける。

 そう、これはサラに危機が迫っている事に気付いたノルドがノンナに岩の作成を頼み、ノルドが投げた事による生まれた結果だ。

 それにより大岩の落下による強大な地面の振動が穿壊魔竜の方向感覚を狂わせ、サラを救う事が出来たという事である。


「ノンナもう一個だ!」

「お主段々人間離れしておるのう!!」


 ノンナが岩を作り、次々とノルドが投げていく。


『――?』


 断続的に響く地面の振動により、穿壊魔竜は周囲の状況を把握する事が出来ない。だがそれだけではない。穿壊魔竜自身にも大岩が衝突して来たのだ。


『――!!!』

「無防備過ぎだぜ!!」


 ノルドは方向感覚を失い無防備になった穿壊魔竜に大岩を直撃させ続ける。

 致命傷は与えられないがそれでも時間稼ぎは出来ていた。だがその瞬間、予想だにしない出来事が勇者パーティーを襲う。


「な、この地震は!?」

「マズい……! キング! 早く私達を連れて逃げて!」

「ヒヒン!!」


 ヴィエラの言葉に従い、キングが彼らを背に乗せて急いで遠くへと走る。そしてその次の瞬間、彼らのいた場所にの穿壊魔竜が飛び出して来たのだ。


『――!!!!!』

『……えぇ?』


 まさかのもう一体に彼らは揃いも揃って困惑の声を上げる。

 一体だけなら、ノエルの決死の一撃で倒す事が出来るだろう。だが二体目となると、もう勇者パーティーに為す術は無い。


 逃げても確実に追い掛けて来るだろうし、追い掛けてこなかった場合被害はドワーフの里へと向かうだろう。つまりは完全な詰み。

 しかし、彼らの目はまだ戦意が残っていた。


「私とノンナがもう一体を食い止めるわ」

「姐御……行けるのか?」

「私を誰だと思っているの? 防御力なら世界一よ」


 ヴィエラはそう言って笑みを浮かべる。

 対するノンナも、ヤレヤレと肩を竦めた。


「まぁ仕方がないかのう。ノエルは残った穿壊魔竜を倒し、ワシらはノエルが回復するまでずっと足止めしとくわい」


 技を使った後のノエルがいつ回復するかは分からない。

 例えサラがいても一秒か一分でもう一度技を放てる筈もなく、確実に長時間掛かるだろう。その時間を、ヴィエラとノンナが担うというのだ。

 一見すれば無謀……いや一見しなくとも無謀だ。だがそれでも、現状取れる手段としてはこれが一番可能性が高い。だからこそ、ノルド達はその言葉に反論する事が出来なかった。


「……頼んだわよ」

「ヴィエラさん……!!」

「ワシらの負担が心配なら、主らは早くあのミミズを倒すのじゃぞ? いいな?」

「……うん、任せて!」

「待ってろよ……こっちが終わったら俺も足止めに参加するぜ」

「ノルドが来れば頼もしいわね」


 そして、ヴィエラとノンナはキングの背から飛び降りて新しくやってきた穿壊魔竜へと向かう。そして残ったノエル、サラ、ノルドとキングは、残った方へと走って行った。


「ノルド! 僕の鞘を使って!!」

「おう!!」

「『あなたに愛を』!!」


 先ずノエルの鞘を受け取ったノルドがキングから飛び降りて、穿壊魔竜へと駆け出す。

 手にある聖剣ラヴディアの鞘は遥か昔から聖剣を納めていた鞘で、その頑丈さは下手すればそこら辺の打撃系武器よりも頑丈だ。

 そんな聖剣の鞘をノルドは、両手で鞘全体を掴んで穿壊魔竜に叩き付けた。


『――!?』


 突然の衝撃に穿壊魔竜が仰け反る。

 その光景を見て、ノルドはちゃんと攻撃が通じた事に内心笑みを浮かべる。これでちゃんと時間を稼げる。そう思って、更に鞘を叩き付けた。


『――!!』

「どうした? 痛ぇか? なら土産にもう一発食らえ!!」

『――!!? ――!!!』

「はっはぁ!! ざまぁねぇな!!」


 大声を上げて、地面を力強く踏み、挑発を続ける。

 知能はあるがそれでも挑発に乗らない理性はなく、更にはノルドがさっきから地面を踏み鳴らすため、怒った穿壊魔竜はノルドを噛み潰すために猛然と襲い掛かる。

 勇者パーティーの中で足が遅い部類に入るノルドではあるが、穿壊魔竜の攻撃をその天性の才能で先読み続けて回避していく。


「てめぇと一々相手してられねぇんだよこっちはぁ!!」


 時間が掛かれば掛かるほど、もう一体を足止めしているヴィエラ達の負担が大きくなる。だからこそ、ノルド達はここで決めなくてはいけない。


『……――?』


 急に足を止めるノルドに穿壊魔竜は疑問を抱く。

 しかし目の前には無防備に立っている敵一人。

 ならば行くしかないと自身の速度を上げる。


 しかしその穿壊魔竜は気付かない。

 ノルドが立ち止まったのは、誘導が終わっただけだという事を。

 そしてノルドの隣には聖剣を構えたノエルがいるという事を。

 ノルドの武器に掛けられた奇跡の力によって穿壊魔竜の意識はノルドに向けられており、女神の加護を抑えた状態のノエルを穿壊魔竜は気付かない。


 そして気付いた時には――。


「――斬魔激玲」


 もう既に遅かった。



 ◇



『――!!』


 戦っている穿壊魔竜が何かを感じ取り、嘆きや怒りを綯い交ぜにした声を上げる。

 その姿を見て、ヴィエラとノンナはノルド達がやり遂げたのだと気付いた。


「行かせないわよっ!!」

「ついでにこれも食らえい!! 敵の動きを封じよギエド・ムーバルム!」


 ヴィエラの聖術とノンナの詠唱聖術が穿壊魔竜の動きを封じる。

 ノルド達がもう一体を倒した今、ここからがヴィエラ達の本番。

 だからこそ、ノエルが回復するまでここを足止めするし続けなければならないのだ。


『――!!』

「こいつ潜ったぞ!!」

「だったら釣り上げるまでよ!! ノンナ! 私に攻撃して!」

「なっ!? あ、あぁいや分かったぞ!!」


 ヴィエラの言葉に一瞬困惑するノンナだが、ヴィエラの構えを見て瞬時にヴィエラの言葉の真意を理解する。そしてノンナはヴィエラに向かってかなりの威力の聖術を放った。


大嵐線の鉄槌イスナ・カラエスト・マギカ!!」

「聖術・波導王の衝撃!!」


 直線状へと放たれる嵐を盾で受け止めたヴィエラはそのままマナラインへと分散していく嵐の衝撃を再び一つの塊へと纏める。

 そしてヴィエラはその纏めた衝撃を盾に込めて、穿壊魔竜の潜っている地面へと叩き付けた瞬間、強烈な衝撃が地面を伝う。これによってあまりの衝撃に煩わしかった穿壊魔竜が堪らず地面から飛び出るだろう。


『――!!』

「よし……!」


 彼女達の考え通り地面から飛び出した穿壊魔竜にノンナが喜ぶ。

 しかし。


「……いや、……っ!?」


 飛び出た穿壊魔竜の高さに気付いたヴィエラが険しい顔を浮かべた。


「まさか……ふり?」


 そう、穿壊魔竜は強烈な振動に耐えられずに飛び出たのではない。

 飛び出るだろうというヴィエラ達の認識を利用して、勢いよく自ら飛んだのだ。それによって一瞬気が緩んだヴィエラ達の隙を突いて、穿壊魔竜はヴィエラのいる場所から離れていく。


 その先は、意識が朦朧としているノエルを抱えたノルドの姿。


「マズい!!」


 ノンナが聖術を使ってノルド達を助けようとするも、間に合わない。

 自身に向かってくる穿壊魔竜の存在に気付いたノルドが、慌ててノエルを抱えて逃げようとするも穿壊魔竜が巨体過ぎて、範囲外まで逃げきれない。


 まさに絶体絶命。


「ノルドっ!!」


 サラの声が聞こえる。

 そんな中。


「兄ちゃん受け取れぇえええ!!」


 一人の少女の声が響く。

 ブォンと風を切る音と同時に、ノルドの視界に何かが入る。

 それを掴み、ノルドは本能に任せて勢い良く迫り来る穿壊魔竜に叩き付けた。


 ――その次の瞬間。


 そこには、吹き飛ぶ穿壊魔竜の姿と。


「……これは」


 黒銀のメイスを掴むノルドの姿があった。

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